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お年玉

作者: 一条 灯夜

「おじちゃん、お年玉ちょうだい」

 正月に帰省して――、噴き出しかけた。

 幼稚園児の姪の隣に並んで、ちょこん、と、両手を差し出し、あざとい笑顔を浮べたのは……。俺のひとつ年下のはとこの大学四年生だった。

 兄貴の娘に……社会人一年目という現実的金銭的問題と、四角顔で休日髭面の兄貴とは全く似ていない可愛らしい姪の姿に葛藤しつつ、五千円を包んだ小袋を渡す。

「アタシ、アタシには? ね~、ね~、おじちゃーん。あ、お兄ちゃんて呼んであげてもいいよ」

「アホか、お前が俺に寄越せ」

 去年まで同じ大学へ行っていたはとこの柚子が右手にまとわりついてきたので、それを真似たのか姪の晶――可愛い女の子に男っぽい名前付けるなよ、クソ兄貴、と未だに思ってしまう――が、俺の膝に取り付いたので、間違って蹴ってしまわないように抱え上げる。

「アキラは、こんなのになっちゃダメだぞ?」

「はい!」

 子供は無邪気だ。

 躊躇無く返事した晶を、目を細めて柚子が睨んだ。ので、不細工な顔を見て泣き出されても嫌なので、晶を今の炬燵で寝そべる兄貴の方へと帰した。

「お年玉ぁ」

「ない」

「なんでだよ!」

「お前、今年卒業だろ?」

「だからこそじゃんか! アタシ、来年あげる側なんだよ? たんまりつつんでよ!」

 むすっと膨れた柚子は、入学以来変わらないショートの髪を揺らし……。俺のポケットの財布に手を出そうとしたので、その手の甲を抓み上げる。

「イタイ」

「働け」

「働くもん。四月から。ねー、だからー」

 うちの一族の女の特徴なのかもしれない。しつこいのは。コイツの母親もそうだったんだよな。子供の頃、正月に髪を切ってると、しつこく頭を触ってきてたし。

 こういうのは、引き際を見極めてくれないと、正直うざ過ぎるんだが……。

「ああ、結局、内定取れたのか」

「まー、一応ねー」

「うん?」

「落ちすぎて、……最後、妥協したかも」

「……そういうものだ」

 ちびっ子達で今の方が騒がしく――ああ、違うか、駅伝始まって、歳くったのが熱中し始めたのか。アレはアレで、居間に戻り難くなったな。

 親指で、日当たりの良い縁側を指す。

 柚子は、大人しくついてきた。


 日当たりの良い縁側に座布団を出して胡坐をかく。ちょっと遠くに錆猫のエノコロが居たので手招きするが、寄ってきてはくれなかった。代わりじゃないが、柚子が膝を突き合わせるような距離で座って、くれ、……た。

 ありがたいような、そうでもないような

「そういえば、浩次も就活、苦労してたよね。夏休み明けてからだっけ、決まったの」

「ああ、秋口」

 お前は? と、目で問えば、そんなもん、とでも言いたいのか、こくん、と頷かれた。

「あの大学、コネないよね」

「どこでもそんなもんだ」


 縁側で、正月になってからうっすらと雪が積もった庭先を見る。

 少し先に見える山は、果樹園だ。本家が、林檎農家としては大きな家だから、なんとなく季節の手伝いなんかもあって、親戚付き合いは深い。現代では珍しい法だと思うけど。

 ただ、コイツ――柚子に関しては、ちょっとフクザツだ。

 俺は、コイツが同じ大学に入ることになり、アパート探しを手伝うまで、存在を知らなかった。まあ、実際問題としても、盆暮れ正月にここまでするのは、親父達の代までのような気がする。家族で農業を手伝いあうなんてのは、少し今の風潮とは違うし、兄貴もそうだけど、俺達世代の本家以外の連中は、普通のサラリーマンになってきてしまっているんだし。


