売り言葉に買い言葉
アカツキたちが国許申請をしてから数ヵ月が経った。ルブルニア王国は、国としてすっかり落ち着きを取り戻しており、最早ひとつの国と言っても恥ずかしく無い程度の見栄えにはなってきていた。
アカツキはこの国の王として、国を見回りながら国民とのコミュニケーションをとることを日々の仕事としていた。
「おお、アカツキ様、今日もお元気そうで何よりです。どうです、うちでとれた作物を持っていかれては。採れたてなんで、きっとおいしいと思いますよ」
国民からの声にいつものように困惑と嬉しさが混じったような表情を浮かべながら、少し恥じらいの込もった声音で応える。
「だから様はやめてくれって言っているだろ……。そういう呼ばれ方すんの、俺は好きじゃないんだよ。作物は有り難く頂いていくよ」
アカツキは手を振りながら農家の人に挨拶をすると、また後で取りに来る約束を交わして、次の場所へと歩み始める。国民たちを見つけるたびに、一人ずつ声を掛けては、何かとものを分けてもらう約束をしてしまう。これでは、ものをせがむために国を歩き回っているみたいで少し気が引ける。
アカツキがこのように国中を見回るのは、もうひとつ理由があった。政治や情勢についてはヨイヤミとロイズたちに任せている。だから、普段アカツキにはやることがほとんど無いのだ。
そんな理由で、幹部棟にいるだけだと、どうしても手持ち無沙汰になってしまう。だから、国中を回ることで時間を潰しているというのが、裏の理由だったりする。
戴冠式の日、王というのはあくまで飾りだと言いはしたものの、本当にそうなってしまっているのが現状だった。まあ、あの日使ったのとは別の意味合いになってしまっているが……。
最近では、ヨイヤミたちの間で、国も落ち着いてきたし外交でもするか、という話が持ち上がってきている。元々森であった場所を切り崩して国を建てたため、農作に関しては申し分ない成果を得ている。ただ、鉱物や繊維はここでは採ることができない。
この国の目的は、国としてグランパニア傘下の国と正規の戦争を行い、奴隷たちを解放へ導くこと。そして、いずれは、その大元であるグランパニアを打倒すること。
しかし、そのための装備を整えなくては奴隷解放のために戦う軍を作ることができない。
まあ、アカツキ、ヨイヤミ、ガリアスの三人の資質持ちがいれば、一般兵など必要ないかもしれないというのが、正直なところなのだが、それでも彼らが国を離れなくてはならないことが、いずれ出てくるかもしれない。そのときに少しでも自分たちで身を守れるようになっておいて欲しいというのが、ヨイヤミの考えだった。
だからこそ、今の最重要目標は軍備を整えるための外交を進めることなのである。
「あ~ぁ、うまいこといかん……。やっぱ戦争しかけてこっちの要求呑ませれば、こんな考える必要ないんちゃうの」
幹部棟では珍しくヨイヤミが疲弊の声をあげていた。さすがのヨイヤミにもわからないことが多くて、なかなか話し合いが進まないらしい。アリスは項垂れているヨイヤミの横に湯気がたっているお茶をそっと置く。
「ん、アリスちゃんありがと。それにしても小国の独立国で衣類の文化が進んでる国ってなかなか無いんもんやな……。情報が少なすぎて、それを調べるだけでも一苦労やわ」
「そんな都合よくあるものか。この周辺は大体がグランパニア傘下の国だからな。そもそも、独立国の数が少なすぎる。レガリアやバルバロイの周辺なら独立国も多く存在するだろうが……」
ロイズも溜め息を吐きながら、地図と睨み合う。ロイズもヨイヤミと同じように、必死に考えを巡らせているようだが、ヨイヤミの意見に相槌を打つのがやっとで、話自体を進めることはできていない。ヨイヤミが項垂れたまま、顔だけをガリアスの方に向ける。
「ガリアスもなんか案出してくれや……。黙っとっても、何も進まへんぞ」
