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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第七章 偽りと目覚めの果て
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目覚めの時は来たれり

 

 私は死ぬのか……。結局、時間稼ぎにもならなかった。こんな終わり方、あんまりじゃないか……。ただ、王の資質という力を与えられただけで、戦いも知らないようなあんな少女が、いくつもの戦争を乗り越えてきた私が手も足も出ないほど強いなんて。こんな理不尽なことあっていいはずがない。皆を護るために、私がどれだけ努力してきたと思っている。それなのに、結局誰も護ることもできずに死んでいくのか……。

 アリーナ、ハリー、アリス、済まない。私が不甲斐ないばかりに、お前たちを助けることができなかった。アカツキ、ヨイヤミ、ガリアス、お前たちはこの惨状を見たらどう思うのだろうな……。私たちのために涙を流してくれるのかな……。

 



 …………、いや、まだ死ぬ訳にはいかないだろ。せめて、アカツキたちが帰ってくるまでは……。


 最早風前の灯となっていた意識の中、ロイズは必死にその命を燃やそうとしていた。既に身体は一切の言うことを聞かない。意識は奈落の底へと引きずり込まれそうになる。それでも、ロイズの心の目には炎が宿り、その炎を絶やさぬようにと必死にもがき続けていた。


『力が欲しいのですか?戦う為の力が欲しいのですか?』


 必死にもがき続けるロイズの耳に聞き慣れない声が響きわたる。そう、鼓膜を震わせるのではなく、直接心の中に響き渡るような、そんな感覚を覚えた。

 身体が急激に軽くなり、ロイズを襲っていた腹部の熱はいつの間にか消え、心が溶解していくような、そんな暖かさに身体が包まれている。

 ロイズはゆっくりと瞼を開いていく。辺りは真っ白で、ここが現実世界でないことはすぐに理解することが出来た。


「これは夢か……。私はもう、死んだのか……?」


 ふと気になって腹部を確認すると、何の傷も負っていない自分がそこにはいた。

 ロイズが自分の身体のあちこち確認していると、やがて目の前に光が溢れだしてくる。全てが白く、一切の闇を感じることが出来ないこの世界において、それでも光と認識できるだけの神々しい光が……。

 光の方向へと目をやると、そこには白銀の鎧に身を包んだ女性が立っていた。羽飾りの付いた白銀の兜から流れ落ちる翡翠色の滑らかな髪は胸の辺りまで垂れており、輝かしい装飾が施された剣と盾を携えた女性、いや、女神がそこにはいた。

 彼女は人というにはあまりにも綺麗で、美しく、神々しかった。ロイズは彼女が人ではないと、直感的に、本能的に理解していた。


『あなたは何故に力を望むのですか?』


 彼女は口を一切動かしはしない。しかし、女神の言葉はロイズの心の中に響き渡り、反芻する。心の中で反響し何度も何度も同じ言葉が自らに問いかける。


「私は、国の皆を護るための力が欲しいのです。誰かを傷つけるためではなく、誰かを護るための力が欲しい。私はまだ死ぬ訳にはいかないのです」


 ロイズの言葉に女神の口元が少しだけ綻び、優しく慈悲深い笑みを浮かべる。


『強い心を持っているのですね。自分のためにではなく、誰かのために力を望むなんて……。良いでしょう、あなたに決めました。私の力を、あなたに貸し与えましょう。誰かを護るために、存分に私の力を使いなさい。さあ、手を取って、いつまでも寝ている訳にはいかないのでしょう』


 そう言って女神から差し出された手を、ロイズはゆっくりと握り返す。その手を握った瞬間まるで心の中の全てが洗われるような、何に言い表すことのできない温もりがロイズの中を走り抜けた。


