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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第七章 偽りと目覚めの果て
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奈落からの呼び声

 アカツキは倒れたロイズに背を向けたまま、イシュメルと対峙していた。


「やってくれたな……。五千以上の兵が、たった数秒で半壊状態とは恐れ入った。これまでに、いくつものグランパニア傘下の国から勝利を得てきた資質持ちたちの力は伊達ではないということか……」


 イシュメルは平然とした表情でアカツキへと語りかける。現在ヨイヤミとガリアスは、五千以上の兵に斬り込んでいき彼らの無力化を図っている。今、この場にいるのはイシュメルとアカツキだけだ。


「よくも、回りくどいやり方をしてまで、俺たちの国民をいたぶってくれたな……。ここまでのことをしておいて、ただで済むと思うなよ。大体、俺たちみたいな小国にどうして、これだけの兵の数を連れてくる必要があった?」


 アカツキの瞳は怒りの炎に満ちており、今にも爆発しそうな寸でのところで踏みとどまっている。イシュメルは少し呆れたような表情を浮かべるとロイズに向けて指を指す。


「そこに横たわっている奴のおかげで、わざわざ回りくどいことをした意味も、全て無くなってしまったのだがな……。ここにいる兵たちはただの予備だ。元々、我々の出番はなかったはずだった。その女が覚醒などしなければ……」


 イシュメルは地面に突き刺さった大剣を引き抜きながら、そんなことを言う。

 ロイズの覚醒はなんとなく気がついてはいたものの、はっきりとその眼にしていなかったため、確信できないままだったが、イシュメルがそう言うのなら、ロイズは覚醒したのだろう。

 これで、この国の資質持ちはアリスも合わせて五人目だ。だが、今はそんなことを考えている暇はない。目の前の敵は既に臨戦態勢を取っている。

 二人は睨み合い、お互いが動き出すのをただただ待ち続ける。アカツキは腰を下ろして退魔の刀をしっかりと構えを取っているのに対し、イシュメルは悠然と剣の切っ先だけをアカツキに向けたまま微動だにしない。

 やがて、アカツキが刀を強く握った時に起こった、刃の動く音を合図にお互いが地面を蹴ってぶつかり合う。二人は同じように、ぶつかり合う直前に自らの武器に炎を纏う。お互いの炎がぶつかり合うことで小さな爆発が起こり、二人の間に距離ができる。

 二人の距離が離れた瞬間、イシュメルはその剣を縦に降り下ろすと、アカツキに向かって炎の斬撃が襲いかかる。アカツキはそれを、刀を一薙ぎすることで一蹴する。


「やはり噂は本当のようだな……。ルブルニア国王の持つ刀は、魔法を斬ることができる退魔の刀であるという……。魔力を使わずに相手の魔法を往なせるとは、便利な武器もあったものだな」


 どうやらイシュメルはアカツキの事を知っているようだ。というか、アカツキはいつのまにか噂をされるくらいには有名になっていたようだ。

 ならば、アカツキに対する対策をされていてもおかしくはない。アカツキが緊張の面持ちで次の手を考えているとイシュメルが先に動く。


「ならば、これはどうだっ」


 そう言ったイシュメルが左手を前にかざすと、巨大な魔方陣が生成される。今まで見たどの魔法陣よりも大きいかもしれない。

 ある程度の時間を掛けて作り出したその魔方陣から現れたのは、獅子の形を模した炎だった。

 魔法陣から放たれた炎の獅子は、一直線にアカツキに向かって襲いかかる。炎の獅子に向けてアカツキが退魔の刀を振りかざすと、炎の獅子は意思があるかのように、跳躍することでその刀をかわした。


「なっ……」


 意思を持った魔法などという、見たこともない事態に少し焦りを見せたものの、アカツキはすぐに炎の獅子に向かい合う。魔法を出している間、イシュメルも動けないはずである。ならば、イシュメルを無視して獅子と向かい合うのが最善の手だ。

 獅子は右前脚でアカツキに向けて襲いかかる。アカツキはそれに対して刀を突き立てると、右前脚は粉々に砕ける。しかし、それだけだった。炎の獅子の本体はまだ存在している。


「魔力を分離できるのか……!?」


 全てを消す勢いで繰り出された右前脚への攻撃で隙ができたアカツキに、獅子の左前脚が襲いかかる。

 炎の爪を突き出した獅子は獲物を刈り取るように、その巨大な左前脚を大きく薙ぐ。それがアカツキの下腹部に食い込むようにブチ当たり、その衝撃でアカツキは吹き飛びながら地面を転がる。


