姿なき者の策略
アカツキはまず、この重たい財宝の山を早くどうにかしたかったため、先に換金所に向かうことにした。長い間アルバーンには世話になってきたが、換金所などという場所に入るのは初めてである。
少し路地裏に入ったところにそれはあり、こんなものを持ってアルバーンの路地裏に入るのはなんとなく嫌悪感を覚えるが、行かざるを得ないのが現実だ。路地裏に住まう、家を持たない者たちがアカツキたちをじろじろと眺める。アカツキはそれを見ない振りをして通り過ぎた。
「こんな賑やかな場所にも、ああいう連中はいるものなのだな」
ロイズは少し驚いたように、アカツキに尋ねる。アカツキはロイズにこの国の表と裏を説明すると、ロイズは納得したように「なるほど」と頷いていた。周りの視線を我慢しながら少し歩くと、目当ての場所が見えてくる。
アカツキたちはゆっくりと扉を開けて中に入ると、店の中は割りと質素な感じで、外の雰囲気とは打って変わって、落ち着いた印象を覚えた。扉から向かって正面に受付があり、正装した男性が笑顔を作りながら出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。ご用件の方は?」
受付の人の言葉に応えるように、アカツキは持っていた荷物を受付に、どんっと置いた。それを見た受付の人は最初、不思議そうな顔で首をかしげながら袋を開くと、表情を一変させ腰を抜かして、後ろに倒れてしまった。
その後急いで立ち上がると「少々お待ちを」と言って奥の方へと、おぼつかない足取りで行ってしまった。その一連の様子を見ていたアカツキたちは、受付の男性が奥に行ったのを確認すると、お互いに顔を見合わせ、一斉に吹き出した。
少しの時間が経過すると、受付の右側にあった扉が開かれた。そこから、見た目からしてかなり偉い人といった感じの装いの人物が現れた。
「いらっしゃいませ。お客様のお持ちになった物は少々鑑定に時間が必要であるため、中でゆっくりとお話しさせていただきたいのですが……。よろしいでしょうか?」
なんだか、普段では見ることのできない格式の高そうな人を前にして、アカツキは少し緊張してしまい、無言のまま頷くと、息を飲んで返事を待った。
「では、こちらにどうぞ」
そう言って案内された扉の奥には、さらにいくつかの扉が存在し、アカツキたちが案内されたのは、その中で一番奥に位置する扉だった。アカツキとアリスは書かれている言葉の意味が理解できなかったが、ロイズはそれを見て少し驚いた表情を見せていた。
三人は案内されるがまま、部屋の中に入ると先程までの質素な内装と大きく異なり、中央には豪華な深紅のソファーがあり、壁の所々に金の装飾が目立つ。
アカツキたちは店員に勧められるまま、中にあった立派なソファーに腰をおろした。ソファーは想像以上に柔らかく、アカツキは初めての感触に少し驚きながら、身体を跳ねさせて楽しんでいた。その様子を見たロイズは呆れ顔でアカツキの膝をガッと掴んで、大人しくするように促した。
アカツキは苦笑しながら動くのを止め、大人しく背筋を伸ばして視線を前に向けた。ロイズがアカツキのことを、やっぱり中身は子供か、と心の中で苦笑していると、反対側のソファーに先程の店員が腰をおろした。
「私はここの店長をさせていただいております。どうぞ、お見知りおきを。では、早速ですが、商品を机の上に出していただいてもよろしいですか?」
アカツキは促されるがまま、財宝の山を机の上へと置く。その量に、店長も再度驚きを隠せない表情になる。手袋をはめると、袋から一つずつ手にとってじっくりと眺めては、机の上に並べていく。
「いやー、ほんとに素晴らしいものばかりですね。どこかの王族の方か何かですか?一般の方がこれだけのものを持っているとは到底思えないのですが……」
店長は財宝を眺めながら、アカツキたちに尋ねる。その視線はどこかこちらを怪しげに見定めており、あからさまに疑われている様子だった。まあ、素性の知れない者が、これだけの財宝の山を持って来れば、怪しむのが普通の反応だろう。アカツキが苦い顔をしながら「えっと……」 とまごついていたので、ロイズが助け船を出す。
