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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第七章 偽りと目覚めの果て
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届かない斬撃

 現状では資質持ちがどこに存在するのかもわからないし、今は目の前の敵兵で精一杯だった。ロイズは先のことは考えずに、ただただ目の前の敵を薙ぎ払っていく。そんな最中、不意に上げられたアリーナの、悲鳴にも似た叫び声がロイズの鼓膜を震わせた。


「隊長っ、危ないっ!!」


 その声に反応して振り向いた時にはもう遅かった。ロイズの視界に入ってきたのは、アリーナの肩の辺りに大きく穴を空けて貫く水の塊。

 最初ロイズには、アリーナを貫いているものが水であるということが理解できなかった。水が人の身体を貫くところなど、見たことが無かったから…。それでも、目の前で起きている現実をロイズは認めざるを得なかった。


「アリーナ……、お前、私を庇って……」


 そう、この攻撃は元々ロイズに向けられたもの。その攻撃の接近に気が付いたアリーナは、迷いなく自らの身体を盾にした。

 水はいつの間にか形を失い、地面へと流れ落ち消えていく。大きな穴の開いたアリーナの鎧から大量の血液が流れ出る。ロイズたちがそうこうしている内にも、味方の攻勢により敵の数はさらに減っていく。


「わ、私たちは……、隊長の盾です。だから、私のことは気にしないで、行ってください。隊長が言ったんですよ。味方が倒れても怯むなって……。だから、早く行ってください」


 アリーナは声を出すことすらも辛そうで、それがロイズを奮起させるために必死で伝えた言葉だというのは言うまでもなかった。それでも、ロイズは歯噛みして一度俯くと、ハリーを叫ぶように呼ぶ。


「ハリー、アリーナをアリスの元に連れて行け」


 ロイズのその言葉に、アリーナは苦しみ混じりに怒りの表情を見せる。


「何言っているんですか隊長……。他の人は放っておいて、私だけ助けようって言うんですか。そんなの差別ですよ。この惨状を許容しているのなら、私も放って置いてください。早く戦いに戻ってください。でないと、他の者たちに示しがつきません……」


 アリーナのそんな悲痛の叫びに、ロイズは目を瞑って肩を震わせながら返す。


「わかっている。これは私の単なる我がままだ。自分が隊長失格なことをしていることも、はっきりと理解している。それでも、まだお前たちと別れたくないんだ。隊長として間違ったことをしているとしても、お前たちには生き延びて欲しいんだ……」


 そこで一度言葉を切ったロイズは、語気を強めてハリーへと告げる。


「ハリー。急いでアリーナを連れて行け。他の者がなんと言おうと気にするな。責任は私が取る。これは隊長命令だ。拒否権は……、無い」


 ロイズの命令にハリーは静かに頷くと、アリーナを抱き抱えて馬へと跨る。アリーナは未だに諦める様子はなく抵抗を続けようとする。


「ハリー、私のことは放って置きなさい。戦争なんだから、誰がいつ死んだっておかしくないの。だから、私のことは放って、早く……」


 そんなアリーナの言葉に、ハリーは聞く耳を持とうとはしなかった。アリーナはどれだけ言葉で抵抗しようとも、身体は言うことを効かず微動だにしない。そんなアリーナをハリーは無言のまま抱き抱え、馬に手綱を打ち付けて幹部棟へと向けて走り出した。

 どれだけ国のためなどと言葉でいうことはできても、心の中ではどうしても優先順位を付けてしまう。それが許されざることだとは理解しているつもりだ。でも、追い込まれた状況で、自分の心に嘘を吐くことができなかった。

 しかし、悔いはない。後ろめたい気持ちを押しのけて、ロイズは戦場へとその心を還らせる。

 ハリーの姿を見送ったロイズは、水の塊が飛んできた方向へと目をやる。自分が認識できる範囲内に人は見当たらない。しかし、資質持ちがいる方向を確認できた今、ここで立ち止まっている訳にはいかない。資質持ちを倒さなければ、どれだけ敵兵を倒そうとも、容易く戦況をひっくり返されてしまう。


