届かない告白
ルブルニアは現在、国の復興が急務となっていた。先の戦争で大きな被害を受けたルブルニアは、人的被害はアリスのおかげでかなり早期に解決したものの、建築物などの被害は直ぐに解決とはいかなかった。
現在、自らの家を失ってしまった者は、急遽建設された大きな仮屋で風雨を凌いでいる状況だ。それでも、ルブルニアは少しずつ元の姿を取り戻しつつある。ちなみに戦争からは既に一ヶ月が経っていた。
そんなこんなで、アカツキたちは現在レイドールで物資の調達をしていた。本当は戦争勝利国なのだから、資金援助などの話を持ちかけても何ら問題無いのだが、それをやってしまうと、結局力で抑え付けているのと変わらないことになるので、それだけは避けようという事で大方合意している。
アカツキたちは少しだけ変装しながら、自分たちの身分を偽ってこの国に来ている。大勢で来るわけにも行かないので、現在レイドールに来ているのはアカツキ、ヨイヤミ、アリス、ロイズの四人である。
レイドールは服飾の国であるため、お洒落な店が立ち並んでいる。レンガ造りの少し造形に工夫のある家が多く、街を歩く人々も上流階級を思わせるような綺麗な衣服に身を包んでいる。この国では、そんな衣服が他国よりも安価で買うことができるため、一般市民でも気軽にそういった服を着ることができる。そんな中、アカツキたちの格好は大人し過ぎて、逆に目立つくらいである。
「相変わらずこの国の民たちは、ジャラジャラした服が好きなのだな。辺りを見回すと、目がチカチカしそうなほど、彩りに溢れていると言うか……」
これまで戦闘一筋で生きてきた軍人のロイズには、こういったお洒落な文化は理解し難いらしい。さっきからアカツキの隣で「酔いそう……」などと文句を言いながら気分悪そうに歩いている。
「私は少し憧れますけどね。女の子としては、一度はああいう服に袖を通してみたいといいますか……」
アリスのその言葉に、ロイズには珍しくアリスに向かって鋭い目線が向けられる。
「アリス……、それは私が女でないとないと言っているのか?」
ロイズの声音には隠しきれていない怒気が露になっている。アリスに対してこんな声音を向けるロイズはなかなかに珍しい。そんなロイズの怒気にあてられて、アリスがあからさまな動揺をみせ、狼狽しながら釈明する。
「いえ、決してそういう訳では……。も、申し訳ございません」
アリスはロイズに向けて、そのまま地面まで付いてしまうのではと思うくらいの勢いで頭を下げる。そんなアリスの必死な態度に、自分が大人気ないことを言ったことに気がついて、直ぐに声音を和らげて話しかける。
「えっと……、別にそこまで怒っている訳じゃ……。いいから頭を上げてくれ、こんな街中でそんなことをしていては注目を集めてしまう」
ロイズもすっかり狼狽していた。先程までの怒気は綺麗さっぱり消失しており、どうやら無意識に発していたものだったようだ。何度も何度も頭を下げる少女と、そんな少女を慌てふためきながら必至に止める女性。そんな二人のやりとりを呆れた表情で眺めながら、アカツキは先へと歩を進めようとする。
「いつまでやってんだよ……。ほら、早く行くぞ。だいたいお忍びで来てるんだから、大人しくしててくれよ」
そんな大人な対応をするアカツキの言葉に、二人は落ち着きを取り戻し、頬を染めながら頭を掻いて恥ずかしそうにこちらを見る。アリスはともかく、ロイズとアカツキは何処か立場が前と比べて逆転している気がする。アカツキも成長したと言うことか……。
「でも、アカツキもこの前、アリスちゃんに言い寄られて、相当狼狽してたけどな。あんときは店中の人から視線集めとったからな……」
ヨイヤミが沁々と過去を思い出すように、頷きながらそんなことを言う。その言葉に今まで落ち着きを保っていたアカツキが、雪崩のように瓦解していく。アリスに至ってはそのときのことを思い出したのか、更に顔を真っ赤に染めてヨイヤミに反論する。
「よ、ヨイヤミくん……。その話はもうしないって約束だったじゃないですか。酷いです……」
以前も同じように、この四人で他国に買い物をしに来たことがあり、その途中で寄った料亭で、アリスは間違ってロイズが頼んでいたお酒を口にしてしまった。その後、お酒の弱いアリスがどうなったかは想像に難くない。
