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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第五章 新たなる一歩
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祖父への思い

 アカツキは、いつもとは違う服装に身を包んでいた。


「なんで、こんな格好しないといけないんだよ。固っ苦しいのは、あんまり好きじゃないんだけど……」


 ぶつぶつと文句を垂れながら、着替えを続ける。アカツキの服装は、上はかなりゆったりとした青い布地の服を着て、腰のあたりをベルトで締め、その上から真紅のマントを羽織っている。下は、ぴったりとした黒いズボンを履き、ひざ下までをブーツの中に入れている。


「文句言うな。今日は大事な日なんやからな。身だしなみくらいはちゃんとせなあかん」


 そう言いながら、アカツキの見えない部分をヨイヤミが丁寧に整えていく。こういうところの、面倒見がいいのがヨイヤミの憎めないところだ。


「っていうか、本当に俺でいいのか?こういうのはヨイヤミの方が向いていると思うんだけど……」


 自信なさげにそんなことを言うアカツキに、ヨイヤミは深い溜め息を吐きながら諭すようにアカツキに語りかける。


「今更弱気になってどうするんや。これまでこのことは十分に話し合ってきたはずや。これ以上必要ないってくらいに……。それを、こんなギリギリになっても、まだウジウジ言うつもりか?これはもう決まったことや。それに、僕はどちらかというと、参謀とか、そういう裏方の方が合っとんねん。こういう表舞台は、アカツキに任せる。大丈夫や、心配せんでもアカツキならちゃんとやれるわ。僕が保証する」


 そういって、胸を叩きながらヨイヤミは微笑むように優しげな笑みを浮かべる。アカツキは一度唇を噛みしめながら俯いてしまったが、ゆっくりとその顔を上げると、そこには先程までの自信の無さそうな表情は無く、決意を固めたように強い眼差しで静かに頷いた。

 アカツキは、ヨイヤミがたまに見せる何の裏も無い純粋な笑顔を見ると、なんでもできるような気になってしまう。それは、いつも裏ばかりの彼がふざけることなく、純粋にそれが正しいと勧めるときに見せる表情だとわかっているからだ。だから、アカツキも自信が持てる。なんだかんだ言っても、結局アカツキはヨイヤミを信用しているのだ。

 何故、嫌がりながらもそんな正装しているかと言うと、今日はアカツキの戴冠式なのである。この土地に来て二ヶ月が経ち、国自体が安定の軌道に乗ってきたので、この辺りでこの国の王として、正式に戴冠式をすることとなった。

 アカツキが王になることに反対するものは一人もおらず、トントン拍子でアカツキが王になることが決まった。


「なあ、ヨイヤミ……」


 不意にアカツキが話しかけると、ヨイヤミは「ん?」と、マントの皺を直しながら、気が有るのか無いのかわからないような返事をする。


「今まで、ありがとうな。そりゃ、まだ世界の王には程遠いし、打倒グランパニアだって先は全然見えてない。それでも、こうやって一国を担う王に、俺はなれた。でもそれは、俺一人ではどうにもならなかったと思う……。お前がいてこその結果だ。だから……、ありがとう」


 「グスッ」と鼻をすするような音が聞こえた後、少しだけ無言の間が空く。マントの皺を直しているヨイヤミの顔を見ることは、アカツキにはできない。


「何言うてんねん。僕は、アカツキが王になれたことが自分のことのように嬉しいんやで。アカツキにお礼言われる筋合い無いわ。それよりも……、僕の方こそありがとうな。ここまで来れたんも、なんだかんだ言ってアカツキのおかげや。本当に……、ありがとう」


 ヨイヤミのこんな素直な『ありがとう』をこれまで聞いたことがあっただろうか。今のヨイヤミの言葉には、何の裏も無く、本当に素直な言葉だということは、どれだけ鈍いアカツキにもわかった。それがすごく嬉しくて自然と笑みが零れてくる。

 二人が身だしなみを整えながらそんなやり取りをしていると、扉から軽やかなノックの音が聞こえてくる。


「アカツキ様、そろそろお時間ですが、準備は整われましたか?」


 アリスの声が扉越しに聞こえてくる。アカツキはゆっくりと立ち上がり佇まいを直し、ヨイヤミの方を向いて、もう大丈夫か確認を取ると、ヨイヤミは静かに頷く。そして、扉の方を向いてふっ、と一呼吸おいてからアリスを呼ぶ。


