17 secret
拓海の手のぬくもりを感じながら、私は黙って彼の隣に座っていた。
私はこれから、どうするべきなのか。どうしたいと思っているのか。……ほんのちょっと考えただけじゃ、答えは出ない。
―――私は、本当に好きな人を見つけてしまった。けれど、それと同時に、私を本当に大切にしてくれている人がいる。
こんな状況、少し前の私には考えられない。経験が乏しくて、どうすべきなのかわからない……ううん、それは言い訳だ。私は、本当の気持ちから逃げているだけ。ただの、ずるい女なんだ。
「ごめんね、もう大丈夫だよ」
そう言って、顔を上げた拓海は…笑顔ではなかったけれど、さっきまでの暗い表情は消えていた。ほんの少しでも、彼の支えになれたのだと思うと嬉しい。
挟まれていた手が、そっと解放される。手に残っていたぬくもりが、名残惜しさとともにゆっくりと消えていくのを感じた。ほんのついさっきまでの時間が、まるでなかったかのように。
「…お店は、もう再開しないの?」
「ううん、一旦は開けようと思ってる。…っていっても、常連さんにも忘れられてるかもしれないけどね…」
「そんなことないよ!」
思わず立ち上がって、大きな声を出してしまった。拓海も驚いて、目を見開いてこっちを見ている。
「あ…、えっと…。このお店はすっごく素敵だから、一度来たら忘れられないよ。常連のお客さん達も、お店が再開するの、楽しみに待ってると思う…」
恥ずかしくてモジモジしてしまった私を見て、拓海は穏やかな笑みを浮かべた。私はつくづく、彼のこの表情が本当に好きだと思う。綺麗な灰色の瞳が優しく細められると、いけないとはわかっていても、もう目が離せなくなってしまうのだ。
「ありがと。璃子にそう言ってもらえるだけで、じゅうぶん嬉しいよ」
そろそろ上がろうかな、と彼は私からマグカップを受け取って、カウンターの方へ入っていった。
22時過ぎてるし、私も帰らなきゃ…と思ったけれど、なんとなく帰り時がわからなくて、その場に立ったままでいた。本当にまた拓海に会えるのか、どうしても不安だった。
そんな私の気持ちを悟ったのか、彼は
「心配しなくても、もう突然いなくなったりしないよ。店やめることになったときには、ちゃーんと事前にお知らせするから」
そう言いながら、2つのマグカップを洗い始めた。カウンターに立っている姿を見ると…やっぱり彼と私は、バーテンダーと客以外の何者でもないのだと痛感する。私には大切な人がいて、拓海はもう少しでフランスへ帰ってしまう。ちょっぴり切ないけれど、この気持ちを明かすわけにはいかない。
「…………拓海が、好き」
店内に水音が響いているおかげで、きっと…私の声は、誰にも聞こえていなかっただろう。




