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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第八章 心を穿つ銃弾と雷
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小さな冒険

「今日もまた飛び出して来たのかい?またお母さんたちにこっぴどく叱られるよ。バレない内に早く家に戻んなさいな」


 近隣のおばちゃんはヨイヤミの顔を見るなりそんなことを言う。恐らくヨイヤミが言うことを聞かないとわかっていながら言っているのだろう。言葉の割に、その語調はとても優しく、強制しようという気概が見当たらない。


「大丈夫や。母さんたち、今日はどっか出かけとるみたいやから、家にはおらへんだ。母さんたちが帰ってくるまでには、ちゃんと家に戻っとるから。じゃあ」


 ヨイヤミは言葉を言い終える前にすでに走りだしていた。振り返り際に発せられた別れの言葉は、届いたのかどうかもわからないまま街の喧騒に溶け込んでいく。そうして、滑らかな銀髪を揺らしながら、ヨイヤミは新たな冒険に胸をときめかせて走り去っていく。

 おばちゃんには早く帰りなと言われたものの、まだ太陽が頂点に達してすらいない朝方である。

 ヨイヤミが走っているのはグランパニアを、平民街から王都までを真っ直ぐに横断するメインストリートである。このメインストリートからたくさんの枝分かれの道が伸びており、初めて来た人が中途半端な知識で中道に入っていくと、途端に迷ってしまう。まあ、基本的に旅行客はメインストリートで事足りるようにできている。


「今日はどこ行こうかな?西側はほとんど回ったし、北側は……、門番の人に見つかると面倒くさいな。やっぱ次は東側かな。あっちの方は何があるんだろう?楽しみだなあ」


 まだ見ぬ世界に期待を膨らませながらヨイヤミはレンガ造りの高級住宅の合間を走り抜けていく。道もレンガ造りで、メインストリートには馬に跨りながら移動する人もいるほどこの国は広いのだ。今のところ見当たらないが、自動車が行き交うこともままある。

 そんな中に、一組の家族の後ろを、多くの荷物を持ったまま静かについて行く人の姿があった。家族は誰一人荷物を持っていないのに、その男の人は汗水を垂らしながら只々後を追う。

 この人が奴隷という人だということは幼いヨイヤミにもわかっていた。でも、奴隷が一体どんな人なのかは、この時のヨイヤミは解っていなかった。きっとあれが仕事なのだろう、くらいにしか思っておらず、グランパニアの貴族街では当たり前の光景だったので、それを不審に思うこともなかった。


「おーい。ヨイヤミ君、また家を抜け出して来たのかい。ホントによくやるね」


 そう言って笑いながら話しかけてくるのは、ヨイヤミの学友だ。この国の貴族街には学校といって、この世界の様々なことを学ぶことができる施設がある。彼はそこの友達で、僕がよく抜け出していることも、それで怒られていることも知っている。

 まあ、友達といっても表面上の友達でしかない。貴族街の子供たちは誰一人として仲間外れを作ろうとしない。今考えれば、そんな教室の光景は凄まじく気持ちが悪く感じるのだろうが、その時のヨイヤミはそれが普通だと思っていた。誰しもが、他人に気を使って、他人の機嫌を取りながら生活を送っていた。


「それにしても、東側にはあんまり行かない方がいいよ。あっち側は学校からも止められているから、流石に大丈夫だと思うけど、君はそれでも行ってしまいそうだから」


 ヨイヤミは彼に言われて思い出す。そう言えば、学校でそんなことを言われた覚えがある。貴族街の中でも東側は危険だから、あまり奥まで行ってはいけないと……。

 それが何故なのかは教えられていないが、とにかく危険が潜んでいるらしい。しかし、行くなと言われれば、余計に行きたくなるのが好奇心というもので、その時点でヨイヤミの行先は完全に決まってしまった。


