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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第四章 融けゆく呪われし氷
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帰る場所

 ロイズは「あぁ、楽しみにしている」と言うと、持っていた剣を鞘に収め、後ろを振り返って歩き出そうとした。しかし、そこで足を止めて、こちらにもう一度振り返った。


「そういえば、二人の名前を聞いていなかったな……」


 ヨイヤミがすぐに答えると、ロイズはアカツキに向かって「君は?」と尋ねる。


「アカツキ・リヴェルです。レーヴァテインさん、ひとつだけ質問させてもらってもよろしいですか?」


 「ロイズで構わない」とロイズは柔らかな表情で優しく続きを促す。


「ロイズさん、ガリアスって人はそれだけの力を持っているのに、どうして王に逆らったりしないんですか?」


 ロイズの表情が少し陰る。何か言いにくそうに、まるで何か棘のようなもので自らの心を刺しているかのように、唇を噛み締めながら少しの間が空く。


「彼は、幼少期から、散々拷問されてきたんだ。王は躾と言っていたな。それはもう、普通の人間が耐えられる域を超えていた」


とても苦しそうに悔しそうに、奥歯を噛み締めてロイズは続ける。


「それでも相手が奴隷であり、やっているのが国王だ…。誰もそれを止めることは無かった。いつしか、その拷問による悲鳴は聞こえてこなくなった」


 そこで一度言葉を切り、アカツキたちから目を逸らす。おそらく、ロイズにも自責の念があるのだろう。過去の何かとの葛藤がその顔に隠れることなく表れていた。そして、そのまま重たい口を開く。


「彼は、いつしか拷問を受けても泣きも叫びもしなくなった。慣れというのは、人間の中に眠る恐ろしい性質だと私は思う。慣れてしまえば大体のことは受け入れられてしまう。それがどれだけ自分の身体を痛めつけるものであってもな……。それぐらいの頃だろうか、彼が力に目覚めたのは……」


 ロイズは過去を顧みるように、屋根と屋根の間から覗く夜空を見上げる。アカツキたちもそれにつられて天を見上げる。そこには、天いっぱいの星が輝き煌々と太陽のない地上を照らしている。ロイズはまるでこの星の中から一つだけを探し出すように、過去の記憶から何かを探しているのだろうか。


「王はその力に気づくと、ガリアスを最前線で戦わせるようになった。それから、王の拷問は減った。ガリアスはそこに救いを求めたのだろうな……。戦えば、彼は拷問を受けることはない。彼はその力で王に逆らうことよりも、王のためにその力を使うことで痛みから逃げることを選んだのだ。幼少期の記憶が今もなお、彼を縛り付けている」


 力があるにもかかわらず、逆らうことよりも、従うことを選ぶほどの拷問。それは、アカツキが想像できる域を遥かに超えているのだろう。拷問そのものよりも、記憶という名の拷問が、抵抗という名の未来をも容易に壊し得る。レジスタンスの時と同じように、アカツキはまた相手のことを理解することができないのではないかと不安になる。


「それって、おかしくないですか。この国は昔から油田の領有権を争って戦争してたんですよね。戦争相手には、王の資質を持った国だってたくさんいたんじゃないんですか?」


 ヨイヤミがふと疑問を口にする。ロイズは「あぁ」と言って苦笑する。


「私たちがこの国に来たのは今から十五年前だよ。それまでは別の国にいたんだ。国王のセドリックがガリアスの力に気づいて、この国の元国王を追い出して、この国を自分の国へと変えた。その後も彼の力で、襲ってくる国を全て蹴散らし、いつしか襲ってくる国もいなくなった。この国は彼のおかげで成り立っていると言っても過言ではないな」

 

 そして目線をアカツキたちに戻して、眉根を寄せて力の込もった眼差しでアカツキたちに請い願う。


「このままではこの国はいずれダメになる。力で抑えた獣に頼りきって、誰も力をつけようとはしない。だから、一度この国のためにも、お前たちの力でこの国を崩して欲しい。獣を檻から放ってやってはくれないだろうか?」


 アカツキたちを見逃して欲しいという話が、いつの間にかこの国のために戦って欲しいという話にすり替えられていた。それがなんだかおかしくて、アカツキは苦笑しながら答えた。


「分かりました。この国を俺たちの力で変えてみせます」


 ロイズは「そうか」と頷き、もう一度微笑んでからこう言った。


「私はあまり力になれないが、君たちの幸運を祈っている」


 そう言うと兜をかぶり直し、「じゃあな」と手を挙げて振り返り夜の闇へと消えていった。

 ロイズが消えるのを確認すると、ヨイヤミがストンと膝から崩れ落ちた。アカツキが驚いて「どうした?」と駆け寄ると、ヨイヤミは放心状態でうなだれていた。


「あ~、緊張した。よかった~、いきなり僕らの作戦が終わってまうかと思った」


 ヨイヤミは何かの重荷が急に取り払われたかのように、安堵の溜め息を吐く。


「お前、ああいうの調べるの本当に好きだよな。兵士団のことまで調べてたのかよ……」


「やから、知識は武器やて言うてるやろ。出会ったのがあの人でホントよかったわ。元々あの人には力借りれるかもしれんと思とったで、逆にちょうど良かったかもしれん。運が良かったとしか言えやんわ」


