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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第四章 融けゆく呪われし氷
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融けゆく呪われし氷

 飛ばされたガリアスはアカツキを見据えながらゆっくりと立ち上がる。その眼には間違いなくアカツキが映し出されていた。これまでは、ただただ命令に従う機械のように戦っていたガリアスの目に、初めてアカツキという存在が映し出されたのだ。


「ガリアス、俺はまだまだ終わってねえぞ。俺がお前にどれだけ劣ってようが、俺はお前から逃げはしない。こんなところで立ち止まっている訳にはいかないからな」


 アカツキの言葉には相も変わらず無反応なガリアスは、巨大で長い氷柱を地面より生み出しそれを力ずくで引き抜くと、アカツキに向けてそれを横薙ぎに振り抜いた。

 アカツキは左から来る氷柱を、跳躍することで避ける。自分の足元を通り過ぎる氷柱からは凄まじい冷気が押し寄せてくる。こんな単調な攻撃でも、油断をすれば容易に体温が奪われ、体の動きが鈍る。アカツキは無意識のうちに温度調整をしながら、ガリアスに向かってもう一度地面を駆ける。

 アカツキへの攻撃を外したガリアスは、今度は氷柱を頭上に振り上げ、そのままアカツキに向かって振り下ろし、地面に叩きつけた。凄まじい勢いで地面へと、叩きつけられた氷柱は木端微塵に砕け散り、地面一帯に大きな罅を入れた。

 当たっていれば、勝負はついていたかもしれない。それほどに床に残った傷痕は大きく、恐ろしいものだった。しかし、今のアカツキにこの攻撃速度は遅すぎた。

 アカツキは氷柱を難なく避けると、そのままガリアスに肉迫し、今度は熱素を手の平に集中させる。アカツキの手には周囲から熱が集まり、赤光を放つ熱素は球形に収束する。

 アカツキはその赤く光る球体をガリアスの胸の辺りに押し付けた。圧縮された熱素はガリアスの身体と接触することで暴発し、爆発した。

 その勢いでガリアスはセドリックの近くまで吹き飛ばされ、ガリアスを覆っていた布が吹き飛んだ。

 布の下から出てきたのは、髪は一切見当たらない。顔はいくつもの斬傷が刻まれており、その顔を見るだけでも自分が痛みを帯びるような感覚に陥る。

 ガリアスが自分の元まで飛ばされたのを見て焦ったセドリックは、鬼気迫る表情でガリアスに向かって捲し立てる。


「何をしているでしか。あまり不甲斐無いことをしていると、昔のお仕置きが待っているでしよ。それが怖かったら、さっさとあいつを殺すでし」


 セドリックはアカツキを指差しながらガリアスに命令する。先程のアカツキの攻撃で残った火傷を痛がる素振りも見せずに、ガリアスは立ち上がる。

 そして、踏ん張るように身体を屈めると、魔力を全身に集約させる。

 魔力は光素となって身体中を包み込み、まるで身体が発光しているように輝きだす。それらの光素が弾け飛ぶと、そこには完全武装したガリアスが立っていた。

 全身に氷を纏い、腕には尖った二本の槍のような巨大な氷塊。頭部も目と鼻と口を除いた部分は氷で包み込んでいる。氷の鎧とでもいったような装いであった。

 ガリアスに魔力が集約していくのを見たアカツキは、その攻撃を阻止しようと、急いでガリアスに向けて右手を伸ばした。その右手からは槍のような熱線がガリアスに向けて一直線に走る。

 だが、その熱線はすでに完成したガリアスの氷の鎧によって阻まれる。氷を纏っているように見えるが、実際は魔力の鎧を着ているようなもの。ガリアスの魔力を下回る魔法は鎧を貫通することは出来ない。

 アカツキは覚悟を決めることにした。

 精神崩壊マインドアウトは恐い。だが、このまま遠距離で魔法を撃ち込んだところで、ガリアスの鎧の前に飛散する。

 自分の魔力が後どれ程あるかわかるほど、自分は戦い慣れしていない。それならば、出せるだけの魔力を振り絞り、接近戦で決着をつけるしかない。

 ガリアスの魔力がどれ程残っているかはわからない。

 だが、アカツキにはエレメントの相性と退魔の刀と、そして何よりも背中を預けた仲間たちがいる。

 ガリアスにはそれが無い。それだけを頼りに、アカツキは覚悟を決めて、咆哮と共にガリアスの元へと接近する。


「うおおおおおおおおおおお!!」


 ガリアスも無言で、さらに重そうになった身体を持ち上げアカツキに向かって接近する。

 アカツキはガリアスに対抗するため身体中に炎を纏い、片手には退魔の刀、片手には魔力で作り出した炎の刃を持ちガリアスと激突した。

 二人は力の許す限り己の刃を打ち合った。熱気と冷気がぶつかり合うことで、二人の間からオーラにも見える霧が放出される。アカツキが繰り出す刃たちはガリアスの氷の鎧を少しずつ削り取っていく。それと同じように、ガリアスの刃はアカツキの腕や足の肉を削ぎ取っていく。

