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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第四章 融けゆく呪われし氷
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新たな国へ

 アカツキが広間への扉を勢いよく開けると、扉が開いた音で広場にいた全員の視線がアカツキたちに集まった。

 先程まで鳴り響いていた金属の音や怒号は一瞬にして時が止まったかのように静まり返った。

 その様子を確認したアカツキは、広場にいる全員に向けて告げた。


「戦争は終わりだ。この場にいる者は全員武器を棄てろ。戦争は俺たちの勝利だ」


 アカツキに首根っこを掴まれたセドリックを見た兵士たちは、呆然とした顔で武器を携えた手を止めた。兵士たちはゆっくりと状況を把握しだしたのか、一つまた一つと地面に武器が落ちる音が広間に鳴り響いた。

 兵士たちの様子を覗うために、アカツキに背を向けたままのヨイヤミたちも、敵の戦意喪失を確認して、ようやくアカツキの方に視線を向ける。そして、まず一言こう告げた。


「お帰り。信じとったで……」


 そして、ボロボロになった顔を満面の笑みで染めると、そのままヨイヤミはアカツキに向かって駆け寄った。お互いボロボロになった身体を確認し合うと自然と笑みが溢れた。

 ロイズも構えていた剣を下ろし、安堵のた溜め息を吐くとともに、アリーナとハリーとお互い顔を見合わせ、頷き合いながら二人の様子を眺めた。


「とりあえず、まずはやることをやろう。俺たちの戦いはまだ終わっていない。最後までやり切ろう」


 アカツキのその言葉に、ヨイヤミも頷くとすぐに最後の大仕事に取り掛かった。いつの間にか夜は明け、西の空から太陽が顔を覗かせていた。

 二人は兵士たちをロイズたちに任せ、セドリックを王宮の庭園まで連れていった。そして兵士たちを使い、国中の全ての奴隷を王宮の庭園に集めた。まだ陽が上り切る前だったので情報が行き渡るのが遅くなり、全員が集まるのには時間を要した。

 ほとんどの奴隷たちが庭園に集まり、慌ただしさが薄れてきた頃合いを見て、アカツキは王宮の中で待つガリアスを呼びに向かった。


「ガリアス、お待たせ。もう、落ち着いたか?」


 アカツキの問いにガリアスは、無言でゆっくりと頷くだけだった。

 それでも、アカツキはガリアスが反応を示してくれたことが嬉しくて、笑みが溢れてきてしまう。

 アカツキは座り込むガリアスに手を差し伸べる。

 ガリアスは困惑するようにその手を見たまま動きを止めてしまった。

 ガリアスは人に手を差し伸べられたことが無い。だから、アカツキが示す意味が解らない。アカツキは直感でそれを理解し、無理矢理にガリアスの手を掴んだ。


「ほら、行くぞ」


 そう言いながら、アカツキはガリアスを引っ張り上げ、その手を引いて庭園へと向かった。

 そこから少し時間が経った現在、奴隷たちの前で話をしているのはヨイヤミだけである。アカツキは、ガリアスを庭園に連れていった後、急に倒れてしまった。

 ガリアスとの戦いで身体は疲弊しきっており、いつ倒れてもおかしくはない状態だった。

 それでも、アカツキの残りわずかな精神力がアカツキの身体を支えていたのだ。ガリアスを王宮から連れ出し、自分がやらなければならない最後の仕事を終え、アカツキは完全に精神崩壊を起こし気を失った。

 ヨイヤミはアカツキを広間に寝かせると、ロイズたちにその場を任せ、奴隷たちにこれからのこと、その上で自分たちに付いてくるかを全員に尋ねた。

 ほとんどはヨイヤミに賛成を見せたが、今の主人に満足していると言う人たちには無理を強いることはなかった。

 アカツキの元には一人の少女が付きっきりで看病を行っていた。アカツキたちの戦争に巻き込まれた奴隷の少女である。

 彼女は実は資質持ちだった。しかも、かなり希少な非戦闘系の力の持ち主。

 エレメントは光に分類されるが、使える魔法の種類は治癒魔法。

 この国のもう一人の資質持ち。

 しかし、これまで力を使ったことはなく、力に気付いた後もその力を隠し続けた。

 その力を今、アカツキのために包み隠さずに使ってくれた。アカツキはガリアスだけでなく、この少女の心をも動かしたのだ。

 彼女の名はアリス・スカーレット。アリスは治癒魔法でアカツキの怪我を少しずつではあるが癒していく。普段使い慣れていないため、まだうまく使うことができていない。それでも確実に傷を癒していった。

