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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第八章 心を穿つ銃弾と雷
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紅に染まった死神

 ヨイヤミはその銃声に、自らの死を覚悟して目を瞑る。

 エリスと同じ最後を迎えられるのなら、それはそれで良いと思えた。唯一心残りなのは、結局誰一人護ることができなかったこと。

 銃声が鳴り響いてからの時間が、とても長く感じられた。思考を巡らせるには十分な時間があった。彼女も銃弾が届くまでの間、こんな気持ちだったのだろうか。

 だが、あまりにも長すぎはしないだろうか。確かに死ぬ直前というのは、時間がゆっくりになるという話は聞いたことがあるが、それにしても長すぎる。思考どころか、身体を動かす時間すらありそうではないか。

 そんなことを思いながらゆっくりと瞼を開いていく。網膜に太陽の光が差し込み、目の前が明るく開ける。そこにあったのは、宙に浮かんだまま時が止まったかのように停止した銃弾だった。

 ヨイヤミは目を疑った。そんなことがあるはずがない。こんなのまるで魔法ではないか。もしかして僕は魔法が使えるようになったのか……。

 だが、それは勘違いだった。ヨイヤミの後ろにいるカルマが、その銃弾に向けて手を伸ばしていることに気が付く。これではまるで、カルマが魔法を使って、ヨイヤミを救ったみたいではないか……。

 現状で理解できないことが多すぎる。思考が追いつかない。だが、はっきりしていることは、ヨイヤミはまだ生きているということ。


「話し合いはこれまでだ、ヨイヤミ。もう、こいつらと話すことなんてない。後は力づくで押し通るだけだ。お前は、瓦礫の後ろにでも隠れていてくれ」


 カルマが肩に手を置いて、ヨイヤミを無理矢理後ろに退がらせる。一歩、また一歩とカルマは兵士たちの元へ近づいていく。


「き、貴様が、スラム街に住まう『資質持ち』か……。だが、これで探す手間が省けた。貴様を殺せば、それだけで階級は鰻登りだ。貴様のような餓鬼など、捻り潰してくれるわ」


 『資質持ち』などと言う、訳のわからない言葉が耳を通り過ぎたが、今はそれを疑問に思えるだけの余裕がヨイヤミには無かった。

 ヨイヤミと会話をしていた一兵士の叫び声と共に、そこにいた千を超える兵士が揃って持っている武器を構える。そして、先頭に構える兵士たちの銃器がヨイヤミに向けられたものとは比べものにならない程の数の音が重なり合いながら火を噴いた。

 ヨイヤミは思わず目を瞑った。だが、先程同じように、カルマの元に銃弾が届くことはなかった。先頭に構えていた百近くの兵士が放った銃弾が、カラン、カランと音を発てながら、まるで力を失った生物のように宙から地面へと落下する。

 そして、銃弾が全て地面に落ち切ったのを合図にして、カルマが地面を蹴って跳んだ。

 カルマが地面を蹴った瞬間、カルマの背後に突風が巻き起こり、カルマは言葉通り跳んだのだ。

 およそ人が出せる速度をいとも容易く超えて、カルマは一瞬で兵士たちの元へと辿り着いた。それこそ言葉通り一瞬で……。


「カルマ、お前はいったい……」


 無意識の内に疑問が声になって漏れだす。しかし、その言葉は既にカルマには届かない。

 兵士たちの元に辿り着いたと思ったカルマは、既にヨイヤミと会話していた男の腹部を、その腕で貫いていた。


「なっ……」


 男は何が起こったのか理解ができていないような、呆けた顔をしてカルマを見下ろしていた。

 そして、その貫いた腕を中心にこの世のものとは思えないほどの突風が、渦を巻いて巻き起こり、銀の鎧もろともその男を跡形もなく引き裂いた。

 一瞬赤い花火が打ちあがったようにも見えた。だがそれは、そんなに美しいものとは比べようのない、ただの人の血液だ。その返り血を浴びるようにして、カルマの身体は赤く染め上げられる。

