23 serrer dans les bras
―――彼女の涙を見たら……なぜだか、気持ちを抑えられなくなってしまった。
初めて抱きしめた彼女の体は、スリムな見た目よりもっと華奢で、ほんのりと良い香りがした。俺の腕のなかにぴたりとはまって、何とも言えないような安心感がある。
思えばずっと前から、こうしたかったような気がする。彼女を――璃子を、自分の胸に抱きしめたかった。俺には、そんな資格なんてないのに……。
璃子が身じろぎしたのをきっかけに我に返って、彼女から慌てて距離をとった。俺は一体、何をやってるんだろう。
「ごっ、ごめん…!」
イスから立ち上がって、カウンターの中に戻ろうとしたら……なんと今度は、璃子が後ろから抱きついてきた。他には誰もいない深夜の店内で、どくんどくん、と俺の心臓が大きな音を立て始める。
「……なにも、謝らないで…。きっと、私が好きなのは……ずっと前から、拓海だった」
そう言って、彼女は俺の背中に顔をうずめた。こんな打ち明け、嬉しくないはずがない。
一度だけ過去に戻って、“あの頃”からやり直せるなら…。今ごろきっと、手放しで璃子の告白を喜んでいただろうに。…いや、それ以前に、自分から彼女にアプローチすることさえできたのに。
勇気を出して気持ちを明かしてくれた、彼女の手を………俺は、ゆっくりと解く。
「……ありがとう」
涙の零れる彼女の目を見つめて、ただ、そう言うだけで精一杯だった。
どういうことなのかわかっていない彼女は、カウンター越しに俺を不安げな目で見つめた。そんな彼女を傷つけないよう、なるべく優しい口調で告げる。
「―――璃子には、俺なんてふさわしくないよ」
眩しいくらいに純粋で、真っ白な彼女には…俺のような男は似つかわしくない。彼女の幸せを思えば、俺がこの気持ちを押し殺すことなんて容易いこと。
こうやってバーカウンターを隔てて、バーテンダーとお客さん。その距離感が、俺と璃子には1番良かったのかもしれない。…俺がこれ以上、彼女に近づくわけにはいかないんだ。
俺はもうすぐフランスに帰るし、俺がいなくなれば彼女だって…。
「ふさわしくないって、どうして…?」
納得いかないといった様子で、璃子が身を乗り出す。彼女の悲痛な声に、心がずきんと痛んだ。その真っ直ぐな気持ちを、そのまままるごと受け入ることができたなら…どんなにいいだろうか。
璃子の問いかけには答えず、扉のほうへ歩いて行ってCLOSEの札を掛けた。
……大丈夫。彼女に、笑顔を見せてあげられる。そう思いながら、店内を振り返ろうとしたとき。
「―――昔のことが、原因なの……?」
彼女が、小さな声で言った。




