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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第八章 心を穿つ銃弾と雷
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真の死神

 

 ヨイヤミとカルマは恐る恐る雷が落ちた部分に視線を巡らせる。こんなところに雷など落ちるはずがない。あるとすれば、カルマと同じ……。

 二人の視線の先には、一人の青年がいた。雷のように逆立った白髪はある程度長く伸びており、漆黒のコートのような着衣に身を包んでいる。その着衣にはいくつかのベルトが施されており、首の後ろにはフードが垂れている。

 二人ともが言葉を失っていた。ただそこに佇む青年を、驚きで大きく見開かれた目で眺め続けていた。カルマと同じ力を持った者が現れたことも、二人が言葉を失った理由ではあった。だが何より驚いたのは、そこにいたのがこの世界で生きるものなら誰でも知っている人間だったからだ。

 この世界に君臨する、ガーランド帝国を取り囲むように存在する四人の王。彼らは四天王と呼ばれ、勢力を伸ばすと共に、他の王から恐れられる存在だった。

 その内の一人が、今二人の目の前にいるのだ。彼はグランパニアの王にして、四天王の一人、名を『キラ・アルス・グランパニア』。彼はまるで力を誇示するかのように、その魔法を包み隠すことなく現れた。

 エリスとの会話の中で、グランパニアの王が資質持ちであるという仮説は既に立っていた。それにリディアから聞いた噂だってある。

 だが、実際に自らの国の王がその力の持ち主であり、まるで二人が行く道を遮るように現れれば、驚きで頭が真っ白になるのは致し方無いことではある。

 二人が沈黙に包まれている中、目の前の王はゆっくりとこちらに、正確にはカルマに視線を向けて、その口を開いた。


「お前がスラム街の『資質持ち』か?」


 先程の兵士と同じようなことを問いかける。その問いかけに対して、カルマは息を飲んで沈黙を保ったままキラを睨み付けるような鋭い目付きで見据える。その沈黙を肯定と捉えたのか、キラはカルマが資質持ちであると確定して話を続ける。


「今回のスラム街の排除計画の真の目的は、お前の抹殺だ。正直、他は取って付けたような、当て付けの理由に過ぎない」


 キラの言葉に、カルマの表情が少しずつ青ざめていく。それはそうだ……。自らを殺すために、そのついでにこのスラム街の人間全員が殺されるというのだ。


「俺の国の繁栄のために、危険因子は全て取り除く。傘下に下る気のない資質持ち共の中でも、特に力を付けている奴らは抹殺する」


 横暴な理論ではあるが、話の筋は通っている。その行為の善悪は抜きにして、やろうとしていること自体は理解ができる。


「既に俺はある者から、このスラム街に資質持ちがいることを聞いている。それが、信頼にたる情報であることも確認済みだ」


 ある者……、つまり、カルマのことを知る誰かが、キラに情報を流したということになる。だが、正体のわからない者を疑う余裕など今はなかった。


「危険因子が国内にいるとなれば、それは真っ先に取り除かねばなるまい」


 キラは機械のように、無表情のまま淡々と言葉を紡ぐ。そんなキラが、口許を少しだけ緩めてから言葉を発する。


「だが、誇ってもいい。俺はお前の力を認めたからこそ、お前を危険因子として取り除くことに決めた」


 彼の小さな笑みに邪気はなく、本当にカルマのことを称賛しているようだった。彼はなおも、カルマへの賞賛の言葉を続ける。


「俺はお前の強さを肯定する。この世界において、強さを持つ者こそが正義たり得る。だが、俺には護らなければならない者が大勢いるんだ。彼らは皆弱い。だから、危険因子は俺が取り除くんだ。それを理解してくれると嬉しいな」


 彼からは、これから殺し合いをしようという気概がまるで見受けられない。まるで世間話をするように、平坦な口調で話を続ける。そんなキラの様子に、カルマも毒気を抜かれたのか、先程までの緊張した表情が、今は少しだけ和らいでいた。


「要は、傘下に下らない相手は全部殺していくってことか。だから、殺されたくなかったらお前の傘下になれと……?」


 それが、ようやくカルマが発した言葉だった。


「そうなるな……。だが、俺は自分の力を高めようとせず、強者の下で甘んじるような奴は否定するよ。だからこそ、お前のことを肯定すると言ったのだ。お前はどうせ、俺の下に下る気など有りはしないのだろう?」


 その質問にカルマはゆっくりと首を縦に振った。そのカルマの様子にキラはまた、表情を和らげる。まるで、カルマが頷くことを待っていたかのように……。


「そうだな……。俺はお前の下に付こうとは思わない。俺の家族はお前に殺されたようなもんだからな……」


 カルマの声に覇気は無く、キラにその声が本当に届いているのか怪しいくらいだった。それでも、キラはカルマの言葉をしっかりと咀嚼するように頷きながら、カルマとの会話を続ける。


