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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第七章 偽りと目覚めの果て
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後は任せろ

 死ぬ瞬間にフェリスの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。しかし、そんな彼女の表情から笑顔が絶えることはなかった。それは彼女に何かしらの覚悟があったからなのだろうか。その理由を探すため、ロイズは剣が飛来した方向を眺める。

 そこにいたのは深紅の鎧に身を纏った巨漢だった。背中には、黒光りする大剣を携え、こちらを見据えている。その後ろには、五千はくだらない数の騎兵が構えていた。


「何がどうなって……。しかも、あの鎧は……」


 ロイズはその深紅の鎧を纏った男を知っていた。ロイズではなくとも、ほとんどの人間がその名と、その深紅の鎧のことくらいは聞いたことがあるだろう。それ程に彼は有名な者だった。


「グランパニア傘下国の幹部。ベオグラード国王、イシュメル・ベオグラード……」


 そう、そこに佇む男は、グランパニア傘下の国の中でも幹部を務める男。弱肉強食のグランパニアにおいて、幹部を務めるというのがどれだけの強さを持つかということぐらい、容易に想像がつく。ロイズは結局、希望の先に絶望を見ることになってしまったということなのか……。


「何故、あなたのような大物が私たちの国に……」


 ロイズの思考が追い付かない。目の前にいる者はあまりにも存在が大き過ぎた。

 ガリアスがいたのなら、少しは勝機があったかもしれないが、今のロイズにはどう考えても無理だ。どれだけ死力を尽くしたところで、赤子のようにあしらわれるだけだ。


「確かに、キラ様は別に貴様らを危険視はしておられない。だが、私は許せんのだよ。貴様らのやり方が」


 ルブルニアは誰一人殺してはいないし、王権を奪ったりもしていない。これ以上に平和な解決法方などないはずだ。なのに、目の前の男はロイズたちのやり方を否定する。


「お前たちは、確かにこれまで誰も殺さずに、事を納めてきたかもしれない。だがお前たちは、彼らのその後の事を考えたことがあるか?お前たちは人こそ殺していないが、王の資質は必ず奪ってきた」


 それはそうだ。今後もその力で誰かを殺すことがないように、王の資質は奪っておくのが当然だろう。でなければ、性懲りもなく奴隷を生み出す輩が必ず現れる。


「王の資質を奪われた者たちがその後、どんな思いで過ごしているのか、貴様たちにわかるか?」


 ロイズの思考が止まり、声を失う。その先の言葉を容易に想像できてしまうロイズの額を一筋の雫が流れ落ちる。考えたことが無い訳ではない。しかし、先送りにして放って置いたことではある。


「力を無くした者たちはそんな生身の状態で、他の資質持ちから何時襲われるのかと恐怖しながら日々を過ごすことになる。その恐怖は時に死よりも辛いことだってあるのはずだ」


「そ、それは……」


 返す言葉もない。確かにロイズたちは誰一人と殺してはいないが、その者たちの今後について考えていない。それは、紛れもない事実だった。


「お前たちはそれを優しさだと勘違いして、優越感に浸っているのかもしないが、貴様らがやっていることは非道以外の何ものでもない。私はそれが許せないのだよ」


 別に優越感に浸ったことなど一度もない。それが良いことだと信じて、どれだけ辛い戦いだったとしても、人を殺さないでやり通してきた。だがそれは、相手からすれば恐怖を与えているだけに過ぎなかったのだ。


「だが、何故こんな回りくどいやり方をする必要がある?それなら、単にこの国をあなたたちが襲えばいいだろう。資質持ちたちを切り離し、弱体化したこの国を襲う必要がどこにある?」


 そう、彼らの目的はルブルニアを倒し、今後同じような被害を出さないことのはずだ。ならば、こんな回りくどいやり方をする必要がない。

 目の前にいるのは、グランパニア傘下の国の中で幹部を張るような力の持ち主なのだ。アカツキたちがいようと、余程のことが無い限り負けることはないだろう。


「これは罰だよ。資質持ち全員がこの国を離れる予定は無かったが、我々の目的はルブルニア国王をこの国から引き離し、その間に国民たちを殺すこと」


「な、なんだと……」


 イシュメルの言葉に、ロイズの表情が更に強張る。彼が告げたやり方に何の意味があるのか、ロイズは逡巡するが、焦りで脳が働かない。


「これは罰だと言っただろ。我々がしたいのは戦争ではない。貴様が言ったように、戦争をしたいのならこんな回りくどいやり方をする必要がない。だが、それではお前たちが行ってきた非道の数々を悔い改めることができんではないか」


