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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第四章 融けゆく呪われし氷
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交差する紅と蒼

「はっ、何を馬鹿な事言ってるでし。これは僕の大事なおもちゃでしよ。お前がどうこうする権利はないでし」


 ノックスサン国王、セドリックが、膨れ上がった上半身を踏ん反り返らせながらガリアスを指差す。


「お前はここで、僕のおもちゃにいたぶられて死ぬんでしよ。それとも、奴隷にして欲しいでしか?ここまで、来られるだけの力があるなら、十分働けるはずでし」


 ぎひひっ、と不気味な笑みを浮かべながら、セドリックはアカツキの方を向く。アカツキはそんなセドリックのことを気に掛けることなく、真っ直ぐにガリアスを見つめる。


「なあ、ガリアス。俺と一緒にこんなとこから出よう。お前の力はこんなところで、そんな奴のために使うものじゃない」


 アカツキの言葉にガリアスは何の反応も示さない。まるで無機物であるかのように、ただ、そこに佇んでいるだけだ。生きているのすら定かではない。


「こいつに何を言っても無駄でしよ。こいつは僕の命令しか聞かない、ただのおもちゃでし」


 アカツキは、それでもセドリックのことを無視して、ガリアスに語りかける。


「お前には力があるんだろ。それだけの力があるなら、恐怖の檻ぐらい自分の力で壊せよ。お前はただ、逃げているだけだろう。そいつの命令に従って、戦ってさえいれば、暴力を受けることもない。そうやって、他人を傷つけることで自分を守ってきたんだろ。お前はいつまで逃げているつもりだ」


 アカツキが必死に語りかけるが、やはりガリアスは無反応を貫き通している。アカツキの言葉はまるで届いていないように……。

そんなガリアスを見ていると、重圧だけでなく不気味な恐怖感すら湧き上がってくる。相手の様子が伺えないことが、こんなに怖いことだとは思いもしなかった。感情をむき出しにして、怒り狂って襲い掛かってくる敵の方がまだマシだ。

 アカツキはただただ立ち尽くすガリアスから、目には見えないオーラのようなものを感じていた。それがアカツキの恐怖心が創りだす幻影なのか、それともガリアスから溢れ出す魔力の結晶なのか……。どちらにせよ、何の反応も示さない相手をアカツキは警戒せざるを得ない。

 戦いはまだ始まっていないのに、精神力だけが削られていく。

 そして、ひたすら無視するアカツキに遂にしびれを切らしたか、セドリックが憤慨の様相を見せる。


「お前、いつまで僕のことを無視する気でしか。それはこの僕が、ノックスサン国王『セドリック・クラウノクス』と知っての狼藉でしか」


 あからさまな怒りの様子を見せ、奥歯を噛みしめるセドリック。


「おのれ、舐めおってぇ。ガリアス、こんな無礼な奴は、ぐちゃぐちゃに引き裂いて殺してしまうでしぃ」


 セドリックのその言葉を聞き受け、今まで無反応のまま動こうとしなかったガリアスの目が、まるでスイッチが入った機械のように動き出した。そして、ゆっくりと足を一歩前に踏み出す。

 たった一歩ガリアスが踏み出しただけ……。それだけでアカツキがこれまで感じていた重圧が一気に増し、それに耐えるので精一杯になる。ガリアスが異様なほど大きく見えた。アカツキの額を一筋の汗が零れ落ちる。

 まず、ガリアスは両手を地面に叩きつけると、ガリアスの周りに先の尖った氷の塊が何本も出現する。アカツキは、とりあえず退魔の刀を構え、ガリアスの出方を伺う。

 今回の戦いにおいて、アカツキの魔力はガリアスと比べると圧倒的に不足している。だから、アカツキは如何に自分が魔力を使用せず、相手の魔力を削っていくかがこの戦いの焦点となる。だから、なるべく魔力を消費せずに使用できる退魔の刀で、相手の魔法を去なすしかない。

 ガリアスの氷塊からは、凄まじい冷気が漂ってくる。筋肉が硬直し、動きが鈍りそうになる。しかし、アカツキが持つ火のエレメントのおかげで、少量の魔力で温度調整することができた。それでも、少しずつではあるが魔力は減少する。痛い消費ではあるが、動けなくなれば元も子もない。

