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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第五章 新たなる一歩
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世界の中心

 それから数日が経ち、ヨイヤミからある提案が為された。


「よし、そろそろ帝国に赴くとするか……」


 幹部棟のリビングで全員揃っているものの、特に何もすることなく呆けながら過ごしていると、ヨイヤミが唐突にそんなことを言い出した。


「帝国って、ガーランド帝国のことか?」


 帝国と聞くと、それくらいしか思い付かなかったアカツキは、ヨイヤミの意図を理解できないために疑問を投げ掛ける。


「そうそう。この世界の中心、ガーランド帝国」


 ヨイヤミは何故だか、無駄に笑顔を絶やさずに答える。その笑顔に不気味さを感じて、また何を企んでいるんだコイツは、と思いながらアカツキは質問を重ねる。


「で、なんで急にそういう話になるんだよ。大体、帝国なんて行ける訳ないだろ。途中に何があるか、知らない訳でもあるまいし……」


 アカツキは、途中で通らなければならないある国を思い浮かべると、少し表情が歪む。


「そんなもん関係ないやろ……。俺らはただの一般人やで。別に戦争を仕掛ける訳でもないんやし、あの国を通るのは何の問題もあらへんやろ。グランパニアへの観光客だって少なからずおる訳やし」


 確かに、アカツキたちは目の敵にしているが、グランパニア自体は他の国とは変わらない、普通の国なのだ。国民たちが営む宿屋や商店があり、普通に観光客も受け入れている。国王や軍のやり方が、かなり好戦的なため他の国から煙たがられがちだが、国民たち全員がそういう訳ではない。

 ウルガのように指名手配されていては、通りすぎるだけでも命を狙われかねないが、名も知られていないアカツキたちがそこを通り過ぎたところで何の問題もないのだ。


「で、なんでそんな話になるか、ってのに答えると……」


 そう、ヨイヤミが話を続けようとすると、それを遮るように、ロイズが口を挟んだ。


「国許申請だろ」


 話の味噌を取られたヨイヤミがムッとすると、ロイズが少し勝ち誇った顔で笑みを見せる。大人気ないな、と思いながらも、いつも何でも知っているように自慢げに話すヨイヤミのこういう表情を見られるのは、少し気が晴れるので特にロイズに何か言うことはなかった。


「ゴホンッ、まあ、そういうことやな。このままでは、この国は国としては認められん。国許申請って言うて、この国を国として帝国側に認めてもらって、ガーランド帝国が発行しとる世界地図に載せてもらう。そうせんと、いくら自分たちが国だと言い張って戦争しても、それはテロリストがやっとることと何ら変わらんってことや」


 ヨイヤミは仕切り直すように咳払いをすると、帝国に行く理由を述べる。


「国際法って言うて、帝国が決めとる最低限のルールってもんがある。まあ、正直ほとんど内容の無い空っぽな決まりではあるんやけど……。でも、テロリストに対しては、相当厳しい内容になってる。逆に言えば、国とさえ認めてもらえれば、大半のことは許される」


 そういえばこの前レジスタンスにいた頃に、クランから国際法という存在は聞かされていた。戦争ばかりしているこの世界に、決まりも何も無いだろとアカツキは思っていたが、最低限の決まりと言うのはどんな世界にも必要なのだろう。


「だから、これから国許申請しにガーランド帝国に行こうと思う。まあ、さっき言った通りこの国はまだ地図にも載ってない国やから、他の国がこの国の存在を知って戦争を仕掛けてくることもない」


 ヨイヤミはそこで一旦言葉を切り、たまに見せる真面目な表情を作り、続きの言葉を述べた。


「逆に、国として認められて地図に載れば、直ぐにでも襲われるかもしれん。建ったばかりの国なんて、領地を広げようと躍起になっとる連中からすれば、これ以上ないカモやからな。やから、この国がちゃんと形になって安定するまで、この話はせんかったんや」


 ヨイヤミの話の大体のことはアカツキも納得した。自分達でいくら戴冠式などを行おうが、現在自分達は国としては認められていないということだ。ならば、もっと早くに行けば良い気もしたが、確かにこの国もやっと落ち着いてきたところである。

 国民たちに不信感を与えないため、国が落ち着いて直ぐに戴冠式を行うというのは、満場一致で決まったことだったので、この話を持ち出すタイミングとしては今が最善なのかもしれない。


「でっ、一つ提案があるんやけど……。ここも国として認められれば、俺たちが全員この国を空けることは、これからは出来んと思う。やから、帝国へは皆で行かへんか?僕と、アカツキ、ロイズ、ガリアス、アリスちゃんにアリーナとハリー。最初で最後の幹部皆での旅行や」