 イシュメルはそこで一呼吸置いてから、この戦いの真の目的を告げる。


「我々の目的は、国王を除くこの国の全ての者たちを殺し、その惨状を国王の目に焼き付けさせること。それこそが我々が貴様らに与える罰だ。よって貴様はこれから我々が行う罰の礎になるのだ」


 ロイズの脚の震えが止まらない。その震えは身体全体に広がり、肩が小刻みに震え始める。 口をアワアワと開閉しているが、声が出てこない。


「お前たちは死の恐怖よりも、生の恐怖を知るべきだ。生というのがどれだけ辛く苦しいものなのか、貴様らの国王には、貴様らの死によってそれを知ってもらう」


 その言葉とともに、イシュメルは背中の大剣を引き抜く。黒々とした大剣には金色の装飾が施され、柄の部分も陽の光が反射し金色に輝く。その大剣の切っ先をゆっくりとロイズの方向に向ける。

 ロイズは恐怖によって思考が途絶えていた。これまで経験したことのない恐怖に身体中が震え、言うことを聞こうとしない。そんな最中、巨大すぎる敵から向けられた切っ先によって、ロイズの思考が弾け飛ぶ。


「あ……、あっ、あ……、あああああああ」


 悲鳴にも似た叫びを上げながら、ロイズは地を蹴りイシュメルへと向かって地面を駆ける。それが、自暴自棄の特攻だということは、誰が見ても明らかだろう。ロイズは切っ先の折れた剣に光を纏わせる。

 それを見たイシュメル側の兵たちはそれぞれに武器を構えるが、イシュメルはそれを左手で制する。イシュメルの行動に、誰一人として逆らうことはせずに武器を下ろす。


「うあああああああああああ」


 ロイズは咆哮と共にイシュメルに向けて武器を降り下ろした。光を纏ったロイズの武器に対して、イシュメルは何の魔力も通わせていない大剣で、ロイズの攻撃を受け止めた。

 そこでロイズの勢いが留まることはない。一度でも勢いを失えば、相手に攻撃の機会を与えてしまう。そうなれば、ロイズには為す術が無くなる。

 ロイズは更なる力を込めてイシュメルの大剣を押し返す。しかし、イシュメルの力はあまりにも強く、そんなロイズの攻撃を平然とした表情で受けとめる。二人の間に激しい鍔迫り合いが起こり、辺り一面の草原を大きく揺らす。

 数秒間の鍔迫り合いの後、このままでは攻撃が通らないと思ったロイズは、一度後ろに跳び退いて次の行動に移る。その間も相手に攻撃する機会を与えることはない。

 ロイズは弓を構える型を取り、矢を放つように右手を開くと、数本の矢がイシュメルに向かって襲い掛かる。しかし、その光の矢をイシュメルは、大剣をたった一薙ぎするだけで一蹴する。

 あまりにも力の差が圧倒的すぎる。イシュメルはまだ、魔法の一つも使っていないのだ。ロイズは一撃、一撃に全力を込めているにもかかわらず、その攻撃がイシュメルの身体に届く気配はまるでない。

 ロイズは両手で球を囲むような形を作ると、その中心に光が集約されていく。両手の中には、光が球の形をして渦巻いている。


「喰らええええええええ」


 ロイズは創りだした光の球を右手で勢いよく押し出すと、そこからイシュメルに向けて一直線に光線が放たれる。凄まじい速度で放たれた光線に流石のイシュメルも大剣ではなく、右手を前に差し出す。その手の前に炎が渦巻くように壁を創り、ロイズが放った光線を受け止める。

 その炎の壁は本当に小さかった。光線の直径とほぼ変わらないような炎の壁だったが、それでもロイズの攻撃を防ぐには十分だったようだ。

 ロイズが放った光線はその炎の壁を貫くことは敵わず、その小さな炎の壁に完全に遮られてしまった。


「無駄な魔力を使うのは愚か者がやることだ。相手の攻撃をよく観察し、その攻撃に合った防御をすればよい。いちいち大きい盾を作る必要はないのだよ。先程のようにな……」


 まるで、戦闘の中でロイズに指導でもするかのような口調と声音でイシュメルは告げる。

 ロイズから繰り出される全ての攻撃を容易に掻き消されイシュメルへと届くことはない。それでも、ロイズは止まらない。自らの身体に魔力を纏い、イシュメルに特攻をかける。

 体術を織り交ぜながら、何度も何度も攻撃を試みるが、全てその勢いを往なされ、躱される。そして、ロイズが見せた一瞬の隙をついて、イシュメルはロイズの腹部を殴り飛ばした。

