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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第四章 融けゆく呪われし氷
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固く結ばれた絆

 

 王座への入口に向かったアカツキは、しかし、歩みを止めることになる。


「止まれ、そこのお前!!」


 アカツキは大きな声で叫ばれたその声の主の方を振り向く。その声の主は、どこからか連れてきたのか、一人の少女の首に刃物を突きつけていた。その少女の表情は恐怖の色で染まっており、声を出すなと命令されているのか、唇を噛みしめたまま震えていた。


「それ以上先に進めば、こいつの命は無いと思え。こいつは、お前が必死に救いたがっていた奴隷の内の一人だ。おとなしく投降すれば、こいつの命は助けてやる」


 アカツキはその光景を見て歯噛みしながら立ち止まった。今までの彼らの様子からして、この国の兵士たちが奴隷を殺すことに躊躇をするはずが無い。もしアカツキがこのまま先に進めば、彼らは迷うことなく彼女の首を切り落とすだろう。

 自分たちの目的のために彼女を見捨てるわけにはいかない。そもそも、彼女を見捨ててしまったら、自分たちの目的も何もない。

 アカツキが踏みとどまると、この広間にいた全員が口を噤み、広間を静寂が満たす。アカツキが止まったのを確認した兵士の口元が少し歪み、冷ややかな悪意のある笑みを浮かべる。


「そうだ。そのまま腕を頭の上で組んで膝をつけ。そこのお前もだ。早くしろ」


 兵士はヨイヤミを指差しながら、同じようにするように促す。二人が大人しく、膝を付こうと目線を地面に落としたその時、先程の兵士から悲痛の叫びが上げられた。

 アカツキたちは驚いて、即座に目線を元に戻す。そこには、少女の首に剣を突き付けていた右腕を、哀れにも切り落とされた兵士がいた。

 兵士の腕を切り落としたのは、兜をかぶった一人の兵士だった。その兜の持ち主をアカツキたちは知っている。つい昨日、自分たちにこの国を変えてほしいと頼んできた兵士の兜。


「賊相手に、人質など取りおって……。それでも一国を守護する兵士か。こんなやり方はもう懲り懲りだ。賊の手助けをしようと、お前らの根性を叩き直してやる」


 ロイズが兵士の腕から少女を救い出し、兜を地面に叩きつけるように投げ捨てると、怒り狂ったように叫ぶ。彼女の眼尻はつり上がっており、その剣幕はアカツキたちも少し身構えていまいそうになるほど凄まじいものだった。

 腕を切り落とされた兵士が、血液がだらだらと流れ落ちる付け根の部分を抑えながら、嗚咽の混じった声でロイズに訴える。


「ロイズ、貴様、団長の私に向かって……。自分が何をしたのかわかっているのかぁ!!」


 その言葉を聞いたロイズの表情が更に険しくなる。彼女の憤りはとうに頂点を越えている。これまでの我慢してきたものが、一気に溢れ出る。


「黙れっ。何百人もの兵を従える団長が、賊相手に人質を取って偉そうに……。恥を知れっ」


 ロイズは吐き捨てるように、団長と呼ばれる兵に剣の切っ先を向けて怒声を上げる。団長はその言葉に何も言い返す言葉がなく、黙り込んでしまう。

 ロイズは一通り文句を言い終えると、アカツキたちの方に向かって少女の手を引いて走り出した。周囲の兵は何が起こっているのか理解できていないように立ち尽くし、その様子をただただ呆然と眺めていた。

 少女の手を引いたロイズがアカツキとヨイヤミに合流する。


「アカツキ、この子を扉の先に連れて行け。今は扉の向こうに戦力になるような人間はいない。あそこの扉は私とヨイヤミで死守する。この先にいるガリアスは強敵だ。生きて返ってくるんだぞ。お前が死ねば私たちも終わりだ。後は、頼んだぞ」


 まるで全てを察しているように、ロイズはアカツキに少女の手を託す。少女の手を握ったアカツキは、ロイズの言葉に無言で頷くと少女の手を引いて入り口へと走り出した。

 その様子を見ていた団長が、ただ呆然と立ち尽くす兵士たちに向かって叫び散らす。


「お前たち、何をしている。そいつらを止めんか」


 兵士たちが我に帰ったように、急に武器を構えてアカツキたちの方向へと走り出す。しかし、王座への扉に向かって一本の道を作るように、炎の壁がせり上がる。その壁に遮られて、兵士たちはアカツキに近づくことが出来なかった。