ヨイヤミはまるで駄々をこねる子供のような口調でガリアスに助けを求める。急にヨイヤミに話を振られたガリアスは、まさか自分に振られるとは思っていなかったのか、一瞬肩を震わせて苦い顔をすると、やんわりと拒否を示す。
「自分にそんなこと求められても困ります。自分は戦うくらいしか能がありませんから……」
「じゃあほら、なんか面白いこと言うて場を和ませてや」
ヨイヤミの無茶ぶりに更に表情を歪ませながら、ガリアスは困惑した表情を隠すことなく、それでも何とか必死に考えた末に、自分の無力さを噛みしめるように落ち込んだ表情を見せると、口を開いた。
「すみません、ヨイヤミ殿……、私の力不足です」
「はあ、使えんなあ……」
そんな拗ねたような態度のヨイヤミにロイズから拳骨が落とされる。
「ヨイヤミ、ガリアスにあたるな。別にお前一人が悩んでいる訳じゃないんだからな。ったく、そういうところはどうして子供のままなんだ……」
ロイズは呆れながらも、母親のような口調でヨイヤミに注意を促す。ヨイヤミはというと、また腕の中に顔を埋めたまま、唸っていた。
ヨイヤミは案外、挫折や失敗というものを知らないのかもしれない。だから、こうやって追い込められたときに、子供に戻ってしまうのだろう。
これはヨイヤミにとっていい薬なるかもしれないな、とロイズは心の中で苦笑しながら、しかし、そんなことはおくびにも出さずに、毅然な態度を取り続けた。
それにしても、ガリアスはここの所かなり言葉を話せるようになっていた。元々、ある程度言葉を理解することはできていたので、アリーナの教えの甲斐もあり、今では日常会話程度なら何の問題もなく話すことができている。
そんなやり取りをしていた、幹部棟にドタバタと騒がしい音が鳴り響いた。幹部棟にいた全員が、「どうした?」と扉の方を凝視すると、一人の男が血相を変えて飛び込んできた。
「た、大変です。他国が宣戦布告してきました」
「なっ!!」幹部棟にいた全員が一瞬のうちに凍りついた。黙ったままの幹部たちを見て、入り込んできた男が捲し立てるように説明を続ける。
「敵国の使者は、三組の騎兵です。現在、アカツキ様がお一人で対応にあたっておられます」
ヨイヤミが慌てて席を立つ。その表情には焦りの色が酷く浮き出ており、先程までのヨイヤミとは別人に見える程だった。
「場所どこや?」
ヨイヤミは早くも行動に出ており、男の隣を颯爽と通りすぎる。男は走るヨイヤミの後ろ姿に向かって叫ぶように伝える。
「国の北側の、我々が国の外に出るときに使う道です」
ヨイヤミは何の返事もないままに幹部棟を出ていった。アリーナがロイズに、
「行かなくてよろしいので?」
と尋ねるが、ロイズは黙ったまま首を横に振る。この国はあいつらの国だ。私たちは彼らの決定に従うだけだ。そう言わんばかりに、ロイズの顔は険しく、誰の顔を見るわけでもなくその目は前を見据えていた。
それにしても、いつか来るとは思っていたが、案外早くに来たものだ。国許申請をすれば、私たちの国の場所が他国からもはっきりと認知され、その上新しくできた国であるというのは、言うまでもない。そんな恰好の餌食を、いつまでも放っておく訳がないと前々から覚悟は決めていたが、ついにその時が来た。
「我々レイドール王国、コーネリアス・レイドール王が命じる。大人しくこの地を捨て、何処かへと消えてもらおう。お前たちが大人しく降参すると言うのなら、我々は、深追いはしない。但し、それが受け入れられないというのなら、我々は貴様らの国を滅ぼす準備は出来ている。我々が一時間以内に帰還しなければ、後ろで控える兵たちが重火器を持って、この土地を焼き払う。さあ、早急な返事をいただこうか」
アカツキは敵兵の勝手な言い分に怒りが頭の先まで昇っていた。もう、押さえきれんばかりの怒りがアカツキを支配していた。
急に自分たちの国に土足で入り込んできて、この国を明け渡せと言うのだ。まあ、いつかはこんな輩が来るのは覚悟をしていた。