「王族では無いのですが、その血族みたいなものですかね。こっそり頂いたものなんで、地元では換金し辛くて……。少し遠いですが、わざわざここまで来たというところです」
ロイズが嘘の説明を終えると、アカツキが胸を撫で下ろすように息を吐く。そのあと、ロイズに向けて笑顔で無言の感謝の気持ちを告げる。
店長はロイズの説明に「ふむ」と頷きソファーに落ち着くと、先程までの怪しげな視線を少し和らげ、アカツキたちに向き合って口を開いた。
「全て拝見させていただきました。確かに全て本物です。少しだけ、他の店員たちと相談をしたい要件があるのですが、少々お時間をいただいてもよろしいですか?」
アカツキたちは揃って静かに頷くと、店長は一礼して部屋を後にした。
「これだけの量あると、どれくらいの値段になるんだろうな。全部本物って言ってたし、俺たちじゃ想像も出来ない額が出てくるんだろうな」
アカツキは目を輝かせながら、これから出てくるものに対する期待を漏らす。盗ってきたことに対して怒りを覚えていたアカツキは、これから出てくる額に対する好奇心にどうやら負けてしまったらしい。まあ、ロイズとしてはそちらの方が機嫌をとる必要もなくなるので、気が楽なのだが。
「しかし、相談とは何の相談だろうな。良からぬことを考えていなければいいが。まあ、これだけの量の財宝を持ち込まれれば、向こうも目が眩むということかもしれんな……。いざとなれば、こちらも実力行使をするしかないかもな……」
ロイズは店長の行動を不審に思いながら、彼が戻ってくるのを待つ。その表情はアカツキとは異なり、硬く引き結ばれている。ヨイヤミにも、上手く言いくるめられないように頼まれている。アカツキと同じように、呑気に店長が戻るのを待つ訳にはいかない。そんなロイズの隣で、アリスは静かにただじっと座っていた。
幾時かすると店長が部屋に戻ってきた。
「お待たせしました。これから正確な重量を測らせていただきますので、少しだけお力を借りてもよろしいですか?」
そう言って、アカツキたちに財宝を持つよう促すと「こちらです」と言って別の部屋に案内する。アカツキたちは案内されるがままに財宝を運ぶ。案内された扉の中に入ると、そこには様々な器具が並べられており、その中でも中央に置かれている天秤が異様なほどの存在感を放っている。
「では、こちらで計測させていただきます。ただ、お時間が掛かりますので、またお部屋でお待ちしていただいてもよろしいですか?」
そう切り出した店長に、ロイズがさっと口を挟む。
「私たちが拝見しても構わないですよね。何しろ、こんな光景なかなか見ることができませんから」
そう述べるロイズの表情は、笑顔を作ってはいるものの、その目は全くと言っていい程笑っていなかった。その言葉を聞いた店長は一瞬目を細くさせたが、ロイズのその表情に気付いたのか、一度咳払いを行うと、こちらも完全な作り笑いを浮かべる。
「ゴホンッ、えぇ、構いませんよ。どうぞ、お好きなところに腰を掛けてご覧ください」
そう言って、財宝を取り出しながら一つずつ天秤へと移していく。
ロイズはイカサマが無いように、じっとりとした視線を店長に向け続ける。そんなロイズを尻目に店長はこちらをちらちらと確認しながら測定を続けていた。
アカツキとアリスは部屋の中を物珍し気に見回しているが、ロイズだけは店長を視線から外すことは無い。途中から、店長は諦めたようにロイズの方を気にするのを止め、淡々と作業に勤しんだ。
そんな二人の葛藤があるとは露知らず、アカツキが部屋の中を見回し過ぎて飽きてきた頃、測定が終了し、店長の案内の元もう一度先程の部屋へと戻った。
「では、鑑定の結果に移らせていただきます。お持ちになられた商品はどれも素晴らしいものばかりでした。そこで、今回の換金額ですが、これくらいでいかがでしょうか」
店長からの提示額はアカツキが見たこともないような桁の数だった。正直、パッと出された今数えられる自身が無い。一番前の数字にいくつゼロが続いてんだよ……、とアカツキは唖然としていた。だが、隣から冷たい声がアカツキの耳に響いた。
「さっき私は王族の血族だと言ったよな。そんな血縁の者が今の金の相場が分からないとでも思ったか……」
その冷たく重い声に店長は肩を震わせ、額の冷や汗が明りに照らされて、はっきりと見て取れる。どうやら店長は嘘の額を提示しており、この換金額は金の相場から考えて低いらしい。