 二人は動きを止めることなく、力と力をぶつけ合い、やがて二人の動きが不意に止まる。ガリアスには右手の氷塊だけが残されていた。アカツキは魔力の限界により、生々しい意傷痕が大量に残った身体と、右手の刀だけが残されていた。

 アカツキは初めて魔力を使い切る寸前までいったが、精神崩壊寸前というのは、案外初めてでもわかるものだった。体が急に重さを増し、体の動きが鈍り、脳が揺れる様に視界が揺らいだ。

 そして最後の一撃と云わんばかりに二人は睨み合うと、咆哮しながら残った刃同士を打ち合わせた。

 そう、あのガリアスが遂に雄叫びを上げながら、感情を露にしてアカツキにぶつかってきたのだ。

 二人はお互いの最後の武器を交えながら、額を付き合わせ、最後の力を振り絞る。アカツキはガリアスの目に宿っていた強く悲しげな色を見て同情心が生まれたのと共に、やっと感情を曝け出したガリアスに対して不意に笑みが零れた。

 だが、魔力ではなく純然たる力同士のぶつかり合いにアカツキが勝てるはずもなく、刀と共にアカツキは大きく弾き飛ばされた。そのままアカツキは力無く吹き飛び、仰向けの状態で大の字に地面に倒れた。刀は更に遠いところで、何度か回転しながら地面に突き刺さった。

 力も魔力も、もうほとんど残っていない。まるで死神が、目の前で鎌を首に突きつけているような、そんな気分だった。着々と死が近づいているのがわかる。だが何故か、恐怖心はアカツキの中には一切なかった。思考だけが、アカツキの頭の中を巡っていた。


 これで、吹き飛ばされるのは何度目だろうか……。この部屋に入って、何時間経ったろうか……。ヨイヤミたちは無事でいてくれているだろうか……。

 そろそろ終わりにしなくてはならない。俺には必死になって俺のことを信じて、戦って待ってくれている人たちがいるのだ。

 だから、最後にガリアスに伝えなくてはならないことがある……。


 アカツキは死神の鎌を力ずくで押し除けるかのように、飛ばされた刀をもう一度自分の手に出現させると、それを支えに立ち上がる。ガリアスが徐々にアカツキの元へと近づいているのが目に入る。


 もう力も魔力も残っていないなら、俺に残されたのは言葉だけだ。この言葉でガリアスの心が動いてくれるかはわからない。

 もし、ガリアスの心に響かせることが出来なかったら、ヨイヤミたちにも迷惑を掛けるな。そのときは、済まない。俺と一緒に死んでくれ……。


 アカツキは足元をふらつかせながらガリアスと向かい合う。そしてガリアスに向けて、言葉と言う名の最後の刃を突き立てる。


「なあ、ガリアス、お前いつまで被害者面しているつもりだ……。自分はあいつに小さい頃から暴力を受けていたからって、それは他人を傷つけていい理由にはならない。お前が他人を傷つけた時点でお前は加害者なんだよ。自分の罪を受け入れろ。自分への甘えを棄てろ。これ以上、自分の意思も無しに戦うのは止めろ」


 ガリアスがアカツキの目の前まで来て、歩みを止める。


「ガリアス、お前は怖かったんだろ。拷問を受けるうちに自分の中に暴力的なもう一人の自分が現れた。だから、あいつの命令に甘えて誰かを傷つけた。そうすることでもう一人の自分と折り合いをつけていた。そうしなければ、いつか自分の全てを、もう一人の自分に支配されそうで怖かった。あいつの命令だから自分は悪くない。自分はただ命令に従っただけだ。そうやって罪の意識から逃げてきた」


 ガリアスはゆっくりと氷塊を肩の部分まで上げていく。


「でもな、ガリアス。そんなことを続けていたって、お前はいつまで経っても、もう一人の自分から逃げ出すことは出来ないんだ」


 持ち上げられたガリアスの腕が小さく震えていた。


「お前の氷は、お前の心そのものだ。そうやって、自分の心を凍らせて、閉じ込めて、本当の自分から目を反らして逃げてきたんだ。もういいだろ……。本当の自分を殺すのは止めろ。俺がお前の氷を溶かしてやる。俺の炎で、俺の心で、お前の氷を、お前の心を溶かしてやる」