「いってーな。なんで炎なのに実体があるんだよ」


「魔法だからな。そんなことがあってもおかしくはなかろう」


 炎の獅子の一撃に下腹部を抑えながら、アカツキが述べたその言葉にイシュメルがそう答える。

 そのやり取りの間に炎の獅子の右前脚はいつのまにか復活して、イシュメルの隣に佇んでいた。アカツキももう、疑問を口にしたりしない。魔法なのだから、魔力を込めれば復活するのだろう。


「要はその魔法の全てを叩っ斬らないと、キリがないってことだろ」


「まあ、そういうことだな。私の魔力を越えなければ、私に勝つことは不可能と言うことだな」


 イシュメルのそんな挑発に、アカツキはニヒルな笑みを浮かべながら返す。


「だったら越えてやるよ。俺はこんなところで立ち止まっている訳にはいかないからな。グランパニアを倒そうって言うんだ。その幹部様を倒せなきゃ、そんなの夢のまた夢だ」


 そうは言ったものの、敵は相当の手練れで、自分よりも強いのはわかりきっている。そんな相手に無駄な体力を使っている暇はない。

 先程からイシュメルは動く気配がない。余裕を持って動いていないのではなく、炎の獅子への魔力供給のために動くことができないのだろう。なら、馬鹿正直に炎の獅子と戦う必要はない。

 アカツキが構えを取ったのを見た、イシュメルが「ゆけ」と手をアカツキに向けて差し出すと、炎の獅子は地面を蹴って突撃する。

 アカツキは一旦炎の獅子と向かい合ったものの、炎の獅子から繰り出される攻撃を斬り伏せるのではなく躱しながら、地面を蹴ってイシュメルへと接近する。

 だが、アカツキがイシュメルに到達する前に、イシュメルとアカツキの間に炎の獅子が割り込んでくる。炎の獅子を視界に捉えたアカツキは口許を歪ませると、咆哮を上げながら、今度はしっかりと対峙する。


「邪魔をするなら叩っ斬るだけだああああああ!!」


 今度は脚で襲い掛かるのではなく、その額で頭突きをするかのように突撃してくる。アカツキは頭の上に刀を構えると、そのまま獅子の額に向け目向けて降り下ろした。

 刀と炎の獅子がぶつかり合う。そう、いつもなら粉々に砕けるはずの魔法が、アカツキの退魔の刀とぶつかり合ったのだ。


「貴様が私の魔法を砕くより早く、再生させれば問題あるまい。早く私の魔力を越えなければ、無駄に体力を減らしていくだけだぞ」


 イシュメルは簡単に言うが、それは相当の魔力を所持しているからこそできること。しかも、それだけの魔力を使っていながら、まだ話をする余裕があるのだ。やはり幹部というだけあって、その力は伊達ではない。


「くっ、どんだけ馬鹿でかい魔力を持ってんだよ……。このままじゃ……」


 そのとき、アカツキの身体の奥底から、暖かい何かが込み上げてくるのを感じた。アカツキの身体を包み込むような暖かさと共、アカツキに力が沸き上がってくる。

 それが何なのかは関係ない、今はその力に身を任せて目の前の敵を打ち砕くだけだ。


「うわああああああああああ!!」


 アカツキは咆哮と共にありったけの力を込めて、炎の獅子を叩き斬った。イシュメルの前に展開していた魔方陣は粉々に砕け散り、炎の獅子は完全に消え去っていた。イシュメルの表情が驚きを禁じ得ないといったように豹変する。


「ばかなっ……。貴様の力が私の魔力を上回ったとでも言うのか。たった数分間の間に……」


 確かに上回ったのかもしれないが、それは自分の力ではないと何となく理解していた。誰かが、アカツキに力を分け与えてくれた。しかし、今その所在を確かめている暇はない。

 アカツキは、勢いはそのままにイシュメルへと接近する。イシュメルは少し焦りの表情を見せたものの、すぐに地面に突き刺していた大剣を引き抜き、アカツキを迎え撃つ。

 金属同士が何度も何度もぶつかり合う。幹部レベルの力を持つイシュメルの剣の速度に、アカツキは負けることなく喰いついていた。

 凄まじい速度で繰り出される斬撃の数々。金属がぶつかり合う音が鼓膜を震わせ、金属同士がぶつかり合いにより、少し香ばしい焦げたような匂いが鼻孔をつく。そんな微妙な環境の変化を、アカツキは繊細に感じ取っていた。

