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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第七章 偽りと目覚めの果て
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生き残った者たちの思い

 アカツキが外へと顔を出すと、そこは泣き叫ぶ国民たちで溢れ返っていた。生き残った家族と抱き合い嬉し泣きをしている者。還らぬ身となった家族を思い泣いている者。恐怖から解放され、緊張が解け安堵の気持ちに包まれて泣いている者。様々な感情がこの地に渦巻いていた。

 ルブルニア自体も、入り口付近の建物は破壊されており、全壊した建物や半壊した建物が立ち並んでいた。その光景は、何処かアカツキが最後に見たルブールの姿に似ていて、アカツキの心を揺さぶる。

 その上、その先に見える森はすっかりと焼け落ち、以前の面影は最早どこにもなくなっていた。

 アカツキはそんな彼らの合間を縫ってゆっくりとある場所に近づいていく。目を逸らしたくなるような、血の海と、死体の数々。

 ルブルニアの鎧を纏ったままの多くの戦士たち。この国のために、そして護りたい誰かのために、命を賭して戦った勇敢なる戦士たち。彼らは最早帰らぬ人となり、地面に横たわったままいつの間にか綺麗に並べられていた。

 今回の戦争でこれだけの被害で済んだことは、むしろ誉められる戦果であると言える。恐らくロイズは、これ程の者を死に追いやったと嘆き悲しんでいるだろうが、全滅してもおかしくなかったこの状況においては、この数に抑えられたことは最善であったと言えるだろう。

 家族を失った者は泣き叫びながら、もう言葉を話すことのない家族の亡骸を抱き上げ、言葉にならない叫び声をあげている。

 家族がいない者たちは、悲しんでくれる者もおらず、それがアカツキには耐えられなくて、皆への平等な供養をするために彼ら全員に向けて、目を閉じながらゆっくりと両の手を合わせて合掌する。

 アカツキの後ろにピッタリとくっついていたアリスも、この時ばかりはアカツキの横に並んで、アカツキと同じように合掌した。アカツキの口から、彼らに向けて謝罪と労いの言葉が紡がれる。


「皆、この国のために立ち上がってくれてありがとう。俺たちの甘い考えのせいで皆を戦いに巻き込んでしまった。本当にすまない……。皆が命を賭して護り抜いてくれたこの国を、俺は必ず護り抜いてみせる。バトンは受け取った。後は俺に任せて、ゆっくりと休んでくれ」


 アカツキの言葉に屍たちは何も答えることはない。誰が何を願おうとも、死者が生き返ることはないのだ。それは、故郷で大切な人を失った時に、嫌というほど味わっている。

 それにも関わらず、合掌をし続けるアカツキの心に直接話しかけるように、彼らの声がどこからともなく聞こえてくる。それに驚いて目を見開いたアカツキの前に広がる戦士たちの亡骸から、揺らめく光が溢れだし、それらの光の粒がゆっくりと天へと向かって昇っていく。


『国王様、あなたのおかげで、私たちは人並みの幸せを得ることができました』


『あなたのためにこの命を捨てるのであれば、何の悔いもありません』


『だから、気に病まないでください。私たちはあなたに感謝しています』


 アカツキの心へと響き渡る、数々の声の塊。暖かく、優しい彼らの声音によって、アカツキの心の奥底から熱が込み上げてくる。アリスもその声が聞こえたのか、口元を手で抑えて、抑えきれずに溢れ出る涙が瞳からゆっくりと頬を伝って零れ落ちていく。

 そして、アカツキの瞳からも二筋の雫がこぼれ落ちる。

 それが、本当に彼らが述べた言葉なのかはわからない。彼らに恨まれたくないと何処かで思っている自分が創り出した、ただの幻なのかもしれない。それでも、アカツキは彼らの言葉を信じたい。自分がこれまでやってきたことは間違っていなかったのだと、そう信じたい。


「本当に……、本当に今までありがとう……」


 アカツキの言葉が震えている。合掌を解いたアカツキは深々と彼らの亡骸に頭を下げて感謝の言葉を述べる。もう謝罪の言葉はいらない。謝罪の言葉は、命を賭して戦った者たちへの侮辱だ。彼らに告げるべくは、感謝の言葉だけ……。

