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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第七章 偽りと目覚めの果て
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たまには女どうしで

 アカツキたちの背を見送りながら、ロイズはどこか心細さを感じていた。これまでロイズは資質持ちの彼らに頼りきりで過ごしてきた。彼らがいない今、この国を守れる唯一の盾は自分しかいないのだ。

 恐らく他国が攻め込んで来ることは無いだろう、という皆の結論により、会談が罠であったときのために資質持ち三人で向かってしまった。もし、資質持ちを有した国が攻め込んできたとすれば、ロイズたちに勝機はない。そんな杞憂をしながら彼らを見送った。

 三人のいなくなるとリビングはとても閑散とし、いつもと比べてすごく広く感じた。

 毎日のように騒いでいる二人の少年たちがいない。部屋にいるだけで、圧迫感が凄まじい巨体を携えた大男もいない。アリーナはいつも通り、子供たちに勉強を教えに出ていってしまっている。ハリーは相変わらず部屋に籠りっきりである。つまり、ロイズ意外に誰一人としてこの部屋にはいなかった。

 そんな寂しい部屋の中にいると余計に不安に駆られ、しかし何かやることがある訳でもなく一人で広々とした会議室で呆けていると、背後から湯気をたてた飲み物が入ったカップがロイズの元に差し出された。


「うおっ……。びっくりした」


 完全に一人だと思いこんでいたところに急にカップを差し出されたため、無駄に驚いて軽い奇声を上げてしまった。


「い、いたのか……、アリス」


 まだ驚きが抜けきれていない様子で、ロイズは軽く吃りながらアリスの名を呼ぶ。ロイズにしては珍しく動揺しきった姿を見たアリスは、口を抑えながら微笑むと返事をする。


「はい。なんだか寂しいですね。皆さんがいないと、この部屋こんなに広かったんだなって……。こうやって、いなくなって初めてわかることって結構多いですよね……」


 アリスも同じことを考えていたようで、ロイズは少し可笑しくなって笑みが漏れる。

 それにしても、アリスにしては珍しく、自分からロイズに話を振ってきた。普段騒がしいこの部屋ではあまり自分から話さない彼女も、この閑散とした部屋がどうしようもなく寂しくて、声を出さずにはいられないのだろう。


 そういえば、アリスと二人きりという状況も、よく考えると初めてかもしれないな……。ふむ、どうしたものか……。


 アリスと二人で出掛けることは無いし、この部屋にはこれまで必ず誰かが一緒にいた。初めての状況に何を話したらいいものかと、ロイズは少し思案に耽る。


「まあ、アリスも座れよ。たまには女同士ゆっくり話そうじゃないか。そうだな、代わりに私が暖かい飲み物をもうひとつ準備してくるとしよう」


 そう言って席を立とうとするロイズを慌てて止めると、アリスは自分で調理場へと向かう。


「そんな、とんでもない。ロイズ様は座っていて下さい。私が自分で取って参りますので」


 その言葉を残すと、足早に部屋を出ていった。数分もしないうちに、アリスは新しい飲み物を注いで、部屋へと入ってきた。そして、ロイズがまだ飲み物に手を出していないことを確認すると、少し冷めたロイズのカップと、入れたての自分のカップを交換してから自分の席へと座った。


「そんなこと気にしなくてもいいのに……。余り気を使いすぎていると疲れるだろ。今は私とお前しかいないんだ。あまり気を張らずに、もっと楽にして良いんだぞ」


 ロイズのそんな言葉に、アリスが恥ずかしそうに苦笑する。


「アカツキ君と二人きりでいる時も同じようなことをよく言われます。でも、やっぱり長いこと体に染み付いたものは、なかなか取れてくれないのです……」


 アリスは、少しだけ表情を曇らせる。恐らく、これまで過ごしてきたノックスサンでの生活を思い出しているのだろう。

 彼女は奴隷としてあの国に買われ、あの国で散々な目に遭ってきた。城で生活していたロイズも、それを知らない訳ではない。

 普段からその姿を見ていたが、哀れに思うことはあっても、彼女を助けようとは思いはしなかった。あの頃の自分は、奴隷とはそういうものだ、とどこかで決めつけていたのだ。

 だが、アカツキたちに出会い、自分が間違っていたことを知った。今の自分が、過去の自分を見たらなんと言うだろうか……。見て見ぬ振りなど、自分が一番嫌いなことのはずだったのに、過去の自分は気付かない内にそれを許容していたのだ。


「だろうな……。アカツキも堅苦しいのは嫌いだからな。アリスのそういう振る舞いは余り好きじゃないんだろ。それでも、アリスが少しずつアカツキに近づこうとしているのはちゃんと伝わってくるよ」


 ロイズはアリスを見ながら微笑むと、アリスは恥ずかしそうに少し頬を染めながら俯く。


「それもこれも、アカツキ君のおかげなんですけどね。国王という立場でありながら、私のような者にも、皆と同じようにしてくれて……。なのに私は、まだどこかで距離をつくってしまっている。もうあれから一年も経つというのに……」


 アリスの言葉を聞いて、「おぉ……」と思い出したように声をあげる。そういえば、ノックスサンからこの土地に来て、もうすぐ一年が経つのかと。

 ここへ来てから、ばたばたと時間が過ぎていったため、すっかりそんなことは忘れていた。最初はあんな子供たちが、本当に国を作るなどということが出来るのかと半信半疑だったが、今ではすっかり立派に国王をやって、国の繁栄に努めている。


