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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第六章 俺たちの戦争
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馬子にも衣装

「ってことで、僕たちルブルニアはレイドールと戦争することになった。まあ、こっちには資質持ちが三人もおるし、ロイズたちもおる。相手は出来たばっかの小国を取り込もうとするような国やから、多分大したことはない。僕らが負けることはまず無いと思っといてええ」


 ヨイヤミが事実と憶測を織り混ぜながら、敵国への推測を立てていく。


「そして、レイドールと言えば、繊維産業が盛んな国でそこそこ有名や。グランパニア傘下の国ってことで選択肢から抜いとったけど、同盟を結ぶんじゃなく、向こうから戦争を仕掛けてくるなら、こっちの交渉次第では上手いことできるかもしれんな」


 ヨイヤミはやっと解決策が見つかった、といった感じで大いに喜んでいる。言葉には出していないが誰が見ても、一目瞭然なほど顔に出ていた。

 ヨイヤミが行き詰まって嘆いていた途端にこんな話が舞い込んでくるとは、こいつはどれだけ神に愛された存在なんだ、とロイズは心の中で呆れて溜め息を吐いていた。


「で、さっき敵兵が戻ってきて僕たちの出した要求が承認された。開戦は二日後、ハルツレム平原で行う。周りに何もない場所やで、小細工はできん。真っ向勝負なら、資質持ちの多いこっちが断然有利や」


 ヨイヤミは机の上に地図を広げながら、ハルツレム平原一体を指でなぞる。


「まあ、ガリアスとアカツキが二人おれば十分やと思うけど……。小国に資質持ちが三人もおるなんてありえへんこと、敵国も予想できんやろ」


 ヨイヤミは自信満々に、そして何故か誇らしげにそんなことを言う。まあ、ヨイヤミがそう言うのなら実際そうなのだろう。ヨイヤミの情報力はそれくらい信頼いくものだ。


「ヨイヤミの言う通り、普通の小国に存在する資質持ちは、大体一人だろうな。そもそも資質持ち同士は元々、お互いが戦う存在だ。資質持ち同士が手を組むこと自体が珍しい。大体はお互いが自分の意見を通そうとして諍いが起こり破綻する。資質持ち同士っていうのは、余程の信頼がなければ、手を組むことは無いだろう。まあ、大国の王のように相手を屈服させるだけの力があれば別だが……」


 ロイズがヨイヤミの言葉に説明を付け加える。この二人が太鼓判を押すのなら、自信を持って戦える。アカツキは心中で意を決すると、ヨイヤミやロイズ、それぞれに向けて頷く。


「二日しか無いから、今から軍備を整えるのはまず無理や。こっちは二百人体勢で行くしかない。まあ資質持ち一人が人間百人分みたいなもんやから、こっちは約五百人の軍隊やな。で、敵国は資質持ち込みで多くて千人くらいちゃうか。やとしても、普通の兵がどんだけ増えようが、あんまり関係ないけどな」


 ヨイヤミのあまりの自信に、アカツキは少し不安になる。ヨイヤミが実際のところどう思っているかは解らないが、余裕を持ちすぎていると足元をすくわれる。

 一番怖いのは、ヨイヤミのこの余裕が他の人に感染することだ。アカツキがそんな不安に駆られていると、急にヨイヤミから話が振られて少し驚く。


「でや、アカツキ。指揮のことなんやけど、どうする?自分でやるか?」


 自分はこの国の王で国民たちの命を預かっている。この国の王である自分が後方で皆の指揮を執るか……。それとも自分は前衛に出て皆を守るべきか……。アカツキは少し間を置いて考えた後、ゆっくりと口を開いた。


「俺は前衛に出る。指揮はヨイヤミに任せる」


「まあ、そうやろな。アカツキが皆の後ろで戦っとるのを傍観できる訳ないわな。正直そう応えるの、解っとって聞いた」


 ヨイヤミが苦笑を漏らしながらそう言う。いつも見透かされているようで、嫌に思うこともあるけれど、ヨイヤミは自分のことを一番理解してくれている。そう思うと、アカツキも自然と笑みが溢れる。