「ルブルニア軍に告ぐ。最早、こちらの勝利は目前だ。敵の残党を駆逐し、幹部棟の周辺の護りを固めろ。私は、増援の有無を確かめに行く」


 そう告げたロイズは、資質持ちの方向へと向けて馬を走らせる。一人で行ったところでどうすることもできないことは目に見えている。

 資質持ちの力は、これまで嫌というほど味わってきた。彼らが存在する限り、普通の人間の自分ができることは何もない。それだけ資質持ちというのは、大きな存在なのだ。

 今、ロイズはそんな大きな相手に立ち向か覆うとしている。それがどれだけ無謀だったとしても、現在この国に一抹の希望があるとするのなら、それは一番近くで資質持ちたちを見てきた自分だろう。


 私が勝てないのであれば、ここにいる誰にも勝ち目はない。勝てなかったとしても、少しの時間くらいは稼ぐことが出来るはずだ。そうすれば、アカツキたちが戻ってくることが出来るかもしれないから……。


 ロイズが資質持ちに向かって走っていると進行方向から、何らかの物体が飛来する。それは凄まじい速度でこちらに向かっており、それがなんなのか確認できる距離になった頃には、自らの頬を掠めていた。その反動で頭にかぶっていた兜が弾け飛んだが、気にすることなく敵の元へと急ぐ。

 ロイズの頬を掠めて行ったのは、先の尖った鋭い水の塊。水をこれだけの速度で放出できるなんて、資質持ちの力以外には考えることが出来ない。今の攻撃で敵がこちら側にいることははっきりした。

 ロイズが馬を駆り、破竹の勢いで進んでいると、その攻撃の主の姿が着々と見え始める。

 最初に目に入ってきたのはショートカットの桔梗色の綺麗な髪。身体の線は細く、華奢過ぎて戦いができるような身体には見えない。

 ロイズもそこで馬を止めて馬から降り、一歩ずつ近づいていく。徐々に見えてくる彼女の表情はまるで感情が無いかのように無表情で、とても透き通った澄んだ眼をしていた。その眼からは、まるで心まで見透かされているような感覚すら覚える。


「あまり、人が目の前で死んでいくところを見たくはなかったのだけれど」


 その眼と同じく、その声音も透き通っている。ただ、声のトーンも抑揚が無く平坦で、一切の感情を感じることが出来ない。


「そんな理由で、味方の兵に戦わせて、自らはこんな離れたところから攻撃を加えていたのか?」


 ロイズの質問に対し、彼女はただただ平坦な口調で答える。


「そうね、私は人の血を見るのがあまり得意ではないの。できれば、誰の死体も見たくはないわ」


 その淡々とした喋り方が、どこか鼻に突く。別に彼女にそんな意志はないのだろうけれど、何処か相手にされていないような、馬鹿にされているような感覚を覚える。


「そんなに戦いが嫌いなのに、何故自ら戦争を起こした。別に、私たちがお前たちに何かをした訳ではないだろう。わざわざこんな不意打ちみたいな真似をして……」


 ロイズの質問に、彼女の口元が小さく動く。その笑みはとても冷たくまるで自嘲しているかのようにも見えた。その笑みがあまりにも冷たく感じて、ロイズは背筋を震わせる。


「だって、それが私たちの存在意義なのよ。私たち資質持ちは戦うために存在しているの。どれだけ戦いを好まずとも、それを否定することはできない。あなたたちも、食事をしなければ、睡眠をとらなければ死んでしまうでしょ。それと変わらない。私たちは生きていくために戦わなければならないの。ただ、それだけよ……」


 戦うことこそが資質持ちの存在意義。確かにそれは事実なのだろう。これまでに戦わない資質持ちなど聞いたことが無い。資質持ちはその大きな力と共に、例外なく戦闘に介入する定めを背負っているのだろう。どれだけ戦闘を否定しようとも……。


「戦いに身を投じる理由はわかった。だが、我々を狙った理由はなんだ?」


 彼女はその澄んだ瞳で、真っ直ぐにロイズを見据える。


「そんなこと、あなた方が一番わかっているでしょうに……」


 そう呟いた彼女が、スッと右手を前にかざすと、いくつもの小さな水の塊が浮き上がってくる。彼女はその澄んだ瞳を細め、優しく微笑んだ。


「まさか資質持ちの全員がこの国を離れるとは思っていなかったけれど、資質持ちのいないあなた方に、最早勝ち目はないわよ。私はグランパニア傘下の国、シーシャルの国王『フェリス・ルティエンス』。大人しく死になさい」


