26 oncle
フランスでの祖父母との生活は、俺を元の明るい男の子へと変えていった。叔父が1人いるけど、まだ結婚もしていなかったから、祖父母にとっての孫は俺だけだった。そのせいもあって、祖父母は俺をとても大事にしてくれたんだ。
俺はその愛情に応えたいと素直に思った。出来る限りいい子になろうとして、勉強やスポーツを手当たり次第に頑張ったりしてね。祖父母も俺のそんな姿に安心して、近所の人たちや友人に“自慢の孫だ”なんて話していたらしい。
けれど、俺が心に負った傷は、まわりが思っていたよりも―――おそらく、俺自身が思っていたよりも―――ずっとずっと、深かった。
学校では、比較的優等生といわれるグループのやつらとつるんでたけど、外では素行の良くない連中ともつきあった。…あまり、大きな声じゃ言えないようなこともしてたね。
脅されて嫌々不良グループに入ったわけじゃなくて、自分から望んだことだった。失望させたくなかったから、祖父母や近所の大人にばれないようにするのは大変だったけど、俺はそんなスリルさえも楽しんでたんだ。それがストレスからくるものなのかはわからなかったけど……ただ1つ、はっきりしていたことがある。
―――いつか日本に行って、父に復讐してやるんだ。
そしてその思いは、日増しに強くなっていった。
俺が再び日本にやって来たのは、リセ…日本でいう、高校を卒業してからだった。
“日本の料理を学んでみたい”。そう言って、祖父母を説得したよ。通っていたのが調理の学校だったから何も怪しまれなかった。もちろん、日本料理に関心があったし、日本で学びたかったのも事実なんだけどね。
祖父母は、寂しがりながらも俺を応援してくれた。…過去の出来事から、彼らは日本に決して良い印象を持っていないんだけど、俺の必死の説得に負けたんだ。“俺はいつか絶対、またフランスで暮らすよ”。それが、フランスを発つ日に俺が残した言葉だった。……だけど心の中では、“良い孫じゃなくてごめんね”って、涙をこらえながら何度も何度も叫んだよ。
空港までは、叔父が車で送ってくれた。俺にとって叔父は、父親のような兄貴のような、そんな存在だった。ちょっとぶっきらぼうだけど優しくて、俺は叔父に何でも相談してたんだ。
さすがに、父への想いは打ち明けていなかったけれど、叔父は言わなくてもわかってたみたいだ。
“決して、お前を愛してくれた人を悲しませるようなことはするな”
少しかすれた声でそう言って、叔父は俺に手を振った。