 そしてアカツキは緩んでいた表情を引き締めると、おもむろに立ち上がる。


「我々は二日後、ハルツレム平原にてレイドールと戦争を行う。異論がある者はいるか」


 アカツキは会議室の机に座る皆の顔を順にぐるっと見渡したが、その言葉に誰一人として異を唱える者はいなかった。アカツキは軽く口端を上げて強気な笑みを見せると、力強い口調で皆に呼び掛けた。


「では、できる限りの軍備を整え、二日後に向けて各々準備するように。解散!!」




 アカツキとヨイヤミは幹部棟の地下に設けられた武器庫を訪れていた。武器庫の中身は、あまり武器など揃っておらず、どこか寂しさを感じる場所であった。


「やっぱうちの経済状況じゃ、銃器は揃えられんかったなあ。弓ばっかや……」


 ヨイヤミが壁にかけられた弓を、ひょいっと持ち上げるとそれをくるくると回しながら、困り果てた表情を浮かべる。


「まあ、俺たちに銃器なんて要らないだろ。俺たちの戦争は殺すための戦争じゃない。銃器なんて使ったら簡単に人を殺してしまうだろ」


 アカツキたちの望みは誰も殺さず、奴隷たちを解放していくことだ。そして、いずれはグランパニアを堕とし、この世から奴隷そのものを無くす。世界の王、つまり帝国の王になるのは、それらが全部終わってから考えればいい。


「まあな……。ただ、相手を生かすために自分が死んだら本末転倒や。だから、自分を守るための手段として、いずれは銃器をうちにも取り入れようと思てる。僕ら資質持ちはよくても、他の皆はそうはいかんやろ」


 ヨイヤミはアカツキに近づき、そっと肩に手を置く。その瞳はいつものふざけたヨイヤミの瞳ではなく、真面目で強い意志が感じられるものだった。


「だから、アカツキも相手を生かすことだけ考えて、自分を殺さんようにな。相手を殺さん覚悟を持つのと同じだけ、相手を殺す覚悟を持っとかなあかん。それだけは忘れんといてくれ」


「………、ああ、わかってる」


 アカツキはヨイヤミには目を合わせないまま、軽く頷く。ヨイヤミも満足したように軽く笑みを見せると、肩に置いていた手を離し、目の前にあった鉄の胸当てや鉄靴と鉄の手袋の方へと足を進めた。


「それにしても、こんな早くにこれを使うことになるとはな」


 ヨイヤミは慨深そうにそれらを腕の中に抱え込む。


「ほな、上行こか」


 アカツキはそれが誰のものか知らなかったので、自分の装備かと少しだけ気分を高揚させながらヨイヤミの後を追った。


 いつものリビングへと入っていくヨイヤミを数歩遅れてアカツキも入っていく。その部屋にはアリスとガリアスが残っていた。

 アリスは先程まで、会議中に皆が飲んでいた容器を片付けており、ガリアスは腕を組みながら、椅子に座って黙考するように目を瞑っていた。


「おお、おるおる。ガリアス、ちょっとこっち」


 そう言ってヨイヤミはガリアスを手招きする。ガリアスは首を傾げながら、困惑した表情で、椅子から立ち上がるとこちらへと向かってくる。


「ふふん。じゃーん、これガリアスへのプレゼントや。大事に使うんやで」


 ヨイヤミはそう言って自分の腕に抱えていたものをガリアスに差し出す。その瞬間、アカツキの頭の中にガラスが割れるような、パリーンという音が鳴り響いた気がした。それ、俺も欲しかった……、とアカツキはヨイヤミに手を伸ばすが、ヨイヤミは全く気がつかない。いや、気付いていながら、気付かない振りをしていたのかもしれないが……。

