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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第七章 偽りと目覚めの果て
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戦争のない平和な世界

 その夜彼らは皆、拭いきれない後悔を抱えたまま、それぞれの帰るべき場所へと戻り、それぞれの時間を過ごした。

 帰る場所がなくなってしまった者は、この国を建てたときに、仮の住まいとして建てた大きな木造建築が残っていたので、家を建て直すまでそこで雨風を凌いでもらうこととなった。

 全ての者がひとまず帰る場所が決まったところで、アカツキたちも一旦落ち着きを取り戻し、自らの帰る場所へと戻り、項垂れるようにしていつものリビングの椅子へと腰を下ろした。

 今この場には、アカツキ、ヨイヤミ、ガリアス、アリスの四人しかいない。ロイズもアリーナも、それぞれの自室で眠りについている。ハリーも相変わらず、ここに顔を出すことはなかった。

 四人は特に話すこともなく沈黙の時が流れた。

 やがてリビングにいた彼らも、結局一言も言葉を発することのないまま、それぞれの自室へと一人、また一人と戻っていった。

 誰しもがこの暗い雰囲気の中、言葉を探しはしたものの結局答えが出ないまま時が流れてしまった。

 自室に戻ったアカツキは眠ることができないまま、ベッドの上で天井を眺めていた。誰もいない閑散とした部屋にいると、考えたくなくても昼間の皆が泣き叫ぶ光景を思い出してしまう。それを振り払いはするものの、少し時間が経つと脳裏にフラッシュバックして、心を締め付けられ、それに抗うように奥歯を噛みしめる。

 それが何度か続いたところで、我慢できなくなったアカツキは、逃げ出すように自室を後にした。

 アカツキが向かった先はリビングのバルコニーだった。昼間の悲惨な光景とは裏腹に、バルコニーから覗く外の景色は星々が輝く満天の星空で、そのおかげで少し心が落ち着く。

 しかし少し視線を下の方に向けると、森が焼き払われた跡がくっきりと残っており、緩んでいた奥歯を再び噛みしめる。

 結局あまり落ち着くことのできなかったアカツキはリビングの椅子に、溜め息を吐きながら深々と腰を下ろす。結局どこにいても落ち着くことのない心を持て余したまま、アカツキは次の行先を考える。

 すると、不意にリビングの扉が開けられ、そこから湯気の立つカップを二つほど手にしたヨイヤミが入ってきた。


「眠れんのか?」


 ヨイヤミはそう言いながら、持っていたカップの片方をアカツキの目の前に置く。そして、自分の分のカップを机の上に置くと、アカツキがしたのと同じように「ふうっ」と溜め息を吐きながら自らの席に腰を下ろす。

 ヨイヤミが座ったのを見計らったようなタイミングで、アカツキがヨイヤミに質問を投げかける。


「あれ、お前だったんだろ?」


 不意に投げ掛けられた抽象的な質問に、ヨイヤミは要領を得ずに首をかしげる。


「俺がイシュメルと戦ってる途中に、俺に付与魔法を掛けたのはヨイヤミだろ?」


 そんなヨイヤミの様子を見て、改めて具体的に述べられたアカツキの質問に、ヨイヤミは思い出したかのように「ああ、あれな」と頷きながら漏らす。


「ちゃんと気がついとったんやな。アカツキのことやから付与魔法にも気が付かんかと思とったけど、意外と落ち着いて戦ってたんやな」


 ヨイヤミから返ってきたのは、意外にも称賛の言葉だった。しかし、この称賛はあまり嬉しいものではない。付与魔法を掛けられたかどうかくらいは、戦闘中でも気付いて当然だ。それを気付かないと思われていたこと自体が心外だ。

 アカツキは少し不機嫌そうな表情を見せながら話を続ける。


「あんなの、勝ったとは言わないよな……」


 アカツキの言葉は、誰に投げ掛けられたのかわからないほど遠く、悲しげに感じられた。一概に言えば、アカツキが起こしたのは魔力の暴走なのかもしれない。だが、アカツキは何処かでそうで無いのではないかと思っていた。