 しかし、さすがの治癒魔法でも、精神力を回復することは出来ないため、アカツキがすぐに意識を取り戻すことは無かった。

 ロイズたちはその様子を感嘆の声を上げながら伺っていた。アカツキの傷口に光素が集まっていき、傷口を覆った光が発散すると、そこには無傷の肌が残っていた。

 アカツキの身体は少しずつ、戦う前のそれに戻りつつある。

 少しずつと言うのは、アリスの魔力では身体全体を一気に覆うことは出来ないため、傷口を一ヶ所ずつ癒していくことしかできないからである。

 全ての傷を癒し終え、何もなかったかのような身体になったアカツキを見て、これでアカツキが目を覚ました後に痛みで苦しむことも無いだろうと、ロイズは内心満足げに何度か頷いた。アカツキを治療し終えたアリスは、一気に疲弊したようで、少しげっそりとした表情になっていた。


「お疲れ様。よく頑張ってくれたな。ありがとう」


 ロイズはアリスの肩に手を置きながら、感謝の言葉を告げる。人から感謝の言葉を告げられたことのないアリスは、一気に顔を紅潮させて恥ずかしそうに顔を俯かせる。そんなアリスの反応をロイズは微笑ましげに見ていた。

 アリスとロイズがそんなやり取りをしていると、奴隷たちへの説明を終えたヨイヤミが広間へと戻ってきた。


「アカツキの様子はどうや?んっ。アカツキの身体が綺麗になっとる」


 ヨイヤミは驚きを隠せずに、目を見開いて跪きながらアカツキの全身を眺め、不思議そうに首を傾げている。

 アリスは疲れきっているし、何より初対面のヨイヤミと話すのを恥ずかしそうにしていたので、今までの一部始終をロイズがヨイヤミに説明した。


「治癒能力の資質持ちか……。まだまだ、資質持ちにも解らんことはあるってことやな。非戦闘系の力ってのは初めてや。それはそうとありがとうな」


 ヨイヤミに感謝の言葉を告げられたアリスは、先程のロイズのそれと合わさって、もう一杯一杯といった様子だった。

 沸騰しそうな勢いで顔を赤くしている。アリスの恥ずかしそうな様子を見て、ヨイヤミも察したのか、ロイズに向けて質問をする。


「そういえばこの子は?なんでここにおんの?」


「この子の名前はアリス・スカーレット。さっきの戦闘中に人質にとられたあの少女だよ」


 ヨイヤミが頷きながら、アリスの顔をじっと見る。アリスは異性から見つめられることも初めてで、既に心の何処にも余裕がなくなっていた。

 そんなアリスの様子を察したヨイヤミは少しだけ距離を取ると、思い出したように手を叩く。


「そやった、そやった。顔は覚えてるわ」


 疑問が解決して気が晴れたかのように、すっきりした表情になると付け加える様に、そのままロイズに質問を重ねた。


「あっ、そういえばラクダを何頭か貰っていくことになったんやけど、ロイズ場所わかるよな。本当は馬とかの方がよかったけど、ラクダしかおらんのやろ」


 ロイズは苦笑しながら、ヨイヤミの頼みを了承する。


「あぁ、砂漠だからな。馬では暑さで死んでしまう。ラクダは私が手配しよう。アリーナ、ハリー私に着いてきてくれ」


 ロイズは二人の兵士を連れてアカツキたちを置いて広間を後にした。

 「さてとっ」とヨイヤミが立ち上がり扉の方を振り向くと、そこにはガリアスが立っていた。ヨイヤミは助力を願うために、ガリアスをここまで連れてきていたのだ。


「おっ、来てくれたな。すまんけど、アカツキ運ぶの手伝ってくれ。僕は少しだけ用事済ませてから向かうから、その間庭園にいるみんなのことよろしくな」


 ガリアスは相変わらず無言のまま静かに頷くと、アカツキを肩に担いで、庭園の方へと向かっていった。

 アリスもガリアスの後を追って、小走りに付いていった。

 ヨイヤミはというと、何やら大きな布袋を担いで、扉の奥の方へと楽しそうに走っていった。


 ヨイヤミとロイズたちが各々の用事を済ませ帰ってきた頃、荷車に積まれた大量の食材や水が庭園に運び込まれていた。