 ガリアスに腕に抱えていたものを渡したヨイヤミは、ふとアカツキの方を向くと、項垂れて落ち込んだ表情でそこにたたずんでいた。


「なっ、どうしたんや……?アカツキ……」


「いや……、なんでもないから、気にしないでくれ」


 アカツキは引き笑いの上に、誰が見ても解るような作り笑いを重ねて、手を胸の前で軽く振りながらそう答える。ヨイヤミは首を傾げるが、別に気にする様子もなくガリアスに向き直る。


「こんなもの、自分が頂いても宜しいのですか?」


 ガリアスは、ヨイヤミからの急な贈り物に困惑の色を隠せない。


「ホントに、ガリアスは固っ苦しいやつやな。そんな気にせんと、はよ全部つけてみい」


 そう言って、ヨイヤミが早く着てみるように促す。ガリアスは言われるがままに、渡されたものを順番に着ていく。

 上は袖つきの黒い布で腰の部分を銀色のベルトで絞め銀色の鉄の胸当て、手には銀色の鉄の手袋をはめている。下は肌に張り付くような、ピッチリした黒のズボンを膝下までは、銀の鉄靴に入れている。銀と黒の二色で彩られた、ガリアスの戦闘服。

 全て着替え終わったガリアスは自分の姿をあちこち眺めながら、感動の面持ちを浮かべていた。


「おお、まるで一国の兵のようです。こんなちゃんとした格好ができる日が来ようとは……」


 無理もない。ガリアスはこれまで、ノックスサンで奴隷として、戦闘に出るときも普段と同じ布切れを被っているだけの格好だった。そんな彼に対して戦闘のための鎧を、ヨイヤミは準備していたのだ。


「おお、似合とるで。やっぱ観てくれは大事やわ。あの頃と比べたら、すっかり別人に見えるわ。明後日はそれで臨んでくれや」


 ガリアスの目が少しずつ潤んでいく。目元に貯まった涙を押し戻すように、何度か瞬きすると、膝を付いて地面に拳を付けて頭を垂れる。


「このガリアス。命に替えても、この国のため戦い抜きます」


 ガリアスは初めて、命令ではなく自分の意思によって戦争に赴く。今までのようにただ暴れるのではなく、この国の思想の元、なるべく相手は殺さず、そして自分で考えて、戦闘を行わなければならない。それはガリアスにとってこれからの一番の難題となるだろう。

 そんなガリアスの姿を見たアカツキとヨイヤミはお互いに顔を合わせて、少し苦笑をもらす。


「だから固っ苦しいって……。はよ、頭上げえや」


 ヨイヤミがガリアスの肩を掴んで立ち上がらせる。ガリアスの瞳には、まだ感情が抑えきれていないのか、涙が浮かんでいる。

 アカツキはそんなガリアスを見ながら、心の奥底から熱がこみ上げてきて、とても穏やかな気持ちで満たされる。そんなアカツキにヨイヤミが急に振り替える。


「で、なんでアカツキはさっきから妙に落ちこんどったんかなあ……?ほれ、言うてみいや」


 ヨイヤミはいつもの意地の悪い笑みを浮かべて、アカツキをからかい始める。アカツキは、先程までの心の熱が一気に冷えていくのを感じた。それが表情に出ていたのか、ヨイヤミはアカツキの顔を覗きこむようにして口を開く。


「そんな態度でええんか……?」


 ヨイヤミが含みのある笑みを浮かべながらアカツキの顔を覗き込む。アカツキが疑問に思いながら怪訝な顔をしていると、ヨイヤミは部屋の隅に置いてあった、白い布地の袋をこちらに持ってくる。


「心配せんでも、ちゃんとアカツキの分も用意してあるわ」


 そう言ってヨイヤミは袋をアカツキに渡す。それを手に取ったアカツキの表情が一気に晴れる。

 ヨイヤミのこういう気遣いは、アカツキがヨイヤミに対して感心する美点の一つだ。なんだかんだでいい奴、と言うのがアカツキの中のヨイヤミの評価である。

 アカツキは袋の先のヒモを解き、中のものを引っ張り出す。

 上下共に黒地の肌にフィットする生地で作られた衣服の上に、濃い赤地の丈の長いコートのような衣服を羽織る。下半身は膝下までは黒色の革製の長靴の中にいれ、腰のところを銀のバックルのついたベルトで締める、そして、最後に黒の手袋を両手にはめる。


