小さな国王様
そんなゴタゴタがあった後、アカツキたちは地図などを確認しながらガーランド帝国の役所に来ていた。国許申請はガーランド城ではなく、国の役所で行うようだ。
役所の中に入ると色々な種類の担当に別れており、その中に『国許申請』という文字が目に入ってきた。アカツキが気付いたときには、すでにヨイヤミは歩き出していた。現在、役所の中にいるのは、アカツキとヨイヤミだけである。ぞろぞろと入っていっても仕方がないので、他の皆には外で待っていてもらうことになった。
「いらっしゃいませ。申請の方ですか?」
『国許申請』と書かれたところに行くと、担当の人がきれいなお辞儀をして迎え入れてくれた。担当の人は女性で、とてもきれいな顔立ちをした人だった。ロイズとはまた違った凛々しさを感じる。輪郭はかなり整っており、濃い目の茶髪で耳に掛かる程度のショートカットである。あまり顔を見ると緊張しそうなので、アカツキはできるだけ視線を外しながら済まそうと考えていると、早速ヨイヤミがいつも通りな反応をみせる。
「お姉さん、めっちゃ綺麗ですね。いいなあ、僕お姉さんみたいな人がおるとこに住みたいわ」
ヨイヤミが満面の笑みでそんなことを言い出す。その隣でいつも通りに呆れて、溜め息を吐くアカツキだった。担当の女性はヨイヤミの言葉を軽く受け流すように作り笑いを見せながら、二人に向かって尋ねる。
「あら、ありがとう。それで、君たちみたいな子がここに何の用かしら?まさか、あなたたちが国許申請しに来たの?」
そう言われたヨイヤミが、ハッと表情を変えて、腰に掛けていた布袋から一枚の羊皮紙を取り出す。そこには数えきれない程の署名が紙にびっしりと書き込まれていた。ルブルニア国民全員の署名。それをヨイヤミが机の上に出した瞬間、担当の女性も驚きを隠せないといった表情になる。
無理もない……。子供二人が、四百人以上の署名を集めて国王になり、国を建てたと言うのだ。驚かない方がどうかしている。女性はそれを受け取ると、少し困惑しながら一番上の名前を確認する。
「どっちが、アカツキ・リヴェル君かな?」
そう尋ねられたアカツキは少し恥ずかしそうに、ゆっくりと挙手をする。それを確認した女性はまだ驚きが抜けきらないといった表情のまま、アカツキに説明を始める。
「君ね。確かに受け取りました。この署名は正式なものとして受理されます。この瞬間、あなた方はガーランド帝国公認の国として、国際法の適応の基、帝国が発行している世界地図への記載がなされます」
徐々に柔和な表情に変えながらアカツキに向かって説明をしていた女性だったが、そこで表情を厳しいものへと変える。
「ただし、忠告があります。世界地図に載るということは、これから他国から攻められる可能性が増えるということです。その事実は理解していますか?」
その質問に、二人揃ってニイッと屈託のない笑みをみせると、
「「もちろんです」」
と声を揃えて答えた。二人ともそんな覚悟はとっくの前にできていた。今更誰かに言及されたところで、この覚悟は変わらない。その迷いのない二人の返事に、女性も厳しい表情を綻ばせながら笑みを浮かべる。
「ふふっ、なら私から言うことは何もありません。大変だと思うけど、頑張ってね。私、応援しているから」
彼女のその言葉に二人とも「はいっ」と元気の良い少年のような返事をすると、担当の女性はおもむろに立ち上がる。
「じゃあ、あっちで写真撮ろっか」
そう言って、アカツキに向けて手招きをする。アカツキは聞き慣れない言葉に、首をかしげていると、小さな箱形の機械の前に立たされる。何をしたらいいのか解らないアカツキは、少し困惑した表情で立ち尽くす。その様子に気がついた女性はアカツキを誘導する。
「あっ、写真って初めて?じゃあ、そこに座って、この筒をしっかり見て」
アカツキは何が起こるのかさっぱりわからなかったため、変に緊張しながら、かなり堅い表情のまま、言われた通りに椅子に腰を掛けて小さな箱から延びる筒を眺めた。
「はーい、じゃあいくよ」