『さあ、目覚めの時です。我が力を持ってして、皆を救いなさい』


 その言葉を聞いた瞬間、ロイズ自体もこの世界に溶け込むように、視界が真っ白な光に包まれて消えていく。その光にロイズは思わず目を閉じた。

 次に瞼を開いた時には、先程までフェリスと戦闘を行っていた平原が、ロイズの視界に広がっていた。

 手は真っ赤に血塗られ、先程とは違い腹部にもはっきりとした痛みを感じる。そう、痛みを感じるのだ。先程までは感じることのなかったのに……。

 ロイズは立ち上がっていた。フェリスはまだ視認できる距離にいる。先程からほとんど時間は経っていないようだ。ロイズが一瞬放った、身の毛もよだつような殺気に、肩を震わせたフェリスが勢いよく振り返る。


「どうして?あれだけの攻撃を喰らって、まだ立ち上がるというの……。それに、その光は何?あなた、もしかして……」


 フェリスに言われて、ロイズは自らの身体の異変に気が付いた。ロイズは自らの身体から輝きを放っていたのだ。力が込み上げてくる。今までには無かった力を身体の奥底から感じることが出来る。

 誰に言われる訳でもなく、自分が資質持ちになったという実感がロイズにはあった。何か得体のしれない力が、身体の奥底から湧き上がってくる。

 しかし、嫌な気はしない。むしろ、その力からは先程の女神の温もりに似た、優しさすら感じることが出来る。

 ロイズは持っていた剣に力を込めると、その剣が光を帯びていき巨大な剣の形を模す。


「これが資質持ちの力か……。これまでに感じたことのない感覚で、どうにもむず痒いのだが、そんなことを言っている場合ではないな。シーシャル国王フェリス、死ぬ覚悟はできているのだろうな」


 ロイズの表情に余裕の笑みが浮かんでいた。資質持ちに目覚めたロイズには、もうフェリスに負ける要因が一つもなかった。フェリスの表情は焦りに満ち溢れており、肩が小刻みに震えている。


「こんな時に覚醒するなんて……。でも、覚醒したばかりのあなたに、勝ち目なんて……」


 フェリスが手を前にかざすと、先程と同じように地面から複数の水の塊が浮かび上がってくる。彼女が拳を握ると、それらが一斉にロイズへと向かって放たれる。

 ロイズもフェリスと同じように、剣を持っていない左手を前にかざす。その手の前に魔法陣が形成され、ロイズの前に盾の形を模した光の壁が出来上がる。

 それはロイズの全身をすっぽりと覆うだけの大きさがあり、水の塊たちはその壁に阻まれロイズへと届くことはなかった。それだけではない。その水の塊たちは、ロイズの光の盾にぶつかると同時に、進行方向を逆転しフェリスをの元へと向かっていく。


「きゃああああああああ」


 まさかの事態に身動きが取れなかったフェリスは、水の塊をその華奢な身体にもろに喰らった。


「この盾、反射までできるのか……」


 ロイズはまだ自らの魔法の全てを理解している訳ではない。それでも、魔法の出し方などは自然と頭の中に浮かび上がってくる。額から血を流しながらフェリスがこちらを見据えてくる。最早、彼女に先程までの余裕は一切見られない。


「フェリス、お前に勝ち目はない。さっきまでは立っている次元が違ったのかもしれないが、今はもう何一つ変わらない。力の差を考えれば、勝敗は決したも同然だろう」


 ロイズの言葉を受けて、フェリスは悔しそうに歯噛みしながら答える。


「ここで私が逃げ帰ったところで、いずれ私は殺されるわ。それなら、あなたと戦って死んだ方マシよ。それに、まだ私が負けたと決まった訳ではないでしょ」


 この戦いを避けてもいずれ殺される、とはどういう意味だ。彼女の裏にはまだ黒幕が隠れているというのか……。それともただ単に、ルブルニアに負けたことが知れ渡れば、他の国に襲われるという意味か……。


「お前は、何かを隠しているのか?」


 ロイズの質問にフェリスは何も答えようとはしない。彼女は素早い動きで地面に手を付くと、彼女の周辺に魔法陣が浮かび上がる。そこから水が蛇のようにクネクネと動きながら出てくる。