 アカツキは後ろを振り返ると、ヨイヤミがこちらに向けて親指を立てている。


「行って来い」


 ヨイヤミは、全力で笑顔を作りながら死地に向かうアカツキを送り出す。アカツキは、彼の笑顔に根拠のない安心感を覚えながら、軽く微笑むようにして返事をした。


「行って来ます」


 アカツキは少女の手を引き、炎で作られた道を駆け抜ける。




 扉の先は静けさが立ち込めていた。扉の先には誰もおらず、目の前には数段しかない階段があり、その先にもう一枚の扉が存在するだけだった。その階段は王座への扉に向けてだんだんと狭くなっていく造りになっていた。

 扉の先からは、言葉にならないほどの重圧を感じる。今にも開いて、何かが飛び出してくるような幻影が見えそうなほどである。アカツキは仮面を軽くずらして素顔を曝すと、少女の顔を覗き込むように見る。


「ここで、大人しく待っていてくれ。さっきの人たちがそこの扉を守ってくれるから心配いらないよ。俺はあの扉の先に、行ってくる。あの先は危ないから君は連れて行けない。全てが終わったら迎えに来るからね」


 そう言って少女の肩にポンっと手を乗せ、笑顔を見せて少女を安心させる。少女は恥ずかしそうに俯くと、勢いよく顔を上げてアカツキに告げる。


「あのっ。御気をつけて……。頑張ってください」


 アカツキは彼女の応援の言葉に「あぁ」と一言返事をすると、少女の頭を軽く撫でて、仮面を元に戻し、少女に背を向けて歩き出した。

 アカツキは一段目の階段に足を掛ける。その一歩を踏み出しただけで一気に動けなくなりそうなほどの重圧が襲い掛かる。一段一段と階段を上る度に重圧が増していき、押しつぶされそうになる。歩を進める速度もどんどん遅くなる。一歩ずつが、ものすごく重たい。

 残り三段がとてつもなく長く感じる。心臓の鼓動がまるで耳元で鳴っているかのように、大きな音で鳴り響く。

 残り二段……。冷や汗が体中からあふれ出す。アカツキの中の恐怖心が、じわじわと顔を覗かせる。しかし、アカツキはそれを無理やり押さえつける様に拳を握りしめる。扉を開ける前から攻撃を受けているような気分になる。

 残り一段……。遂に扉に手を掛ける。その扉は今まで持ったどんなものよりも重く感じた。それが物理的なものなのか、精神的なものなのかはアカツキにはわからない。だが、そんなアカツキでも、これだけは理解できた。

 扉を開けた先に二人の人間がいる。だだっ広い何も無い部屋の中に扉からレッドカーペットが一直線に敷かれており、その先には宝石や金で派手に飾りつけられた王座が存在した。

 一人はそこに踏ん反り返るように座っている。もう一人は王座に座る男の右隣に立っており、両腕両足に千切れた鎖を垂れ下げながらたたずんでいる。

 王座に座る男の右隣に立つその男は、ウルガを思い出させるような巨体に、ウルガよりも更にひどい傷跡を体中に刻みこんでいる。顔は白い布のようなもので覆われており、目の部分と鼻の部分だけが切り取られている。