 震えるアカツキの肩に、アリスがそっと手を置く。その手に甘えるかのように、アカツキの双眸から次々と涙の雫がこぼれ落ちていく。

 後悔と自責の念は、最早その涙と共にアカツキの心から流れ落ちていた。今のアカツキの心を満たしているのは、感謝の気持ちと新たなる決意だった。

 彼らの覚悟を無為にすることはできない。一刻も早くこの世界の奴隷たちを解放しなければならないという、新たな決意をアカツキは胸に刻み付けた。




 ヨイヤミの背中で全てを吐き出すかのように、大人気もなく声を上げて泣いていたロイズは、いつのまにか泣き疲れて、ヨイヤミに全てを預けるようにして眠りについていた。

 ヨイヤミがなるべくロイズを起こさないようにと、揺らさずにゆっくりとアカツキたちの元へと向かっていると、進行方向から手を振りながら走ってくるアリーナの姿を見つけた。


「ヨイヤミくーん。」


 彼女はヨイヤミの名を叫びながら、走り寄ってくる。未だに自分の身体はボロボロなのに、ロイズのことを心配して走ってくるアリーナに、ヨイヤミは苦笑が漏れる。

 そして、ヨイヤミの背中に眠るロイズを視認すると、少し表情を歪めてさらにその速度を上げる。


「ヨイヤミ君、ロイズさんは!?」


 彼女の眠る姿を見て心配そうに尋ねてくるアリーナに向けて、ヨイヤミは苦笑を漏らしてロイズを一瞥する。


「大丈夫や。今はちょっと疲れて眠っとるだけや……」


 子供の背中に担がれる彼女の姿が珍しく、アリーナも不意に笑みをみせる。その笑みにはきっと、やっとロイズの無事な姿を見ることができた安堵の気持ちも含まれているのだろう。

 ロイズの姿を認識したときの彼女の表情の変わり様を見れば、誰だってそれくらいのことはわかる。


「そっか……。よかった……」


 恐らくアカツキから事の真相は伝えられていたのだろうが、それでもちゃんとロイズの姿を確認するまでは、落ち着くことができなかったのだろう。やっとの思いで、これまで抱えていた不安を吐きだしたかのように、大きな溜め息を吐く。


「ロイズたちには、本当に無茶させたみたいやな……。アリーナもボロボロやないか……」


 少しだけヨイヤミが表情を歪めながら、アリーナの身体を眺める。こうなったのは誰の責任でもない。そんなことは、恐らく全員がわかっていることだろう。しかしそれでも、この国を創った者の一人として、国民を傷つけたことに後悔の念を覚えずにはいられないのだ。


「大丈夫ですよ。ボロボロになっても私は生きている。ロイズさんの我が儘で命を救われただけなんですけどね……」


 ヨイヤミたちの責任ではないとは言わない。それを言ったところで何の意味もないから……。

 この国を創った時から、ヨイヤミたちはこの国の国民たちの命に責任を負っている。だから国民たちが傷ついた時は、それがどんな状況であれ、ヨイヤミたちの責任に他ならないのだ。それを理解しているアリーナは、敢えて責任という言葉を覆い隠すように、別の言葉で見繕う。


「ロイズには、ちゃんと護りたいものがあった。だから、あれだけ必死になって、無茶をして戦えた。確かに戦場でアリーナを助けたのは、ロイズの我が儘やったかもしれん……。それでも、僕はそれでいいと思っとる。さっきロイズにも散々言うたけど……」


「そうですね……。私がロイズさんの立場だったとしても、恐らく同じことをしていたと思います。国なんて大きなものと、大切な人の命を天秤にかけることなんてできませんから……。だから、本当は嬉しかったんです。ロイズさんにそれだけ大切に思われているんだと思ったら……」


 アリーナはヨイヤミの肩から覗く眠ったままのロイズに視線を巡らせる。感謝の念を込めて向けられたその微笑みをロイズが受け取ることはない。

 きっと、ロイズが目を覚ませば、今の言葉はアリーナの心の隅に隠され、隊長としての責任なんかを口うるさく説くのだろう。それが、軍の隊長としてのロイズを支えるアリーナの役割だから。

 だから今だけは、素直な気持ちを持って、素直な言葉で激励の言葉を告げる。


「本当に、お疲れさまでした……。そして、ありがとうございました……」


 アリーナは微笑みを浮かべながら、ロイズに向けて労いと感謝の言葉を投げ掛ける。アリーナはヨイヤミの横に並ぶと、無言のままヨイヤミの歩幅に合わせて、ゆっくりとアカツキたちの元へと向かっていく。


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