10 une pluie
息をひそめ、高橋くんが走り去るのを待つ。バタバタッという彼の大きな足音から、相当いらだっている様子が窺えた。
「璃子、大丈夫!?」
私を建物の陰にかばってくれたのは、拓海だった。
「どうして…?」
「ちょっと買い出し行ってて、帰るとこなんだ。そしたら、璃子が男に追いかけられてるみたいだったから…。もう、焦ったよ」
困ったように笑う拓海を見ていると、なんだか私まで笑顔が込み上げてきた。こんな状況なのに、思わず笑ってしまう。
「よかった、元気そうで」
「…え?」
「最近、お店に来てくれなくなっちゃったから、心配してたんだよ。何かあったのかなって」
「あ…、ごめんなさい。仕事が忙しくて」
申し訳なさげに答えると、彼は深く追求せずにただ微笑んでくれていた。
「そ?なら良かった。…って、今は全然よくないか。一体、誰に追いかけられてたの?」
「会社の同期。うちの場所も知ってるし、最近ちょっと、ストーカーされてるみたいで…」
「えっ!ストーカー!?」私はなるべく声をおさえてるのに、拓海の驚いた声がそれを台無しにしてしまう。
「ちょっ、拓海、声大きいよ…」
「あ、ごめん…。すぐ帰るのはまずいよね…。とりあえず、うちの店においでよ」
「うん…。ありがと」
途中で雨が降ってきて、2人で濡れながら走った。お店に着くころにはびしょびしょになってしまっていた。
「ちょっと待ってて、タオル持ってくるから」
「あ、うん…」
拓海がバタバタと奥へ入って行くのを見送って、濡れたトレンチコートをそっと脱いだ。ぽたぽたと水が滴ってしまうから、外側を内にして折りたたむ。
ここへ来るのも、3週間ぶりだな。
たった3週間しか経ってないのに、すごく長い時間が過ぎたように感じてしまう。
「おまたせ!これ使って」
「ありがとう、拓海」
拓海が持って戻ってきたのは、バスタオル1枚。それを私に手渡して、自分はエアコンを操作しようとカウンター奥に入っていった。
拓海の髪や肩も、びしょ濡れなのに…。
「…拓海も、ちゃんと拭かなきゃ」
「え?ああ、俺は大丈夫だよ。すぐ乾くし、これくらいの雨慣れてるって」
「だめだよ。濡れたままでいたら風邪ひくよ」
足音を立てずに後ろからそーっと忍び寄り、タオルを頭からかぶせてあげると、「ぅわっ!」って叫びながら彼は楽しそうに笑った。
ふと目が合って、お互いになんとなく逸らせなくなってしまう…。拓海の綺麗な灰色の瞳に見つめられて、私は胸が高鳴っていくのを感じた。
「……璃子」彼の口から零れた声が、耳に心地よく響く。
―――私、やっぱり…。




