16 sourire
「俺、この店たたんで…フランスに帰ろうと思ってるんだ」
「え……」
私の手からマグカップが滑り落ちそうになったのを、拓海が支えて助けてくれる。
「ほんと、見た目を裏切るぐらいおっちょこちょいだよね、璃子は」
そう言った彼の笑顔は、どこか寂しそうだった。
私がこれまでに見た彼は、いつも笑っていた。初めて会った時も、お客さんと接するときも、あの雨の夜も。
―――彼は本当に…“いつも”、笑っていたんだろうか。
「どうして、急に帰るなんて…。帰国してたことと、何か関係があるの?」
動揺を隠し切れないまま尋ねると、拓海は自分のマグカップに目線を落としながら、静かに口を開いた。そしてその内容は、普段の彼からはとても想像できないような内容だった。
「突然帰ったのはね、俺の母方の祖父が危なかったからなんだ。叔父から連絡もらって、すぐフランスに発った。なんとか間に合って、最期のときにも立ち会えたんだ。俺が日本に来てからはほとんど会ってなかったから、…最初は、衰弱ぶりに驚いたよ。父親代わりになって育ててくれたのに、何の恩返しもできてなくて…自分が情けなかった。祖父がいなくなって、祖母は1人で暮らしてるし…叔父がいるとはいっても、いとこは女の子ばっかりだから男手がないんだよ。うちは大きな果樹園をやっていて、叔父1人で続けていくには無理がある。…半年だけでも自分の店を持てたし、じゅうぶん日本を堪能できたから、もう帰ろうかなって」
そう言って、彼は最後にまた明るく笑った。
そんな彼を見ていたら、なんだか胸をぎゅっと締め付けられるような気持ちになる。
「ごめん、こんな暗い話して。俺、かっこ悪いね」
「そんなことないよ…。家族が亡くなったときに悲しくなるのはあたりまえだよ。……もう、そんなに苦しそうに笑わないで」
「…璃子……」
表情を崩し始めた彼の肩が、小さく震えだす……。
―――拓海は、1人ぼっちじゃないよ。
そう伝えたくて、私は前を向いたまま…彼の手にそっと触れた。すぐにその上から、彼のもう片方の手が覆いかぶさってくる。彼の両手に力強く挟まれた私の左手は、彼を少しでも癒せているだろうか。安心感を、与えられているだろうか。
そう思ったとき、私はついに自覚してしまった。
私がいま一緒にいてあげたいのは、―――この人だ…。




