表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第八章 心を穿つ銃弾と雷
79/244

甘い時間の裏側で

 扉の向こうが静かになったのを確認したヨイヤミは、扉の近くから部屋の中へと戻ってくる。してやったりの満足そうな笑みを浮かべながら自らの布団に腰を下ろす。


「アカツキは相変わらず先読みが甘いなあ。まあ、そろそろこんな小細工しやんでも、自分から二人きりになってもええ頃な気もするけど……」


 満面の笑みは、やがて苦笑に変わっていく。確かにあの二人が出会ってから、もう一年を超えている。お互いの気持ちに、そろそろ気づき始めていてもおかしくないし、最近は何気に二人きりで過ごしている時間も短くない。それなのに相変わらず、彼らの後押しがないと、こういった大事な時に二人きりになろうとしないのだ。


「まあ、あの二人にはあの二人のやり方がある。私たちがそこまで急かしても仕方がなかろう。二人は二人なりにちゃんと前に進んでいる。そのうち、答えを見つけるさ」


 そんなロイズの言葉に、ヨイヤミの表情が一気に歪む。ロイズが少し恐怖を覚えるほどに、ヨイヤミの表情の変化は激しく、そして険しかった。


「急かしても仕方ないか……。本当にそんな時間が残されとると思うか。僕は、一秒でも早く、アカツキに本当に護りたいものを見つけて欲しいんや。グランパニアとの戦争はもう避けられん…。戦争が起こる前に、アカツキには自分の本当に大切なものを、見つけるべきや。護るものがある奴ほど、強い奴はおらん」


 ヨイヤミが言いたいことはわかる。誰かを守りたいと思う心が、窮地に立たされたときに背中を押してくれることは少なくない。だから、アカツキとアリスを今すぐにでも結ばせようとしている。でも……、それでも……。


「でも、それは違うだろう。お前があの二人を無理矢理にくっつけてしまっては、それが本物だと言えるのか?そんなもの、他人に創られた偽りでしかないだろう」


 確かに時間が残されていないのはロイズにもわかっている。それでも、他人によって押し付けられた偽りの感情を、本物と勘違いしてしまうことだってある。そんな偽りの感情では、本当に大切なときに迷いが出たとしてもおかしくはない。


「偽り……?あの二人が結ばれるのは必然やろ。あの二人をこの一年見てきて、お互いがどう思っとるかなんて、誰がどう見てもはっきりしとる。後一歩踏み出すだけなんや。それを後押しして、何が悪いんや」


 ヨイヤミの語気が強まっていく。これ程に感情的なヨイヤミを見るのは久しぶりだ。戴冠式のあの日、ヨイヤミは独りでに涙を流していた。あの時も、アカツキの心配をして感情を露にしていた。


「それは私だってわかっている。だが、その最後の一歩は、自らで踏み出さなければならないものだろ。誰かの手によって、無理矢理に踏み出させていいものではない」


 自然とロイズの語気も強くなる。こんなもの感情論でしかないのかもしれない。実際のところ、自分で踏み出そうが、人の力を借りようが、変わらないのかもしれない。

 それでも、恋愛とは結局、お互いの感情のエゴでしかないのだから、感情論こそが正しいと信じている。だから、恋愛を捨ててきたロイズも、そこだけは譲れなかった。


「なんでや……。別にお互いが嫌っとる同士をくっつけようとしとる訳やないんや。その二つに何の違いがあるんや」


 結局ヨイヤミは無理矢理大人になろうとした子供なのだ。感情論と現実論を合わせて考えることができない。ヨイヤミは現実論だけが前に出て、感情論が置き去りになっている。それは別に間違った考え方ではない。感情論は間違いを生みやすいし、後悔することも少なくない。それでも、こと恋愛においては感情論が間違いではないと断言できる。


「そうじゃない。そうじゃないんだ……、ヨイヤミ。言葉では簡単に説明できないけれど、ヨイヤミのやり方は間違っている」


 ロイズは沸き上がってくる感情を押さえ付けて、何とか平静を装うと、ヨイヤミに向かって諭すようにそう告げる。


「なら、どうすればいいんや」


 ヨイヤミの声が震える。その言葉にすぐに答えを返すことはできない。ロイズが言葉を失っていると、ヨイヤミが言葉を重ねる。


「なあ、ロイズは……、気付いとるか?最近のアカツキは急いで大人になろうと、焦っとる。この前までは自分で何も決められんと、僕の出した提案を全て受け入れとった。ノックスサンでの戦いだって、僕が提案したもんや」