 王の所持する奴隷、ガリアス。奴隷でありながら、王の資質を持つ男。

 アカツキは仮面を顔からはずし、遠くへと投げ捨てる。静まり返った部屋に仮面が地面に落ちる音が響き渡る。


「ガリアス・エルグランデ。お前を、救いに来た」





 アカツキが扉の向こうへと消えて行った後、ロイズとヨイヤミの二人は扉の前で兵士たちと睨み合うように、お互いの出方を伺っていた。ヨイヤミがロイズに耳打ちする。


「僕らの肩は持たんって言っとったのに……。良かったんかこれで……」


 ロイズは軽く苦笑しながら頷いて答える。


「ふっ、勢いに任せてやってしまったな……。しかし、後悔はしていないさ。これは私の信念に従っただけだ。ここで死ぬならそれはそれで本望だ」


 ヨイヤミは、兵士たちから視線を外さないように睨んだまま、口だけで笑ってみせる。


「心配すんな。俺がちゃんと守ったる。資質持ちの力なめんなよ」


 ロイズもヨイヤミと同じように、視線を固定させたまま鼻を鳴らして笑う。


「ふんっ。子供に守れていては、兵士としての立つ瀬がない。自分の身ぐらい、自分で守るさ」


 二人が言葉を交わしているのを見ながら、団長が腕の付け根を押さえながらなんとか立ち上がる。


「ロイズ、貴様、自分が何をやっているのか本当にわかっているのか?」


 団長が残された左手の指をロイズに向かって差しながら怒鳴りつける。それに対して、ロイズは何食わぬ顔で答える。


「ちゃんと理解しているさ。これが私の決断だ」


 団長は腸が煮えくり返ったように、ブルブルと震えだす。そして、さらに大きな声で怒鳴りつける。


「貴様ら、たったの二人で何が出来ると思っている。死ぬだけだぞ。今なら、まだ懲罰房くらいで許してやる。早くそいつの首を切り落として、こちら側に戻ってこい」


 ロイズは鼻を鳴らしながら、団長に向かって涼しい顔付きで淡々と言葉を紡ぐ。


「死んでも構わないさ。そもそも、死ぬ覚悟ができていなければこんなことはしない。私はこいつらに賭けたんだ。命という名の賭け金を。ここから先は通さん。アカツキが戻ってくるまでは……」


 ロイズは兵士団に向かって剣を構え直す。すると、どこからかロイズの耳に聞き覚えのある声がしてきた。


「二人じゃありません。私もロイズさんに付いていきます」


 兵士たちを掻き分けて、ロイズの部下の女性兵が颯爽とロイズの元へとに走ってきた。他の兵士たちは、彼女をどうしていいのか解らず、ただ見ているだけだった。ロイズの元に辿り着いた彼女はロイズに背を預ける様に振り返ると、他の兵士たちに向けて剣を構える。


「…………私もです……」


 男性兵の一人がほとんど無言のまま、周りの兵士の制止を押しのけて、こちら側へとやってきた。同じように、背を合わせて、剣を構える。


「アリーナ……、ハリー……。お前たち、私には付いてこなくていいと……」


 ロイズは胸の奥に何か熱いものがこみ上げてくるのを感じた。二人の顔を交互に見ると、二人とも静かに、そして力強く頷いて硬い決意を表す。ロイズはこみ上げる涙をなんとか抑え、そしてもう一人の部下を見る。メガネを掛けた、聡明な顔つきの兵士を。

 彼は、悲痛な顔で歯噛みをしながらこちらを見ていた。きっと、心の中に迷いがあったのだろう。彼もこちら側に来ようかと必死で迷った挙句、向こう側に残ることを決めたのだ。だから、ロイズは優しく微笑みかけるような顔で首を横に二、三度振る。


 お前はそれでいい。こちら側に来なかったことに負い目を感じる必要はない。


 そう暗に告げる。彼の顔がさらに歪み、今にも泣き出しそうな顔になる。そんな部下を見て、ロイズは何故か心が安らぐのを感じた。


 ここまで慕ってくれる三人の部下を持てて、私は本当に幸せだ。

 もう一緒にはいられないだろう。私はこの時を以て、彼らの上司ではなくなったのだ。今まで付いてきてくれて、本当にありがとう。お前たちの信頼を胸に、私はこの命が燃え尽きるまで戦い抜こう。


 ロイズは再度、剣を構え直す。味方は四人、敵は数百人。その中で、背中の扉を守り切らなければならない。まさに背水の陣。それでも、自然と恐怖感はない。

 しびれを切らした団長が、大きな声で叫ぶ。


「もういい。そいつら全員殺してしまええええええええ!!」


 兵士たちは「うおおおおおおおおおおお!!」と咆哮を上げながら、全員がヨイヤミたちに向かっていった。


「さあ、いくで。死んでもこの扉を護りきる」


 ヨイヤミとロイズたちの防衛戦が始まった。



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