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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第五章 新たなる一歩
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素直な気持ち

 

 大方の買い物を済ませた後、ロイズが急に呉服屋の前で立ち止まった。何も聞かされていないアカツキはどうしたのかと不思議に思い、首を傾げながらロイズに尋ねる。


「どうしたんですか?こんなところで立ち止まって、何か用でもあるんですか?」


「何を言っている。アリスも年頃の女の子だぞ。こんな布切れみたいな服をいつまでも着させておく訳にもいかないだろ。ここで、ある程度揃えていってやらないと」


 アリスが着用しているのは、奴隷の頃の服装のままで、服と言うより布切れと言ったほうが頷けるような格好をしていた。常にそんな格好をしているアリスを見たヨイヤミが、アリスのために服を買うよう、ロイズにお金を余分に渡していたのだ。


「ヨイヤミの奴はこのためにアリスをこの街に連れてきたんだぞ。別にお前をからかうって訳じゃないからな。少し自意識過剰だぞ、アカツキ……」


 ロイズはアカツキに向けて含みのある笑みを浮かべながら、からかうようにそんなことを言う。アリスは何の話か分からず、不思議そうに首を傾げながら二人の話を聞いていた。アカツキはというと、苦い顔をしながらロイズの笑みから必死に目を逸らしていた。

 その後、アカツキは肩身の狭い思いをしながら呉服屋の外で二人が出てくるのを待っていた。幾時かすると、ロイズが呉服屋の中から出てきて、アカツキに向けて手招きする。


「おい、アカツキ、ちょっと来てくれ」


 アカツキはロイズに呼ばれるがまま、呉服屋へと足を踏み入れる。そこには、着替え終わったアリスが待っており、少し桃色架かったワンピースのような余裕のある服を着て、ベルトで腰の部分を締めることでウエストを強調し、肩からは緑色のケープを掛けていた。馬子にも衣装と言うが、本当に見違えるようだった。髪はしっかりと梳き直され、多少混じったくせ毛が、全体的にふんわりとした印象を与える。アカツキはアリスに目を奪われて、無意識のうちに、


「可愛い……」


 と漏らしていた。その言葉に、アリスは頬を真っ赤に染めて、もじもじとしながら俯いていると、アカツキは自分が何を口にしたのかようやく気付いたのか、慌てて視線を逸らして顔を真っ赤にする。

 そもそも、今までアリスの顔をあまり見ないようにしてきたから、そこまで思うことが無かったが、アリスは元から可愛いのだ。多少くせ毛の混じった栗色の長髪に、幼さを感じさせる大きな瞳。顔は小さく、それに合った小さな鼻と薄く赤みを帯びた小さな唇。そんな子が、可愛げのある服を着れば、文句なしに可愛いに決まっている。

 アカツキのどぎまぎする様子を見ていたロイズが、我慢しきれなくなったのか、吹き出して声を上げて笑い出す。


「ぶっ、あははは……。アリス、アカツキはお気に入りのようだが、どうする?それにするか?」


 ロイズは可笑しさのあまり笑い過ぎて、瞳に涙を浮かべている。アリスは恥ずかしさで、顔を真っ赤に紅潮させながら、かろうじて聞こえる小さな声で、


「これにします……」


 と呟いて、元々いた試着室と思われる布の奥へと隠れるかのように勢いよく戻って行った。


「いやあ、それにしても、えらく素直な感想だったな。それとも、あまりの可愛さに見とれて、あれ以外に言葉が無かったか……」


 ロイズは未だに楽しそうに瞳を潤ませながら、笑い続けている。そんなロイズを見ていると、アカツキは余計に恥ずかしくなり、恥ずかしさとちょっとした怒りが混じりあい、アリスにも負けないくらい顔を朱に染める。


「そこまで笑わなくてもいいじゃないですか。なんか、この街来てから、ロイズさんの俺の扱いが酷くなったような気がするんですけど……」


 アカツキはロイズとは別の理由で、瞳が潤みだしている。さすがにアカツキが可哀そうになってきたロイズは、無理やりに笑いを抑え込む。


「扱いが酷くなったというよりは、普通に年下として接することができるようになったってとこかな。ほら、お前たちは子供のくせに、二人きりで一王国に喧嘩を売りに来た訳じゃないか。だから、お前たちはもっと大人びていて、何事にも達観しているのかと思ったが、一緒に過ごしていればやはりただの子供だと思ってな……。だから私も、お前たちとの接し方をもっと親しくしていこうと思っただけさ」


 アカツキは、ロイズの自分に対する接し方も、そういう理由であれば仕方がないかと、諦めるように軽くため息をついて、昂った気持ちを落ち着かせる。


「なら、いいんですけど……。僕らは、何も知らないただの子供です。まあ、ヨイヤミについては、俺はあんまり知らないですし、何とも言えませんけど……。俺に至っては本当に無知で、無能で、無謀で、どうしようもない子供なんです」