 あの戦いの中で聞こえてきた、懐かしく感じるほどに久しぶりに聞いた異質な声。その声に対して、自分は身を任せてしまった。もしあの時抗っていれば、魔力の暴走など起きなかったのではないか……。しかし、もし抗っていれば……。

 そんな過ぎたことの、意味のないもしもの話で自らを締め付けるのが嫌になって、アカツキは思考を閉ざす。


「それでも、護りたいものを救えたんなら勝ちでええんとちゃうか。その過程がどうであれ、アカツキは皆を護った。それだけは、何事にも変えることのできん事実や。ならアカツキは、イシュメルに勝ったんや……」


 今回は敵味方関わらず、多くの戦死者をだした。ルブルニアが行ってきた戦争の中で最も大きな被害を受けた戦争と言えるだろう。だが、相手の強さを踏まえて考えれば、最小限の被害であったと言っても過言ではない。


「強い敵と戦うっちゅうのは、こういう事を言うんや。どれだけ殺さずに戦おうとしたって、必ず死人が出る。僕らがどれだけ力を持っとったって、救えるのは目の前の人間だけや。だから、救えんかった者全てに、アカツキが責任を負う必要はない」


 確かに全てを護るなんて言うのは、傲慢で強欲な独り善がりの理想論でしかない。人は皆選択を迫られ、誰かの幸せを選び、誰かを不幸へと貶める。それは大なり小なり、人々が日々行っている見慣れた行為のはずなのだ。

 だが人の命が関わると、人は臆病になりその選択を拒もうとする。そういった面で考えれば、ロイズは強い人間だと言えるだろう。あの戦場下で自分が護りたい命をしっかりと選択したのだから……。


「全ては救えない、か……。わかっていても、俺にはそれを受け入れることはできない」


「僕も誰も殺さん、なんて言ってはおるけど、そんなの無理やって何処かで思てる。人の幸せを願うってことは、人の不幸を願うってことと同義や。全てを救うなんて欺瞞でしかない。そんなことは神でもない限り不可能や」


 そうやって話すヨイヤミの顔は何処か遠くを見ているような、寂しげで苦しそうな表情を浮かべている。


「結局人を殺さんって言うのは、ただのエゴなんやろな。自分が罪を背負いたくないってだけなんかもしれん」


 ヨイヤミの言葉にアカツキは反論せずにはいられない。なぜなら、それはこれまで自分たちが信じてきたやり方を否定する言葉だったから……。


「そんなことはないだろ。だって、少なくとも、目の前の一人の人間は救われる。救われるのは、一人でも多いに越したことはない。」


 アカツキの必死な反論にヨイヤミは激情することなく、淡々とした態度で無表情のまま答える。


「その場では、な……。でも、僕たちが生かしたそいつが、いずれ誰かを殺したら、そのときは誰の責任なんやろな?もちろん、そんなこと言い出したらキリがないなんてことはわかってる。だからこそ、これはエゴでしかない。その場しのぎで、自分だけが満足できるやり方でしかないと思うんや」


 ヨイヤミのそんな態度に毒気を抜かれたように、アカツキの声のトーンが落ちていく。


「そんなの……。なら、俺たちはどうすれば……」


 アカツキの声が震える。人を殺しても、生かしても誰かが不幸になる。なら、自分が戦っている理由はなんだ?少しでも多くの人を救うこと。人を救うとは何だろう?今までは殺さないことが救いだと思っていた。しかし、目の前の親友は、それは救いではないと言う。人を殺すことを、一番に嫌っていた親友が……。


「別に、どうもせんでええんとちゃうか……」


 何処か気の抜けるような、投げやりに発せられたその言葉に、アカツキは驚きを覚えてヨイヤミの顔をつい覗き込んでしまう。


「生かしても、殺しても何処かの誰かが不幸になってしまうなら……、それなら、自分の信じたことをやればええ。俺たちは殺さんことが誰かの救いになると信じとる。なら、これからもそれを信じていけばええ」


