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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第七章 偽りと目覚めの果て
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幕間:蒼き女の冷酷な覚悟

 フェリスはグランパニア傘下の国シーシャルの王として君臨していた。いや、王の資質を持ったために王に祭り上げられたというのが正確な説明であろう。元々は孤児院で過ごしていた彼女は、ある時その孤児院があった国をグランパニア傘下の国に襲撃された。彼女はそのときに王の資質に目覚めたのだった。

 そんな彼女が戦争孤児を集めて作った国が今のシーシャルだ。今では戦争孤児だけでなく、敗戦国から命からがら逃げたしてきた者なども受け入れていた。その内国民の数はどんどんと膨れ上がり、いつのまにか千人近い国民がシーシャルで暮らすこととなっていた。

 だが、国民が増えるのはいいことだけではない。国民が増えれば国土も増える。そもそも、元々は戦争孤児を集める目的で造られたため、この国では子供の割合が高い。そして、自分たちで開拓した領土や、奴隷にするための国民を狙って戦争を仕掛けてくる国がいずれ現れる。

 この国の建国時のメンバーで何度も何度も会談を重ねて、たどり着いた答えは、グランパニアの名を借りること。それで全てが解決される訳ではない。だが、他国への牽制にはなるし、先伸ばしにすることはできる。

 フェリスは自らの仇であるグランパニアに、泣く泣く傘下になることを申し出た。グランパニアは来るものを拒むことなく傘下に取り入れるので、特に何の問題もなく傘下に入ることができた。

 そんな時に声をかけてきたのが、グランパニア傘下の国でありながら、その中の幹部を務める、ベオグラード国王イシュメルだった。彼はフェリスに向けてこう言った。


「そんなに強者の後ろ盾が欲しいのなら、我が貴様の国と同盟を組んでやろう。グランパニアの傘下というだけでは心許ない。グランパニアの幹部の後ろ盾がある国となれば、貴様の国は安泰となるだろう」


 提示された条件は、他国がシーシャルを襲撃することがあれば、ベオグラードはその応援にあたる。その代償として、フェリスはイシュメルからの命に背くことができない。もし、フェリスが命に背くことがあれば、国民を全てベオグラードに差し出さなければならない。ただし、フェリス以外の国民には一切手を出さない。あくまでも命を下せるのは、フェリスのみとする。

 つまり、フェリス一人が全てを背負えば、シーシャルの安泰は約束される。そんな条件を差し出されれば、国民たちを思うフェリスが出す答えは一つだった。それが、イシュメルが資質持ちの奴隷が欲しいがために持ちかけたものであるとわかっていたとしても、フェリスの答えは決まっていた。

 その後、イシュメルからのいくつもの命に従いながら、フェリスはシーシャルの平和を護り続けた。ベオグラードとの同盟国というだけで、この国に攻め込む国は一つも現れなかった。孤児院の頃の苦く悲しい過去があったフェリスにとって、自らの国が攻め込まれないというのは、それだけで彼女を幸福感で満たした。たとえ、自分がどんなに苦しい思いをしようとも、国民たちが平和で、笑顔を見続けられるなら、それだけで十分だった。

 そんなある日、フェリスの元に、イシュメルからいつものように羊皮紙での指令が届けられた。指令の内容は追って話すので、まずはベオグラードに赴けとの内容がそこには書かれていた。いつもは、羊皮紙での指令で終わらせるため、わざわざベオグラードに赴くことなどほとんどなかったフェリスは、その内容に訝しみながらも、イシュメルの命に逆らうことはできないので、国を若い者たちに任せてベオグラードへと向かった。

 久しぶりに顔を合わせるイシュメルは、出会った頃と何一つ変わらず、巌のような身体を赤い鎧で包み込み、自らの傍らに黒光りする大剣を携えていた。畏怖さえ感じさせる、鋭い眼つきは相手に有無を言わせぬ威圧感を放っている。グランパニアの幹部を務めるだけあって、ただ座っているだけだというのに、そこから放つ存在感は常軌を逸していた。


「久しぶりだな、フェリス・ルティエンス。なかなか良くやってくれているようではないか。ベオグラードとしても、シーシャルの信頼度はかなり高くなってきているぞ」


 イシュメルの王座に招かれ、頭を垂れたままのフェリスを見下ろすようにして、イシュメルは重々しく荘厳な声音で告げる。


「ありがとうございます、イシュメル様。私たちシーシャルもベオグラードの後ろ盾のおかげで、何事もなく平和に暮らすことが出来ています」


 イシュメルの言葉に対して、感謝の言葉を乗せてフェリスは返事をする。


「それは良かった。我々もシーシャルへの援助を行うことはやぶさかではない。それも、主の頑張りがあってこそだ」


 その言葉にフェリスは更に深く頭を垂れ、言葉を重ねる。


「はい。これからも、精進してまいります」


 桔梗色の髪が床を撫でるようにさらさらと垂れる。忠誠を誓うために下げられた額は、最早床に着きそうな勢いだった。

 今自らが行っているのは、孤児院で過ごしてきた自分がやられたことと何も変わらない。力無き者を、王の資質という力で蹂躙していく。それは、フェリスにとって最も嫌悪されるものであり、憎悪の念を抱くものであった。そんな自らの気持ちを、国民を護るためだから仕方がない、と言う理由で押さえつけて、自らに折り合いをつけていた。そうしなければ、またあの時と同じことが起こる。今度は孤児院の何倍もの人数が犠牲になる。


