封印した記憶
窓から覗く朝の陽射しを、真っ向から受けてアカツキは目を覚ます。隣で小さな寝息を立てて眠るアリスが視界に入り、昨日の出来事が脳裏をよぎる。アカツキは独りでに頬を染め、アリスの潤いに満ちた艶やかな唇を、吸い込まれるようにマジマジと見つめる。
昨日の自分がこの唇と触れ合おうとしていたかと思うと、無性に恥ずかしくなってきて、声を押し殺して悶えはじめる。そんな感じで、一人で散々悶え倒した後、アカツキは平静を取り戻して、眠りに就いたままのアリスの肩を軽くゆすって目覚めさせる。
「アリス、起きて。朝だよ」
「んっ……。んんんん……」
小さな呻き声を上げながら、アリスは目を覚まして、眠気眼のまま伸びをする。まだ覚醒しきっていないようで、瞼が半分閉じた状態のまま、ぼうっとアカツキの方に視線を巡らせる。
「おはよう、アリス」
先程散々悶えたため、アカツキは十分に平静を装うことができている。しかし、アリスは昨日のあの出来事をしっかりと整理する時間はなく、アカツキにモーニングコールをされた訳で……。
「お……、おっ、おはようございます。すみません、このようなだらしのない格好で……」
顔一気に紅潮させ、慌てて乱れていた衣服を整える。その上、アカツキが目覚めたときと同じように、昨日の出来事がフラッシュバックし、アリスの脳は一杯一杯になっていた。そんなアリスを、先に心の整理を済ましたアカツキは苦笑しながら眺めていた。
身だしなみを整えた二人が部屋から出ると、時を同じくして隣の二人も部屋から顔を出した。ヨイヤミの顔を見た瞬間、アカツキの表情が少しだけ歪んだのをアリスは見逃さなかったが、いつもと違ってわざわざ突っ掛かることはしなかった。そろそろアカツキもヨイヤミのこういうノリに慣れてきたのだろう。
「お、おはよう。昨日はよく眠れたか?」
ヨイヤミはというと、相変わらず含みのあるような笑みを浮かべて、アカツキに話しかけるが、アカツキが平静を保っていることに少し違和感を覚えたのか、訝しげな表情をして、先を行くアカツキの背を眺めていた。
それにしても、そんな他愛ないやり取りをしている二人を眺めるロイズの顔が、何処か上の空で、心ここに非ずといった感じだったので、アリスが気になって話しかける。
「ロイズさん、どうかなさいましたか?ご気分が優れませんか?」
アリスに声を掛けられたことで、我に還ったかのようにハッとすると、何かを取り繕う様に笑みを貼り付けて答える。
「な、なんでもない……。ちょっと寝起きでぼうっとしていただけだ。気にしないでくれ」
そう答えるロイズが、あからさまにいつもと異なるので、少し気がかりに思ったものの、これ以上突き詰めるのは失礼に値するだろうというアリスの判断により、これ以上この話をすることはなかった。
そんなアリスとロイズを尻目に、アカツキはヨイヤミに昨日のことについて尋ねる。
「そう言えば、昨日のあの音ってなんだったんだ?壁を叩いたみたいな音がこっちの部屋に聞こえてきたけど……」
アカツキのその質問に、ヨイヤミは特に変わった様子もなく、至って普通に答える。
「ああ、あれな。別に何でもあらへん。ちょっと足を滑らせてこけただけや。なあ、ロイズ」
不意に投げかけられた言葉に、ロイズが肩を揺らして立ち止まる。どれだけヨイヤミが平静を保っていても、こちらはそうはいかないようだ…。違和感のある間を空けた後に、誰が見てもわかるような作り笑いを浮かべて答える。
「ああ……、別に何もなかったぞ……」
そう答えるロイズの隣で、何故か頬を赤くして恥らっているアリスの様子に気付いた者は、誰一人としていなかった。
そして、その日は残りの買い物を済ませて、四人はゆっくりと帰路に付いていた。陽も傾き始めて、雨の過ぎ去った透き通った空が綺麗な朱色に染められ始めたころ、四人は小さな峡谷に差し掛かっていた。ルブルニアの周囲に色がる平野に入る前に通る小さな峡谷だ。
そのちょうど真ん中辺りに差し掛かったところで、アカツキは頭上に人の気配を感じて馬を止めた。こんな夕暮れの時間に、こんなところで人の気配がすることに疑問を抱いたからだ。