「そうなのか?あんなに仲良さげなのに、お互いのことをそんなに知らないとは、驚きだな……」


 アカツキがヨイヤミのことを知らないということに、驚いたような表情をするロイズに、アカツキは溜め息を重ねて答える。


「たぶん、俺のことはあいつに全部筒抜けなんですけどね……。何ていうか、全部わかっているような口ぶりで、でも大事なとこでは本当にわかってくれていて、俺がどうにかできる相手じゃないんですよ。俺はというと、あいつの生まれた国も、あいつの育った環境も、何も知らないんです……。ほら、あいつって、そういうの隠すの上手いでしょ」


 少し寂しそうな笑みを浮かべながら話すアカツキを見てロイズは、慰めるように、柔らかく優しげな声音で、アカツキの頭を撫でながら、諭すように告げる。


「きっとまだ、あいつは心を開くことができないんだよ……。過去を聞かれた時のあいつの表情を見れば、あいつが辛い過去を抱えているのは一目瞭然だ。隠すことが得意なあいつが、唯一隠すことができない過去が、あいつの中には眠っている。いずれ、時が来ればきっと話してくれるさ。その時までは、ゆっくり待ってやろう……」


 二人がそんな会話を交わしている内に、もう一度ちゃんと身なりを整えたアリスが、布の奥から顔を覗かせた。


「お待たせしました。あの、アカツキ様、本当にこれでよろしいでしょうか……?」


 アカツキは急に振られて、少し言葉に詰まったが、先ほどと同じように素直な感想を述べる。


「まあ、俺に聞かれても困るんだけど……。その……、か、かわいいよ。それでいいと思う」


 何とか恥ずかしがりながらも、絞り出すように発したその言葉を聞いて、アリスは少しだけ頬を染めながら、満面の笑みを浮かべてこう言った。


「ありがとうございます。アカツキ様に褒められて、私はとても嬉しいです」


 アカツキはその笑顔に見蕩れて目を見張った。どんな衣装よりもこの笑顔が彼女を一番可愛くするのではないかと、アカツキはそんなことを心の中で思いながら、アリスの笑顔を見つめていた。




 無事に買い物を終え、換金所からお金を引き取り、それらを買っておいた荷台に乗せた。 荷台を紐で繋ぎ、それを乗ってきた二頭の馬に引かせる。アカツキとアリスは荷台に乗り込みロイズが馬を操る。

 日が少し傾きかけた頃にアルバーンを出て、現在は夕日が木の間から漏れ出す頃である。アカツキたちがヨイヤミ達の元へと戻ってくると、大きな木造建築が三棟ほど立ち並んでいた。そして、その隣には馬小屋と思われる少し小さめの小屋が建てられていた。


「おお。アカツキおかえりー。ちゃんと頼んだもん買ってきてくれたか?」


 アカツキはそういって近寄ってくるヨイヤミの鳩尾に、有らん限りの力で拳を叩き込む。「ぐえっ」とカエルが鳴くような呻き声を上げて、ヨイヤミはその場にうずくまる。


「ちょっ、何すんねん、アカツキ。僕がアカツキに何かしたか?」


 そう白々しく尋ねるヨイヤミに向けて、アカツキは嘲笑交じりに指を鳴らしながら、うずくまるヨイヤミに覆いかぶさるように上から見下ろす。


「ほお、自覚が無いとでも言いたそうな顔だな。なら、自覚が出るまでボコボコに殴り倒してやろうか?」


 アカツキが割と本気で怒っていることに、ようやく気が付いたヨイヤミは冷や汗を垂らしながら苦笑いをすると、一瞬の隙をついて咄嗟に体を方向転換させ、全速力でアカツキの元から逃げ出した。


「なっ……、待て、この野郎」


 アカツキも全速力でヨイヤミを追いかける。その様子を見ながら、ロイズが少し離れたところにいたアリーナの元へと足を運んでいた。


「本当に、あいつらは仲がいいな。それにしても、すごいな……。たった二日で三棟も建ててしまうなんて。いや、恐れ入ったよ」


 ロイズは完成した建物を見上げながら、感嘆の声を上げる。そんなロイズにアリーナは、この二日間の実状を述べる。


「そりゃ、ガリアスさんがいれば余裕ですよ。木を切るのも、木材運ぶのも、何するにしても役に立ってくれますし。それに、なんだかんだ言って、ヨイヤミ君はやっぱり凄いですよ。元建築家の人と一緒に、みんなをまとめ上げる様は、子供には到底思えませんでした」


 ロイズは、アリーナの話を聞いて、すっかり遠くに走って行ってしまった、ヨイヤミを見ながら、物思いにふける。


 普段アカツキと接しているヨイヤミを見ていると、ただの少年にしか見えないが……。


「いったい、お前は何者なんだ……。」


 ロイズの口から、言葉が漏れる。


「えっ?何か言いました」


 ロイズの言葉を聞き取ることのできなかったアリーナは、首をかしげながら尋ねるが、ロイズはごまかすように苦笑する。


「ああ、何でもないんだ。ちょっと考え事をしていてな。そういえば見てくれ、アリスに服を買ってやったんだが、本当に似合っていてな……。アカツキが見とれて、呆然とするほどだったんだ」