 ガリアスはその中の二本を地面から引き抜くと、それをアカツキに向けて投げつける。かなり巨大な氷塊をいとも容易く、まるで球でも投げるかのように放り投げた。氷塊はアカツキに、凄まじい速度で襲い掛かる。

 アカツキは地面を蹴って跳躍し、何とか一本目を避ける。跳躍した先を狙って、二本目が飛んでくる。アカツキは、力いっぱい刀を振り抜き、氷塊を切り裂いた。アカツキとしては切り裂いたつもりだったのだが、氷塊は切れるというよりも、崩れるといった感じで消滅した。

 アカツキは氷塊が切れることを確認すると、刀を力強く握りしめて一気にガリアスに駆け寄る。しかし、ガリアスが両手を前にかざすと、アカツキの進路に氷の壁が出現した。アカツキは、止まることができずに勢い余ってその壁に激突する。


「ぐっ……」


 アカツキが壁に激突し動きを止めている間に、ガリアスがその巨体を加速させアカツキに肉迫する。そして腕に氷を纏い、壁諸共アカツキに殴りかかった。壁は粉々にくだけ、ガリアスの巨大な氷の拳はアカツキの生身の体へと食い込む。そのままガリアスは力任せに、アカツキを壁際まで殴り飛ばす。何度も地面に叩きつけられながら、勢いが収まるまで為されるがままに飛ぶ。

 喉の奥から血の味が溢れ出してくる。身体の内部のどこかが出血したようだ。息も一気に荒くなる。一撃が重すぎる。こんな重い攻撃を何度も喰らうことはできない。そう思うと、恐怖心で心が締め付けられそうになる。恐怖心で息は更に上がり、血流が早くなるのを感じる。

 ガリアスの氷による温度低下で、その息は白く染まる。徐々にこの部屋の気温が下がっていく。だが今のアカツキに温度調節に割く気力は残っていない。目の前の巨大な敵に集中するので精一杯で、それ以外のことに割く頭はない。

 アカツキは足をふらつかせながら、なんとか立ち上がる。


「ぎひひっ、口ほどにも無いでしね。もう終わりでしか?もっと僕を楽しませてくれでし」


 セドリックの不気味な笑いに応えるように、アカツキは口の中の血液を地面に吐き捨てる。相手に弱みを見せる訳にはいかないと、平気なふりをして立ち振る舞う。


「心配すんな。まだまだ終わらねえよ。俺はまだ何もしちゃいないからな」


 「ふうっ」っと思いっきり息を吐き出すと、もう一度気合を入れ直す。ガリアスに向かって再度駆ける。

 アカツキが動き出すのを見たガリアスは右手を前にかざす。するとガリアスの周辺から、小さな氷の刃が大量にアカツキに向けて放たれる。

 この攻撃は刀で防げるものではないと悟ったアカツキは、両手を前にかざす。手の先から渦を巻くように炎を壁が形成される。氷はその中に吸い込まれるように入っていき、アカツキに届く前に溶け落ちる。

 氷の刃を全て受けきったアカツキは、炎の壁を発散させ、腕に炎を纏ってガリアスに肉迫する。ガリアスも負けじと、腕に氷を纏って応戦する。

 炎の拳と氷の拳がぶつかり合う。相性的に言えば、この瞬間氷は炎に負けるのが常であるが、ガリアスとアカツキの場合、魔力の差が大きすぎるため、魔力のぶつかり合いが演じられる。つまり、単純に考えてもガリアスはアカツキの二倍近くの魔力を消費していることになる。

 それでもガリアスがひるむ様子は無く、お互いの熱気と冷気がぶつかり合い、部屋中に霧が立ち込めはじめる。


「うおおおおおおおおおおおおお!!」


 アカツキが咆哮するのとは裏腹に、ガリアスは無言のまま魔力を込める。

 そして数秒の拮抗を演じた後、二人の拳の間で魔力の暴走が起こり、二人共が吹き飛ばされた。お互いになんとか踏ん張り、どこかにぶつかるということは無かったが、二人の距離は再び遠くに離れた。

 アカツキは魔力がじわじわと消費していくのを感じていた。やはりカザキリと戦った時とは訳が違う。これだけ魔力を消費しているにも拘らず、一発の拳すらガリアスの身体には届いていない。同じことを何度繰り返しても、無駄に魔力を失うだけだ。それでもここで止まるわけにはいかない。退くわけにはいかない。自分の後ろには仲間たちがいるのだ。