アカツキが頭上に視線を巡らせると、それを追うようにヨイヤミ、ロイズ、アリスの順で視線を向けていく。そこには一人の男が峡谷の先から足を放り投げて座り込んでいた。
その男は、とても顔立ちは整っており、鼻は鋭さと高さを合わせ持っており、目は少しだけ吊り上がっている。しっかりと身なりや髪型などを整えれば、どの国に行っても女性関係に困ら無さそうな感じなのだが、その身なりや髪型がとにかくひどい。くせ毛が荒れ狂う荒野のようなにボサボサに乱れ、髭は全く整えられておらず、実年齢よりもかなり老けて見える。
「こんにちは、アカツキ君、ヨイヤミ君。僕の名前は、えっと……、そうだなぁ、じゃあ、オルタナ。そう、僕の名前はオルタナ・レプリカントだ」
自分のことをオルタナと呼ぶ男は、違和感に満ち溢れた自己紹介を行う。しかしアカツキは、オルタナが自分の名前を今考えたようにしか見えなかったことよりも、初めて会った人間が自分たちの名前を知っていることに疑問を抱く。そもそも、ここにはロイズとアリスもいるのになぜ自分たち二人だけなのか……。
「何で、俺たちの名前を知ってんだよ?」
アカツキがそう尋ねると、「んっ?」と不思議そうな表情を浮かべた後、何かに気付いたように、「おおっ!」と胸の前で手を打って、とぼけたような声音で返事をする。
「しまった、順序を間違えたな……」
そう言ったオルタナは「ごほんっ」と一度咳払いをすると、まるでさっきまでの時間がなかったかのように、仕切り直してもう一度挨拶をし始める。
「はじめまして、僕の名前はオルタナ・レプリカントです。君たちの名前は?」
そのあからさまに怪しい様子に、さすがに少々恐怖を感じる。どう考えても普通ではない彼に対して皆が臨戦体勢を取っていると、オルタナは何も気にする素振りもなく会話を始める。
「いやあ、挨拶なんてのはただの社交辞令だよ。そんな物に意味はないから、気にしないでくれ。それはそれとして、アカツキ君、僕は少し君に話があってここに来たんだ」
こちらが明らかに臨戦態勢を取っているにも関わらず、飄々とした態度を変えようともしないのは、自らの実力に自信があるからなのか、それともただの強がりか……。
「俺に何の用だ?」
アカツキがちゃんと反応してくれたのが嬉しかったのか、うんうんと頷いていた。
「まあ、唐突で申し訳ないんだけど、僕にも限られた時間があるからね。では、さっそく……。君たちは善悪や正誤についてどう考えているかな?」
突然訳のわからない質問を投げかけられ、何も答えることなくオルタナを睨み返す。やがて、少しの間を開けて、オルタナがもう一度口を開く。
「あぁ……、質問が悪かったかな。君たちにとって善悪や正誤という概念はどういう風に捉えているのかな?」
言い直したにも関わらず、先程と何一つ変わっていない気がする。だが、尋ねたい内容自体は時間を置くことで大体理解ができた。彼の様子に訝しみながらも、ひとまず解答を差し出す。
「善悪も正誤も、何が正しくて、何が間違っているかって話だろ」
アカツキの解答を咀嚼するように何度か頷き、オルタナは顎から伸びる髭をさすりながら更に質問を重ねる。
「じゃあ、それらはどうして正しくて、どうして間違っているんだい?」
またも、理解しがたい質問にそろそろ苛立たしさが増し始めてくるが、相手のことがわからないため、こちらから動くのも躊躇われる。だからこそ、会話を繋げることで相手の様子を観察する。
「そんなの、考えたこともない。ただ、なんとなくこれは正しくて、これは間違っているって線引きをしているって感じだ。今は戦争ばかりで忘れ去られているけど、昔はちゃんと憲法っていう、善悪を書き記したものがあったっていうのは聞いたことがある」
その答えに「ふむ」と言って髭を触っていた手を膝の上に置く。
「善悪や正誤なんてのは、結局人間たちが創りだした価値観なのさ」
軽く口端を上げて、どこか嘲笑うかのような表情でオルタナはアカツキたちを見下ろす。
