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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第五章 新たなる一歩
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二人だけの冒険

 その後二人は街の商店街に立ち寄りながら、集合場所であるガーランド城に向かっていた。アリスが商店街の一画にあった呉服屋で試着させてもらっている間、アカツキは隣の雑貨屋に立ち寄っていた。


「やっぱり、アリスも女の子なんだな……。おしゃれとか、ちゃんと興味あるんじゃんか」


 アカツキはボソッとそんなことを呟きながら、アリスの素直な一面を見られたのがまた嬉しくなって、クスッと一人でに笑みを溢す。そんなときに、雑貨屋に飾られていた金属で作られた首飾りがアカツキの目に飛び込んできた。

 首飾りの先にはハート型の装飾が施され、アリスに似合いそうだから買ってみようと思ったものの、何か色んな人間に誤解されそうな気がして、直ぐに手に取ることが出来なかった。

 少しの間悩んだ後、そろそろアリスが試着を終わらせて待っているかもしれないというのも後押しとなり、アカツキはそれを手に取った。


「別に、深い意味はない。ただ、アリスに似合いそうだからってだけ……。うん、それだけ……」


 そうやって、ぶつぶつと自分に言い聞かせながら、意を決したようにその首飾りを握りしめる。顔が紅潮しているのが自分でも解ったため、店員に目線を合わせないように俯きながらそれを差し出す。


「あ、あの……、こ、これ、くだ、しゃい……」


 緊張しすぎて、声が裏返った。アカツキは余計恥ずかしくなって、もう沸騰しそうな勢いで顔を真っ赤にさせていた。そんなアカツキの様子を微笑ましそうに見ながら、店員はその首飾りを受け取り、値段の提示をした。

 アカツキはヨイヤミから今回の旅行用にもらったお小遣いを使って、その首飾りを買った。

 アカツキがそれを大事そうに握りしめながら隣の呉服屋に戻ると、そこには予想通り着替えを終わらせたアリスが鏡を見ながら待っていた。


「あ、アカツキ……くん、どうですか?やっぱり、私にこういうのは似合わないかな……?」


 まだ呼び慣れないその呼び方に少し戸惑いながら、アリスは純白のドレスに身を包んでアカツキに尋ねる。これまでの敬語の名残がまだ残っているため、違和感を禁じ得ない話し方だが、どうやらアリスなりに頑張ってくれているようだ。

 そして、そうやって尋ねるアリスの表情は薄っすらと赤み掛かり、ドレスとの紅白のコントラストでさらに綺麗さが増す。やはり元が良いので何を着ても栄えるが、純白のドレスは最早反則だ。


「それ、他の人が聞いたらただの嫌味だからな。自分の可愛さをもう少し理解しろよ。綺麗だよ……、すっごく……」


 アカツキには先程の無邪気で屈託のない笑みを浮かべていたアリスが記憶の片隅に残っている。だから、まだいつもより積極的に彼女と接することができる。ただし、いつも通り頬を染めながら視線を逸らしていたのはご愛嬌だ。

 いつものアカツキなら言えるはずもない言葉が素直に口から漏れ出す。そしてアカツキは握りしめていたそれを、アリスに差し出した。


「これ、アリスに似合いそうだからって……。買ってみたんだけど……、も、もらってくれるかな?」


 アカツキの手の中のものを確認するために、アリスは近寄って手の中を覗きこむ。そしてそれを確認したアリスは、紅葉を迎えた木々のように徐々に赤みを増していく。アカツキが渡したものを、アリスがどういう気持ちで受け取ったのか、そんなことをわざわざ聞くほど、アカツキも空気が読めない訳じゃない。


「あの、付けてもらってもいいですか?」


 面と向かって言われて、断るわけにもいかなくなったアカツキは、覚悟を決めるように力強く頷くと一歩前に出て、両手に首飾りの端を持ちアリスの首の両側から腕を回す。

 前側から付けられると思ってなかったアリスは、「えっ?」と声を漏らしてしまったが、緊張しているアカツキには聞こえていない。アカツキが少しまごつきながら首飾りの端と端をくっつけ、ようやく出来たと思ってホッとすると、急にアリスの柔らかい息遣いが耳許で聴こえていることに気が付く。