「踊りなさい」


 彼女の言葉に呼応して、五本の水の鞭はまるで意志を持っているかのようにロイズへと襲い掛かる。しかし、光を帯びたロイズの剣は、それをいとも容易く切り落としていく。

 しかし、水の鞭は切り落とされたところで勢いを弱めることはない。次々とその全長を伸ばしてはロイズに斬られてを繰り返している。

 水の鞭を止めるのに精一杯で、ロイズはその場から動くことが出来なくなっていた。ロイズは水の鞭を切り落としながら打開策を練り続ける。


「このままでは埒があかん……。あの魔法陣を壊せば、この攻撃も止まるか」


 ロイズは水の鞭を斬るのではなく、剣の腹で力強く弾くと、その一瞬の隙に空高く飛び上がる。

 左手を前に伸ばして棒を握るような手の形をすると、ロイズの左手に弓を模した光が現れる。そのまま右手をゆっくりと引いていくと、今度は矢を模した光が現れる。

 そしてロイズが右手を開いた瞬間、その弓は勢いよくロイズの元から発射され、空中で五つに分離し、意思を持つかのようにそれぞれ軌道を変えてフェリスの元に降り注ぐ。五つの矢はそれぞれの魔法陣を射抜き、魔法陣が崩壊する。

 魔法陣が崩れた反動で、フェリスは勢いに負けて尻餅をつく。その隙をロイズは逃さない。着地したと同時に地面を蹴って一気にフェリスとの距離を詰める。

 その速度に一瞬身体が追いついて行かないかと思うほど、ロイズの速度は上がっていた。

 そして、ロイズの剣はフェリスの肩を貫いた。ロイズは王の資質を手に入れたことにより、アカツキたちのように敵を殺すことなく事を収めたいと思っていた。だからこそ、ここでとどめを刺さなかったのだ。


「降参しろ。お前の王の資質はどこにある。それさえ教えれば、命まで取るつもりはない」


 ロイズの呼びかけに、フェリスは鼻を鳴らしながら何の身じろぎもせずに答えた。


「ふんっ。情けのつもり……。でも、さっきも言ったと思うのだけれど、私はここで死ななくても、あなたに負ければいずれ死ぬことになるわ。それなら、ここで大人しく死んでおきたいのだけれど」


 彼女の言葉に嘘偽りは感じられない。その言葉にはどこか諦めじみたものと、強い意志とが混ざりっているように感じられる。ロイズが彼女の表情を確認すると、その透き通った目は既に死を覚悟しており、笑みすらも浮かべていた。


「やはり、お前の後ろには、まだ誰かいるのだな。誰だ?お前たちを裏で操っているのは……」


 ロイズの言葉にフェリスは皮肉交じりの笑みを絶やさないまま答える。何が、彼女にここまでの覚悟を持たせるのか……。


「そんなこと言える訳ないじゃない……」


 彼女が吐き捨てるようにそう言うと、グサッと何かが肉体を貫くような音がロイズの鼓膜を震わせる。そして、ゆっくりと胸の辺りに熱と痛みが込み上げてくる。それが何から来るものなのか、ロイズは視線を巡らせると、自らの胸の辺りに刃が刺さっていた。

 しかし、あんなにはっきりと音がするほど深くは刺さっていない。せいぜい数センチ程度のものだった。ロイズは刃の元を追って、自分の胸からフェリスの胸へと視線を移す。

 フェリスの胸を一本の剣が完全に貫通していた。フェリスの身体を貫通した剣が、勢い余ってロイズの胸にまで刺さっていたのだ。


「なっ……」


 不意に起こった出来事に、ロイズは理解が追いつかず狼狽し、完全に言葉を失ってしまった。そんなロイズの姿を見たフェリスは、相も変わらず笑みを絶やさなかった。


「ね、言ったでしょ……。こういうことよ……」


 その言葉を最後に、フェリスは力なく倒れロイズへとその身を預けた。


「おい、しっかりしろ……。おいっ」


 最早、フェリスの耳にロイズの声は届かない。彼女は最後に一言だけ、誰ともわからぬ者たちに向けて、謝罪の言葉を口にした。


「ごめんね、みんな……」


 そのまま彼女は安らかに息を引き取り、この世を去った。


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