「ああ、それでいい……。誰かを護るために、強者の下に下るという奴もいるが、そんなのは詭弁だ、逃避だ、敗北だ。本当に誰かを護りたいのなら、自らが強くなればいい。誰にも負けないくらい強くなればいい。お前もそうしてきたのだろう……」


 そう言いながらキラが一歩前に出る。その瞬間、カルマの表情に緊張が走る。


「ならば、お前が俺より強ければ、お前は俺に勝ち、お前の護るべき者を護ることが出来る。この世界はどちらが強いかだけの弱肉強食の世界だ。強いものだけが、全てを手に入れることが出来る。さあ、殺し合おう。お互いの全てを賭けて、お互いの護りたいものを護り合おう」


 キラが一瞬にして、底知れないほどの殺気を放つ。その殺気に中てられて、ヨイヤミですらも一瞬で汗が噴き出す。ヨイヤミの感情がたった一つの、どす黒いものに染め上げられていく。


 恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖……


 まるで、この世界が急に暗黒に包まれたような幻覚に陥り、更には自らの身体が真っ二つに裂け絶命するような幻覚までがヨイヤミを襲う。

 これ程までの殺気を感じたことがないヨイヤミは、それだけで下手をすれば命が刈り取られてしまうのではないかと思うほどだった。いつの間にか呼吸をすることも忘れるほど、その恐怖はヨイヤミの身体中を満たしていく。

 これは魔法でも何でもない。ただの、キラが自ら心の中で飼い馴らしている殺気なのだろう。魔法を使わなくとも、既にキラ自身が恐怖そのものなのだ。

 カルマが殺気に中てられて、叫びながら地面を蹴ってキラへと突っ込んでいく。先程の兵士たちに向かっていったのと、同じようで明らかに違う。今のカルマは感情をむき出しにして、勢いに任せてキラの下へと突撃したのだ。


「ダメ、だ……」


 そいつと戦うな…。そう、言いたかった。どう考えても、カルマが勝る相手ではない。兵士たちとの戦いは畏怖を覚えるほどのものだった。だが目の前にいる相手が出した殺気は、カルマとは比べものにならない程、どす黒く強大なものだった。

 だが、その言葉が口から発せられることはなかった。キラの殺気を浴びてから、呼吸困難に陥りまともに呼吸ができなくなっていた。カルマの殺気を浴びたときにはこんなことにはならなかった。


「うわああああああああああああああああ」


 叫び声と共に、カルマは自らの腕に風を纏い、キラの元へと突撃する。それは自らの命を顧みずに敵船へと突撃する特攻兵の如き攻撃だった。

 カルマの右腕がキラの顔面へ向けて突き出される。兵士たちの銀の鎧をいとも容易く貫いたその攻撃は、キラの手によって握りつぶされる。驚異的な風を纏ったその右手は、キラの左手で容易に抑え込まれた。生身の拳を抑え込むように、何の躊躇もなくカルマの拳を握って勢いを殺した。

 カルマは自らの攻撃が通らないことを悟り、一旦距離を取る。カルマが勝る相手ではないと言ったものの、カルマはこの殺気の中で何も感じていないように戦闘を続けている。

 いや、決してそんなことはないのだろう。カルマの表情に全くと言っていい程余裕が見られない。まるで、一呼吸ずつに精神を研ぎ澄ましているようだ。だが、そんな状況でも戦えるのは、カルマの強さなのだろう。


「焦れば自分の力を十分に発揮できなくなるぞ。俺も、全力のお前と殺り合いたい」


 距離を取ったカルマに向かって、まるでアドバイスをするかのように語りかける。しかし、その言葉とは裏腹に、その殺気を止めようとはしない。

 カルマもそのアドバイスについては素直に受け取ったようで、一度ゆっくりと深呼吸をする。キラはその間も一切動こうとはしなかった。これが強者の余裕なのだろうか……。

 深呼吸をしたところで、カルマには一切の余裕は戻ってこなかった。それでも、少しだけ呼吸の乱れが無くなったような気がした。その間も、ヨイヤミは一人でに底知れない恐怖と戦っていた。

 深呼吸を終えたカルマは、次は天へと高く翔ぶ。突っ込むだけがカルマの戦い方ではない。

 飛翔したカルマは、腕を斜めに十字に切るように振り下ろす。カルマの腕からは風の刃が振り下ろした腕と腕の軌道と同じ形で繰り出される。

 その攻撃に、キラは自らの拳を握りしめて、自らの下へ飛来するその刃を殴りつけた。すると、風の刃は砕け散るように消滅した。

 相手が繰り出した魔法に対し、それ以上の魔力を叩きこめば相手の攻撃を相殺できる。しかし、キラはそれを基礎魔法でやってのけたのだ。

 基礎魔法は誰にでも使用できる分、属性を持つ魔法よりも潜在的な魔力が著しく低い。魔導壁が銃弾にしか使われないのもそれが理由だ。しかし、キラはそれを可能にすることが出来るほどに強大な魔力を持っているということだ。

