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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第七章 偽りと目覚めの果て
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国民よ武器を取れ

 翌日、ロイズは焦りを容易に察することができるような、騒がしい足音で夢の世界から覚醒した。ロイズが目を覚ますとほぼ同時に、部屋の扉が凄まじい轟音を立てながら勢い良く開け放たれた。


「ろ、ロイズ隊長、大変です……。ルブルニアの外に他国の兵が集まっております。その数二千を越えるかと思われます。まだ、森の外に集まっているため、すぐには襲われることはないと思われますが、それも時間の問題かと……」


「な、何だとっ……。それは、本当か……」


 その知らせを聞いたロイズの口が開いたまま塞がらなくなっていた。

 ロイズが想像していた中で、最悪の事態が目の前で繰り広げられようとしていた。アカツキたちがいなくなってからずっと、ロイズが感じていた焦燥感はこの事態を案じてのもの。アカツキたちへの連絡手段もない今、この国の戦力は十分の一近くまで削られていると言ってもいい。


「くっ……。アカツキたちがいなければ、資質持ちがいたときにどうしようもないぞ……」


 ロイズが必死の思いで頭を回転させながら思考に全力を注いでいるが、恐怖から来る焦りによっていつも通りに思考を巡らせることが出来ない。黙ったまま動かないロイズに対して、衛兵が急かすように話しかける。


「このままでは、恐らく半日もしないうちに攻め込まれます。お早くご指示を……」


 焦燥感がロイズの怒りを余計に刺激する。衛兵の言葉に、ロイズの語気が強まる。


「黙れっ。そんなことは解っている。焦って答えを出して、余計に被害を出す訳にはいかないだろうが」


 衛兵に当たったところで、状況が変わらないことはわかっている。だが、ロイズはこれまでに経験したことが無いほど追い込まれて気が立っていた。

 ロイズの怒気が露になった言葉に反応して、先程の扉の音でも起きなかった、アリーナとアリスが目を覚ます。


「どうかしたのですか、隊長?」


 状況を読み切れていないアリーナは、眠気眼のほわぁっとした目でロイズに尋ねるが、ロイズの焦りと怒りの込もった瞳を見た瞬間に表情を固まらせる。


「他国が目前まで攻め込んで来ている。奴等の目的はアカツキたちでなく、我々だったのだ。何が狙いかはわからないが、少なくとも今の私たちは絶体絶命と言ってもいい」


 ロイズは肩を震わせて顔を俯けたまま、絞り出すような掠れた声で事態を告げる。

 アリーナはすぐに現状を飲み込み、真剣な表情で黙ってロイズの命令を待つ。ロイズはひたすら思案し、如何に被害を少なくするかを考える。最早、被害を出さずにこの戦いを済ませることなど不可能だろう。


「女、子供はルブルニアの外の森へ身を隠れさせろ。男は全員幹部棟前の広場に集めろ。後、すぐにアカツキたちの元へ兵を向かわせろ。一秒でも早く、アカツキたちに、このことを伝えるんだ」


 アカツキたちが出発してから一日経った今、どれだけ急いだところで、この戦いにアカツキたちが間に合わないことは明白だ。

 しかしそれでも、希望を捨てる訳にはいかない。どんな敵が来ても、アカツキたちが帰ってきさえすれば、希望は見えるはずだ。ロイズはそれくらいに、アカツキたちを信頼していた。

 ロイズの命を受けた衛兵とアリーナはそれぞれに頷くと、すぐさま行動に移る。足早に部屋から外へと出ていき、すぐに外から衛兵が国民たちに呼びかける声が響き渡る。そんな、外の声が容易に聞こえるような静けさに満たされた部屋には、ロイズとアリスだけが残された。


「あ、あの、私はどうすれば……?」


 アリスは困惑を隠しきれないといった表情で、胸の前で手を組みながらロイズに尋ねる。唇は固く結びながら、ロイズからの言葉を待つアリスの肩に、ロイズはポンっと手を乗せるとアリスの視線に合わせるように屈み、瞳を覗き込みながらゆっくりと口を開く。