 借りてきた猫みたいに大人しかった柚子に、最初こそどきりとしたものの……。

「あ、はい。アパート探しでこっちに出てきたので……。ビジネスホテルって夕食無いですよね。一緒に食べませんか?」

 だんだんと……。

「ね? 教科書、ノート、過去問。ゆずって、お願い。お、に、い、ちゃん」

 日に日に……。

「ごめん、ちょっと今月出費多くて、お金ないんだ。この通り! 昼おごるか、お金貸して」

 横柄になっていった。

 他人だったのは最初で、友達って言うか、まあ、そういう間違いが起こりそうな淡い距離は一瞬で詰められ、あっというまに身内になってしまった。適応力が高いというかなんと言うか。

 個人的には、爺さん婆さんの兄弟の子供の子供なんて、ほぼほぼ他人だと思うんだが……。


 ぽむ、と、柚子が折れの膝の上に手を乗せた。

「お年玉」

「まだ言うか」

 呆れるのを通り越して感心してしまうような気持ちで、猫みたいに丸まった柚子を見る。

「ああ、でも、そうか。また引っ越すんだろ? 金、そんな入用なのか?」

 大学生活と同じってわけにも行かず、新生活に対して俺も金がかかったのを思い出し……若干真面目に聞いてみた。財布の戦闘力は、残り二万ぐらいだ。帰りの電車賃を考えれば、もう、たいして余裕は無い。だが――。

「うん、とも、違うとも……」

「ん?」

「同じ会社じゃないんだけどね。近くだよ」

 照れ隠しのつもりなのか、柚子は口を尖らせている。

 気がつけば、エノコロが胡坐をかいている俺の太股に乗っかって丸くなり……ころんと、エノコロを真似たように横になった柚子が俺の太股に頭を乗せ、見上げてきた。

 若干赤くなったその顔を、まじまじと見下ろせば――。

「にゃう」

 柚子に頬を軽く引っ掻かれた。

「……なんで引っ掻いた、お前は」

「にゃんこの気持ちを代弁したの」

 エノコロは、柚子にモフられて、正直迷惑そうな顔になった。多分、チビ共から逃げて縁側に居たのに、二十二歳児に捕まったのを後悔しているんだろう。

「……お財布の魅力で、騙されてあげてもいーんだよ?」

 エノコロを自分の胸の上に乗せ、エノコロの頭の後ろに自分の口元を隠して柚子がつぶやく。

「金でなびくな、おろかもの」

 とん、と、柚子の額にチョップしてエノコロを奪い取る。

 ぶーたれている柚子。

 敵の手を逃れ、俺の横で丸くなったエノコロ。

 再びエノコロに手を伸ばそうとした柚子は――、エノコロの尻尾でピシャリト手を叩かれて撃沈した。

「なるほど」

 なにがなるほどなのかは分からないが、柚子はそう呟きむくりと起き上がり――。

「財布を盗もうとするから失敗するんだよ。アタシは」

 と自信たっぷりに……。

 身内から犯罪者を出すわけに行かず、スコン、と、柚子の額を叩いて再び寝かせる。

「最後まで聞けー!」

 再び太股の上で文句を言った柚子。

 仕方ないので、疑いの眼差しで柚子を見守る。

「盗んでもいい? その心」

「百年早い」

「……家の曾婆ちゃん?」

「十年にしとくか」

「三十路が良いの? 変わった趣味だねぇ、浩次」

 生意気な顔に、こつん、と、額をぶつける。


「俺が先に盗んでやるからな」

 真面目な顔でそう宣言すれば、柚子はにやりと笑った。

「四月が楽しみだね」

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公と柚子ちゃんの掛け合いにほのぼのしました。 もう浩次の最後の台詞が格好良すぎです! 一条様の恋愛作品を拝読するのが好きです。物語それぞれ書き分けているというか、実力のある作家様なのだと…
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