「あれから一年か……、折角だから何かお祝いしたいな。それにしても、本当に早いものだな。このままでは老いるのも、そう遅くはないかもしれないな」


「そんなこと無いですよ。ロイズ様はまだまだお若いです。女の幸せだって、まだ掴んでないじゃないですか。ロイズ様なら本気で掴もうと思えば、いつでも掴めると思いますよ。お綺麗ですし……」


 アリスの言葉に、ロイズは呆気に取られていた。

 兵士としてノックスサンの軍に入隊したときから、既に女は捨てているつもりだったからだ。そもそも、他人から綺麗などと言われたことが無く、その言葉が無性にむず痒く、恥ずかしくなってしまう。

 ロイズには珍しく、頬を軽く朱に染めながら呟いた。


「そんな未来も、あるのかな……」


 ロイズは少し思い詰めるように、天井を仰ぎ見ながら溜め息を零す。

 これまで考えたこともなかった未来をアリスに気付かされて、ロイズはそんな未来を少し想像する。自分が料理をしながら誰かの帰りを待っている姿を想像すると、更にむず痒くなってきて、恥ずかしさを通り越して、吹き出して笑い出してしまった。

 そんなロイズの様子を見て、アリスは何が起こったのかと少し驚いてロイズの様子を見ていたが、そのうち一緒になって笑い始める。


「私のことよりも、アリスはどうなのだ?最近は大分と仲良くなっているんじゃないのか。たまに二人きりで話すところも見るぞ」


 アリスは急に自分に話を振られたためさっきまでの笑顔が急に消えて、少しあたふたしながら答える。


「え、えっと……。アカツキ君とは、ロイズ様が思っているような関係ではありませんよ。アカツキ君は国王で、私は元奴隷です。お互い、相容れない存在なんです。私は、アカツキ君が優しく接してくれるだけで充分なんです」


 そう言う彼女の声音は寂しげで、何処かで無理矢理自分を納得させているような雰囲気が窺える。彼女が奴隷だった頃の呪縛はそう簡単に抜けるものではない。それでも……。


「アリス、身分のことでアカツキを遠い存在だと思っているのなら、その考えは棄てるべきだ。身分というものを一番嫌っているのは、他でもないアカツキだ。それを気にしてアカツキを遠ざけているというのなら、それはアカツキのことを侮辱しているのと変わらないんじゃ無いのか……」


 ロイズのその言葉に、アリスの目が大きく見開かれる。そして、あわあわと口を開閉させたかと思うと、アリスの瞳が潤み出す。


「本当はわかっているんです……。アカツキ君が身分を気にするのは嫌いで、私に過去のことを気にさせないために、皆さんと同じように接してくれていることも、全部わかっているんです……。でも、いつも心の中の私が言うんです。『お前は奴隷だ。奴隷のお前が、幸せなど願って言い訳が無い』。何度も、何度もその言葉を押し除けようと努力しました。でも、いつも負けてしまうのです……。どこかに、今の自分を否定する自分がいるんです」


 アリスの語気が強まる。アリスもこれまで必死に戦ってきて、それでも乗り越えられない壁があって、あまり人に感情を見せないアリスがこんなに涙を流すほど苦しんでいて……。そんな姿を見せられてしまっては、これ以上何も言えなくなる。


「ごめんなさい、アカツキ君。結局私は、あなたのことを……」


 アリスの懺悔の言葉は、重くロイズの心に突き刺さる。アリスは両手で顔を覆ったまま、肩を震わせている。それほどまでにアリスはアカツキのことを思い、それでも一歩を踏み出せていないのだ。

 ロイズは必死に考え、アリスへの励ましの言葉を告げる。



「焦る必要はない。アリスがこれまで受けてきた身分の差別は、並大抵のものじゃない。だから、すぐに変われるなんて、アカツキも思ってはいないだろう。でも少しずつ時間を掛けて、一歩ずつ踏み出さなければいつまで経っても変わらないままだ。一歩ずつでいいんだ、自分から踏み出す勇気を持て。そうすれば、いつか必ずお前の気持ちは伝わる」


 余程アカツキに対して好意を抱いているのだろう。最早、尊敬や崇拝の域に達しているのではないかと思いるほどである。

 アカツキもこれほど思ってくれる人を近くに持ちながら、何の行動も起こさないとは、呆れたものだ……、とロイズは一人で思案に耽っていた。


 少し経ってアリスも落ち着きを取り戻し、二人の会話が再び始まる。この件に関しては、これ以上触れないでおこうと、ロイズは独りでに決心していた。

 人間すぐには変わることはできない。アカツキにしろアリスにしろ、少しずつ変わっていけばいい。彼らの成長を見守ることも、これからのロイズの楽しみとなるだろう。

 二人はそれからも、他愛ない話題で陽が暮れるまで話し合った。途中からは、戻ってきたアリーナも参加して、ちょっとした女子会が行われていた。

 三人で料理を作って、ご飯を食べながら話し合いを続けた。途中、料理の香りに誘われて、ハリーが部屋から出てきたが、ハリーが入れる空気ではなかったので、せっせと料理を皿にとって自分部屋へと戻っていった。

 普段では味わうことのできない、女子三人という状況に、彼女たちは大いに盛り上がり、遂にはロイズが酒を持ち出して呑み始めた。

 アリスは酒が入ると相変わらず豹変し箍が外れる。アリスがよくしゃべるようになり、ちょっとした愚痴をロイズが相槌を打ちながら聞き役に徹する。

 アリーナも普段は余り喋らないアリスが饒舌になったため少し驚いていたが、すぐに一緒になって盛り上がり始めた。そうやって盛り上がりながら彼女たちは一夜を過ごした。


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