「大体どこに善悪の基準があるんだい?それは、誰が決めたんだい?どうせ人間だろ。ふっ、片腹痛いね。神様にでもなったつもりかい……」
それはそうだ、神様なんてものは本当に存在するかどうかもわからない。それならば、人間が、自らの価値観で正誤や善悪を決めるしかない。
「なら、何が善で何が悪だって言うんだよ?」
アカツキの苛立ちはうなぎ上りに増していくため、語気が無意識の内に強くなっている。アカツキの疑問に対して、「ハッ」と口端を釣り上げて笑いながらオルタナは答える。
「そもそも、そんなものこの世に存在しないんだよ、アカツキ君。君は、人を殺すのと人を生かすのと、どちらが善でどちらが悪だと思う?」
一ヶ月前、どこかで聞いたような言葉にアカツキは肩を震わせる。だが、これに対しては、既に答えが出ている。あの日、ヨイヤミと二人で出した答えが……。
「そりゃ、人を殺すのが悪で、人を生かすのが善だ」
オルタナはどこか気だるげに、ハアッと溜め息を吐きながら答える。
「君はつまらない男だね。この問いに躊躇なく答えるなんて。なら、君たちに、わかりやすいように説明してあげるよ。そもそも、こんな例え話が何の意味も持たないんだけど、でも、君たちからすると、こういう例え話にした方が、理解できると思うからね」
わざわざくどい言い回しを交えながら、オルタナはひざの上にひじをつき、顔を手のひらの上に乗せる。
「例えばその救った男が、実はこれまでに何百人も殺した犯罪者だったら、それは本当に善なのかい?これからも、その男は人を殺し続けたとき、あの人を救ってよかったって本当に思えるかい?逆に殺した人が、これまた何百人も人を殺した犯罪者なら、君はそれを本当に悪だと言えるのかい?なら、なぜ昔は死刑なんていう制度があったんだろうね」
あの時と同じ喩え話。ふと、そんなヨイヤミの様子が気になって、視線を一瞬だけ巡らせると、額から冷や汗を垂らしているヨイヤミの姿があった。間違いなくいつもの様子とは違う。ヨイヤミには彼が何者なのかがわかっているのだろうか……。
「確かに、そうかもしれない。でも、俺は人を生かすことが救いになると信じている。そうなる世界を創れると信じている」
その答えに、オルタナの笑みがスッと消える。予想していた答えと違うものが帰って来たからだろうか、その表情にはどこか不満げなものが見える。
「つまり、そこに正しい善悪なんて存在しないって言っているんだろう。時と場合による、なんていうやつもいるけど、そんなのただの傲慢だ。それを判断しているのは、結局人間なのだから。だから善悪なんて概念は、所詮は存在しないのと同じなんだよ」
そんなことはわかっている。でも、そういう善悪が本当に存在する世界を創ることができれば、世界はもっと平和になるはずだ。
オルタナは乗せていた腕を左から右に移し変えると、ふうっと溜め息を吐いて間を取ってから話を続ける。
「まあ、この喩え話は置いておこう。それじゃあ、もうひとつの喩え話をしよう、アカツキ君。例えば、お金を盗むことと人を殺すこと、どっちの方が罪が重いと思う?」
「そりゃ、どう考えたって、人を殺す方が重いに決まっているだろ」
この答えには満足げに口端を釣り上げた例の笑みを浮かべて、オルタナは楽しそうに答える。
「君は本当に愚かでつまらない。いや、信じきっている君の中の善悪があるって事なのかな。アカツキ君、それは時に武器になるかもしれないけど、時に自分を殺す凶器にもなりうる。覚えておくといい」
オルタナはその意地の悪い笑みを解くことなく話を続ける。
「あぁ、少し話がそれてしまったね。悪い、悪い……。それで、さっきの答えだけど、答えはノーだ。それらに罪の重さなんてのは存在しないんだよ。さっきも言っただろ、アカツキ君。それは、誰が決めた基準だい?もしかしたら人の命より、お金が大切な国だってあるかもしれないじゃないか。そしたら、その国はお金を盗む方が重たい罪になる。そうだろ?」