 フェリスが前にかざしていた手をギュッと握ると、彼女の周りを浮遊していた水が一斉にロイズに向かって放たれる。

 向かってくる水の塊に対してロイズは目で追える分だけに絞って、自らの剣で打ち落としていく。もちろん全てを避け切ることなど不可能で、手足や横腹の鎧が削られていく。それでも、鎧が削られただけで、身体にはまだ大きなダメージは無い。

 ロイズはフェリスに向かい地面を蹴って加速すると、腰に掛けていた拳銃を引き抜き、引き金を引いた。銃口が火を噴き、一発の銃弾がフェリスに襲い掛かる。

 だが、その銃弾はフェリスの前で見えない壁にぶつかったように勢いを失くし落下する。いつも近くで見ていた光景。相手からの攻撃から何度も救ってくれた見えない壁は、全ての資質持ちが使える力なのだ。だが、そんなことはロイズにもわかっていた。

 これまで資質持ちと、長い時間を掛けて向き合ってきたからこそ分かる資質持ちの弱点がある。それは、いくつもの魔法を一度に使用することが出来ないこと。

 一部というか、一人例外はいるようだが、今まで見てきた資質持ちたちは揃って、複数の魔法を出すことが出来なかった。彼女もそれに漏れず、魔導壁を出している間に他の魔法を使う様子は無さそうだった。

 ロイズはもう一度撃鉄を引いて、フェリスが攻撃の態勢に移る前にもう一発銃弾を放つ。その間に、一気に距離を詰めたロイズはフェリスの胸部に向けて、自らの剣の切っ先を突き出した。

 彼女は自分でも言ったように、戦闘には慣れていない。ならば、もし活路があるとすれば、近距離戦に持ち込んで相手の手数を上回ること。魔法を使う隙を与えなければ、資質持ちもただの人間と変わらないはずだ。

 しかし、ロイズの切っ先は彼女の水の壁によって阻まれ、ロイズの作戦はいとも容易く瓦解した。


「なっ……。こんなもので、私の剣が止まるのか……」


 その水の壁は本当に小さいものだったフェリスの手のひらと同じくらいの大きさの水の壁によってロイズの剣はびくともしなくなってしまった。


「水圧をいじることが出来れば、これくらいの攻撃簡単に止めることが出来るわ。壊すことだって……」


 彼女がそう言ったのと同時に、水の中に入っていたロイズの剣の切っ先は、まるで細い木の枝でも折るかのように、簡単に折れてしまった。その光景にロイズが狼狽していると、いつの間にか先の尖った槍の形を模した水が、ロイズの周りを覆っていた。


「資質持ちのことを少しは知っているようだけれど、所詮あなたは普通の人間……。私とは、立っている次元が違うのよ。私たちとあなたたちとでは、どうやっても越えられない壁がある」


 そう言い終えた彼女の無表情だった口が少しだけ吊り上がると、ロイズを覆っていた数本の水の槍が、一斉にロイズの腹部を貫いた。

 腹部に感じたことのない熱を感じる。しかし、何故か痛みは感じない。痛覚が既にやられてしまったのだろうか……。ロイズは生気を失ったようにゆっくりと地面に膝を付いて、ガチャッと鎧の音を鳴らす。そしてそのまま、力無くうつぶせの状態で地面に倒れた。

 声を出そうとどれだけ口を動かしても、空気が漏れるだけで音が出ない。痛みこそ感じないが、身体も動きはしない。

 唯一目だけが動き、閉じそうな瞼の先で、ぼんやりと辺りを見回すことだけができる。それもだんだんとできなくなり、瞼がゆっくりと閉じていく。


「向こうの方も静かになり始めたわね。どうやら、私たちの軍が敗れたみたいだけど、私がいれば関係ないわ。あまり人の血を見るのは好きではないのだけれど、こうなったら仕方がないわね」


 自らの頭上からフェリスが呟いたそんな言葉が、意識が消えそうなロイズの鼓膜を震わせる。

 やがて、彼女が地面を踏み締める足音が身体を通して伝わってくる。その足音は、少しずつ離れていき、彼女の足止めをすることは適わなかった……。

 そして、そんなフェリスの遠ざかる足音も、遠くなるロイズの意識には届かなくなった。


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