4 premier leçon
「恋愛、指南…?」
彼は白いシャツの袖を捲りあげ、空のグラスを磨き始めた。流れるような動きに、つい目を奪われてしまう。
「そう。俺、こう見えて経験豊富だからさ。相談乗るくらいはできると思うよ」
「け、けっこうです!私、自分のことぐらい自分で決められるし…」
「せっかく好きな人できたんだから、成就させたいよね。男の意見も参考になると思うけど、男友達とかいるの?」
「う………」
口ごもった私を見て、彼は不敵な笑みを浮かべた。
「じゃあ、これから君はこの店の新しい常連さんになる。その代わり、俺は君の恋愛相談に乗るってことで」
このお店は意外とリーズナブルだし、帰り道にあるし、毎週水曜なら来られる。たしかに、常連客になれないわけじゃないけど…。
契約成立だね、と言って彼がカウンターに出したのは、1枚の青い名刺だった。
「拓、海…?」
「そう、拓海。俺の名前」
「日本人なの?てっきりハーフだと…」
「ハーフだよ、母がフランス人でね。姓はBernard」
こういうところで名乗るのって、実の名前なんだろうか。
私が疑わしい目で名刺を見ていると、彼は突然噴きだすように笑った。本当によく笑う人だと思う。
「まあ…飲み屋だし、疑われるのも無理ないか。今度は君の名前を教えてくれる?」
とっさに偽名も思いつかなかったし、私が仕方なく本名を口にすると、彼はまたも嬉しそうに微笑んでいた。
*
「加藤さん、お疲れ様です」
オフィスで多くの社員が残業するなか、私は合間を縫ってみんなにコーヒーを淹れた。
もちろん、加藤さんにも。
「お、ありがとう。佐倉はほんま気が利くよな」
専用のマグカップを渡すと、にこっと笑ってくれる加藤さん。ドキドキしすぎて逃げ出したくなってしまったけれど、なんとか踏みとどまって照れ笑いを返した。
「お互い、もうちょっと頑張ろな」
「はい!」
私は給湯室でトレイを収納しながら、“彼”の言葉を思い返していた。
『女性の武器は、なんといっても可愛らしい笑顔。いくら美人でも、無愛想なのはまわりから好かれない。1番いいのは“微笑みあう”シチュエーションだよ。相手が愛想のいい人なら、きっと笑いかけてくれるタイミングがあるはずだ。そのときに絶対、璃子も笑うこと』
―――そう。私は、まんまと拓海の策略にはまってしまったのだ。