女性が手を上げながらそう言い、箱から垂れていた紐を引くと、筒の上辺りが、急に発光した。アカツキは結局最後まで何が起きたのか解らないまま、どうやら写真とやらは撮り終わったらしい。
更に女性に手招きされたので彼女の元へと歩み寄る。それにはヨイヤミも同行した。そして、女性の手の中にあった紙を見ると、そこには自分の顔が写っていた。
「ぶっ……、アカツキ、何緊張しとんねん。表情堅すぎ。いや、ある意味アカツキらしいか」
先程の緊張して固まったままの、セピア色の自分の顔がそこにはあった。自分の顔が絵ではなく、そっくりそのまま写っていると言うのは、不思議な感じがして、そして何処かむず痒かった。
「撮り直しもできるけど、どうする?」
女性のその言葉に答えたのは、アカツキではなくヨイヤミだった。
「あ、それで良いです。ってか、それが良いです。その表情の堅さとか、滅茶苦茶アカツキらしいんで……」
ヨイヤミが吹き出すのを我慢しながらそう言いうと、アカツキの意見は一切聞かずに、了承されてしまった。正直、撮り直すとしても、どんな顔で写ればいいのかさっぱりわからなかったので、撮り直しをする気も無かったのだが……。
「よし、じゃあこれで手続きはおしまいです。何か質問とかあれば聞くけど?」
「特にないです。……あっ、この国で絶対見てった方が良いとこってあります?」
ヨイヤミが国許申請ではなく、この国の観光についての質問をしたので、女性は一瞬ポカンとした表情を見せたが、すぐに理解したのか、クスッと笑った後に答えた。
「ホントに、どれだけ肝が据わっているんだか……。まあ、この国で寄っていった方が良いのは、やっぱりガーランド城じゃないかな。あそこ、一階だけは解放されていて、観光客の方々は皆必ず見て帰るわよ」
確かに、あの存在感のある大きな城にはアカツキも興味があった。中がどうなっているのか、一階だけでも見られるものなら見てみたい。
「わかりました。色々お世話になりました。よしアカツキ、皆待ってるし行くで」
そう言ってヨイヤミが出口へと向かって歩き出す。その後を追うようにアカツキも、女性に一礼して出口へ向かう。
「頑張ってね。小さな国王様」
アカツキが出る寸前、女性は微笑み混じりにそんなことを言った。国民の皆以外に国王と呼ばれるのは初めてで、すごく恥ずかしくなった。
そうだ、国許申請をしたと言うことは、これからはルブルニア国民以外にも国王と認識される訳だ。その事実を噛み締めると、自分が凄く成長したような気がして、嬉しくなってきた。少しずつ込み上げてくる熱に、頬を少しだけ紅潮させ、しかし、そんな顔を見られるのは恥ずかしいので、視線は進行方向に向けたまま拳を天に突き上げて、彼女の言葉に返事をした。
役所の扉が閉まる寸前に女性が吹き出す声が聞こえたので、結局滅茶苦茶恥ずかしくなったのは、アカツキだけの秘密だ。やっぱり、格好付けすぎたかな……。
その日はもう遅かったので宿に泊まり、翌日に皆でガーランド帝国の散策をすることになった。
「とりあえず、皆で移動しよか。で、まあ、それぞれ見たいとこもあるやろうから、はぐれても良いように、最後に集合する場所と時間だけ決めとこ」
ヨイヤミはそれだけ決めて、皆に告げると「じゃあ、いくぞー!!」と言って独りでに進み出す。皆、それを追いかけるように早足で向かう。
散策を始めて一時間位した頃、早速アリーナとガリアスがはぐれてしまった。
「あいつら、何してんねん。僕がちょっとだけ探してくるから、そこで待っとって。あっ、ロイズだけ付いてきて」
そう言ってロイズだけを連れて、ヨイヤミが元来た道を戻ろうとする。そこで、思い出したかのようにこちら側に振り返って顔を向けると、こう言った。
「僕らがあんまり戻って来んだら、先にどっか行っとって良いから」
そう言って、アカツキの視界から着々と離れていった。はぐれても探さない、とか言っていたのはヨイヤミなのに何でだろうとか、最後の一言はどういうことだとか、アカツキがヨイヤミの言動に疑問に思っていると、ある答えにたどり着く。