 そしてそっと目線をアリスの顔に合わせると、お互いの顔が比喩ではなく本当に目と鼻の先にあることに気付く。

 アカツキはバッと勢いよく後ろに退くと、恥ずかしさを隠すようにとても不安定な苦笑いを浮かべる。

 一時的に固まっていたアリスは、止まっていた時間が動き出したかのように、急にあたふたとし始め、一度呼吸を落ち着かせると、ゆっくりと口を開いた。


「ど、どうでしょうか……」


「あ、ああ……。すごく似合っているよ。やっぱりアリスは、何を着ても、何を付けても綺麗だ」


 あまりにも素直なアカツキの感想に、恥ずかしがる気持ちも忘れて、アリスは素直に笑ってお礼を述べる。


「ありがとうございます。アカツキ君にそう言ってもらえて、私、本当に幸せです」


 その言葉の意味を、アカツキはどれだけ理解できたのだろうか。こんな素直なアリスを見ていると、本当のアリスではない気さえしてくる。だから、今の言葉を素直に受け取ることができなかった。今日のこの雰囲気がアリスに言わせている、ただの幻聴なのだと、そう思い込んでしまった。

 結局、白いドレスはかなり高価なものだったため試着だけに留まったが、アカツキからのプレゼントは、アリスの首許にちゃんとぶら下げられていた。


「アカツキく、ん。せっかくだから、お城まで機関車で行きませんか。ほら、あの時、私とロイズさんと三人で初めて一緒に出掛けた日、あの日にアカツキ君、人が乗れる機関車に乗るのが夢だって言っていたじゃないですか。お城行きの機関車もあるみたいですし、どうですか?」


 だいぶ流暢になってはきたが、まだ呼び方に違和感が残る。アカツキは、二ヶ月前の他愛ない話の内容を覚えてくれていたアリスに少し驚きながら、しかし、その驚きよりも機関車に乗れるという期待が勝り、アカツキは少し興奮気味な態度を取る。


「本当だ、目の前にあるのになんで乗ろうと思わなかったんだろう。もう、我慢できない。走ろう、アリス」


 そう言ってアカツキはアリスの手を握ると、その手を引いて走り出す。そこにはもう、迷いも恥じらいもない。アリスはそんなアカツキを微笑ましげな表情で、眺めていた。


 あの日、初めて手を引いてもらった日、私はその手の温もりに何を感じたのだろう。今なら、その感情がなんだったのかわかる気がする。いや、もうとっくにわかっていた。でも、この気持ちは表に出しちゃいけない。私は元奴隷で、彼は一国の王様なのだ。だから、私が彼にこんな気持ちを抱いちゃいけない。私は彼の隣で、彼のお世話をできるだけで幸せなのだ。それ以上のことは望まないし、望んじゃいけない。でも今だけは、この時だけは、どうかこの気持ちで私の心を満たさせて下さい。


 神にでも祈るかのように、アリスは言葉にはできない気持ちを心の中に留めていた。彼女の淡く、今にも崩れてしまいそうな願いは、アカツキの手の温もりにしっかりと支えられ、今まで生きてきた中で、一番に幸せな時間が彼女には流れていた。

 アカツキはきっと、アリスのそんな思いに気が付きはしないだろう。でも、それでいい。気付いてしまえば、この幸せな時間は崩れ落ちてしまうだろうから。


「これが、駅ってやつか……。すでに何人か待っているな。俺たちも並ぶか」


 本当に楽しそうな表情で、気分の高まりが抑えられないといったように、落ち着きなく機関車が来るのを待っている。待っている間もずっと、アカツキはアリスの手を握ったままだった。

 おそらくアカツキは、興奮しすぎてアリスの手を握っていることすら忘れているのだろう。そんなアカツキの横顔を見ていると、なんだか無性に可笑しくなって笑みが零れた。そんなアリスに気が付く様子もなく、アカツキは機関車を未だか未だかと待っているのだった。