「お前は、みんなと一緒にルブルニアの外に身を隠せ」


 ロイズの重く、どこか悲しげな感情の込められた言葉を聞いたアリスの肩がピクッと震える。アリスの唇の形が少し歪み、瞳の色が揺らめく。恐らく、戦争への恐怖と、自分も唯一の資質持ちとして皆と戦いたいという意志が、アリスの中で渦巻き、葛藤している。

 そして、ロイズが隠しきることが出来なかった一つの覚悟を、感じ取ってしまったのだろう。


「私も、戦いたいです。アカツキ様たちがいない今、戦力となる者は皆戦うべきです。そうでなければ……」


 どうやら、恐怖よりも意志が勝ったようだ。ロイズの覚悟については触れないようにしているのだろうか……。

 最後の言葉の続きは紡がれることはなかった。だが、ロイズとしては彼女を戦場に出すわけにはいかない。少しの沈黙が二人の間に流れた後、ロイズは先程と同じような声音で告げる。


「わかってくれ、アリス。お前を傷つけては、私がアカツキに会わせる顔がない……。この国が、たとえどうなろうとも、お前だけは必ずアカツキの元に戻らなくてはならない。今のアカツキの力なら、もう一度国を建て直すことくらい、造作も無いだろう。だが、奴にも心の支えは必要だ」


「違います。ロイズさん、あなたは間違っている……。あなたは、死ぬ覚悟をなさっていますよね。だから、さっきからそんな哀しい目をしているんです。もし、皆さんが死んでしまったら、アカツキ君が立ち直れる訳がないじゃないですか……。それくらい、この一年を一緒に過ごしてきたあなたなら、わかっているでしょ。アカツキ君は優しいんです。とても、優しいんです……」


 先程は触れなかったロイズの一つの覚悟を、アリスは我慢の限界を超えて、触れてしまった。

 そう、ロイズは正直なことを言うと、この戦争に勝てる訳がないと半分諦めていた。資質持ちのいないこの国に倍以上の数の敵に勝てる訳がない。

 だとしても、アリスだけはアカツキの元に返さなくてはならない。それだけが、今のロイズの望み。それが自分勝手で、エゴイスティックなものだという自覚はある。それでも、他にどんな犠牲を出したとしても、これだけはロイズの中で譲れないのだ。

 ロイズは拳をつくるとアリスの胸元に押し当てて、俯きながら言葉を紡ぐ。


「そんなこと、本当はわかっているよ……。それでも、お前がアカツキの心の支えになってやってくれ。この国が生き残ろうとも、滅びようとも……。私はあいつが大好きなんだ。もちろん恋愛感情などではないぞ」


 ロイズの声が震えている。どれだけ覚悟をしたところで、これから起こる事態に恐怖せずにはいられないし、今までの楽しい時間を思い出すと余計に苦しくなる。


「あいつはこの国が滅んだと知ったら、立ち直れなくなるだろうな。生きる意味を失い、自暴自棄になってもおかしくない。アリスが言うとおり、あいつはすごく優しいからな……。それでも、アリスさえいてくれれば、きっとアカツキは立ち直ることが出来る。それこそ、あいつのことをよく見てきたからこそ分かるんだ。護る者がいれば、あいつは何度でも立ち直ることが出来る。だから、何があろうと、お前は必ず生き残るんだ」


 最後の言葉を告げるときロイズは、今まで俯けていた顔をゆっくりと上げて、アリスの瞳をしっかりと見つめていた。その瞳には、迷いも恐怖も覚悟もいろんな感情が渦巻いていた。

 それでも、覚悟の色が前面に出てきていることが、アリスにも感じ取ることが出来た。そんな強い覚悟を無下にすることはできない。

 アリスは納得しきることが出来ない自分の気持ちを抑えつけて、ロイズの覚悟を受け入れる。瞼の裏が熱を帯び、視界が歪んでいく。しかし、今本当に泣きたいのはロイズなのだろう。だから、アリスは目を伏せて俯いて、ぐっと我慢した。