 ヨイヤミが一人で盛り上がっていると、その中の一人から発せられた冷めた声に、一気に空気が曇っていく。


「あ、俺はそういうのいいんで……。この国に残って留守番してます」


 声の主はハリーだった。ハリーは基本的に自分の部屋から出てこない。今日は大事な話があるということで、会議室に顔を出しているものの、普段から割りと皆でこの部屋に集まっているはずなのに、ハリーの顔をあまり見たことがない。つまり、いわゆる引き篭りなのだ。

 ヨイヤミの温度が一気に冷めたかのように声のトーンがガクッと落ち、「あぁ、そう……」と相槌を打っていた。その様子を見たロイズが、額を指で押さえながら項垂れて、呆れたように溜め息を吐きながらつぶやく。


「悪いな。良いやつではあるんだが……、昔から協調性が無いんだ、コイツは……」


 ロイズがそう言って項垂れていると、ハリーがおもむろに立ち上がった。


「これからそういう話をするなら、俺はこれで……」


 そう言って、一人部屋を後にした。ハリーの背を時が止まったかのように、揃って呆然と見ていたが、ハリーがリビングの扉を締めるのと同時に時が動き出した。


「あいつが私に付いてきてくれた時は、本当に驚いたものだが……。何てことはない、あいつは何も変わっていないのだな……」


 ハリーが部屋から出ていくのを見て、ロイズが苦笑を漏らしながらそんなことを言った。アカツキにも思うところはあった。祖国を裏切ってまでロイズの味方をしたと聞いていたが、この国に来てからというもの、ほとんど皆の前に顔を出さずに、部屋に籠りきりだった。

 そんな彼を見ていると、彼の人間像というものがアカツキの中でかなり曖昧なものになっていた。だが、恐らくこちら側に付いてきたのは、ただロイズを本当に慕ってのことなのだろう。激情型では無く、引きこもりの彼のまま、ただ冷静に祖国よりもロイズを選んだのだろう。それだけ、ロイズという存在は彼の中で大きなものなのだろう。


「まあ、無理して行くこともないし、他にも行きたくないってやつおるなら言うてくれ」


 ヨイヤミが先程とは比べ物にならないくらいに暗い声音に、あからさまに残念そうな表情で皆の顔を見回したが、それ以上反対する者はおらず、安堵の溜め息を吐く。むしろ、それ以外の者たちは皆で旅行するということにかなり乗り気で、笑みを漏らす者も何人かいた。


「じゃあ、皆で予定立てようや」


 元の明るい声音に戻ったヨイヤミが机に羊皮紙を広げて、これからの予定についての話し合いが始まった。




 草原を駆ける馬は五頭で、ロイズの後ろにアリスが乗っている以外は、各自が一人一頭の馬に乗っていた。ガリアスもこの国に来てから、何度か練習を重ねて、普通に乗りこなしていた。というか、かなり飲み込みが早かったのだ。

 ルブルニアを出発してからすでに一週間以上経っていた。

 馬での移動なので、一週間もあれば目的地である、ガーランド帝国に着いていてもおかしくは無かったのだが、所々で寄り道を重ねている内に、到着の時間が延びてしまっていた。ルブルニア国は、国民の中で一番の信頼を得ているレクサスと呼ばれる青年に任せて(何か起こったときは、ハリーに任せるように告げて)六人はガーランド帝国の目前まで到達していた。

 途中、グランパニアの近くを通ったが、皆あまり寄りたくはないという空気を醸し出していたので、グランパニアは横を通りすぎるだけとなった。

 そして現在、世界の中心であるガーランド帝国へと足を踏み入れていた。帝国はかなり巨大な城壁に囲まれており、更には堀で固められているため、大きな橋を渡らなければならない。

 その橋の横幅は相当なもので、馬が五頭並んでもまだまだ余裕があった。そして、門の方では普通に自動車が出入りしている。しかし、馬で門を出入りしている人も少なくないので、自分達が周囲とズレているという印象は受けなかった。


「すごいな……。自動車があんなにいっぱい走ってる。あんなの相当の金持ちしか持ってないものじゃないのか……」


 アカツキが開いた口が塞がらないといったように呆然としながら、往き来する自動車を眺めていた。


「別にアカツキの言うことは、間違ってへんよ。この国を出入りする人間は、相当の金持ちが多いってだけや」


 ヨイヤミは特に驚く様子もなく、巨大な橋を往き来する自動車を気にも留めずに、どんどん前へと進んでいく。しかし、ヨイヤミ以外は皆同じ感想らしく、一団の歩く速度は急激に落ちていた。と言うか、何故ヨイヤミはこの景色に驚かないのか、寧ろそちらの方が疑問なくらいだ。

