泣きむし鬼が笑ったら
それは節分の日のできごとです。
「今日は豆をまいて悪い鬼さんを退治する日です。みんなの中にいる悪い鬼さんを紙に書いてやっつけましょう!」
先生が子供たちに紙を配ります。
子供たちは一生懸命考えてここがダメだなと思うことを書いていきます。
そんな中、先生はひとりの女の子に目をとめました。
「あかねちゃんは泣き虫なの?」
「うん。おはなしとかでね悲しいことがあるとすぐ泣いちゃうの」
先生はむずかしい顔をしてそれは悪いことじゃないよと言いました。
でも女の子は納得できません。
大人は泣いちゃだめとよく言います。
それは悪いことだからです。
なのになんで先生は反対のことを言うのでしょうか?
「おにはー外。おにはー外」
『あたしのこと嫌い?』
「きらいだよ。かっこわるいもん」
『どうして?』
「強い子は泣かないもん。泣くのは弱い子だよ」
『そっか…』
泣きむし鬼は悲しそうに涙を流しました。女の子は見えないふりをして泣きむし鬼に豆を投げました。
女の子は転んだくらいじゃ泣きません。
けがをしたってへっちゃらです。
でも心が痛いと涙があふれてくるのです。
大事な人がいなくなると悲しい。
本当のことを言ってるのに信じてもらえないと悔しい。
大好きな人に振り向いてもらえないのは切ない。
胸のあたりがつきつきと痛んで、まぶたの奥がきゅっとなって後から後から涙がこぼれ落ちてくるのです。
泣きたくなくて。
泣いてる姿を誰にも見られたくなくて。
女の子は声を押し殺して泣き続けます。
「どうしたの?」
女の子は慌ててそでで顔を拭いました。
ぼやけた視界に心配そうなお姉さんの顔がありました。
「お腹痛いの?」
女の子に合わせてしゃがんだお姉さんが優しそうだったからでしょうか。女の子は本当のことを話しました。
「えっとね。絵本読んでたの。お友達がね悪い子のふりをしてどこかに行っちゃったの。でね、おいてかれたお友達はお友達がいっぱいできたけどかなしくて泣いちゃうんだよ」
女の子のたどたどしい説明にもお姉さんはうんうんと頷いてくれます。
「それであなたも悲しくなっちゃったんだ」
「うん……でも泣いたこと誰にも言わないでね!」
「どうして?」
「だって。かっこわるいもん」
お姉さんは困った顔をしてうーんと何かを考える仕草をしました。
「このねずみさんはかっこ悪い?」
お姉さんは絵本を指差して言いました。そこにはわんわんと大声をあげてなくねずみさんがいました。
でも、女の子は不思議とそのねずみさんがかっこ悪いとは思えませんでした。
「ううん。このねずみさんはやさしいから泣くんだよ。ねずみさんはねこさんが大好きだったからいなくなっちゃってとってもかなしいんだよ」
「じゃあ、同じように泣けるあなたも優しい子だね」
女の子はなんだかはずかしくなってしまいました。それは嫌な感じじゃなくてなんだかむずかゆいのです。
優し子なんて言われたのは初めてでした。
お姉さんは胸をとんとんと叩いて言いました。
「ここにね。優しいお水がたくさん入ってるからちょっとつついただけであふれてきちゃうんだよ」
「 病気なの?」
女の子は不安げにまゆをさげます。でもお姉さんは違うよと首をふりました。
「ううん。心が豊かってこと」
「ゆたか?」
お姉さんは笑ってこっくりと頷きました。
女の子はたくさん泣きました。
泣いても泣いても心にたまった水がなくなることはありませんでした。
女の子は泣くのと同じくらいたくさん笑いました。
楽しかったらお腹を抱えて笑って、悲しかったら大粒の涙を流して。
女の子は健やかに育っていきました。
「鬼はー内。鬼はー内」
『あたしのこと嫌い?』
「嫌いじゃなくなったよ。まだ、ちょっとだけはずかしいけど。あなたもあたしの一部だから」
女の子は笑って言いました。
『よかった』
泣きむし鬼は嬉しそうに泣いてにっこりと笑いました。
女の子は泣きむし鬼を抱きしめて一緒に優しい涙を流しました。