それはただのこじつけでしかないだろう、というアカツキの心を読んだかのように、先回りしてオルタナは答える。
「君は、そんな国ある訳ないって言いたいんだろ。そんなの誰が決めたんだい。実際、奴隷なんて制度がこの世界にはあるじゃないか。人の命をお金で買っているんだろ?つまり、人の命よりもお金の方が、価値が高いって事だろ。まあ、そんな制度こちらから言わせれば、同じ種族同士で上下の差なんて創れるほど君たちに優劣はない、って言ってやりたいとこだけど、まあそれは面倒だから放っておこう」
オルタナはどこか違う世界から来たような、そして、自分は人間ではないというような口調で話す。
「つまりね、アカツキ君。結局罪の重さってのも、君たち人間が決めた、傲慢で無意味で馬鹿馬鹿しい、ただの自己満足ってやつさ。そうやって、誰かが勝手に決めた基準を、あたかも神のように崇め、信仰する。ある意味、宗教じみているよね」
アカツキはオルタナが言っていることの半分も理解が出来ていない。ヨイヤミなら、彼が云わんとしていることがわかるのだろうかと、後ろを振り向いたが、相変わらずヨイヤミは、ただただオルタナを睨み付けているだけだった。
「アカツキ君には、難し過ぎるかい。なら、下手に理解しようとしない方がいいかもしれない。中途半端に理解して、理解した気になって、勘違いされても困るからね。コレだけは言わせてもらうよ、アカツキ君。僕は何も、人を殺しても良いって言っている訳じゃないんだ。さっきも言ったけど、君たちは他人の命を勝手にどうこうできるほど各々に優劣がある訳じゃない。君たちは、根本が間違っているんだよ。同じ種族の中で、誰かが誰かの上に立てるほど君たちに差ってやつはないんだ。だから、誰かが誰かの命の行先を決めることなんて本当はできないんだ」
それはアカツキもずっと考えていることだ。だが、少なくとも今の世界を変えるためには、一度は誰かが、いや、自らが全ての人間の上に立つ必要がある。
「ただしね、アカツキ君。その種族を超越することができるのなら……、その種族の中で誰よりも秀でることが出来るのなら、その者は王になる資格があると思うんだよ」
王になる資格……、王の資質。
「君たちは、すでに人間を超越する力を持っている。君たちは『王の資質』なんて呼んでいるんだったかな?あれは、既に人ならざる力だからね。まあ、本当のことを言うと、元から君たち人間全員が持つはずだった力だから、人ならざるってのはおかしな話なんだけど……。まあ、コレに関しては、今更どうこう言っても仕方がないから、触れないでおこうかな」
アカツキには、オルタナが話す言葉はまるで要領を得なくて、結局何が言いたいのかが全然わからない。そんなアカツキはお構いなしに、オルタナはその口から次々と言葉を放り投げる。
「あぁ……、どうもいけない、僕は話が脱線する癖があるんだ。王になるどうこうの話は、今の君たちに言っても何も伝わる訳がないんだからするべきじゃなかった。本当にごめんよ。そうじゃないんだ、僕が言いたかったことは……。つまりね、アカツキ君。君がもし、これから誰かを殺すかどうか迷ったとき、君がそいつのことを本当に悪だと思うのなら、それはそれで良いと思うんだ」
グランパニアとの戦いを見据えたときに、どうしてもぶち当たる困惑がアカツキにはあった。どう考えても、誰も殺さずに戦争を終えることは不可能という事実。勝敗はわからないかもしれない。だが、誰も殺さずに終えるのは、この前のイシュメルとの戦いからも不可能だとわかっている。だが、グランパニアとの戦争はもう避けられないものとなっている。アカツキの迷いを知っているかのようにオルタナは告げる。
「アカツキ君、本当は善悪がないように、正しい答えなんて物は存在しないんだよ。なら、君が求めている問いにも、答えなんてものはない。それなら、自分の信じるものを、信じるしかない……。これは僕の持論なんだけどね、神って言うのは自分の心の中にしかいないんだよ。それなら、自分が正しいと思うことこそ正しくて、自分が間違っていると思うことこそ間違っている。それで良いじゃないか」