 魔力も込もっていないその殴打によって、ロイズの身体は何メートルか吹き飛ぶ。喉の奥から血の味が込み上げてくる。内蔵のどこかから出血しているのかもしれない。

 しかし、そんな痛みを気にしている余裕はない。イシュメルは一切動こうとせずにその場に立ち尽くしている。ロイズが戦っている間は動く気が無いらしい。

 その機会を逃す訳にはいかない。必死に喰らいついて、一秒でも長く、時間を稼がなければならない。

 ロイズはフェリスとの戦闘もあり、身体は既にボロボロだ。それでもロイズは立ち上がる。ロイズが両手をイシュメルに向けてかざすと、ロイズの周りにいくつかの魔法陣が浮かび上がる。

 その光景を見たイシュメルの肩がピクリと動いたのが見えた。イシュメルも大剣を地面に突き刺すと、ロイズの攻撃に備えるように構えを取る。まるで、ロイズが次にどんな攻撃を繰り出すのかがわかっているような行動だ。

 まだ、ロイズすらもそれがどんなものなのかわかっていないのに……。

 ロイズが突き出していた両手の手で、ギュッと拳を握りしめると、魔法陣が一斉に輝きを増し、それぞれからイシュメルに向けて激しい光線を放った。

 それに対してイシュメルは、左手を前にかざすと、左手の前に巨大な一つの魔法陣が浮かび上がる。そして、そこから大きな鳥の形を模した炎が出現した。

 ロイズが放った数本の光線は、やがて一本に集約され、イシュメルの魔法とぶつかる。

 その瞬間、魔力と魔力のぶつかり合いにより、凄まじい突風が周囲に巻き起こる。イシュメルの後ろに構えていた兵士たちの何人かは、その突風により馬から転げ落ちていた。その上、二人の魔法がぶつかり合ったところの真下の地面は既に草原が剥がれ落ち、地面が削り取られていく。

 それでも、二人の資質持ちは互いの魔力を惜しみなく出し合い、一歩も引かない攻防を見せていた。イシュメルの表情から余裕の色が消えていたということは、それだけロイズの攻撃が凄まじいものだったのだろう。

 だが、資質持ちになったばかりの者が、大国の幹部になるような実力者から余裕を奪うほどの魔法を放てば、どうなるかは目に見えていた。

 やがて、ロイズの魔力が衰えてきたのを感じたイシュメルが左手で拳を握ると、炎の鳥は凄まじい爆風を巻き起こしながら、爆散した。その勢いで、ロイズの魔法陣は消し飛び、ロイズ自身も吹き飛ばされる。

 ロイズは俯せの状態で地面に伏したまま、動かなくなっていた。身体が言うことを聞かなくなっていたのだ。これが、資質持ちが魔力の出し過ぎにより起こす、精神崩壊。

 意識を保っているのがやっとで、視界は歪み、耳も遠くなる。身体は脳からの信号を受け取ることができず、指先すら動かないような状態だ。


 ここが限界か……。やはり、私には、アカツキたちが戻るまでの時間稼ぎすらできなかったのだ。済まない、私が不甲斐ないばかりに、誰も護ることが出来なかった……。済まない……。


 意識が消えていきそうなロイズの瞳が熱を帯びる。もう体は動かないというのに、涙だけは流れるようだ。どれだけ涙を流したところで、何の意味も無いのに……。

 視線の先でイシュメルがこちらに向けて手をかざし、魔法陣を生成している。あの魔法がロイズを襲えば、一溜まりもないだろう。全てを諦めたロイズは最早動こうともせず、襲い来る魔法を目を瞑って待ち続けた。


「さらばだ。我が目的の礎となるために、死ぬがいい」


 その言葉と共にイシュメルの元から魔法が放たれた。数十センチの炎の球体は勢いよくロイズの元へと放たれた。その魔力を薄らと感じながら、永遠にも感じる数秒をロイズは待ち続けた。

 だが、その魔力はロイズに辿り着くことなく消え去った。

 その瞬間、ロイズの視界を何者かの影が覆う。何が起こったのかわからなかったロイズは、最後の力を振り絞って目を見開いた。

 そこには、刀を携えた少年が、ロイズに背を向けて立っていた。その背中は、ロイズがひたすら待ち続けた者の影だった。命を賭してまで待ち続けた者の影だった。


「ロイズ、よく耐えてくれたな。ありがとう……。後は、俺たちに任せてくれ」


 その者の背中を見た瞬間、ロイズの瞳が更に熱を帯びていく。こんな涙にもちゃんと意味はあった。最後の最後で、私の願いは通じたのだ。ロイズはその姿を見た瞬間、安らかな気持ちに包まれながら意識を失っていった。


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