「わかっとる、わかっとる。東側の奥の方には行かんから大丈夫や。じゃあ」


 そう言ってまたも、最後まで言葉を終えることなく手を上げて走り去っていく。ヨイヤミのあまりにもおざなりな言葉に、彼も呆れて溜め息を吐きながら、ヨイヤミの後姿を見守っていた。そんな彼を尻目にヨイヤミは目的地に向かって真っすぐにひた走る。


「何が危険なんか教えてくれんってことは、なんか秘密があるはずや……。僕がそれを証明したるわ。さて、何が待っとるんやろ……」


 ニイッと不敵な笑みを浮かべながら、ヨイヤミはメインストリートから伸びる、他と比べると大きめの中道へと入っていく。メインストリートには劣るが、他の国なら十分にメインストリートになれるような大通りを、ヨイヤミは疲れることなく走り抜ける。

 王都をグルッと回るように迂回しながら走っていくと、やがて『グランパニア貴族街東地区』という看板が大通りの目立つところに置いてあるのをヨイヤミは見つけた。

現状、ヨイヤミが住んでいる場所と、雰囲気は大して変わらない。行くことを止められているのは東側の奥の方だから、東側に入ったばかりのここが、そんな危険な場所である訳がない。

 時間も気にしながらの探索のため、目的地が決まればそこに向かって全力疾走していく。何しろ、幼いヨイヤミはまだ疲れというものを知らないのだから。

 ヨイヤミは大通りから伸びる、新たな中道へと入っていく。グランパニアはこうやって、メインストリートだけでなく、多くの道が木の幹のように他の道に枝別れしているのだ。

 東側に入ってから数時間走り続けると、大分街並みの雰囲気も変わってくる。少しだけジトッとした湿り気と、少し不気味な薄暗さが増してきたような気がするが、気のせいではないだろう。人気も少なくなり、辺りを見回してもすぐに人の姿が見当たらないようになる。

 しかし、それが余計にヨイヤミの好奇心を刺激する。好奇心と同様に恐怖心も増していくが、大部分を締める好奇心が恐怖心を押し除けてヨイヤミの背中を押していく。

 やがてヨイヤミは、陽の当たらないような細い路地裏へと入っていく。そこは家が並んでいるにもかかわらず、全く生活感はなく、人の気配もしない。ただそこに家があるだけの、不気味な空間が顔を覗かせる。その空間に手招きでもされるかのように、辺りを見回しながら、ただ道なりに進んでいく。


「誰だ!?」


 そこで不意に掛けられた声により、我に還ったようにハッと声のする方向へと視線を巡らせる。周囲ばかりを気にしていたせいで、正面にいる存在に全然気が付いていなかった。

そこにいたのは同い年くらいの少年だった。しかし、その格好はとてもみすぼらしく、ほとんど布一枚を頭から被っているような状態だった。


「お前みたいな貴族街の奴が、こんなところになんの用だよ?ここはお前みたいなお坊ちゃんが来るようなところじゃないぜ」


 少年の肌は色黒で、整えられてもいないボサボサの髪を携え、布から見える手足は痩せ細っており、裕福なヨイヤミからすれば、そのまま死んでしまうのではないか、と思うような身体つきをしていた。


「ここやって、貴族街とちゃうんか?別に平民街の門を通った覚えはないけど……」


 初めて話す相手に緊張しながら、少し言葉が固くなる。ヨイヤミは外に出たことはないが、学校で教わったので、この国には貴族街と平民街があり、それを大きな門で隔絶していることを知っている。確かに同じ国ではあるが、その門の境目には越えることのできない大きな壁が存在するのだ。