「うん準備はできたよ。入っておいでよ、アリス」


 アカツキがそう言うと、控えめな「失礼します」という声と共に、ゆっくりと扉が開けられる。そこから顔を覗かせて、アカツキの姿を見たアリスは一瞬言葉を失って立ち止まった。普段見ないアカツキの正装に感嘆の声を上げながら扉に手を掛けながら固まってしまった。


「早く入っておいでよ。そんなところで立ち止まってないで……」


 アリスのそんな様子に苦笑しながらそう言うと、アリスは金縛りが解けたかのように慌てて扉を閉めて、アカツキのいる部屋の中央へと進んでいく。


「ど、どうかな?俺はあんまりこういうのは好きじゃないんだけど……」


 アリスがアカツキへと向かって歩いてくる途中に、アカツキは恥ずかしさを隠すように苦笑したまま、アリスに尋ねる。アリスはアカツキの目の前まできて立ち止まると、目を輝かせて表情をパッと明るくする。そして、まるで何かを拝むように胸の前で手を組みながら、アカツキに賞賛の言葉を送る。


「素晴らしいです、アカツキ様。あまりにも昂然たるお姿に、私言葉もありません。本当にお似合いですよ」


 アリスはアリスで、いつも通りの裏など一つもない素直で純粋な言葉でアカツキを褒め称える。面と向かってそんなことを言われて、アカツキは胸にほんのりと熱を感じる。


「そ、そっか、ありがとう。アリスこそ、その格好似合っているね。俺もびっくりしたよ。アリスがそんな服を用意していたなんて……」


 アカツキの言葉に、アリスが自分の服を一瞥してから首を横に振る。


「いえ、これはロイズ様に用意して頂いたものです。今日のためにわざわざ準備していてくれたらしく、さっきまで着付けを手伝ってもらっていました。こんな綺麗なドレス、私には勿体ないですのに……」


 アリスは、薄い青を基調とした、ドレスを身に纏っている。今日は付き人として、戴冠式の間アカツキの隣で簡易な手伝いをすることになっている。そのために、今日はいつもと違う服装で臨んでいるのだ。

 

「そ、そんなことないよ。す、すごく似合っている、と、思う……。だから、そんな後ろめたいこと言うなよ……」

 

 相変わらずアカツキは少し言葉をまごつかせながら、何とかアリスを励まそうと頑張っている。

 アリスも「ありがとうございます……」と頬を染めながら、小さな声で呟くと、視線を少しだけ逸らせて小さな笑みを浮かべる。

 先程からの二人の会話を聞いていても分かるように、二人は大分親しくなった。さすがに、以前のような顔を合わせるたびに顔を真っ赤にするようなことはなくなり、今ではある程度は普通に話せるようになった。ただ、二人きりになると、相変わらず話が続かずに気まずい雰囲気になるが、今日は隣にヨイヤミもいる。

 アカツキたちがそんなやり取りをしている内に、なかなか戻ってこないアリスにしびれを切らせたのか、ロイズがノックもなく扉を開け放った。


「アカツキ、何をしている?国の者たちがみんな下に集まっているのだ。早くしないか」


 少し語気を強めながら、そう言って勢いよく扉を開け放って入ってきたロイズも、アカツキのいつもとは違う姿を見て足を止めた。


「おお、アカツキ。ちゃんと準備できているじゃないか。それにしても、ずいぶんと変わるものだな。まるで別人のようだ。その身なりだと子供っぽさが抜けて、アカツキらしくないが、まあ似合ってはいるんじゃないか……」


 感嘆の声を上げた後、その声は苦笑へと変わっていく。ロイズはこの国の騎士長として甲冑に身を包んでいる。アリーナやハリーも同じような格好をしているのだろう。

 そしてロイズは何かを思い出したように、慌てて口を開く。


「おっと、早くしなければならないんだった……。アカツキ、準備ができているなら早くこちらに来い。皆、時間を割いて集まってくれているんだ。いつまでも待たせたら、申し訳ないだろ」


 そう言ってロイズは身を翻すと、カツカツとかかとを鳴らして、部屋を後にした。それに続くようにヨイヤミが「よしっ」と手を叩く。その音につられて、アカツキとアリスがヨイヤミの方を一斉に向く。二人の顔を確認したヨイヤミは、軽く笑みを浮かべると、


