21 Au revoir.
一度決心したら、あとは行動あるのみ―――。
これ以上ぐずぐず悩んだって、…それで自分の答えが変わったって、将来どうなるのかなんて今はわからない。慎重すぎて失敗するより、やりたいようにやったほうが絶対にいい。
…なーんて、自分を精一杯鼓舞しながら、私は震える指で仁史にLINEを送ったのだった。
私がすべてを告げた後、仁史は「そっか」とだけ呟いて、少し残念そうに笑った。
…思えば半年前、ここで私達は始まったんだ。あまり深く考えずに、同じ場所に呼び出してしまっていた。
エレベーターが故障しない限り、非常階段にめったに人は来ない。むしろ、誰かが突然扉を開けて、この気まずさをぶち壊していってくれたらいいのに。
「璃子がちゃんと考えて決めたことやったら、俺は応援するよ。短い間やったけど、ほんま楽しかったわ。ありがとうな」
「私の勝手で、本当にごめんなさい…」
声を出したら、涙が溢れてきそうで―――。それ以上は、とてもじゃないけど言葉に出来なかった。
“つきあう”ことと、“別れる”こと。みんな何度も繰り返してるから、きっとそんなに辛いものでもないんだと思ってた。
身を切られるような、心臓をぎゅっと握りつぶされるような…こんなに苦しいものだなんて、全然知らなかった。自分で出した答えなのに、これで良かったのか本当にわからないなんて。
そんな私の様子を見て…仁史は、大きな手で優しく頭を撫でてくれた。
「なーんも、辛いことなんかあれへんやろ。俺と璃子は、仲のええ先輩後輩に戻るだけやで。…これからも、仲ようしような」
私は…何度も何度も、首を縦に振った。
涙の幕が張った目で仁史を見上げると、ぼやけた彼の姿が、なんだか余計に悲しくて…私はついに、涙を止められなくなってしまった。
もう、彼にこんな風に触れられることもない。彼とこんな風に名前で呼び合うこともないんだ…。
元の関係に戻るだけなのに、どうしてこんなに辛いんだろう。わたし、半年前はどんなふうに仁史と接してたんだっけ。
この半年間の思い出が一気に蘇ってきて、なにも考えられない。
彼は私の頭をよしよしと撫でながら、少し言いづらそうに口を開いた。
「…あのな、璃子に言ってなかったことがあって。実はこの前、あのバーに1人で行ったんや」
「えっ…!」
仁史が、1人で…?
私が驚いて目を見開いていると、彼は慌てて「ちがう、ちがう」と首を振った。
「俺はなにも、璃子の話をしに行ったわけやないねんで。もちろん、正体も明かしてへんし。ただ、どんなやつなんかなって、ちょっと気になって。……もしかして彼、子どものとき神戸に住んでたんちゃうかな」
「え、どうして…?」
「いや、確かではないけど…。小学校のときに転校していった子に、なんとなく似とる気がしてな」
拓海が神戸に住んでたなんて話は、聞いたことがなかったと思う。…それどころか私は、彼のお母さんがフランス人だってことぐらいしか知らない。彼のことを、まだ何も知らないんだ。
「…その子は、どんな子だったの?」
私が何気なく聞いたことに、仁史はなぜだか口をつぐんでしまって
「別人かもしれへんし、本人がおらんとこで話すんはちょっと…気が引けるいうか」
とお茶を濁したのだった。