 アカツキは強い信念のこもった眼差しをガリアスに向ける。


「ガリアス、逃げるのはもう終わりだ。もう一人の自分と戦え。自分の甘えから、あいつの呪縛から決別するんだ」


 ガリアスの目に涙があふれていた……。さっきまで感情も出さず、言葉すら発さなかったガリアスが泣いていた。それでも構えを崩さないのは、今まさに、もう一人の自分と戦っているからだろう。

 腕を振り下ろせばいつでもアカツキを仕留められる。アカツキを仕留めれば、また今までと変わらない日々が待っている。

 アカツキは最初、自分を救いに来たと言った。今日初めて会った奴に何がわかるのだ、とそう思っていた。

 しかし、彼は自分の中の悩みを、恐怖心を見抜いて見せたのだ。彼ならば、今の自分を本当の意味で救い出してくれるかもしれない。

 そんな迷いの中、もう一人の自分が『殺せ、殺せ……』と耳元で囁いている。

ガリアスは己と葛藤していた。これまでに向き合ってこなかったもう一人の自分と、初めて向き合っていた。

 アカツキは両手を左右に大きく広げ、仁王立ちするように立ち尽くす。最後の一撃を、最後の言葉を、ガリアスに向けて放つ。


「俺はお前から逃げない。だから、お前もお前自身から逃げるなああああああああああ!!」


 アカツキの叫びが部屋中に鳴り響いた。アカツキの強い眼差しを、その言葉を受け、ガリアスは歯を食いしばる仕草を見せた後、部屋が軋む様な大声で叫んだ。


「うああああああああああああああ!!」


 そのガリアスの巨大な咆哮には、どれだけの感情が込められていたのだろうか。その咆哮と共にガリアスは腕を引き、アカツキに向けて氷塊を携えた腕を凄まじい勢いで振り下ろした。

 氷が砕け散る音が、ガリアスの叫び声が無くなって静まり返った部屋の中にこだました。

 氷塊はアカツキの目の前を通り過ぎていき、そのまま地面に到達し粉々に砕け散った。

 そして、ガリアスは力無く膝から崩れ落ちた。

 その瞬間、耳元で囁いていたもう一人の自分が、ゆっくりと消えていくのを感じた。ガリアスはもう一人の自分に打ち勝った。


「何をやってるでしか。そんな死に損ないの言葉を真に受けて、そいつはお前のことなんかなんとも思ってないでしよ。早くそいつを殺すでし」


 セドリックが必死でガリアスに命令するが、ガリアスが動く気配は微塵も無くなっていた。アカツキは崩れ落ちたガリアスの肩をポンと叩くと、


「お前はまだまだこれからだ。ここからもう一度始めよう」


 そう言って、セドリックの方へと歩を進めた。アカツキはセドリックの元まで辿り着くと刀を出現させ、セドリックの首元に突きつけた。


「この国の奴隷を、全員解放しろ」


 アカツキは一言だけ低く冷たい声音で告げる。セドリックは必死な形相で相等量の汗を流しながら抵抗する。


「ふざけるなでし。お前たち賊に渡すものなんてないでし」


 アカツキが静かに刀を一薙ぎした。刀の刃先がセドリックの服を捉え、豪華な装飾がされた服の腹の部分がぱっくりと開いた。セドリックはヒイッと怯えた声を上げる。


「死ぬか、宣言するか、さあ選べ」


 アカツキの感情のこもっていない冷めた声に、セドリックは恐怖を感じた。「あっ……、あ、あぁ……」と恐怖と困惑が入り交じった表情で口を開閉させていたが、遂にセドリックは観念した。


「わ、わかったでし……。この国の奴隷は……、全員解放するでし」


 嗚咽の混じった声でセドリックがそういうと、アカツキは一言、


「わかった」


 と告げ、刀を収めセドリックの首根っこを掴んで立ち上がるように促す。そのまま、崩れ落ちて泣いたままのガリアスの横を通りすぎて、ヨイヤミたちの待つ広間へと向かう。通りすぎる間際にアカツキがガリアスに向かって、


「後で迎えに来るから少しだけ待っていてくれ」


 と温かみのある優しい声で一言だけ告げて、その場を後にした。セドリックは、ガリアスを睨み付けるように眺めていたが、一言も発することなくアカツキに連れられてその場を後にした。

 扉を開けると、扉の前には少女が手を組んで祈るような姿で立ち尽くしていた。そして、アカツキの顔を確認すると、目に涙を浮かべながら、精一杯笑ってみせた。


「お帰りなさい」


 アカツキはそれに答えるように、笑顔を浮かべながら


「ただいま」


 と一言だけ残し、ヨイヤミたちのいる広間へと先を急いだ。

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