 その姿は、さながら死神のようであった。

 その姿にそこにいた全ての兵士が絶句し、その場の空気が硬直し、静寂に包まれた。

 だがすぐさま、兵士の中の一人が叫び声をあげる。


「か……、かかれえええええええええええええええええ」


 それが号砲と言わんばかりに、カルマに向けて千をも超える銀の塊が押し寄せた。それは最早、人の形をした激流だった。逃げ道を防ぐように、四方八方からカルマに向かって人がなだれ込む。

 兵士たちはグリーブを踏み鳴らし、砂埃を上げて自らの持つ武器をカルマへと突き立てる。だが、それらは一瞬で粉々に砕かれ塵になる。カルマが全身に纏う風が刃の如く、襲いかかる銀の刃を砕いていく。

 ならばと兵士たちも、銃器を持って襲いかかるが、怒号を上げて火を吹いた銃弾はカルマの纏う風によって勢いを往なされ、力なく地面へと落ちていく。

 兵士たちの攻撃はどれだけの数を重ねようとも、カルマに届くことはない。そしてカルマもまた、防御するだけには留まらない。

 武器を失った兵士が一旦その場を離れようと、背を向ける。それを見逃さないように、カルマは地面を蹴り、突風と共に一気に距離を詰める。そして、その兵士の背中に伸ばされたカルマの腕は、重厚な銀の鎧にいとも容易く風穴を空けた。そして、その銀の鎧は一瞬の内に、内側から赤く染まっていった。

 それを見た何人かは、顔を引きつらせ悲鳴を上げた。これで大人しく引き下がってくれれば良いのだが、そうしてくれるのなら一人目でそうしてくれていただろう。


「怯むな、攻撃を続けろ。必ずや隙は生まれる。千人相手にたった一人で勝てる訳がないのだ」


 最早誰が指揮官なのかわからない。指揮系統を失った彼らは、それでも血眼でカルマに襲いかかる。

 恐怖を覆い隠すような雄叫びが上がる。兵士たちは皆、恐怖を圧し殺しながらカルマへと刃を突き立てる。

 そんな様子を遠くから見ていたヨイヤミですら、恐怖を押さえることができずに、小さく震えていた。それは、ヨイヤミを護ってくれている友の姿であるにも関わらず、ヨイヤミの目には恐怖そのものに映った。

 これがエリスの言っていた恐怖そのもの。人間にあるはずのない力である『魔法』。

 カルマは次々と兵士たちに風穴を空けていく。先程から局所的に赤黒い雨が降り続けている。

 カルマが手を延ばせばまるで赤子の手を捻るように、兵士たちが死んでいく。圧倒的な力の前に、兵士たちは為す術もなく命を散らしていく。

 止むことのない鮮血の雨の中、ヨイヤミの足元には銀色と赤色のグラデーションの施された床が形成されていた。そこに存在する中で唯一、台風の目のように、風を纏うカルマだけが赤く染まることなく存在していた。

 目の前で起こる虐殺にヨイヤミは目を向けることができなくなり目を瞑る。もう、こんな光景を見るのは限界だ。

 しかし、兵士たちの数が半数を越えた頃、ヨイヤミはその瞼を開かざるを得なくなる。


「あいつだ、あいつを人質にとる。その間になんとかそいつを抑えろ」


 一人の兵士が獲物を見つけたと言わんばかりに、目を見開いて全力疾走でこちらへと向かってくる。

 ここで捕まれば、カルマの足手まといになる。しかし、目の前で起こる惨劇に脚が震えて動けない。

 しかし、そんなのはただの杞憂だった。一人の兵士がヨイヤミに向かって走り出したことに気が付いたカルマは、その兵士へと向けて手を伸ばした。

 すると何処からともなく突風が巻き起こり、ヨイヤミに向かって走っていた兵士をカルマの元まで吹き飛ばしたのだ。

 バランスを崩してカルマの足元に転がり込む兵士。彼を見下ろすようにして、カルマが片足をゆっくりと上げる。カルマの目には何も宿っていない。完全なる無表情。それが、兵士の恐怖心を更に煽る。


