俺たちの戦争
「何故だ……。何故、貴様らのような建国したばかりの国に、三人も資質持ちがいる。そんなこと、あるはずがない……」
コーネリアスは頭を抱えながら、悲壮な表情を浮かべてこちらを見ている。その頬には大量の汗が流れ落ち、顎に溜まった雫が落ちるのが、目に見えるほどになっていた。
「それは、お前の勝手な決めつけだ。資質持ちだって、お互いに手を取って協力することが出来るんだ。お互いに理解し合い、信じ合うことが出来れば、俺たちみたいに、上下関係なしで付き合うことが出来る」
アカツキの目に迷いはない。アカツキは、ヨイヤミやガリアスのことを心底信じている。資質持ち同士も、手を取り合って戦うことが出来るのだ。それをしてこなかった奴が、ありえないなどと決めつけていることに、アカツキは怒りを覚えると同時に呆れ返っていた。
「これはお前たちが仕掛けてきた戦争だ。俺たちが資質持ち同士協力し、戦っていようが、とやかく言われる筋合いはない」
アカツキが吐き捨てるように、コーネリアスに言い放つ。
それを聞いたコーネリアスが、歯噛みして悔しげな表情を浮かべていた。しかし、その表情が徐々に和らいでいき、いつの間にか笑みを浮かべだしたかと思うと、急に大声を上げて奇声のような笑い声をあげだした。
「く、くははははは。相手にどれだけ資質持ちがいようと関係ない。俺が全て力でねじ伏せればいい話じゃないか。そうだ、簡単なことだ。くははははは……」
気でも狂ったかのように、コーネリアスの態度が豹変する。その表情は狂気に満ち溢れ、瞳孔は開き切り、口からは唾液を垂れ流れていた。
コーネリアスのその表情を見たとき、アカツキは溜め息を吐いて一つの希望を諦めた。
「降参してくれると楽だったんだが、そうもいかなそうだな……」
アカツキは刀を構えて相手の出方を窺う。これまでの数ヵ月に渡る修行の成果を見せるときがやっと来た。降参してくれると楽だと思ったのは嘘ではない。しかし本音を言えば、アカツキは戦いたくてウズウズしていたのだ。
アカツキは心の中では、興奮が止まらなかった。込み上げてくる気持ちを、押さえ込むのがやっとな程、アカツキの気分は高揚していた。それは傍から見ても明らかで、アカツキの表情は無意識のうちに笑みが漏れだしていた。
「死ねえええええ。小僧おおおおお!!」
コーネリアスが叫びながら、手を前にかざすと、魔方陣が空中にいくつも出現する。それらから何発もの雷の球体が放出され、アカツキに向かって襲いかかる。
凄まじい勢いで飛んでくるそれを、アカツキは避けられるものは避け、避けきれないものは刀で切り伏せる。余分なものには一切手を出さない。
「ははっ。見える……。見えるぞ」
アカツキは笑っていた。別に相手を挑発している訳でも、嘲笑している訳でもなく、純粋に戦いが楽しいと感じていた。
それは、おおよそ褒められたものではない。ロイズや、ヨイヤミが言う様に、これは戦争であって、遊びではないのだから……。
しかしこれを楽しいと思えるのは、これまでの努力の成果だろう。ガリアスやロイズと修業を重ね、自らが強くなったと感じらえるからこそ、心の昂りが抑えられないのだ。
アカツキは最後の一発を斬り伏せると、コーネリアスに向かって告げる。
「こんなものか……。でかい口叩くだけで、大したことないな」
アカツキの性格上、相手を挑発するようなことはあまり言わないのだが、高揚し過ぎた気持ちがアカツキの口からその言葉を発せさせる。それに対し、コーネリアスはまるで絵に描いたように、お決まりの逆上の仕方をする。
「ふざけるなあああああああ!!」
コーネリアスは電気を磁力に変え、地面から三つの巨大な岩塊を掘り出し操る。掘り出した痕はまるでクレーターのように、地面に大穴が空く。コーネリアスは岩塊をアカツキに向かって、斥力を利用しながら勢いよく放つ。
魔法は磁力だけで、岩塊自体は自然のものなので、退魔の刀で斬り伏せることが出来ない。だが今のアカツキには、向かってくる巨大な岩塊がまるで止まっているかのように遅く見えていた。
これまでの修行の一つに、ガリアスが作り出した無数の氷の礫を全て避けるといった内容のものがあった。実際にそれを全て避け切れたことはないが、その修行にに比べれば、コーネリアスの放つ岩塊の速度など足下にも及ばない。
アカツキは必要最小限の動きで、襲いかかる三つの岩塊を軽々と避けた。
「遅いよ。遅すぎる。そんなもんじゃ俺は止められない」
アカツキは一気にコーネリアスに向かって接近する。それを見たコーネリアスは、焦り顔で二本の槍を模った雷を手に出現させると、それをアカツキが自分の元に到達する寸前に投げつける。
流石にアカツキも、目前での攻撃を完全に避け切ることは適わない。だが、それでも体を少しだけひねり、当たる面積を最小限に抑えることならできる。
両肩を少しずつ負傷はしたものの、アカツキは速度を落とすことなく、コーネリアスの懐へと滑り込む。