つまりは、人間一人一人が神であり、善悪や正誤はそれら個人に委ねられると、オルタナはアカツキたちにそう告げる。それはどう考えても傲慢な考え方だが、追い詰められたときに判断するのは、規則でもルールでもなく、自分の心だ。誰かを殺したとしても、自らが信じるための犠牲ならば仕方がないとそう告げる。
「僕は君の事を実は良く知っているんだ、アカツキ君。僕は君に期待しているからね」
オルタナは以前からアカツキを知っていると言う。今まで会ったことすらないにも関わらず……。
「だから、少し前の話になるけど……」
そこでオルタナは、タイミングを計るように一呼吸置いてから、これまで浮かべた笑みの中で一番冷たく楽しそうな笑みを浮かべながら口を開いた。
「君は大勢の人を殺したよね」
オルタナはアカツキの身に覚えのない出来事を述べる。いや、身に覚えがないのではなく、今まで逃げてきた記憶を穿り返された。
「ルブールで君は、大勢の人間を殺した。怒りに任せて殺した。でも、君がそれを悔やんだことはあったかい?わかっていたんだろ、あの場所で意識が戻ってあの光景を見たとき、自分があの惨状を生み出した張本人であることぐらい」
アカツキの脳裏に忘れ去っていた、いや、無理矢理に抑え込んでいた記憶が蘇る。中心に眠るシリウスの周りに咲く、大量の赤い花々。そこに立ち尽くすアカツキの手には、彼らの返り血により赤く染まった、退魔の刀が握られている。
「やめろおおおおおおおお」
頭を抑えながらその場に蹲って叫び声を上げる。確かに、オルタナの言うとおり、アカツキはわかっていたのだ。しかし、これまでそのことからは逃げてきた。故郷の話をするときも、いつもこの話だけは伏せていた。そうすることで、自分の罪の意識から逃げていた。
「そうじゃないよ、アカツキ君。君は罪の意識から逃げていた訳じゃない。罪の意識なんて、そもそも感じてないんだよ。あいつらは殺されてもしょうがない、位にしか思ってないんだ。君が逃げていたのは、人を殺したのに罪を感じていない、その自分の傲慢さからさ」
一言も声にはしていないのに、まるで全てを見通すかのようにオルタナは告げる。
「でもそれが悪いことだとは、僕も思わないよ。それが君の中の善悪だ。自分の大切な人を殺したのだから、殺されても構わない。君がそう決めた……。君の中の神がそう決めた。なら、それに従った君は何も悪いことはないんだよ」
オルタナが言った通り、アカツキはそう思っていた。彼らはシリウスを殺した。なら殺されても文句はないだろう、そう思っていた。その傲慢さが許せなくて、心のどこかに記憶すらも閉じ込めた。
「だからね、さっきも言ったけど、これからも君が迷うことがあったら、自分の中の神を信じて行動するべきだ。今まで君がそうしてきたように……。最終的に僕が君に伝えたかったのはそれだけさ。そのために長話をしたり、君の辛い過去を掘り起こしたりしたことは謝るよ。すまなかった」
そして「よいしょっ」と言って立ち上がると、ふさぎこんでしまったアカツキと、怪訝そうな顔でオルタナを睨み付けるヨイヤミに向かって別れを告げる。
「じゃあね、そろそろ時間だから僕は行くよ。なかなか楽しい時間だったよ。今日はアカツキ君の話をする時間しかなかったから、ヨイヤミ君はまた会って、ゆっくり話ができることを楽しみにしているよ。それじゃあ」
そう言って手を上げて振り向こうとするオルタナを、これまで一切言葉を発さなかったヨイヤミが制止する。
「待てや。お前何者や?ホンマに人間なんか?」
その問いかけに一度は足を止めたものの、そのままヨイヤミの視界からゆっくりとフィードアウトしていった。足を止めたときに、薄らと見えた口許は、何かを仄めかすように大きく吊り上げられていた。
結局、オルタナはロイズとアリスには一切触れずに立ち去って行った。それがどういう意味を持つのかはわからない。だが、彼は固執するように、頑なにその二人の名前しか出さなかった。