「ああああああああああ!!」
アカツキは急に大声で叫び出して、頭を抱えて悶え出す。隣にいたアリスが、アカツキの奇行に驚いて目を点にしながら、アカツキに尋ねる。
「ど、どうしたんですか……?急に大声なんて上げて……」
アカツキが大声を上げたのは、ヨイヤミがもうここへは戻ってこないことに気が付いたからだ。そう、ヨイヤミは元々アリスとアカツキを二人きりにするのが目的だったのだ。だからこそ、ヨイヤミらしくない、アカツキが疑問に思うほどの矛盾を言い残していった。
しかし、ヨイヤミからすれば疑問に思っても直ぐに本意に気づかなければ何の問題もない。そう、時すでに遅し……。アカツキはすでにヨイヤミの策略に嵌まっていた。
アカツキは直ぐにヨイヤミの策略に気付くことのできなかった自分に憤りを覚えていた。しかし、ここでアリスを放って一人で何処かに行くのも違う気がする。というか、国王として、いや、男としてそれはどうなんだ……、と思う。だから、今回はヨイヤミの策略に自分から嵌まることにした。
「ごほんっ。アリス、皆戻って来なさそうだし、二人で色々回ることにしよっか」
先程の奇行を無かったことにするかのように咳払いをすると、ヨイヤミの策略通りにアリスを誘う。誘われたアリスはというと、一瞬時が止まったように固まると、直ぐに硬直から逃れ、凄い勢いでアカツキに頭を下げる。
「は、はい。お、お願いします。こんな私でよければ、是非、一緒に回らせてください」
そんなに畏まらなくて良いのに……。アカツキは相変わらずのアリスに少し、苦笑しながら、そっとアリスに手を差し出す。
「あの……、ほら、はぐれないようにね。皆いなくなっちゃったし、これ以上はぐれないように……。それだけ……」
そう言って差し出すアカツキの手を、アリスは緊張しているのか、まるで乱暴に扱うと壊れてしまうものでも持つかのようにゆっくりとその手を取る。そして、二人して頬を紅潮させながアカツキとアリスはまだ見ぬ街中へと、手を繋いだまま消えていった。
結局、少し離れたところで、二人の様子を確認していた四人は感嘆の声を上げながらその様子を眺めていた。
「アカツキが、自分から手を繋ぎにいったのは以外やったな。アカツキのことやで下手したらアリスちゃん一人置いて、どっか行くかもしれんと思たけど、まさか自分から積極的に行くとは……」
ヨイヤミがアカツキに感心しながら、そんなことを言うと、
「アカツキもお前の知らないところで成長してるんだよ。やるじゃないか……」
と、ロイズが満足そうに頷きながら、そんなことを言うのでヨイヤミがしれっとこんなことを言った。
「それはそうと、ロイズはこんなとこで、人の恋愛の応援しとる場合やないんちゃうん。もうそろそろいいと……」
そこまで言ったところで、ヨイヤミの頭上に拳が落ちてきた。しかも、かなりの勢いで……。危うく舌を噛むところだった。ヨイヤミが頭を押さえながら踞ると、ロイズが威圧的な声音で死の宣告を告げる。
「今度その事を言ったら、命はないと思えよ……」
背景に効果音が見えそうなほど、威圧的な笑顔と声にヨイヤミは口を手で抑え、ブンブンと首を横に振った。二人のそんなやり取りを少し離れたところで見ていたアリーナとガリアスは、微笑ましげに二人の様子を眺めていた。
「さて、私たちも何処かに行くとするか」
そう言って歩き出そうとするロイズに、ヨイヤミが静止を促す。
「えー、ちょっと待ってや。二人の後、追わへんの?せっかく面白そうやのに……」
「野暮な真似は止めておけ。折角アカツキが勇気を出して二人きりになることを選んだんだ。これ以上余計な手出しは無用だ。さあ、行くぞ」
そう言って、アカツキたちが向かったのとは逆の方向に歩き出したロイズの後を、アリーナとガリアスも追っていく。
「ったく、しゃーないな……。しっかり頑張れよ、アカツキ」
ヨイヤミは独り言のように、小さく笑みを浮かべながら、アカツキとアリスの方を向いてそう呟くと、急いで立ち上がって三人の後を追う。
「ちょ……、待たんかい。置いてくなよ」