 ガリアスがアカツキとの距離が離れた後に、両手を地面に付けて魔力を込め始めた。アカツキは何かが来ることを察して身構える。この距離なら、何が来ても反応できるはずだ。

 だが、ガリアスの元からは何もやってはこなかった。気づいた時にはもう遅かった。アカツキの足元に異様な痛みと違和感を覚える。アカツキが視線を落とすと、足元が凍り付き地面に接着していたのだ。

 アカツキはそこで落ち着いて対処することができなかった。その氷を刀で切れば、おそらくその氷は砕け散っただろう。しかし、予想と違うところからの攻撃に慌ててしまったために、対応が遅れた。

 その間にガリアスは肩に氷の塊を纏いながら突進を仕掛ける。地面に接着したままのアカツキにガリアスは身体ごと突っ込んだ。すさまじい勢いに、足元の氷は意図も容易く地面から剥がれ、バキバキという骨が砕ける音と共に、アカツキは吹き飛んだ。

 先程の拳とは比べ物にならないほどの衝撃。痛覚を凌駕するほどの痛みに、痛さを感じるよりも先に意識が飛びかけた。おそらく、アカツキが資質持ちでなければ死んでいただろう。魔力による身体能力の向上が、アカツキの魂をなんとか現世に留めた。

 だが、身体は痛みで動こうとはしない。意識をしなければ息をすることすらできない。あばら骨の何本かは確実に折れていた。耳は心臓の鼓動の音が大きすぎて、他には何も聞こえない。鼻は自分の生臭い血の臭いで埋め尽くされている。目は踏ん張らなければ勝手に閉じてしまいそうになる。

 いや、このまま目を閉じれば、楽になれるかもしれない。

 アカツキがそんな弱気なことを考えた瞬間、脳裏にある言葉が浮かんできた。


『死なんといてくれよ、アカツキ』


 ヨイヤミの笑顔と共に脳裏で再生されたその言葉を聞いて、アカツキは無意識の内に立ち上がろうとしていた。もはや視界は定まらず、陽炎でも見ているかのように世界がぼやけて見える。それでも確実にガリアスを視界の内に捉える。ガリアスはまだ動かずにこちらの様子を伺っている。

 セドリックがこちらを見て笑いながら、アカツキに何かを言っているが、アカツキの耳には心臓の鼓動以外には何も聞こえない。

 アカツキはただジッとガリアスを見据える。ガリアスは今のところ動く気配を見せない。セドリックがアカツキを罵倒し終えるのを待っているのだろうか。

 アカツキは呼吸を整えながら、視界がはっきりするのを待つ。今下手に動いては、自分の寿命を縮めるだけだ。ガリアスが動く気がないなら、こちらにも好都合だ。なるべく時間を稼ぐしかない。

 幾時かすると、何の反応も示さないアカツキにセドリックが機嫌を悪くしたのか、表情を歪ませてアカツキに指を指しながらガリアスに何かを命令した。

 すると、ガリアスは地面からいくつもの氷の礫を出現させ、アカツキに向かって放った。それを見たアカツキは咄嗟に臨戦態勢を取って地面蹴り、向かってくる氷の礫の中に自ら突っ込んでいった。アカツキは退魔の刀を出現させ、向かってくる氷の礫を全て去なしていく。

 向かってくる氷の礫がアカツキにはかなり遅く感じていた。実際は、氷の礫の速度が遅かったわけでなく、アカツキの反応速度が格段に上昇したのである。命の危機に陥ったために、アカツキの中に眠る血が目を覚ました。代々受け継がれてきた資質持ちの血が……。

 アカツキは氷の礫を去なしながらガリアスに迫った。ガリアスは今までの動きと一変したアカツキを見て、この戦いの中で初めて肩を震わせた。

 そして全ての氷から逃れ、ガリアスの懐へと入り込んだアカツキは、刀を消滅させると右手に炎を宿し、全力でガリアスを殴り飛ばした。

 遠かった一撃が遂に届いた。ここが始まり。ここがスタートライン。これまではただの準備運動。

 さあ、立てよガリアス。俺たちの戦争を始めよう。


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