 そして遂に、待ちに待った機関車がアカツキの視界に入りこんできた。

 煙突から絶え間なく吹き上げる蒸気は、まるで嵐の日に空に浮かぶ雲のように白く吹き荒れ、そこから発せられる汽笛の音は、甲高く鼓膜を震わせる。車体下からは断続的に、これから空にでも飛び立つかの如き勢いで、蒸気が左右に吹き出す。そして、車輪が線路を噛む音が律動を刻み、その黒光りする金属の塊は、まるで一歩一歩地面を踏み締めるかのようにこちらへと向かってくる。

 機関車へと乗り込んだアカツキとアリスは、席に座ることなく、二人並んで窓から顔を覗かせていた。この頃にはさすがにお互いの手は離れていたが、一つの窓から二人が顔を覗かせているため、かなり接近して状態になっている。しかしアカツキはそれを気にした様子もなく、ただひたすら流れていく景色に見入っている。


「案外、早く夢が叶っちゃったな……。技術の進歩って、すごいよな。こんな金属の塊が、こんな速度で走っているんだ。俺たちの住んでいる土地じゃ考えられないよな。技術がこれだけ進歩できるんだから、世界は、人はもっと変われそうなもんだけど……。人はいつまで経っても争いを止めようとはしないし、いつまで経っても誰かを貶めるんだろうな」


 アカツキが外を眺める表情は、どこか遠くを見ているようで、寂しげで、悲しげで、まるで世界を憂いているようだった。


「技術の進歩では、人は変われないと思います。むしろ技術が進歩すれば、もっと凶悪な兵器が創られてしまう。そして、戦争はもっと悲惨なものへと変わってしまう。誰しもが、こういう人のためになる使い方をするわけじゃありません。技術は使う人によって、その在り方を変えてしまうのです。この世界を変えるのは技術じゃない……。きっと、人を思いやる心なんだと思います……」


 アリスが信じる未来は、技術が進歩し便利になった未来ではなく、どんなに大変でも人々がお互いを思いやり、誰もが平和に暮らす、そんな世界なのだろう。

 しかし、そんな世界は夢物語でしかない。いつか、ヨイヤミが言っていた、「誰しも誰かの上に立ちたがる」と言う言葉をアカツキは忘れない。

 人はどれだけその言葉を用いても、平等なんてものを本当は受け入れられないのだと思う。そもそも産まれる場所も、親も、容姿も平等ではないのだ。だから、争いはなくならないし、身分制度なんてものが存在する。

 技術が進歩して便利になる未来の方がよほど現実的だ。それでも、ほんの一握りでもそういう希望があるのなら、誰しもが手を取り合い平和に暮らせる未来を見てみたいと、そう思う……。


「ああ、そうだな……」


 アカツキの表情から少しだけ、寂しさや、悲しさといった負の感情が薄れた気がした。

 結局、城の近くの駅に着くまで、二人は座ることなく、絶え間なく流れていく窓の外の景色を覗いていた。その時間は一瞬で過ぎ去り、乗れて満足した気持ちと、まだまだ乗り足りない気持ちが心の中でせめぎ合い、アカツキの心を満たしていく。

 アカツキがどこか、満足しきれていないことに気が付いたアリスは、微笑み交じりにこんなことを言った。


「まだ、乗り足りないって顔してますね。でも、いいじゃないですか。今日で満足してしまったら、今後の楽しみが無くなってしまいますよ。また、一緒に来ましょう。その時は、満足できるまで、堪能するんです。いつかまたの機会まで、その楽しみは取っておきましょう」


 言われたアカツキは、照れ臭そうに頭を掻きながら、苦笑いする。


「俺、そんなに顔に出てたかな……。あ、そうだ、今度はレガリアに行こう。ガーランドだけじゃなくて、あそこの機関車にも乗ってみたい。その時は、一緒に行こうな」


「はいっ」


 アリスとアカツキはすっかり打ち解けあい、そんな未来への約束をすることに一切の恥じらいを覚えることは無かった。明日にはもう、いつもの二人に戻っているかもしれない。何だかんだ言っても、やっぱり今日は特別だった気がする。

 明日からも、今日みたいに接することは恐らくできないだろう。それでも、今日のことは忘れない。今日、こうやって約束を交わしたことは忘れない。いつか、その約束を叶えるまでは……。


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