 こんな激しい戦いを繰り広げながら、アカツキの気持ちは落ち着いていたのだ。それも日々の修行の成果があってこそ…。

 無言での剣の打ち合いが繰り広げられ始めて数分、遂に二人の間に距離が出来た。二人とも息が上がり始めており、お互いの息遣いが空気を伝ってお互いの耳へと伝わる。

 そして、イシュメルの微妙な息遣いの変化に気が付いて、アカツキは剣を構えて臨戦態勢を取る。


「無名の王がよくぞここまで私を苦しめてくれる。だが、私の力はこんなものではないぞ」


 その言葉と共にイシュメルは例の如く左手を前にかざし魔法陣を作り上げる。

 その魔法陣は先程の獅子の魔法陣よりも小さいものだったが、何しろ数が多い。そこから現れたのは先程の獅子よりもサイズ的にはかなり小さくなった炎の狼。確認できるだけでも十体はいる。しかも、それぞれが意志を持ったかのように別々の動きをする。

 イシュメルは十体もの魔法に別々の動きをさせているが、これは十本の手を別々に扱いながら字を書くようなもので、脳にどれだけの負担が掛かっているのか、想像することすら難しい。いや、おそらく想像のさらに上をいく負担が掛かっているのだろう。

 しかし、一体ずつの大きさが大きくないので、刀で一体を消し去るのは容易い。後は一斉に攻撃されないように、動き回りながら一体ずつを消化するしかない。

 アカツキは先頭の一体に向かって刀を突きつけると、思った通り容易く消滅した。ここで焦って次に向かうと囲まれる危険性があるので、一旦距離を取る。

 次の狼が自分の元に辿り着くまで、先程と同じように距離を取りながらその時を待つ。

 イシュメルはそれぞれを同時に動かしているため、どうしても狼の動きにばらつきが出る。アカツキはそれを利用して、一番に意志を持った狼を、次々と消していった。五体程消した辺りで、少し狼たちの行動に異変が起こった。

 隊列を組んで向かってきたのだ。同じ動きをさせるのであれば、そこまで神経を研ぎ澄ますことなく行うことが出来る。だが、数が減ってきた今になって、何故あえて攻撃がおざなりになるのかがわからない。

 しかし、これはチャンスだ。一体ずつの同じような動きをしてくれるのであれば、五体くらいなら一気に全ての狼を消すことだって可能だ。アカツキは距離を取るのを止め、狼たちへと横一薙ぎに斬りつけた。

 狼たちの全て消滅には成功したものの、アカツキが視線を巡らせた先にイシュメルはいなかった。アカツキがその光景に驚き目を見開いていると、背後から重厚で厳かな声が鼓膜を震わせる。


「何故最後の攻撃がおざなりになったのか、少しは考えなかったのか?」


 つまり、イシュメルは自分の身体を動かしながら、適当とはいえ五つの魔法を操っていたのだ。そんなことが出来るはずがないと高をくくっていたアカツキは、イシュメルから意識を完全に外していた。

 そして、イシュメルはアカツキの背後から黒光りする大剣を薙ぎ払った。

 アカツキは凄まじい勢いで平原を転がっていく。数十メートルの勢いでアカツキは飛ばされた。資質持ちの頑丈さが無ければ、跡形もなく粉々になっていただろう。

 資質持ちの頑丈さがあっても、身体が動かなくなるほどのダメージを受けたのだから。やはり、幹部レベルともなると強さの桁が違い過ぎる。アカツキは吐血し、意識を失いそうになる。

 命の危機を敏感に察知したその時、アカツキの心の中に声が響き渡る。


『汝、力を望むか……』


 どこかで聞いたような歪な声が、自らの意識に直接話しかけてくる。


『汝の敵を討つ、力を望むか……』


 そんなものがあるのなら、是非ともお力添えを頂きたいものだ。

 アカツキは言葉にすることなく、瞼を閉じながらただ天高く手を伸ばして力を求める。


『ならば、汝の身体を我に貸し与えよ』


 その言葉と共に、アカツキの意識は奈落の底へと沈んでいくように、暗闇の世界へと包まれていった。まるで、深い眠りにつくかのように、アカツキの中の全ての感覚が消えていった。


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