「それで今回、主にやってもらいたいことというのは……」


 どうせまた、いつもと同じように、どこかの国を襲わなければならないのだ……。イシュメルから下される命は、決まって他国の襲撃や支配ばかりなのだ。それも、今では感覚が麻痺し、遂行することに抵抗を覚えなくなり始めている。


「ある国を壊滅させてほしい。言葉通り、誰一人生かすことなく……。我が国の兵を二千程貸し与えてやる。そ奴らは、主の好きなように使ってくれて構わん。資質持ちは恐らく存在しないだろう。今の主ならば、簡単な仕事であろう」


 やはり、いつもと同じイシュメルの戦争の代理。イシュメルの兵を使い、イシュメルのためにフェリスが戦争を行う。だが、いつもと違う点が一つだけあった。


「資質持ちは存在しないのですか?それならば、私が向かう必要も無いと思われますが……」


 これまでフェリスに与えられてきた命は、イシュメルが出るまでもない資質持ちの相手を、イシュメルに代わって、ベオグラード軍としてフェリスが殺すというものだった。だが、今回はその資質持ちが存在しないという。それならばフェリスが出る必要はないのではないのか……。


「資質持ちは別の国の力添えによって、その国から遠ざけられている。だが、その国の資質持ちが噂では三人もいるというのだ……。一人ぐらいその国に残っていてもおかしくはない。主はその時のための保険に過ぎん」


 つまり、もし資質持ちが残っていたときのための対抗策としてフェリスが選ばれたのだ。ならば今回は、それほど気を張る必要もなさそうだ。人々の断末魔も、飛び散る血飛沫も見なくて済むかもしれない。フェリスはイシュメルに勘付かれないように胸を撫で下ろす。


「イシュメル・ベオグラード様よりの命、承りました」


 フェリスはこの部屋に入ってきてから、一度も顔を上げることはなかった。ひたすらに頭を垂れたまま、イシュメルの言葉に相槌を打つように、感情の込もっていない返事をするだけだった。

 フェリスはイシュメルに感謝をしてこそいるものの、その感情の本質は憎悪や憤怒である。

 イシュメルは力無き者を蹂躙し、自らの国土を広げ、奴隷を次々と生み出している。しかしそれは、このグランパニア領土において、至って普通のことなのだ。ここは弱肉強食の世界。弱き者は肉となり、強き者が捕食する。そんな環境で生きてきた者にとって、イシュメルが行っていることは日常茶飯事であり、特に嫌悪されるものではない。

 しかし、フェリスはそんな世界で生きながら、やはりそういったものを許容することが出来ないのだ。力だけが全ての世界を、フェリスは嫌っていたのだった。

 グランパニアの領土を出ようと思ったこともあった。むしろ、真っ先にそれを考えた。だが、膨れ上がってしまったシーシャルは、最早他の領土に移り住むことは不可能となっていた。

 他の領土にいきなりそれだけの人数が移り住める場所があるのかもわからないし、そもそもそれだけの人数が移住をすれば、途中でどこかの国に襲われることは目に見えている。それだけの危険を冒してまで、他の領土に移住する覚悟はフェリスにはなかった。

 そうして、グランパニアに張り付けられたフェリスは、最も嫌悪する者にその身を捧げたのだ。

 しかし、今フェリスが最も嫌悪しているのは、他でもない自分自身だった。自らの保身のために、自らが最も憎む行為を行っている自分が、フェリスは一番許せなかった。

 だが、ここから逃げ出せば、犠牲になるのは自分ではなく国民たちだ。自らの心がどれだけ傷つき締め付けられようとも、国民たちの笑顔を見ることができれば、それだけで救われる。

 だから、優しい自分は心の隅に捨て置こう。シーシャルの国民のために、他の国民の犠牲を許容しよう。きっと、フェリスがそんなことをしていると知れば、国民たちは反対するだろう。だが、現実的に考えて後ろ盾なしでは、シーシャルが他国と渡り合うことは不可能だ。だから、国民たちには、このことは伏せている。それでいいと、フェリスは思っている。

 フェリスは自らの心を押し殺し、ゆっくりと立ち上がると、初めてイシュメルと目を合わせる。フェリスの強い意思の込められた眼差しに、イシュメルは小さな笑みを漏らす。


「フェリス・ルティエンス。この命に代えても、イシュメル・ベオグラード様よりの命を全う致します」


 その言葉を残して、フェリスはイシュメルに背を向けて歩き出す。

 最早、心優しいフェリスはそこにはいない。心を失くし、イシュメルの命をこなすだけの人形となったフェリスは、感情を持つことなく、新たな国を滅ぼすためにその一歩を踏み出すのだった。


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