 ヨイヤミの表情に笑みが浮かぶ。疑問を投げ掛けてきたのはヨイヤミのくせに、答えは出ているんじゃないか……。

 結局、アカツキを試すためだけに、敢えてこの疑問をアカツキに投げ掛けただけだったのだろう。


「でも、人を殺さんことが救いになる時代がくればええのにな……」


 ヨイヤミの言葉の意味を理解することができなくて、アカツキは「えっ?」と無意識に声を漏らしながら、視線でヨイヤミに続きの言葉を促す。


「この世界は戦争が当たり前の世界やから、生かした者が他の誰かを殺すかもしれんなんて、物騒な考え方になってしまう。でも、戦争のない平和な世界なら、誰かを生かすことが本当の救いになるやろ。そんな世界になれば、この有耶無耶も消えるんかもしれんな」


 それは、アカツキが真に求める未来の世界。戦争がなくなり、誰もが平和に暮らせる世界。そんな世界が本当にあるのなら、必至に手を伸ばしてでも、すがりつきたい。


「人を殺さなくても済む世界か……。でもやっぱりそれは俺たちがこの世界の王に、ガーランド大陸の王にならないと無理だよな。今のままの世界で戦争がなくなるなんてのは、夢物語だ……。本当にそれを成し遂げたいなら、誰かがやるのを待つんじゃなくて、自分が王になって、全ての戦争を止めさせるしかないよな」


 アカツキのそんな言葉に、ようやく何処か遠くから戻ってきたような笑顔でアカツキに視線を向けると、ヨイヤミは告げる。


「ま、そういうことやな。道のりはまだまだ長いかもしれんけど、それが一番の近道や。誰かがやってくれるなんて思とったらあかん。僕たちがやるんや。この戦乱の時代に、終止符を打つんや」


 そうだ、他力本願なんて考えてはいけない。自らが成し遂げるんだ。この世界の平和を、そして、大切な人達の幸せを……。


「ああ。先ずはグランパニアを倒さなくちゃな……。幹部を倒すことだってできたんだ。そんなに遠い未来じゃない。夢の第一歩は、もうすぐそこなんだ」


 アカツキの言葉に対する、ヨイヤミの顔が芳しくない。何かに迷っているような、そんな訝しげな表情を浮かべる。

 しかし、アカツキが「どうした?」と尋ねると、直ぐにその表情の上に、ヨイヤミにしては珍しく、下手な作り笑いを貼り付けて答える。


「いや、なんでもあらへんよ。アカツキがあんまり調子に乗り過ぎやんか心配になったただけや。あかんで、ちゃんと相手と自分の力量の差は考えやな……」


 ヨイヤミの言葉は、まともなことを言っているはずなのに、何処か空々しい。

 何かを取り繕うように発せられた言葉にしか聞こえない。しかし、ヨイヤミがこういう反応をするときは、何を尋ねても誤魔化されるだけだということを、既にアカツキは理解している。だから、敢えて問い詰めるようなことはしない。


「じゃあ、そろそろ寝るか」


 違和感を覚える笑みを浮かべたまま、早くこの顔をアカツキの視線から外したいと云わんばかりに、ヨイヤミは自らのカップを手にリビングを後にした。結局一人残されたアカツキも、少し時間を置いた後に、カップを持ってリビングを後にした。




 この戦争でロイズは覚醒し、この国の資質持ちはアリスを合わせると五人になった。

 更に、アカツキがイシュメルを殺したことで、グランパニアの目がルブルニアに向くのは、最早時間の問題となった。

 もう、グランパニアとの戦争はそう遠くないだろう。少しずつ迫りくる恐怖の足音が心を震わせる。

 グランパニアとの戦争が終われば、勝敗にかかわらず彼らの暮らしは大きく変わるだろう。

 ルブルニアで過ごす日常は、着々と時を刻み、終わりへと近づいていた。


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