 そんなアリスにロイズは、アリスの胸に当てていた拳を解くと、今度はアリスの頭の上に手を置き、アリスを撫でながら優しく声をかける。


「アカツキのことを頼んだぞ……」


 アリスは覚悟を決めたようにゆっくりと頷く。頷いたアリスの肩は、絶え間なく震えており、今にも決壊しそうな心のダムを、必死で押さえつけているようだった。

 そして、ロイズに視線を合わせることなく俯いたまま、背を向けて歩き出す。最後に振り返り際に一言だけロイズに告げていった。


「ロイズ様もご無事で……」


 アリスは全ての感情を振り払うように、全力で走って部屋を後にした。




 ロイズとアリーナ、ハリーを中心として、ルブルニアの男たちは皆、鎧などで武装してこれから起こる戦争に向けて準備を整えていた。女、子供は皆ルブルニアの外へと逃がし終え、敵を迎え撃つための準備は着々と進行していた。

 半年前の軍とはかなり様相を変え、装備品や銃器など様々なものが今のルブルニアには存在していた。鎧にしてもざっと千は越えており、全員に行き渡ることができる。


「急な呼び出しに答えてくれて感謝する。急で済まないが、今この国はかなりの危険な状態に陥っている。他国との会談のために国王やガリアスが出払っている今、自分達の力でこの国を守るしかない。」


 ロイズは何かに迷い葛藤するように、不自然な間を開けてから重い唇をゆっくりと開く。


「この戦争において、不殺などと甘いことを言っている余裕はない。今までそれが可能だったのは、資質持ちである国王たちの力があってこそだ。彼らがいない今、相手のことを気にしながら戦闘することなど不可能と言っていい。国王の意思を裏切ることにはなるが、お前たちの命の方が大切だ。それは、彼もわかってくれるはずだ。だから、迷うな。この国のため武器を持って、立ち向かってほしい」


 おもむろにロイズが頭を下げる。一瞬皆が戸惑いの表情を見せる。それはそうだろう……。国のためとはいえ、人を殺せと言われているのだ。誰だって困惑するに決まっている。

 この中で唯一覚悟が決まっているのは、おそらくアリーナとハリーだけだろう。それ以外は、これまで人を殺したこともない人間たちばかりだ。

 レジスタンスのように復讐心から、覚悟ではなく殺意が湧いている者なら少なからずいるかもしれない。だが、余程の殺意でなければ、人の命を奪うということには必ず迷いが現れる。

 そしてその迷いは、間違いなく自分を殺すことになる。だから、ロイズは皆に向かってもう一言、こう告げた。


「自分の命を一番に考えてくれ」


 そう、自分の命を守るためなら本能で何とかなるかもしれない。それこそ本能が人を殺すことを拒否するかもしれない。それでも、少しでも彼らの迷いを消しておかなければ、この国は容易に潰されてしまう。

 自分たちにできることは勝つことではない。おそらく勝つことは不可能だ。正直なことを言えば、軍でもないのに集まってもらった者たちは、アカツキたちが到着するまでの時間稼ぎのための犠牲に過ぎない。

 唯一自分たちにできるのは、アカツキたちが帰ってくるまで耐えること。恐らく明日までにはアカツキたちはこの国に戻ってくることが出来るはずだ。それまで自分たちは意地でも耐え抜かなければならない。

 ロイズのその思いが通じたのか、一人また一人と武器を手に取り胸の前へと掲げる。彼らの目から迷いの一切が消えたわけではない。それでも、彼らの目からは覚悟の色が感じられるようになった。

 ロイズは少しだけ笑みを漏らすと、すぐに真剣味のある、いつもの凛々しい表情へと変え、持っていた剣を天高く突き上げて言い放つ。


「意地でも自分を守り抜け。それこそがこの国を護ることに繋がる。お前たち一人、一人はこの国そのものだ。アカツキたちが戻ってくるまでの間、耐え抜いてくれ。そうすれば必ず希望は見えてくる」


 今度はそこに集まっていた全員が、ロイズに呼応して雄叫びをあげる。その雄叫びは森中に響き渡り、木々がざわめき、鳥たちが一斉に飛び上がった。


「ルブルニア軍、進軍っ!!」


 鎧に身を包んだ千近い数の男たちが、ロイズの後に続いた。



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