「ほな、行こっか。アカツキの晴れ舞台に……」


 そう言って歩き出す。晴れ舞台と言う言葉に、アカツキは少し恥ずかしさを覚えながら、ヨイヤミの後を追うように歩き出す。アリスもそれに続いて歩き出し、部屋を出るとゆっくりと扉を閉めた。誰もいない、静けさが立ち込める部屋の中に、扉が閉まる音が鳴り響いた。




 アカツキたちがいる建物は、周りの建物よりも一回り大きい建物ではあるが、周りと変わらない木造建築であり、王宮というにはあまりに質素な建物である。

 ここは、普段アカツキたちが生活している、幹部棟と呼ばれる建物である。アカツキ、ヨイヤミ、ロイズ、ガリアス、アリス、アリーナ、ハリーの七人がその建物で生活している。二階建てで、今日はその建物の二階に設けられたバルコニーを使って、戴冠式を行う。

 ちなみにほかの国民はというと、最近では農業を始める者も現れ、田畑を耕し、家畜を飼うようになった。そのため、一人ずつの家が必要となり始め、少しずつではあるが個人の住宅が建ち始めている。中には家庭を持つ者も現れだし、国として少しずつ発展の兆しが見えてきている。

 少し前に、アカツキ、ヨイヤミ、ロイズ、アリーナの四人で国の名前について話し合ったことがある。国の名前については、アカツキが頑なに譲らなかったことが一つあった。


「じいちゃんの国の名前を入れてほしいんだ」


 アカツキが生まれ育ち、これまでの長い時間を過ごしてきた国『ルブール』。大切な人と共に、大切な幼馴染と共に暮らした、アカツキの故郷。

 アカツキには王になるにあたって、一つの目標があった。


 誰からも慕われ、誰にでも優しく、そして、誰にも負けない強さを持つ、シリウスのような王になる。


 これに関して、アカツキはみんなに賛成を得るために、自分の過去の話を皆にした。決して、そう易々と誰にでもできる話ではないのだが、それでも皆に聞いてもらい、そして、みんなに納得してほしかった。

 その思いはちゃんと皆に届き、ヨイヤミはもちろん前からこのことを知っていたし、ロイズとアリーナも特に反対することはなかった。


「別に構わんよ。この国の王はアカツキや、名前もアカツキが決めればええんとちゃうか。これからはアカツキがこの国の王様なんやから」


「なんか、全部俺に放り投げるみたいな言い方だな、それ……」


 アカツキが苦笑しながら、ヨイヤミに軽口をたたく。そんなつもりはこれっぽっちも無かったヨイヤミは顔の前で手を振りあからさまな否定を示す。


「別に、そういう訳やない。なんか困っとるなら全然力になるけど、別にそういうことやないんやろ。アカツキが決めとることがあるなら、それに反対する権利は僕らには無いってだけの話や」


 そう言ったヨイヤミは、「ううん……」唸りながら考える仕草を見せると、数秒間そのままで固まってしまった。そして、ゆっくりと首を傾げると何かを思いついたように、あっと人差し指を立てる。


「ルブルニアってどうや。完全にニュアンスだけやけど、アカツキのじいちゃんの国の名前も入っとるし、何か格好良くないか?」


 ヨイヤミは、アカツキに向けて自分が即興で思いついた案を提示する。それに対して、アカツキは案外嬉しそうに頷く。


「いいな、それ。気に入った。俺の意見を元にヨイヤミが考えてくれた名前。俺たちの国にぴったりだと思う」


 そんなアカツキを見て、ヨイヤミが少し顔を歪めて苦笑しながら、呆れたようにぼそっと呟く。


「本当にただの思いつきやったんやけど……。まあ、アカツキが気に入ってくれたんなら、それでええか。よし、それなら、国の名前はそれで決定ってことで、誰か異論はあるか?」


 この決定に意を唱える者は誰もおらず、ヨイヤミに視線を送られると、皆順番に頷いていく。


「よし、そしたら、この国の名はルブルニア王国に決定や」


 そんな感じで、あっさりと国の名前は決まってしまった。




 そして今、新生ルブルニア王国が誕生しようとしていた。アカツキが王であり、奴隷のための奴隷による奴隷たちの国。その歴史が今、幕を開けようとしていた。

 国民たちが皆、幹部棟の前にある広場に集まり、自国の王が顔を出すのを、今か今かと待ち構えていた。そして遂に、アカツキが建物の中からバルコニーへと顔を出した。


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