だがアカツキは今まで、金銭の管理等はヨイヤミに任せていたため、金の相場など知るはずもない。アカツキは何も口出しをせずに、ここはロイズに全てを任せようと、緩んでいた表情を直すために口を堅く引き結んだ。
「確かにこの国は戦争不可だから、この国を襲うことは出来ない。だが、一国家なら暗殺者を雇うことくらい訳ないぞ。今後、夜道を気軽に歩けなくても良いならこれで手を打ってやっても構わないが……。さあ、どうする?」
ロイズはハッタリを掛ける。『一国家』などと大見得を切っているが、今の自分達はこうやって換金してもらえなければ資金すら何もない、現状ではただの難民の集まりでしかない。国として一切成り立っていない。だが、財宝を持っていても怪しまれない様に置いておいた最初の布石が、ここで大きな意味を為した。
店長は、ゆっくりと換金額が書かれた羊皮紙を自分の懐へと戻すと、震えた手で静かにもう一枚の羊皮紙を机の上に差し出した。その金額は先程の提示額の二倍、いや、それ以上の金額が記されていた。
アカツキは驚きで完全に目が点になっており、意識が遠のきそうになる。ロイズも今回の値段には満足なようで二、三度頷いて、その羊皮紙を受け取った。
「これだけの料金をすぐにはご用意できません。明日までには何とかご用意いたしますので、明日またここへ来て貰ってもよろしいでしょうか?」
すっかりと威厳の無くなった店長の声にロイズは頷くと、さっと立ち上がる。
「じゃあ行くぞ、アカツキ、アリス」
そうして、アカツキはロイズに連れられるがまま換金所を後にした。帰り際に一瞥した店長が、溜め息を吐きながら俯いている姿を見て、少しだけ申し訳なく思ったが、悪いのは相手の方なので、その気持ちを断ち切るように後ろ手で扉を閉めた。
行く宛も無く、アルバーンの大通りをぶらぶらとふらついていると、アカツキは大変なことに気づいた。既に太陽が傾き始め、夜の訪れを告げるように、空が朱に染まり始めていた。アカツキはその事実を、悲鳴のように大声で叫んだ。
「ええええええ。今日帰らないんですか。えっ、ってことは、ここに泊まりってことですか。ちょっ、そんなの聞いて無いんですけど……」
アカツキは捲し立てるようにロイズにその事実を訴えた後、口を開いたまま呆然と固まってしまう。そして、ロイズは更にアカツキに対して追い討ちを掛ける。
「あぁ、ちなみにヨイヤミから宿泊費を預かっているが、お金の無駄をしたくないから、一部屋分だけしか無いぞ」
つまりだ……、アカツキは今日、女性が二人もいる部屋で肩身の狭い思いをしながら寝なければならない訳だ。アカツキの頭の中に、意地の悪い笑みを浮かべているヨイヤミが浮かんでくる。
「あいつ……、絶対に許さないからな……」
間違いなくわざとである。そこまで予期しながら、アカツキには一言も告げずにここへと送り出したのだ。だが、ロイズもロイズである。ヨイヤミの言い付けを忠実に守り、今までアカツキにこの事を一切告げなかった。というか、ロイズも少なからずこの反応楽しんでいた。もしかすると、ロイズもヨイヤミに通じるところがあるのかもしれない。
アカツキが崩れ落ちるように、膝をついた。ロイズがアカツキの肩を慰めるようにポンポンと叩く。
ロイズにも思うところはあった。アカツキはどうにも女性というものを苦手としている。ロイズは大人ということもあり、なんとか普通に接しているが、アリスに対しては酷いものだった。ロイズと話しをするときでも、どこか余所余所しさを感じることが少なからずある。
これは一つ良い機会になると思い、ロイズもヨイヤミの案に乗ったのだ。恐らくヨイヤミは、ただアカツキが苦しむのを楽しみたかっただけなのだろうが……。
正直なことを言うと、アカツキに一緒の部屋で泊まるという事実を告げるときに、少し楽しんでいる自分がいたのは秘密だ。
アカツキは嫌々、二人と共に宿へと向かった。アリスは先程から何も話さない。元々自分から話す方では無いのだが、今は静かに俯いたまま顔を上げない。
項垂れているアカツキと俯いたままのアリスに挟まれる様に歩いているロイズは、二人の様子を見ながら、これは前途多難だなと、苦笑するのだった。