 ロイズの脳裏に一年前の出来事が浮かび上がる。


「なのに、この前のベオグラードとの戦争のとき、アカツキが何て言ったか覚えてるか?」


 そう尋ねられて、あの日のアカツキとの会話を思い出していると、答えに辿り着く前にヨイヤミから告げられる。


「国王命令だ。反論はゆるさん。……そう言ったんや。あのときは驚いて何も言えんかったけど、あの一言は今までのアカツキからは考えられん一言や。このままいくと、あいつは誰の意見も聞かんようになる。そんな状態で戦争したって、それは王と言う名の権力で皆を押さえ付けるだけや」


 アカツキが一番嫌っていたはずだったのに、アカツキはいつの間にか、王という権力を振りかざし始めている。おそらく、今のアカツキは無自覚にそうしているのだろう。ヨイヤミに言われるまで、ロイズですら気がついていなかったのだ。それは、ずっと一緒に旅してきたヨイヤミだからこそわかることだった。


「ならお前は、アカツキが皆の意見に耳を傾けさせるように、アリスを使おうとしているのか?」


 それは仲間を疑うような発言だった。ロイズも、この言葉を発することに躊躇したが、言わずにはいられなかった。


「違う」


 これまでで一番に語気が強められた言葉と共に、ヨイヤミが自らの拳で壁を殴り付けた。ここが宿で、隣に他人がいることなど忘れているのだろう。幸い、この隣はアカツキたちなので気にする必要はないが……。


「僕が仲間を道具みたいに扱うとでも思っとるんか?僕がそういうことが一番嫌いやって、この一年過ごしてきてまだわかってくれんのか?そんなに僕のことが見えてないんか?」


 ヨイヤミの声が少しずつ震えを増していく。最後は最早、先程までの話とは全く別の場所に着地しているように感じたが、それは一端置いておく。


「なら、なぜ無理矢理あの二人を……」


「さっきは護る者がおった方が強くなれるなんて言ったけど、そんなのは嘘や。本当はアカツキに迷いを与えるためや。今のルブルニアがグランパニアに戦争を仕掛けたところで、ルブルニアが負けるのは目に見えとる。だから、アカツキがグランパニアとの戦争を避けるという選択肢を選ぶ可能性を少しでも上げたいんや」


 確かに、大切なものが出来れば、勝ち目のない戦いから避けるという選択肢を取るかもしれない。だが、ロイズだって今のルブルニアならグランパニアと戦えると思っているし、そもそもグランパニアとの戦争を避けるのは、最早不可能なはずだ。


「あの二人がどうこうなろうが、グランパニアとの戦争は避けられんだろう。大体、お前はどうしてそんなに後ろ向きなんだ?私たちが、グランパニアにそこまで劣っているとは思えないんだが」


「いや……」


 ロイズの言葉が切れると同時に、ヨイヤミが否定の言葉を告げる。その否定がどれに対するものかはわからなかったが、その言葉の続きを待つように、二人の間に静寂が訪れる。俯いたままのヨイヤミがその続きを紡ぎ始める。


「グランパニアとの戦争を逃れる方法が一つだけある」


 グランパニアと戦えるかどうかではなく、戦争を避けられないことに対する否定。ヨイヤミは戦うことをそもそも考えていない。勝つことは不可能。しかし、避ける方法ならあると、そう告げる。


「この際やから、僕の今の目的を教えたる。僕の目的は……」


 そこで勿体ぶるように一瞬間を空けて、意を決したように重い口を開く。


「僕の目的は、ルブルニア王国の解体。グランパニアとの戦争を避けるのは、それしかない」


「なっ……」


 ヨイヤミのその目的に、ロイズは言葉を失う。この国を造った本人が、その国を自ら壊すというのだ。考えもしなかったが、確かにそれならグランパニアとの戦争を避けられるかもしれない。だが、それと同時に奴隷解放という本来の目的からは遠退くことになる。


「皆はグランパニアの、いや、キラの本当の強さを全然わかっとらん。イシュメルを倒せたからって、今の僕らの力じゃキラの足下にも及ばん。それが現実や。キラからしたら、何時だって僕らを羽虫の如く握りつぶすことができるんや。だからこそ、すぐには潰しに来んし、僕らのことを放って置くような真似をしとるんや」