 ロイズは背後に隠れていたアリスの背を押して、アリーナの前に立たせる。


「うわあ、本当。めちゃくちゃ可愛いじゃないですか。やっぱ素材はいいと思ってたんですよねえ。やっぱり身だしなみは大事ですよね。うんうん」


 そう言って満足そうに頷いた後、アリスに近づいて体の隅から隅を舐める様に見回す。アリスが恥ずかしがって、顔を真っ赤にしていたので、ロイズが呆れて止めに入る。


「こら、アリーナ。そのくらいにしといてやれ」


 そう言われたアリーナは慌てて、アリスから離れて、アリスを落ち着かせるために精一杯の笑顔を作る。


「ごめん、ごめん……。あんまりにも可愛かったから。もう、君はあんな布きれみたいな服着なくていいんだよ。これからは奴隷なんかじゃないんだから」


 優しい声音で、アリスの頭を軽く撫でながらアリーナはそう言った。そうこうしている内に、じゃれあっていた(?)アカツキたちが戻ってくる。


「おっ、アリスちゃんやん。うわあ、可愛なって。どうせまたアカツキは、そのアリスちゃんの格好見ても、なんも感想言わんかったんやろ」


 ヨイヤミが意地の悪い笑みを浮かべながら、アカツキの方を向く。「うっ……」とうろたえたアカツキは、少しだけ間を開けてから、恥ずかしそうに多少ごもりながら答える。


「そ、そんなことねえよ。ちゃ、ちゃんと感想言ったに……、決まってんだろ……」


 アカツキの言葉を聞いたヨイヤミは、さらに意地の悪い笑みを浮かべて質問を重ねる。


「ほお……。何て言ったん。なあ、何て言ったん?」


 ヨイヤミはアカツキに詰め寄りながら顔を覗き込むように尋ねる。アカツキは、その情景を思い出しているのか、少しずつ頬を染めながら、しかし、なんとかその質問の答えを口にする。


「か、可愛いって……」


 注意していなければ、聞き取ることもできなさそうな小さな声で、アカツキはそう言った。アカツキのその声と表情にヨイヤミは我慢の限界が訪れ、盛大に吹き出した。


「ぶはははは。どうせ今みたいな顔で、同じように言うたんやろ。めっちゃ想像できるわ。ホント、アカツキは変わらんなあ」


 腹を抱えてヨイヤミは笑い出す。そこにロイズがさらに追い打ちをかける。


「いやいや、そんなことはなかったぞ。感想を聞かれるより先に『可愛い……』って、いの一番に言っていたからな。恥ずかしがる様子もなく、何も考えていないような顔だったな」


 そんなことを言うロイズを、アカツキが慌てて止めようとする。


「ちょっ、ロイズさん……。何言ってるんですか」


 ヨイヤミの笑い声の声量がどんどん大きくなっていく。


「それもうただの一目惚れやん。ええやん、ええやん。アカツキ、ちゃんと気持ち伝えるんやで。ぶふっ」


 笑いを堪えきれずにまた吹き出す。ロイズもそれにつられるように笑いだす。

 アカツキは顔を真っ赤にして二人に食って掛かっているが、アリスは少し離れたところで、アカツキと同じように顔を真っ赤にしながら、その様子を眺めていた。

 傍から見ていたアリーナがその光景を見ながら、感心するように呟く。


「あのロイズさんが、人をいじって楽しんでいるなんて……。人も環境が変わると変わるもんだね。びっくりするくらいに……」


 そう言いながら、アリスの方を向くと、顔を真っ赤にしているアリスと目が合う。アリスは肩ビクっと震わせると、すぐに俯いてしまう。アリーナは腰を落として、俯くアリスを覗き込むようにして微笑みかける。


「アリスちゃんも変わっていいんだよ。じゃなくて……、変わらないとね。これからは、ちゃんと自分を大切にすること。君はもう、自分のために生きていいの。でもね、自分で生きるっていうのは、案外難しいものなんだよ。何事も自分で考えて、行動しないといけない。だからこそ、自分で考えるための知識がいる。これからは、少しずつ勉強していこうね」


 その言葉に、俯いていたアリスがゆっくりと顔を上げる。アリスの瞳の奥には強い意志が感じられた。さっきまでの恥ずかしがっていた表情とは見違えるほどの、何か意を決したような表情だった。そんなアリスの頭を、アリーナは微笑みながら優しく撫でていた。

 二人がそんなやり取りをしている間、少し離れたところで、アカツキとヨイヤミとロイズの三人は、ひたすらはしゃぐようにふざけあっていた。


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