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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第七章 偽りと目覚めの果て
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『強くなれ』

 アカツキが意識を取り戻した時に広がっていたのは、下腹部に大穴を開けたイシュメルが作り出した赤黒い血の海だった。その光景が、いつか見た自らの過ちと似通っていて心の奥が締め付けられそうになる。

 瀕死のイシュメルが風前の灯となった命で、こちらに何かを告げようとしている。唸り声と共に必死にその言葉を紡ぐ。


「あ、アカツキ・リヴェルよ……。貴様が私を討ったことで、最早グランパニアも貴様らを無視できなくなるだろう。もう、お前たちに逃げ場はないぞ……。グランパニアの本隊が動き出せば、お前たちにはどうすることもできないだろう。意図せぬ形ではあるが、私の望みは叶えられた。生の苦しみを味わうがいい……。いつ襲われるかもわからぬ恐怖の中でもがき苦しみながら、生きていくがいい……」


 その言葉と共に最後に笑みを見せたイシュメルは、そのまま瞼を閉じ動かなくなった。

 アカツキは目の前に広がる光景の意味を、未だ働かない頭で必死に理解しようと辺りを見回すと、自らの右腕がイシュメルの腹部から溢れ出す血液と同じ色をした液体で塗り固められていることに気が付く。


「これは俺がやったのか……。俺がイシュメルを殺したのか……」


 赤黒く染め上げられた自らの腕を見下ろしながら、アカツキは震える言葉を漏らす。

 ここ数分間の記憶は全くと言って良い程なくなっている。と言うよりも、あの言葉を聞いた後、アカツキは暗黒の世界に身を委ね、眠りについたはずだ。

 だが自らの右腕が語りかけてくるのは、自分がイシュメルを殺したという、まごうことなき事実。アカツキ自身がイシュメルを殺したのは疑いようもなく、ただ自らには全くの記憶が無い。

 目の前の光景を理解できず、また受け入れられずにいると、不意に後ろから掛けられた言葉に飛び上がるように肩を震わせながら振り返る。


「アカツキ、覚えてないんか……?さっきまで自分がやってたことを……」


 いつの間にかヨイヤミが、アカツキの後ろに立っていた。その表情は、まるで化け物でも見るかのような、恐怖と怯えの色が如実に表れたものだった。

 まだ自分がこの光景を理解していないことを言葉にはしていない。だが、アカツキの挙動不審な様子を見てヨイヤミは察したらしく、アカツキに問いかける。


「やっぱり、俺がやったんだな……」


 アカツキの言葉にはまだ実感が込められていない。どこか上の空を感じさせる物言いで、アカツキはもう一度イシュメルへと視線を落とす。そこに横たわるのは、最早この世に戻ることのない亡骸だけだった。

 そんなアカツキの様子を見て、ヨイヤミの肩が震えはじめる。歯軋りを鳴らし始め、そんなヨイヤミの様子の変化にアカツキは驚き視線をヨイヤミに巡らせる。

 そこには頬から涙を流し、何かを押し殺すよう歯噛みしながらこちらを向くヨイヤミがいた。そんなヨイヤミの姿に、アカツキは目を見張り、動けなくなってしまった。


「イシュメルを殺してしまったことに関して、僕がアカツキに何かを咎める気はない。強すぎる敵を前に、不殺を守るために自分が死んでもうては元も子もないからな。でも、それが力の暴走のせいやっていうなら、それは放って置く訳にはいかん。これから先、アカツキが力をコントロールできずに、味方を殺してしまうことだってあるんや……。今目の前に広がっている光景の真ん中におるのが、ガリアスやロイズや僕かもしれんのやぞ……」


 ヨイヤミの頬を伝う涙が、これから起こるかもしれない恐怖を如実に想像させる。

 アカツキがもう一度その血だまりに目を落とすと、まるでフラッシュバックするかのように、イシュメルの姿がガリアスやロイズ、そしてヨイヤミの姿へと変わっていく。

 その光景にアカツキは後ずさりし、もう一度赤黒く染まった自らの手を震わせながら視界の中へと持ちあげる。


「王の資質は誰かを護るための力でないとあかんのや。その力は、人を殺そうと思えば簡単に殺せてしまう力や……。制御できんかった、なんてのは言い訳にもならん……。その後に一番後悔するのは、他でもない、アカツキ自身や……」




 ヨイヤミはガリアスと共に、五千の兵を相手に戦っていた。こちらはあくまでも不殺を守って戦っていたため、収集を着けるのに多大な時間を要してしまった。

 それでも何とか全ての兵を無力化し、アカツキが戦う方へと加勢に向かおうとしたヨイヤミはその光景に戦慄した。

 アカツキがイシュメルを圧倒していた。グランパニアの幹部に就くほどの力を持つ資質持ちをアカツキが圧倒していたのだ。

 だが、どうにもアカツキの様子がおかしい。アカツキの背の腰の辺りから、まるで尻尾のように八本の炎が伸びており、それらがイシュメルを怒涛の勢いで追いこんでいく。

 アカツキの背から伸びるのは禍々しい黒い炎で、それが異質な魔法であることは直感で理解することができた。

 黒い炎に触れたイシュメルの魔法は次々と粉々に砕け散っていく。そう、まるでアカツキの持つ退魔の刀に触れたときと同じように、触れた瞬間に魔法が砕け散っていくのだ。そんなものが八本もあれば、どんな資質持ちだったとしても、太刀打ちしようがない。