アカツキもそのときのことを思い出したようで、沸騰するかのような勢いで顔を真っ赤にし、黙り込んでしまう。先程までの落ち着きを払ったアカツキの様子は最早どこにもなく、何かを言い返そうと口をアワアワと開閉してはいるものの、そこから言葉が紡がれることはない。そんなアカツキの様子を見たヨイヤミが我慢しきれずに吹き出し、その様子を今度はロイズが呆れた表情で見ている。
こんな感じですっかり和気藹々とした様子で日々を過ごしている。特にこの四人で他国への買い出しをすることが多く、ここ最近では四人の仲はすっかり深まっている。アリスの呼び方からも垣間見られるだろう。アカツキとアリスの距離も着々と近づいているのは言うまでもない。
「まあ、それにしてもこの四人やと、一種のダブルデートみたいな感じやな」
ヨイヤミがふと、そんなことを口走る。この言葉にすぐに反応したのは言うまでもなくアカツキとアリスだ。二人ともその言葉を聞いた瞬間に肩を震わせて視線を逸らす。
「ちょっと待て……。その流れで行くと、アカツキとアリスの組み合わせは確約されているから、私がお前とペアになるのだが……。それはあまり想像したくないから止めてくれないか……」
意外なところから掛けられた言葉に、ヨイヤミはロイズへと視線を巡らせる。視線の先のロイズの表情が思いっきり引きつっている。どうやら心の底からの発せられた言葉のようだ。ロイズのその表情に、「ああ、確かに……」と言った本人も顔を引きつらせる。そして、少し考えるように顎に手を当てて、わざわざもう一度この場を何かに喩えようとする。
「じゃあ、初デートに向かう初々しいカップルと、それに付き添う両親なんてのは……」
ヨイヤミは言葉の途中で「あっ……」と言って、自らの言葉を遮る。どうやら、ロイズの冷たい視線を受けて、喩えの中のロイズとヨイヤミの関係性が更に深くなっていることに気付いたようだ。ヨイヤミは更に顔を引きつらせて、引き笑いをして何やら言い訳を並べ始める。
「どうやら今日は調子悪い見たいやな。まあ、そういう日もあるわ。今日はアカツキをからかうのは止めにしとこ……」
そんな感じでロイズとヨイヤミの二人がやり取りをしている間、アカツキとアリスは何一つ言い返すことができないまま、顔を真っ赤にして黙り込んでいた。結局一番心のダメージを受けたのはロイズではなく、この二人だったのかもしれない。つまるところ、ヨイヤミの目的は見知らぬところでしっかりと達成されていたのだった。
そんな感じで他愛のない話をしながら、買い物を続けていく。途中でアリスのちょっとした我が儘で少しだけ寄り道をして、お店に並ぶお洒落な服を試着する。
アリスは小さな我が儘が言えるくらいには、心の壁が取り払われたと言って良い。アカツキも最近は大分気を使うことなくアリスに接することができるようになった。試着を済ませ「どうですか?」と全身を見せるかのようにグルっと回りながら尋ねるアリスに、アカツキは笑顔で素直な感想を述べる。
「やっぱり、アリスは何を着ても似合うよ。本当に可愛い」
そんな言葉を、全く照れないとまではいかないが、少しだけ頬を朱に染めながらすんなりと口にすることができていた。もごもごと口籠っていたアカツキは、もうここにはいない。恥ずかしがりながら、全てを遠慮するアリスもここにはいない。
アリスが身体を回転させたその勢いで、アリスの胸元からキラキラと輝く首飾りが顔を出す。それは、いつかアカツキがプレゼントした、ハートの形を模した首飾り。
「それ、まだ付けていてくれたんだ」
アカツキは満足げな笑みを浮かべながら、アリスの胸元を見て言葉を漏らす。
「もちろんです。毎日欠かさず付けさせてもらっていますよ。私の大切な宝物ですから」
そう言って晴れやかな笑顔を見せるアリスに、結局アカツキは顔を紅潮させる。恥ずかしそうに頬を掻きながら、照れ笑いを浮かべて、嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「それだけ気に入って貰えて、俺も嬉しいよ。ありがとう」
そう告げると、アリスも「こちらこそ」と言いながら、自らの胸元に視線を落とし、掌の上に乗せると、ギュッと握りしめて嬉しそうに笑みを零す。
