11 évasion
「……璃子…」
拓海の大きな手が、私のほうへゆっくりと伸びてくる。早く触れてほしいと思うなんて…、私はどうかしてる。
「…ぁ、あの……っ」
―――やっぱりだめ…!
拓海の指が私の頬にもう少しで触れるというとき。
「こんばんはー」
突然お店の扉が開き、女性2人組のお客さんが入ってきた。
私達は2人とも驚いて、お互いから慌てて距離をとる。拓海はかぶっていたバスタオルを私の肩にかけてから、明るい笑顔でお客さんの方へ歩いて行った。
大丈夫だからと断ったけど拓海がどうしてもと言うので、お客さんがいないときを見計らって家まで送ってもらった。
夜道を2人きりで歩いても、もうさっきのような雰囲気にはならなかった。いつもと変わらない拓海の様子に、ほっとしたような残念なような…。って、私は何を期待してるんだろう。
ベッドに腰掛け、右足のかかとを持ち上げてみる。少し痛むと思ったら、パンプスで走ったせいか血が滲んでしまっていた。
ふいに、後ろから追いかけてきた高橋くんを思い出して身震い。あのとき追いつかれていたら、一体どうなってたか…。もし明日の朝も下で待ってたら、私はどうすればいいんだろう。高橋くんとはそれほど仲が良いわけでもないし、なんで突然狙われるようになったのか全く分からなかった。
いつでも相談に乗るよ、と言って拓海は戻っていったけれど、彼にこれ以上迷惑をかけるわけにもいかないし…。
ぐるぐると考えを巡らせていたとき、私はあることを思いついてしまった。
―――そうすれば、これ以上悩む必要がなくなる。…けれど、それは結果的に全てのことから逃げることになる、本当に最低な選択。
けれど、私にはその方法以外の解決策が見つからなかった。
*
一晩悩んだ末、私は加藤さんを非常階段に連れ出していた。
「返事、聴かせてくれるんやんな?」
「…はい。長い間お待たせしてしまって、本当にすいませんでした。こんな私でいいのなら、喜んでおつきあいさせてください」
私が声を硬くしながら言ったあと、加藤さんは目が点になっていた。…もしかして、もうその気がなくなってしまったんだろうか。
「あの…、加藤さん?」
彼の顔を覗きこむと、突然大きな手に両肩を掴まれた。
「ほんまに?ほんまにええんやな!?もう、撤回はなしやで?」
「は、はい…っ」
捲し立てるように言った後、加藤さんはガッツポーズをして「よっしゃあー!」と大げさに喜んでくれた。
そんな彼を見ていたら、不思議と何事もうまくいくような気がしてきた。
これでもう、高橋くんが奇行に走ることはなくなるだろうし、拓海との関係に悩むこともなくなる。
大丈夫。加藤さんはとっても素敵な人だし、尊敬できる先輩でもある。もともと仲が良かったんだし、つきあってもうまくいくはず。
―――きっと、大丈夫。私は…加藤さんだけを、好きになればいいんだから。