 そして、イシュメルを追い詰めていくアカツキの表情にはおおよそ感情というものが見られず、無言のまま機械のように次々と攻撃を繰り出していく。

 イシュメルが巨大な魔法陣から、獅子を模した炎を放つが、アカツキから伸びる八本の炎は、その獅子を多方向から貫き、一瞬で飛散させる。

 その様子に顔面蒼白になったイシュメルが、逃げ惑いながらも必死で魔法陣を形成し、次の攻撃に移る。

 イシュメルの周囲に形成された、いくつもの魔法陣から巨大な炎の砲弾が何発も放たれる。だが、それらも全てアカツキの黒い炎によってかき消されていく。八本の炎はそれぞれに別の動きをし、ひとつ残らず炎の砲弾を飛散させた。

 その光景すらもヨイヤミには異質にしか見えなかった。アカツキには、複数の魔法をコントロールするだけの集中力がまだないはずなのだ。なのに、目の前のアカツキは、複数の黒い炎を相手から放たれる攻撃に狂いなく命中させる。まるでそれが別の生き物であるかのように。

 最早ヨイヤミには、目の前にいるのがアカツキなのかどうかすら、わからなくなっていた。

 全ての炎の砲弾を消し去ったアカツキは、今度はいつものように自らの手に退魔の刀を出現させる。

 しかし、それもやはりいつもとは違っていた。アカツキが出現させた退魔の刀は二本。それらを両手に携えると、巨大な砂埃が巻き上がるほど地面を強く蹴ってイシュメルに接近する。

 アカツキの凄まじい速度に、イシュメルは逃げ惑うのを止め、手に持っていた大剣でアカツキの刀を止める。アカツキの両手から繰り出される二本の斬撃をイシュメルは持てる力の全てを出し切って防いでいく。

 ゆっくりとイシュメルが後退していく。別にイシュメルが自らの意思で動いているのではない。アカツキから繰り出される斬撃の勢いを抑えきれずに、身体が勝手に下がっていくのだ。

 それほど、アカツキの攻撃はイシュメルを圧倒していた。そして遂に、イシュメルの大剣は弾き飛ばされ、アカツキからの攻撃を防ぐものはとうとう無くなってしまった。

 そんな無防備なイシュメルに対し、退魔の刀を消滅させたアカツキはイシュメルの頭を鷲掴みにし、地面へと叩きつけた。あのイシュメルが痛みで絶叫を上げる。

 脳への衝撃によりイシュメル身体が言うことを聞かなくなる。最早、身体を動かすことができないイシュメルに、アカツキは馬乗りになるようにして乗りかかる。

 イシュメルを見下ろすアカツキのその表情には、一切の感情が込められてはいなかった。まるで命令されたことを忠実に行う機械であるかのように、無感情で無表情なままだった。

 そして、アカツキは自らの右腕に黒い炎を纏う。イシュメルはこの時、既に死ぬ覚悟はできていたのだろう。その表情に恐怖や後悔の色は見られない。

 ただ不敵な笑みを零しながら、アカツキが繰り出すであろう攻撃を待ち続けていた。そして、アカツキはその右腕を振り上げると、そのまま勢いよくイシュメルの腹部へと突き刺した。

 イシュメルの纏っていた頑丈そうな赤い鎧をいとも容易く溶かし、腸の辺りを貫通する。資質持ちがどれだけの回復力を持とうとも、内臓が直接破壊されてしまってはどうすることもできない。

 アカツキがイシュメルの腹部から右腕を引き抜いた瞬間、塞き止められていた血液が一気に溢れ出す。その血液は着々と辺りに広がっていき、やがてイシュメルの身体を取り巻く血の海が出来上がる。アカツキは立ち上がると、ゆっくりと一歩退く。

 そして、背から伸びる八本の黒い炎の消滅と共に、感情を取り戻したかのように動揺した表情を見せ始めるアカツキに、イシュメルが何事かを語りかける。そこにいるのは紛れもなくいつものアカツキで、先程までのアカツキは影も形もなくなっていた。

 そんなアカツキに、ヨイヤミは無意識の内に背後へと近づいていた。




「強くなれアカツキ……。自分に飲み込まれんように……。誰にも負けんように……」


 涙を流しながらヨイヤミの拳がアカツキの胸の辺りに押し付けられる。その拳は暖かく、凍りついていたアカツキの心を溶解させていく。そして、アカツキの心の中に、様々な感情が湧き上がり始め、その心を締め付けていく。やがて、アカツキの瞳にも涙が浮かび上がる。

 そんなアカツキの様子を見て、一旦落ち着きを取り戻したのか、ヨイヤミはぐしゃぐしゃになった顔に笑顔を貼り付けるとアカツキに告げる。


「まあでも、とりあえず無事でよかった。全てが無事って訳にはいかんだけど、それでも何とかなった……、と折り合いをつけんとな。取り戻せんものもいっぱいあるけど、今は護れたもののことだけ考えよう。後ろを向くのはまだ早い、今は前を向くしかないんや」


 ヨイヤミの言葉にアカツキはただ無言で頷いた。ヨイヤミの言う通り、今は落ち込んでいる場合ではない。

 少しでも早く、幹部棟周辺を固めている生き残った兵たちと、幹部棟の地下に隠れている国民たちに危機が去ったことを伝えなければならない。アカツキは涙を拭うとしっかりとヨイヤミに向き直り指示を仰ぐ。


「とりあえず、アカツキは早くアリスの所に行ったり……。僕はそこに寝転んどる隊長さんを連れてゆっくり行くから。ガリアスもアカツキと一緒に先に行っとってええよ」


 てっきりロイズのことをガリアスにおぶらせると思っていた二人は、少しきょとんとした顔をヨイヤミに向けたが、「んっ」と言って、顎で早く行けと急かすので、不審に思いながらも得に何も尋ねることなく、足早に幹部棟へと向かった。



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