「アカツキはガリアスみたいなごっついのより、そういう動きやすくて軽い方が合っとるやろ。まあどっちも戦闘スタイルを考えての、コーディネートや。二人ともそういう身なりはあんま気にしやん方やと思うけど、やっぱ皆の前に立って戦うこの国の代表として、身だしなみもちゃんとしてかんとな」


 ヨイヤミの言葉をまるで聞いている様子もなく、アカツキは自分の姿を色々とチェックしている。

 自分の言葉を一切聞いてもらっていないことに気がついたヨイヤミは、少しショックを受け、しかし、自分の贈り物を夢中になるほど喜んでくれているアカツキを見て笑みを零しながら、空いている席へと腰を下ろす。


 「ヨイヤミ、なんかこれ格好良いな。ありがとな」


 嬉しそうなアカツキの顔を見ていると、わざわざこの日のために買ってきた甲斐があったなと、ヨイヤミも顔を綻ばせる。


 「お二人とも、とても素敵ですよ」


 アリスが微笑みながら二人を賞賛する。騒ぎを聞きつけて、ロイズたちが戻ってくる。


「何を騒いでいるんだ。早く準備に取り掛からんと間に合わなくなるぞ。………っと、おお、二人とも新しい戦闘服か。相変わらず、ヨイヤミのコーディネートは素晴らしいな。二人とも、良く似合っているぞ。ただ、いつまでもはしゃいでないで準備を整えろよ。これから遠足に行く訳じゃないんだからな。大体、これから戦争するというのに、どうしてそんな呑気に構えていられるんだ……。まったく……」


 呆れたように溜め息を吐きながらロイズは、ここにいる者たちに注意を促す。だがアカツキはそれに対して、至って平然な表情で告げる。


「そりゃ、こんな頼もしい仲間たちに囲まれたら、自信だって出てくるさ。別になんの根拠もなくこんな余裕を持っている訳じゃない。ヨイヤミやロイズ、それにガリアスだっている。アリーナやハリーだって。呑気に構えてるんじゃなくて、負ける気がしないだけ。俺は皆を信じているから」


 そう自信満々な顔つきで告げる。その表情にはなんの迷いもなく、まるで勝つことが解っているかのようだった。そんな表情をするアカツキを見て、ロイズは軽く吹き出す。


「はは……。そうだな、まあ、ご期待に添えるよう頑張るよ。国王様」


 少し皮肉混じりにそう言うと、アカツキは少し恥ずかしそうに頬を染めていた。戦争に関してはあれだけの自信を持っていたのに、こういうところは何も変わっていないな、とロイズは可笑しくて笑みが溢れる。緊張していた自分が何だか馬鹿らしくなってくる。


 ノックスサンで兵士をしていたときは、ガリアスが全て片付けてしまうため、自分達に出番はなく、戦争というものをどこか甘く見ていた。

 だがこの国のやり方は誰も殺さずに戦争を終わらせること。確かに今までと同じようにガリアスはいるが、ただ殺してきた今までとは訳が違う。

 しかし誰も殺さない戦争なんて理想論でしかない。恐らくこのやり方はいつまでもは続かないだろう。それでも、少しでもそれを実行するためには、今までのようにガリアスだけに任せることはできない。自分達も戦場でしのぎを削りながら戦わなければならい。

 そんな現実に自分はいつの間にか怯えていた。だが、自分の仕える国王は大丈夫だと言った。しかも、自信満々に。そして自分を信じてくれていると言った。それも、自信満々に。

 なら自分はそれに答えるだけだ。何も恐れることはない。ただ、皆を信じて戦うだけのことなのだ。



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