7 Conscience
あの日、拓海がくれた名刺は手帳に挟んだままだ。
うすい青色の背景に、紺色の文字で『拓海』と印字されている。その下には、お店の住所と電話番号。
この名刺を見るだけで、なぜだか頬が緩んでしまう。
―――気づけば、毎週水曜日を楽しみにしている自分がいた。
*
「こんばんはー」
「お、今週も来たね」
そう言って、拓海はいつものように優しい笑顔で迎えてくれる。
今夜はお客さんがすでに数人いて、いつもの奥の席も空いていない。私はカウンターの真ん中寄りの席に腰を下ろし、ジャケットを脱いだ。
拓海は他の女性の接客中で、シャカシャカ…とシェイカーを振って何か作っているようだ。そのお客さんも常連なのか、慣れた様子で楽しそうに話をしている。
ふと、まわりを見ると、また別の女性も拓海に視線を送っていた。
…なんだか、モヤモヤする。
べつに、待たされることが苦なわけじゃない。もっと別のところに原因があるような気がするけれど…、私には理由がわからなかった。
彼が私のところへやって来たのは、それから数分後のことだった。
「ごめんねー、おまたせ。なんにしようか」
「…カシスオレンジで」
「ん!りょーかい」と、拓海は笑顔で応えて、早速カクテルを作り始める。
なんだか、拓海のそんな様子にも悶々としてしまう。私、一体どうしてしまったんだろう。彼はいつもと何も変わらないのに、私だけが苛々してるなんて。
「璃子、どうしたの?なんか今日、嫌な事でもあった?」
俯いて座っていると、拓海が心配して話しかけてくれた。
「べつに、いつもと一緒だよ?」
「…そう?だったらいいんだけど。恋愛相談だけじゃなくて、仕事の愚痴とか苛々とか、何でも話してくれていいんだからね。ここは璃子にとって、すっきりするための場所だろ?」
待って。
それ以上、私に優しくしないで。
この気持ちの正体を、自覚させないで…―――
「ごめん、やっぱり今日は帰るね」
「えっ?」
驚いた様子の拓海をそのままにして、私はバーを飛び出した。
*
「もしよかったら、俺とつきあってほしい」
念願の、加藤さんとの食事の日。個室居酒屋の向かい合った席で、私は彼の口から思いもよらない言葉を聞いた。
お酒が入ったからなのか、照れているのかはわからないけれど、加藤さんの頬はほんのりと赤くなっている。
「………」
「…言うとくけど、俺、酒強いから。酔った勢いで言ってるわけやないからね」
ってことは、照れてるんだ。
加藤さんのことがすごく好きで、振り向いてもらうために拓海の恋愛指南まで受けたのに。告白されて、嬉しいはずなのに。喜ぶのが当たり前のはずなのに…。
―――私はどうして、あんまりドキドキしてないんだろう。