二人のそんな様子を、微笑ましそうな表情で、少し離れたところから見守るもう一つの二人組。
「まあ、二人の邪魔をする訳にもいかないからな……。仕方なくお前と一緒にいるだけだ。本当に他意はない」
アカツキたちの様子を眺めながらそんなことを言うロイズに、ヨイヤミは不敵な笑みを浮かべるとおどけてみせる。
「そんなこと言うて、本当のところは僕と一緒に……」
そこまで言ったところで、ロイズが鬼のような表情を浮かべながらヨイヤミの襟首をつかむ。命の危機を感じたヨイヤミは口を手で抑えて、これ以上は口にしないと暗に示す。
さすがのヨイヤミも、ロイズへのからかいは力でねじ伏せられてしまう。手を離してもらったヨイヤミは安堵の溜め息を吐くと共に、ロイズへと真面目な声音で疑問を投げかける。
「まあ、僕のことは冗談としても、ロイズは本当の所、誰かと一緒になる気はないんか?」
そんな真面目なトーンで投げかけられたヨイヤミの言葉に「なっ……」と声を漏らすと、ロイズが初めて動揺を見せる。肩をプルプルと震わせ、頬を染める。肩に掛かっていた藤色の髪がハラりと後ろに垂れる。
「わ、私は、軍人になった時に女は捨てたのだ。だから、今後も私はこの国のために、この命を捧げる」
そんなロイズの言葉にヨイヤミはからかう様子もなく、素直に思ったことを口にする。
「そりゃ、国を建てた者としては、そうやって国のためって言ってもらえるのは嬉しいんやけど……。でも、やっぱり一人の友人として、ロイズにも人並みの幸せを手に入れて欲しいって気持ちもあるんや。それに何かの為よりも、誰かのために戦う者の方が、やっぱり強いと思うんや、僕は……」
ヨイヤミが本当に自分のことを心配してくれているのだと、改めて実感する。
こいつはいつもふざけているくせに、たまにこうやって真面目な顔で真面目なことを言うから反応に困る。でも、こいつなりに、みんなのことを本当に大切に思っているんだろう。
ロイズはそんなことを思いながら不意に微笑みを漏らす。
「人並みの幸せなら、お前たちに十分もらっている。ルブルニアに来てから、私は毎日が幸せだよ。大好きな仲間たちと共に談笑して、時に喧嘩して……。そんな毎日がずっと続けばいいのにと思っている。それに、護りたい者ならちゃんといるさ。お前やアカツキ、アリスやアリーナにハリー。ガリアスは、どちらかと言うと護ってもらう方になるのかもな……。だから、私は今のままで十分なんだ」
ロイズの微笑みはとても晴れやかで、何の迷いもなく、本当に今が幸せなのだということが伝わってくる。そんなロイズの微笑みをヨイヤミは素直に美しいと思った。優しげで慈悲深く、本当に綺麗で……。ヨイヤミは一瞬言葉を失ってしまった。
「そう言うお前はどうなんだ?誰か、思い人の一人くらいいないのか?」
ロイズから投げ掛けられた質問に、ヨイヤミは我に還るかのようにハッとし、何かを取り繕う様に、いつもの不敵な笑みを自らの顔に貼り付ける。
「いやあ、僕はロイズのこと大好きなんやけどなあ……」
ロイズはヨイヤミのその言葉に、呆れたように少し冷たい笑みを見せると振り返りながら、諭すようにヨイヤミに告げる。
「あまりふざけていると、本当に思い人が現れたときに逃げられるぞ。若いと思っていても、すぐに時は過ぎていく。一度しっかりと考えてみろ……」
そう言いながら、ヨイヤミに背を向けて、アカツキたちのいる店へと歩いていく。ロイズのその言葉に、ヨイヤミは何も言わなかった。ただ遠ざかっていくロイズを無言で見つめていた。その表情はどこか寂しげで、先程までの貼り付けていた笑顔は消え失せていた。そして、ロイズが離れたのを確認すると、ボソッと言葉を漏らす。
「なら……、真面目に言ったら、ロイズは答えてくれるんか……」
ヨイヤミが心の底から漏らしたその言葉は、誰の元に届くことも無く、レイドールから覗く雲一つない清々しい青空に溶けていく。ヨイヤミの表情にはいつもの笑みはなく、寂しげで悲しげな冷めきった笑みが浮かんでいた。その痛みは誰に気付かれることもなく、ヨイヤミの心の中に居座り続ける。それでも、自分を偽ることでしか生きていけないヨイヤミは、誰にもその痛みを見せることはない。