12 angoisse
18のときに日本へ来て、今年でちょうど10年。自分の店を持って、もうすぐ半年になる。小さいけど、そのぶん細かいところまで徹底的にこだわりぬいて完成した店だ。常連客も少しずつ増えてきて、ようやく軌道に乗り始めてきたといったところ。
そんなときに出会ったのが、彼女―――佐倉璃子という女性だった。
一目惚れなんて、自分はしないと思ってたけど…人生初めての経験をしてしまった。
彼女が店の扉を開けて、恐る恐るといった様子でなかを覗いているのが本当に可愛かった。俺が今まで関わってきたような女性とはまるで違う。初心で、繊細で、上品で……。守ってあげたいタイプの子だと思った。
少し強引な接客をして、なんとか常連になってくれるよう頼み込んだ。らしくない行動だってことは自分でもわかっていたけれど、それでも。
その1週間後、約束通り店に来てくれた彼女を見た途端、俺は心からの満面の笑みを浮かべていた。
璃子には好きな人がいるけど、相談相手に心変わりするなんてよくある話だし、彼女の話を聞いている限り、その好きな相手と発展するのはまだまだ先のことだと思った。だから、一応きちんと助言はするものの、それほど気にしてはいなかったんだ。絶対に失敗をしたくない。そんな想いから、たまに暴走してしまうことはあっても、ゆっくりと関係を築いていこうと決めていた。
―――それなのに、まさか彼女が別の誰かのものになってしまうなんて。
*
「私ね、ついに彼氏ができたんだよ。拓海が相談に乗ってくれたおかげだね」
ある日、璃子は嬉しそうに俺に報告してくれた。一瞬、頭のなかが真っ白になって、何も考えられなくなった。すごくショックだったけど、璃子にそんな顔を見せるわけにはいかない。
「そうなんだ!よかったね、璃子が自分磨きを頑張ったからだよ」と、なんとか作り笑顔を浮かべた。
しかし、彼女は簡単に見破ってしまうんだ。
「拓海、なんだか元気ないね。もしかして、このまえ雨に濡れたから…?」
「そんなことないよ。いつも通り、元気だって!あっ、次は何飲む?お祝いに1杯サービスしてあげるよ」
「本当?ありがとう!」
彼女の可愛い笑顔を見るためなら、俺はなんだってできる。ほかに男がいても、きっとそれは変わらないだろう。
彼女が店にいる間はなんとか気丈に振る舞い、住まいである2階へ上がると放心状態。他の女性に意識を向けようとも思ったけど、璃子が来る毎週水曜日を楽しみにしている時点でそれは無理だと気づいた。嬉しそうに話してくれた彼女を想うと、せっかくできた初彼氏から奪うなんてできないし…。
―――そんなことをモヤモヤと考えていたとき、母の祖国・フランスから、ある1本の便りが舞い込んだ。