「お前、もしかしてなにも知らないのか?家族街のお坊ちゃんたちは学校って施設でお勉強するって聞いたけど、なにも知らないんだな」


 少年が嘲笑うかのような笑みをみせる。ヨイヤミは貴族街での生活では向けられたことのない悪意に小さな怒りを覚えながら、先程よりも語気を強めて言い返す。


「なんやと!!僕はな、四大大国だって全部言えるし、グランパニア加盟国だって十ヵ国以上言えるんやぞ。お前、言えるんか?」


 この頃のヨイヤミは人を馬鹿にしたり嘲笑ったりということを知らない。貴族街は名の通り裕福な者たちが、何のしがらみも不自由もなく過ごしているので、そういったこととは無縁な暮らしを送ってきていたのだ。だから、ただ込み上げてくる感情をそのまま乗せるようにして言葉を紡ぐ。


「自分の国のことも知らない奴が、外国のことを偉そうに話すのか……?やっぱり貴族様たちは考え方が違うな。外のことなんかより、中のことの方が余程大事だと思うけどな」


 それでもなお、彼は表情を変えることなくヨイヤミに反論する。侮蔑という感情を知らないヨイヤミは怒りが頂点を越えて、訳がわからなくなる。そして、そんなヨイヤミの口を衝いて出たのはこんな言葉だった。


「なら、教えてくれよ。確かに僕は、この国のことを何も知らん。実際、東側に来るなって言われているけど、何でこっちに来たらあかんのかなんて知らん。なんでこっちがこんなに廃れた場所になっとるのかも……。それを知りたくて、今日はここに来たんや。知ってるって言うなら、教えてくれんか?本当のこの国のことを……」


 その言葉からは一切の怒りが消え失せ、ただ溢れ出る好奇心が、そのまま言葉になったかのような印象を得る。ヨイヤミは頭を軽く下げて答えを求めるような態度を取る。そんな、ヨイヤミの態度と言葉に毒気を抜かれたのか、少年は一度唖然とした表情を浮かべて固まると、やがて口を抑えて吹き出して笑い始める。


「ふっ……、あはははは……。お前、変わった奴だな」


 急に笑いだした少年にヨイヤミは訳がわからないまま声を失う。自分がどうして笑われているのかが、理解できずに立ちすくんでいると、少し落ち着きを取り戻した少年が話を続ける。


「いやあ、ごめんごめん。人の本性を引き出すには、悪意をぶつけるのが一番だからな。だからいきなりあんな言い方をしただけだよ。別にお前に何か問題があった訳でも、お前のことが嫌いなわけでもないから気にすんな」


 少年の言葉に「はあ?」とまだ理解しきれていない様子でヨイヤミが返事をする。


「それにしても、本当にこんなところのこと知ってどうするんだよ?こんなところに来ても、お前のような貴族街の住民が得るものなんて、何もないぞ」


 少年のそんな言葉にヨイヤミは勢いよく首を横に振る。これまで少年が告げる言葉は今一つ理解できずに、会話を広げることができなかったが、ここに来た理由はハッキリしていたので、やっと彼と会話らしい会話ができると意気込んで答える。


「そんなことない。さっきも言うたけど、僕はこの国のことを全然知らんのや。学校で教えてもらえるのなんて、この国には王都と貴族街と平民街があるってことくらいや。だから、この国の本当の姿を知りたくて、僕はここに来たんや」


 そんなヨイヤミの好奇心に少年は少し驚いたような表情を浮かべる。貴族街に住んでいれば、別に他のことを知らなくたって、何不自由なく暮らせるはずだ。それでも、ヨイヤミはこの国の本当の姿を知りたいと言った。


「そうか……。なら、最初に先ず教えとかなあかんことがあるな」


 少年はそこで一度言葉を切ると、しっかりとヨイヤミに向き直ってから言葉を続ける。


「確かに、この国には表向きは今お前が言った三つの区画しかない。でも、本当はこの国にはもうひとつ街がある」


 そして、ヨイヤミがこれから先、一生業を背負うことになる、この国の裏の顔の名が告げられる。


「この国のもうひとつの街は……、スラム街。平民街より更に貧しい者たちが暮らす、この国から捨てられた街だ」


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