 つまり、この時点でキラとカルマの力の差は歴然としていた。やはりヨイヤミの予想通り、カルマが勝てる相手ではない。

 カルマも本当はそんなこと、最初からわかっていたのかもしれない。それでも退くことはできないのだ。退いたところで意味がない。おそらく、カルマが逃げても容易に追いつかれるし、カルマの護りたいものを誰一人として護ることが出来ない。

 それならば、戦って一筋の希望に賭けるしかない。カルマはそれを理解しているのだろう。

 攻撃が通らないとわかっても、カルマは攻撃の手を緩めることはない。質がダメなら量で攻めるしかない。カルマは次々と攻撃を重ねていく。

 今度は地面に手を付くと、キラの足元に魔法陣が展開し、そこから巨大な竜巻が吹き荒れる。竜巻は風の刃となってキラに襲い掛かるがキラの着衣ですら傷つけることが出来ない。

 その竜巻の勢いが収まるのを待つことなく、カルマは次の行動に出る。もう一度腕に風を纏いキラへと接近する。竜巻はまだ勢いの全てを失っておらず、自らの魔法であるにも関わらず、カルマの身体に斬傷が刻まれていく。そんなものは構いもせずに、カルマはもう一度右腕でキラに向かって殴りかかる。 

 魔法の二重使用ができる者はほぼいないが、カルマの竜巻のような滞在型の魔法ならば、疑似的に魔法の二重使用のようなことが出来る。ただし、先程のように、滞在型の魔法は使用後に自らの意思を離れるため、魔法を行使した本人ですらも傷つくことがある。

 しかし、またしてもキラの掌によって、カルマの拳は抑えつけられる。だが、カルマもそれを見越していたようで、今度はそこで全ての動きが止まることはない。

 今度は脚にも風を纏い、キラに向かって蹴り上げる。これにはキラも多少驚いたのか、咄嗟にその左脚を抑えにかかる。そのせいで少し集中力がぶれたのか、遂にキラの着衣に斬傷が刻まれた。

 それを見たカルマはキラの方向に向けて突風を放ち、その勢いでキラから飛び退く。普通ならば突風によりキラが飛ばされそうなものだが、今回飛んだのはカルマだった。

 だが、カルマもそれは予想していたのだろう。飛び退いた後も、特に驚いた様子は無く、むしろ小さな笑みを浮かべているようだった。その笑みを、目ざとく見つけながらキラはカルマに語りかける。


「俺のこれを傷つけたくらいで喜ぶとは、あまりにも小さ過ぎやしないか?俺はお前のことを認めたつもりだったが、どうやら間違いだったか……」


 自らの服を掴みながら発せられたキラの言葉にも、カルマはその小さな笑みを崩すことはない。


「何とでも言え。俺は別にお前に認めて欲しくて戦っている訳じゃない。最初は全く手も足も出ないと思ったけど、少なくとも今お前のそれに傷をつけることができた。俺は戦いの中で成長できる。なら、お前を倒せる可能性も零じゃないだろう」


 それは強がりだろう。いくら戦いの中で成長できると言っても、たかだか相手の服に傷をつけることが出来ただけなのだから、それが相手を殺すまでに成長しようと思ったら、何日掛かるかわからない。

 しかし、そんな小さな一歩でも、相手から受ける強大な恐怖を騙すのには十分だった。カルマの表情には少しずつ余裕が戻りつつあった。そんなカルマの余裕を取り戻したカルマの表情を見て、キラは再び邪気のない笑みを浮かべる。


「そうか、こんな追い込まれた状況でも、一筋の希望を見出し、それにより自らの余裕を取り戻したか。それこそが、お前の強さの根源なのだろうな。やはり俺の眼に狂いは無かったようだ。ならば、俺もこんな戦い方をしていてはお前に失礼だろうな……」


 そう言うとキラは天に向かってその手をかざす。するとその手に向かって一筋の稲光が走った。その雷はまるでキラを襲ったようにも見えたが、そんなことは全くなく、キラはその場に相変わらず無傷で立ち尽くしていた。

 そして、そんなキラの身体には、青い雷が纏わり付いていた。バチバチと、弾けるように雷の音が離れた所にいるカルマの耳にも聞こえてくる。


「さあ、仕切り直しだ。もう一度俺たちの殺し合いを始めよう」


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