自分の攻撃によってアカツキの勢いを止めることが出来なかったコーネリアスは、自分がアカツキの攻撃を避けることができないことを悟り、表情を恐怖の色で染め上げる。
アカツキは腰を屈めて拳を握り、そのままコーネリアスの腰へと突き出す。アカツキの拳の勢いに負けて、コーネリアスの体は腰を支点にくの字に曲がった。
その衝撃で凄まじい嘔吐感がコーネリアスを襲う。アカツキが繰り出したのはロイズから教わった体術『正拳突き』。
アカツキは今回の戦争において、相手への攻撃に魔法を使う気は無かった。魔法を使わずに、これまでの修行で培ってきた技術でこの戦争に勝つことがアカツキの目標だった。
それくらいの障壁を自分に課さなければ、グランパニア国王になど到底敵う訳がない。アカツキはルブルニアとしての初めての戦争であるにも関わらず、そんな先のことを見越して戦っていた。
コーネリアスは何とか吐き気を抑え込みながら、アカツキと距離を取る。そこで何やら小さく口を動かしているように見えたが、先程の衝撃で噎せており、思うように動けない様子だった。
アカツキはそんなコーネリアスを見ながら、ゆっくりと彼に近付いた。油断が無かったと言えば嘘になる、が何かがあると感じていたのは確かだった。
アカツキが数歩進んだところで、コーネリアスが口端を上げニヤッと笑みを浮かべた。アカツキもその笑みには気が付いて、後退しようとしたが、時既に遅し……。
アカツキが一歩を踏み込んだ次の瞬間、体に異常なまでの重力が降り掛かってきた。そしてアカツキは地面に吸い寄せられるように跪き、そのまま動くことが出来なくなった。
「はははは……。掛かったな。私の磁力魔法に。これで貴様はもう動けん。今までの私に与えてくれた苦痛の分、これからゆっくりといたぶってから、殺してやる」
コーネリアスは声高らかに笑った。まるで、完全に勝利を確信したように……。だが、その笑いはアカツキのたった一つの行動によって、沈黙と驚愕へと変わっていった。
アカツキは動きが制限されている身体を何とか動かし、自らの手で退魔の刀を足の甲に突き刺した。それにより、アカツキに掛かっていた魔法が飛散し、そのまま前へとよろめきながら一歩を踏み出した。
自由を取り戻したアカツキは、地面に向いていた自らの視線をコーネリアスへと移し、そのまま睨み付けるように見据えながらゆっくりと歩みを進める。
「なっ……、そ、そんな馬鹿な……」
コーネリアスが言葉を失う。まるで世界の終りでも見ているかのように絶望した表情で、口を大きく開いたままその場に立ち尽くす。その間に、アカツキはゆっくりとコーネリアスの元に近づいていく。
辺りの戦闘の音が徐々に小さくなっていくのを感じる。まるで、戦場そのものが戦争を終える準備を整えているような、そんな雰囲気さえ伺える。
「そろそろ終わりだな。大人しく、降参しろ。お前の味方も、もうほとんど動ける状態じゃないだろ。お前はもう手詰まりだ」
ゆっくりと近付くアカツキに向かって、コーネリアスが狂気の叫びをあげながら、身体を反り返らせるようにして魔法を発動させる。
「そんな足で、これは避けられないだろおおおおおがあああああ!!」
先程と同じく、巨大な岩塊を地面から掘り出す。今回はその数五つ。
「お前こそ、これで終わりだあああああ!!」
五つの岩塊がアカツキに向けて放たれる。それを見たアカツキは、痛みの残る足で地面を蹴ると、まるで鳥の羽のように手を左右に広げながら大きく跳躍する。
そして凄まじい速度で飛んでくる一つ目の岩塊の上に乗り、それを踏み台にもう一度跳躍を重ね、一番後ろの岩塊へと飛び乗る。更に、その岩塊を踏み台に、もう一度跳躍することで、アカツキはコーネリアスの頭上に到達する。
まるで、岩塊が止まっているものをであるかのように扱うアカツキの行動に、最早コーネリアスはそれ以上の声をあげることは無かった。
諦めたように、両の手をだらんと垂れさげ、涙と汗でまみれた悲壮の表情で、頭上から落ちてくるアカツキの姿を眺めていた。
「だから、遅いって言ってんだろ」
アカツキは空中で一回転して、体勢を立て直すと、地面と垂直になるように右足を真っ直ぐに伸ばす。
「大人しく、寝てやがれえええええ!!」
アカツキの踵は重力に任せて、コーネリアスの脳天に振り落とされる。アカツキの踵はコーネリアスの脳天にめり込むかの勢いで突き刺さり、コーネリアスはまるでつぶれるかのように、そのまま地面に伏す。
そして、コーネリアスは動かなくなった。資質持ちがこれくらいの攻撃で死ぬことはないだろうから、数分立てば意識を取り戻すだろう。うつ伏せで倒れるコーネリアスの首もと辺りに、六芒星の印が見えた。アカツキがそれに魔力を注ぎ込むと、意図も容易く印が剥がれ落ちる。
ルブルニア王国の初めての戦争は誰も殺すことなく、そして誰も殺されることなく、無事に勝利を収めることが出来た。