 いくらヨイヤミの言うことだとはいえ、それを素直に受け入れることはできない。もう、目の前まで、手の届きそうなところまで来ていると本気で思っているのだ。なのに、ヨイヤミが言うことが事実なら、何時まで経っても同じ土俵に上がることすらできない。


「お前には悪いが、それを示す根拠がない。お前がただ怖じけずいて、臆病になっているだけなんじゃないのか?そんなに私たちが弱いというのなら、その理由を教えてくれ」


 今度はヨイヤミが言葉を失う。明確な理由はないのか、それともその理由を言いたくないのか……。どちらかはわからないが、少なくともヨイヤミは答える気がないらしい。

 確かにヨイヤミが言うことの全てを信じることはできない。だが、ヨイヤミが、簡単にルブルニアの解散などという結論を導き出すとは思えない。それがどうにもロイズの心に引っかかる。だから、聞いてはいけないとわかっていても、無意識のうちにロイズの口から言葉が漏れていた。


「それは、お前の過去に関係があるのか……?」


 ヨイヤミの肩が大きく震える。普段見せることのない、明確な動揺。彼が頑なに語ろうとしない、彼自信の過去。親友のアカツキでさえ知らない、ヨイヤミの過去。


「何故そこまで隠そうとする。そんなに私たちのことが信用できないのか?お前が過去を話せば、皆がお前のことを忌避するようになると、本気でそんな事を思っているのか?」


 まるで尋問するかのようにロイズの語気が強くなる。ヨイヤミが俯き、前髪で隠れて表情を窺うことができない。やがて、小刻みに震えていた肩が静止し、その肩がだらりと下がる。


「もう……、今日は寝よう」


 ばつが悪くなったヨイヤミは、不意に就寝を提案する。隠しきることのできない動揺は、未だにヨイヤミの表情に如実に現れている。ヨイヤミもそれをわかっているからか、俯いた顔を上げようとはしない。


「わかった……」


 これ以上、この話し合いを続けても、気分が悪くなるだけで、何の解決も見えないだろう。だから、ロイズもその提案に賛成する。


「こんなことやったら、あんな提案を持ちかけずに、大人しくアカツキと一緒の部屋にしとけばよかったわ」


 少し癪に障る言い方をするヨイヤミに、ロイズは何も返さない。ここで、感情に任せて言い返しては、また言い争いが巻き起こることは目に見えていた。ヨイヤミはどれだけ大人振ろうとしていても、結局まだ子供なのだ。気に入らないことがあれば不貞腐れるし、感情を露にすることだってある。

 ロイズは大人しく布団の中に身体を埋める。そっとヨイヤミの方に視線を巡らせると、ヨイヤミはロイズに背中を向けてうずくまるようにして、眠っている。そんなヨイヤミの肩が小さく震える。


「結局、誰も僕の本当の気持ちなんてわかってくれんのや……」


 その言葉は今にも泣き出してしまいそうな程か細く、小刻みに揺れていた。その言葉に黙りを貫いていたロイズも、意見せずにはいられなかった。


「それはお前が、自らのことを隠しているからだろう?」


 ヨイヤミの肩が一度だけ大きく揺れる。それを見たロイズは思わず口を手で抑える。どうやら心の声が、無意識のうちに言葉となって出ていたのだろう。意図せぬ形で発せられたその言葉は、ヨイヤミの心を着実に締め付けていく。


「隠し事の一つや二つ、誰にだってあるやろ。それでも誰かにわかって欲しいと思うとのは、別におかしなことやない。それに、一番わかってくれてないんわ……、ロイズや……」


 急に発せられた自らの名前は、吹けば簡単に消えてしまいそうなほど、か細いものだった。ヨイヤミが首を回転させて、顔だけがロイズの方へと向けられる。ロイズに映り込んできたヨイヤミの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。

 ロイズはその言葉に、何も答えることができなかった。何故だか、この言葉には容易く答えてはいけない気がした。それに、何を以て自分が一番わかっていないと言われているか、わからなかったから……。

 結局ロイズの言葉を待たずして、ヨイヤミはもう一度顔の位置を元に戻す。

いつの間にか小さくなったヨイヤミの背中を見ていることができなくて、静かにヨイヤミに背を向けるように身体を回転させる。

 ヨイヤミが言いたかったことを、明確に理解することができなかった自分がもどかしくて、モヤモヤとした気持ちを心に止めながら、ロイズは瞼を閉じていく。

 眠ることのできないロイズは、瞼の裏の暗黒の世界をただひたすらに漂うのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