14 amour
Ma chérieが『臨時休業』になってから、数ヶ月が過ぎた。
私は毎週とはいかなくても、気が向いたときに様子を見に行ったりしているけれど……相変わらずあの白い建物に人けはなく、手入れのされなくなった植物が野性化し始めている。
それほど経営難という印象もなかったから閉店ではないだろうし、なにしろあのお調子者の拓海が、私を含め常連客に何も言わずにいなくなるなんて考えられない。
一体何があったのか知りたい。でも、その手段がない。かなり仲良くなった気でいたけれど、私は彼のことを何も知らなかったんだ。
この数ヶ月で、1枚の名刺を手に何度ため息をついたことだろう。
*
私は順調に(“加藤さん”改め)仁史との交際を続け、今では敬語もすっかり抜けていた。
最初のうちは気恥ずかしかった2人きりでの屋上ランチも、何気ない日常の1つのなっている。それでも、彼氏と友達とのつきあい分けは未だにしっくりきていないのだけれど。
「例のバー、まだ休業中なん?」
「そうなの。たまに様子を見に行ってはいるんだけどね…。人のいる気配もないし、拓海もどこかへ出かけたままなのかな……ぅえっ!」
少し俯いていると、仁史が私の頬を両側に引っ張った。私が困った顔をすると、彼はいつもこうするのだ。そして、
「璃子はなんも心配せんと、笑っとき!」
彼自身も笑いながら、決まってこう言うのだった。
「お!今日は卵焼き入ってるやん♪しかもカニかま入り!」
お弁当箱の蓋を開けて、嬉しそうな声を出す仁史。
「そう。この間、仁史が作ってくれたときは塩気が強かったから、ちょっと抑えてみたの」
「…言うようになったやん」
最近、私たちは『お弁当作り交代制』をとっている。なんでそんなことをしているのかというと、―――仁史は来春から、大阪に転勤が決まっているから。
いま仁史が住んでいるのはご飯つきの独身寮だから、自炊はほぼしていない。大阪には寮がないから、借り上げ社宅に入ることになるらしい。そういうわけで、急きょ料理の練習を兼ねてお弁当作りを始めたのだった。
自分で作ったものを自分で食べるより、食べてくれる人がいたほうがやる気もでる。それに何より、一緒にお弁当箱の蓋を開ける瞬間がすごく楽しい。
転勤が決まってからすぐ、仁史は真剣に話をしてくれた。遠距離になっても、別れる気はないということ。それから、まだつきあい始めて半年にも満たないけれど―――今後のことも少し考え始めているということ。
その言葉を彼の口から聞いたとき、私はただ単純に嬉しかった。彼の気持ちに、応えたいと思っていた。経験値に乏しい私にそう思わせるほど、仁史は本当に誠実で優しい男性だった。
―――だからこそ、彼のことは…何があっても傷つけたくなかったのに。