でも実際目の前でこんなことを言われると、想像以上の怒りが立ち込めてくる。そしてアカツキの怒りは、抑えきることができなくなり、爆発した。
「さっきから言わせておけば、好き勝手言いやがって。そんなに戦争したいなら、受けて立ってやる」
アカツキは精一杯息を吸い込み、龍の咆哮のごとき叫び声で、敵兵に言い放つ。
「俺たちの国をなめるなああああああああ!!」
その声は国中に響き渡ったであろう。遠目で見ていた国民たちも、その声に呼応するかのように「そうだ、そうだ」とアカツキの言葉に乗っかる。
そんな中、やっとの思いでアカツキの近くまで到達していたヨイヤミは、アカツキの怒声が届いた瞬間、肩を落として溜め息を吐いた。
「あの、阿呆……」
呆れながらもヨイヤミはアカツキの元へと急ぐ。アカツキの勢いに気圧され、敵兵たちは少し口ごもりながら、それでも何とか気丈に振る舞いながらアカツキへと告げる。
「宣戦布告は承諾されたな。では、二時間後に我々は容赦なくこの国を襲撃する。我々の穏便な態度を無視したこと、後悔させてくれる」
そう言って、敵兵たちが元来た場所に向かうため馬の方向を変えようとした瞬間、少し距離のあるところから静止の叫び声が響き渡った。
「ちょっと待たんかあああああ……。確かに宣戦布告は承諾したが、そっちの要求だけを受け入れる義理は無いやろ。二日後や。戦闘開始は二日後、ハルツレム平原にて行う。別に逃げようって訳やない。正々堂々戦おうってだけや。それくらいの要求は承諾してくれてもおかしないと思わんか」
ヨイヤミは少し離れたところからビシッという効果音が聞こえそうなほどの勢いで、敵兵たちに向かって指差しながら交渉を持ちかける。敵兵たちは急に現れたヨイヤミに目を細めながら、怪しむように眺める。そして、ヨイヤミの交渉に対する返答を述べる。
「その要求を我々が勝手に承諾することは出来ない。我が国王様に確認を取らなければならんが、こちらは戦争を仕掛ける側、そちらの要求を呑まずに戦争を始めたところで何ら問題は無い。要求は呑まれないと思うが……」
その言葉にヨイヤミはいつもの、アカツキに見せるような意地の悪い笑みを浮かべてこう言った。
「なら、お前たちの国王に伝えとけ。建国したばっかの小国に、少しの猶予も与えられんほど、あんたらの国は勝つ自信が無いのかってな……」
敵兵が去っていくのを確認したヨイヤミは、アカツキの横に並ぶように立つと目を合わせないまま、アカツキの後頭部を平手で叩いた。
「阿呆……。何、一人で盛り上がっとんねん」
アカツキは後頭部を抑えながら、子供が反抗するような表情と声音でヨイヤミに告げる。
「だってあいつら好き勝手言いやがるから、腹立ってきたんだよ」
ヨイヤミは先程から何度目かの溜め息を吐きながら、諭すようにアカツキに語りかける。
「あのなあアカツキ、お前はもう一国の王様なんや。感情に任せるな。国のことをもっと考えろ。これからは、もうお前一人の問題やないんや。それを少しは理解せえ。まあ、こっちにはガリアスもおるし、大抵の国には戦力で劣ることはないと思うけど。でも、この国の近くで戦ったら、せっかく安定してきた国が無茶苦茶になるやろが。大体あの国がどこの国か、ちゃんと解っとるんか?」
アカツキはまるで母親に叱られた子供のようにしゅんとしながら、握っていた紙切れをヨイヤミに手渡す。
「ん、なんやこれ?ああ、書状か。ん、レイドール王国……。どっかで聞いた名前やな」
ヨイヤミは記憶を掘り起こすように、顎に指をあて目を瞑りながら首を傾げる。そしてその体勢を数秒続けたあと、何かを思い出したかのように勢いよく目を開いた。
「あっ、思い出した。おお……、これは案外ラッキーかもしれん。よし、幹部棟に戻るで、アカツキ」
そう言って、ヨイヤミは楽しそうに幹部棟へと戻って行った。そんなヨイヤミの様子をいぶかしそうに眺めながら、アカツキもその後を黙って付いていった。