 余程の安心感に包まれたのか、もう一度溜め息をつきながらヨイヤミはほとんど力の抜け切った膝を何とか立たせる。


「今日はもう疲れたで宿に戻ろか」


 その表情はすでに何かをやりきったかのような達成感と疲労感が見え、この数分でものすごく老けたような気がして、アカツキは少し吹きそうになる。ヨイヤミは足をフラフラさせながら、宿に向かおうと歩き出す。


「何言ってんだよ、ヨイヤミ。もう庶民街への門は閉まっちゃってるから、今日は宿には戻れないぞ」


 ヨイヤミは口を大きく広げて唖然とした。彼には珍しく、そんな初歩的なことも忘れていたようだ。そもそも、今夜この国を襲う予定だったので、宿など取っているはずもない。

 結局その後、貴族街の少々高い宿に泊まることになった。

 その宿はお風呂付きだったので、ヨイヤミよりもアカツキが大喜びしていた。部屋も広く、ベッドが二つ置いてある。

 雑魚寝状態だった庶民街の宿に比べると、金額以上の差を感じずにはいられなかった。


「こういう宿一つでも、貧富の差を感じずにはいられないよな」


 アカツキが思いついた言葉がそのまま漏れたかのようにぼそっとつぶやく。


「アカツキ、何でもかんでも手を出したところで、失敗するのがオチや。どうせ、貧富の差も無くしたいとか思てるんやろ。二兎追うものは一兎も得ずやで。力のない僕らが、いくつもやろうとしたらあかん」


 ヨイヤミの言葉にアカツキは納得のいっていない表情で頷く。ただ、ヨイヤミの言うとおり、いろんな事に手を出せるほど、自分たちに力は無いことは解っている。今は奴隷解放という一つの目標をただひたすらに追い求めるのが、二人にできる最善の策なのだ。

 久しぶりの風呂にかなり上機嫌になりながら、アカツキはふかふかのベッドを堪能していた。大の字になって天井を見つめ、考えに耽っていた。ヨイヤミがアカツキと交代でお風呂に入ったので、部屋は現在一人だった。


「ガリアスか……。本当に俺にどうにか出来る相手なのかな……?」


 独り言をぼそっと声に出す。返事はどこからも帰ってこない。アカツキは何も返してはくれない天井にそれでも言葉を紡ぐ。


「失敗は許されない。失敗すれば俺たちはきっと死ぬ。それでもやるしかないんだ。ここで逃げたら、きっともう俺たちは何もできなくなる。死を恐るな。自信を持て。自分を信じろ。勝てるか勝てないかじゃない。必ず勝たなきゃならないんだ」


 自分に言い聞かすようにアカツキは言葉を一つ一つ噛み締める。

 前に戦ったカザキリは、正直戦闘は完全な素人。戦闘経験者との戦争は今回が初めてとなる。

 自分の意思を持っていない、厄介な相手。自分の意思で戦っているなら、攻撃することにそこまで躊躇はしない。だが、今回の相手は自分の意思ではなく、他人の意思によって、しかも恐怖という鎖に繋がれたまま戦っている。そんな相手を俺は躊躇なく攻撃することができるのか。

 いつか『戦う覚悟』を問われたことがある。相手を傷つける覚悟、相手を殺す覚悟。それらは、いまだに自分の中に、確かな物としては存在していない。

 目を腕で覆いながら、考えを巡らせていると、ヨイヤミが風呂から出てきた。


「何を悩んでるんや、そんな顔して?どうせさっきの話聞いて、ガリアスと戦うのが恐なったんやろ」


 ニィっと屈託のない笑顔を見せながらヨイヤミは言う。


「相手はお前より頭一つも二つも飛び抜けてる相手や。アカツキに勝機があるとすれば、エレメントの相性と、アカツキの退魔の刀くらいや。やから、最初から躊躇するな。全力で戦え。その中で、もし相手を殺してしまったとしても、それはアカツキのせいやない。元々、資質持ち同士ってのは殺し合う生き物や。やから、死なんといてくれよ、アカツキ」


 やはり、戦う覚悟はまだない。でも、こうやって帰りを待ってくれる存在が今の自分にはある。帰るべき場所があるなら、必ずそこに帰らなければならない。ならば、自分が何よりも優先すべきは、彼の元に生きて帰ることだ。

 アカツキは目を腕で覆ったまま、ふっと鼻を鳴らすと、ヨイヤミに告げる。


「わかった。必ず生きて帰ってくる」


 指針は決まった。それでも、どこかにある、誰もが救われる方法を模索する。ここから先はその場の自分の判断に任せよう。自分の直感に全てを託そう。

 アカツキは決意を新たに、明日に向けて目をつむり、眠りにつくのだった。


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