 これらは全て、王宮と貴族街から集めたものだ。彼らは相等量の物を隠し持っていた。ヨイヤミたちはそれらを少しずつ貰うことでこれからの旅の食料を確保した。

 砂漠を抜けるのに恐らく三日か四日はかかるので、その分の食糧ぐらいは集めることができた。

 これには本当に盗賊紛いのことをしているのではないか、と少し気が引けたのだが、食料も持たずにここを出て飢えで全滅しても阿呆らしい。だからこれは妥協点ということで、ヨイヤミは自分の良心に折り合いをつけた。

 結局この国で得たものは、奴隷四百人超、国の兵士三人、資質持ち二人、ラクダ十頭、その他食料色々だ。

 初めての活動にしては上々の出来だと、ヨイヤミは満足していた。何より、こちら側にも敵側にも死者を出さなかったのは、何よりの成果だ。

 ヨイヤミはラクダに腰かけると、ガリアスに力を借りてアカツキをヨイヤミの後ろに乗せてから皆に尋ねた。


「じゃ、この国ともお別れや。皆思い残すことはないか?」


 すると、その言葉を聞いたロイズがヨイヤミに「少しだけ時間をくれないか」と言って、王や兵士たちの元へと歩いていった。


「セドリック・クラウノクス。これからは国民の差別なく、皆を平等に扱ってやってはくれないでしょうか。今のままの政治では彼らが来なくとも、いずれ国民たちが立ち上がっていたことでしょう。これを機に、国のあり方を少し見直しては頂けないでしょうか」


 セドリックは目を細めて、ロイズを睨み付けるように見据える。

 ロイズはそんな国王に対しても、何の悪意もない純粋で真っ直ぐな眼つきで、セドリックを見返した。

 そんなロイズを見たセドリックは、耐えられないといったように表情を歪めた後、ロイズから視線を外した。

 そして国王が視線を外したのを確認したロイズは、今度は身体の向きを変えて団長へと向き合った。


「団長、まず腕を切り落としたご無礼、お許しください。そして、もうこの国にガリアスは存在しません。国民たちを守れるのはあなたたちだけです。ガリアスにかまけて、堕落してしまった兵士団を変えられるかどうかはあなた次第です。どうか、兵士団の誇りを取り戻し、もう一度、この国と共にやり直しては頂けないでしょうか」


 団長はロイズの言葉を聞いて少し表情を歪めたが、それに対して何も返事をすることはなかった。それでも、自分の伝えたいことは伝えられたな、と軽く頷くと最後に眼鏡をかけた兵士に、自分の部下に向き合った。


「ニール、今まで私の部下でいてくれて、本当にありがとう。お前のような優秀な部下に出会えて私は本当に幸せだった。今日で上司と部下の関係は終わりだ。いつかまた、会えることがあったら、そのときは杯を交わそう。上司と部下ではなく、対等な関係で……」


 ロイズのそんな言葉を受けてニールと呼ばれる兵士は眼鏡を外し、目頭を押さえながら泣きだした。泣きながら、何度も何度も頷いた。ロイズは微笑みながら彼の姿を見つめた。


 彼には、この国で立派な兵士になって欲しい。

 彼が、私ではなくこの国を選んだのには、何か意志があるはずだ。彼ならば、この国を変えるきっかけを作ることができるはずだ。

 もう、私が彼にしてやれることは無いが、それでもこれからの彼を応援したい。


 そしてロイズは意を決するように、表情を堅くすると全員に向けて大声で告げた。


「この時を以て、ロイズ・レーヴァテインは、ノックスサン兵士団を脱退する。これまで、お世話になりました」


 ロイズは深々と兵士団に向けて頭を下げた。すると、後ろから二人の兵士がロイズの両隣に立ち、同じように深々と頭を下げた。そして三人はゆっくりと頭をあげると、兵士団に背を向けてヨイヤミたちの元へと向かった。

 ヨイヤミが「もういいのか?」とロイズに尋ねると、


「あぁ、待たせて済まなかったな」


 と、微笑みながら答えた。その返事を受けてヨイヤミは頷くと、皆に向けて拳を天高々と上げて出発の合図をした。


「さあ、新しい僕らの国へ向けて、しゅっぱーつ!!」

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