 橋の先には検問所があり、色々な検査を受けた後、アカツキたちは遂にガーランド帝国に足を踏み入れた。

 門の先はまるで異世界に辿り着いたかのような近代的な風景が広がっており、街の大通りは車が往き来し、少し目線の高いところには蒸気機関が走っている。そして、その蒸気機関には人が乗っていた。いつか、バレルと話をした、人が乗る蒸気機関が目の前を走っていた。

 更にあちこちを見回すと、大きな時計台や、細長い塔、巨大な鐘を携えた協会など、様々な種類の建物がアカツキたちの目を奪う。それらは全て美しく、建造美がわからないアカツキたちでも、それらの一つ一つが素晴らしいものであることはなんとなくわかった。

 そして、一際異彩を放っているのがこの街の中心にある凄まじく巨大な城である。この国の、この世界の王であるアルブレアが居座る、ガーランド城。ノックスサンの王宮のように黄金に輝くことはなく、レンガ作りで正面はコの字型を呈している。奧にそびえ立つ五本の巨大な三角錐の屋根は、中心の巨大な一つを、四隅に居座る細長い四つのそれが囲うような作りになっている。入り口から見ても、これだけのことが解るのだから、近付けば相当の大きさであることは容易に想像がつく。


「す、すごい……。こ、これがガーランド帝国。さすが世界の中心……」


 アカツキは驚きと感動で、呆然と立ち尽くしたまま周囲を見回していた。アカツキのこの反応を見るのは何度目だろうか、とヨイヤミはそんなアカツキの姿を呆れた視線を送りながら眺めていた。

 しかし、そんな反応をしているのはアカツキだけではない。唯一人を除いては皆驚きと感動に包まれている。

 正直、今まで見てきた小国とは訳が違う。ガーランド帝国は四大大国の技術が集約されてきているため、小国と比べれば何十年、下手をすれば何百年という文明の差がある。

 例えば、レガリアの科学技術やバルバロイの農林水産の技術、フレイアの建築技術、そして、恐らくグランパニアの軍事技術など、ここにはそれら全てが集まってくる。

 そして、四大大国に囲まれたこの帝国は、戦争とは縁の無い場所なのだろう。皆が平和そうで、幸せそうに暮らしている。通り過ぎる人々の顔が、戦争を知らない頃のアカツキと同じような顔をしているように見えた。それが、アカツキには腹立たしく、嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

 アカツキが心の中でそんな葛藤をしていると、ロイズも年甲斐もなく目をキラキラと輝かせながら周囲を見回して、感嘆の声を上げた。


「やはり、凄いな……。話には聞いていたが、実際目にすると、言葉にもならん。これが、この世界の最先端か……」


 アリーナは楽しそうにはしゃぎながら、早くも何処かにフラフラと歩いていこうとしたところを、ロイズに首根っこを捕まれて、止められていた。

 ガリアスは、思考が追い付いていないのか、門を通った後、言葉を発さないどころか、完全に動きを停止させ、まるで銅像のようにその場に立ち尽くしていた。

 アリスはというと、案外落ち着いていて、何やらゆっくりと城を眺めながら、そちらに向かって歩いていた。アカツキがはぐれないように、アリスのその様子を眺めていると、アリスは電灯の柱に突っ込んでいった。驚いたアカツキは慌てて、アリスの元に走っていった。


「ちょ……、大丈夫?」


 どうやら落ち着いていたのではなく、城を見たあまりの衝撃に、城以外の何も目に入っていなかっただけのようだ。


「あ、アカツキ様……。あの、えっと……」


 アリスの目の焦点が合っていない。舌も全然回っていない。思考も回っていない。やっぱり女の子ってこういう大きな城とかって憧れるものなのかな?とそんなことを思いながら、無意識の内にアリスに手を差し出していた。それに気がついて一瞬手を引っ込めようとはしたものの、流石にそれは失礼だろうと思いとどまり、アリスの手を引いて立ち上がらせる。

 

「よしっ、じゃあまずやらなあかんことだけ、先に終わらせよか」


 皆があたふたしている中、一人だけ落ち着いたヨイヤミが「しゅっぱーつ!!」と一人でどんどん先に歩き始めてしまった。


「おいっ、ちょっと待てよ、ヨイヤミ」


 アカツキとヨイヤミの声に、皆が揃って我に返ったようにヨイヤミの方を向くと、急いでヨイヤミの後を追った。


「アリス、あいつ本当に行っちゃうよ。さ、行こ」


 なんとなく吹っ切れたアカツキは、そう言いながらアリスの手を引いて走り始めた。


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