「や……、やめろ……。やめてくれ……」


 しかし、その声がカルマに届くことはない。兵士のか細い嘆願の声は、カルマの纏う風の音に掻き消され、空気の中に溶けていく。

 慈悲もなくカルマの足は降り下ろされる。兵士の顔を踏み潰し、身体だけを残して絶命する。

 その瞬間をヨイヤミは見ることができなかった。恐怖のあまりその光景から瞼を閉じて逃避した。

 最早カルマの怒りを止めることは誰にもできない。そこに存在するのは、溢れんばかりの殺気を抑えることなく、深紅の雨を撒き散らす死神だった。

 あれからどれだけの時が経っただろうか……。先程までの、怒号と叫声の渦は鳴り止み、その場に静けさが訪れたとき、ようやく瞼を開いたヨイヤミの視界に映り込んだのは赤と黒に染められた地獄絵図だった。

 死体の山の上に立ち尽くす一人の少年。彼の眼に、およそ感情と呼ばれるものは存在しない。虚無感に苛まれたように虚ろな目で天を仰いでいる。

 恐る恐るヨイヤミは彼の元へと歩み寄る。その足取りは宙に浮くように、とても頼り無さげだった。


「カルマ……」


 地獄の中心に佇む彼に、ヨイヤミは震え混じりに声を掛ける。彼の視線がヨイヤミへと向けられる。ヨイヤミと視線が交わった瞬間、彼の瞳に感情が帰って来たかのように色が戻っていく。


「…………。ごめん……、な……」


 カルマが真っ先に発したのは、そんな謝罪の言葉だった。それが何に対する謝罪なのか、ヨイヤミに図ることはできない。


「別に、謝ることないやろ……。僕がカルマに、何かをされた訳やない……。むしろ、護ってもらったんや。謝らなあかんのは……、僕の方やろ。」


 なるべく平静を装おうとするが、声の震えも止まらず、顔が引きつっているのが自分でもわかってしまう。しかしそれを抑えることは、今のヨイヤミにはできなかった。


「俺は、こんな人間だ。平気で人を殺すことができる……。いや、最早人間なのかどうかも怪しいけどな……」


 カルマは自嘲するように冷たい笑みを浮かべる。こうなることがわかっていたから、カルマは独りでここに向かおうとしたのかもしれない。それでも、彼のことを否定することは、ヨイヤミにはできない。


「人間や。カルマは、ちゃんと血と心の通った人間や。だって、これは皆のために、自分を圧し殺してやったことなんやろ。殺戮衝動があった訳やないやろ」


 カルマはそれを否定しようとはしない。全てが終わってしまった今となっては、それがどういう感情からくる殺意だったのか、カルマ自身にも解らない。


「…………」


 だからヨイヤミの問いに肯定も否定もすることができなかった。


「でも、やっぱりこれは虐殺や。力があるものが、力のないものを蹂躙したのと何も変わらん。こいつらが僕らにしようとしとったことと何も変わらん」


 それは唯の理想論だということはわかっている。この世界はどうしようもなく弱肉強食なのだ。だから、これはある意味必然のことで……。


「だから、これからもっといいやり方を見つけよう。僕たちが力を合わせれば、やれんことなんてないはずや」


 ヨイヤミは未来があると信じている。こんなところで終わる訳にはいかないと、そう思っている。だから、これから先まだまだやり直す時間はあるはずなのだ。


「わかった。先は長そうだけど、お前の理想論を叶えられるよう努力するよ。ひと先ず、あいつらの所に戻って……」


 カルマが一歩を踏み出し、レアたちの元に戻ろうとしたその瞬間、カルマの背後に一筋の稲光が走った。

 この世界は雨などほとんど降らず、今日も日常に漏れず、透き通った蒼が空に広がっていた。にもかかわらず、彼らの元に巨大な雷が降り注いだ。


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