運命の邂逅
二人は日中、買い物と食事で時間を潰し、夜になる前に貴族街の門の中へと入っていった。
昼間の買い物で手に入れた仮面をかぶって顔を隠しながら、貴族街の路地裏で待機していた。
陽が完全に落ち、気温が下がりきった頃に二人は動き出した。路地裏を抜けて、そのまま身を隠しながら王宮の門の前まで行く予定だった。しかし、それはひとりの兵士によって阻まれた。
大通りの道に向かうため、二人は路地裏をひっそりと歩いていた。しかし、とある十字路に差し掛かったところで甲冑に身を包んだ兵士の一団とばったり出くわしてしまった。
二人は、まさかこんな時間に門番以外の兵が貴族街を歩いているとは予想もしていなかったため、その兵士と出くわした直後に反応することができなかった。自分たちの格好を見れば、どう考えても一般人に見られるはずがない。
二人共がパニック状態となり、思わずアカツキが刀を出してしまった。
向こうも驚きはしたものの、すぐさま剣を抜き応戦の構えをとる。
アカツキが兵士に肉迫し、鍔迫り合いが起こる。しかし、相手はすぐにアカツキの刀を払い除け、次の攻撃に移る。
突きの応酬がアカツキを襲う。アカツキは必死に刀で受け止めるが、相手の攻撃速度はアカツキの反応速度を凌駕している。
「アカツキ、相手の得物が届く範囲に入るな。剣術でお前が敵うはずがないやろ。下がれ!!」
アカツキは相手の突きを受け止めるのに必死で、ヨイヤミの言葉のほとんどは聞き漏らしたが、最後の「下がれ」だけはしっかりと耳に入っていた。
アカツキは、なんとか力ずくで兵士の剣を押し返し、相手が少し体勢を崩したのを見て、力の限り後ろに飛び退いた。
兵士は剣をアカツキたちに向けて突きつけながら問いただす。
「貴様ら何者だ。こんな夜更けに怪しげな格好で、何をしている?」
アカツキたちは何も答えずに相手の出方を伺う。
顔は兜で隠れているためわからないが、兜の中から聞こえてくる籠った声を聞く限り女性のようだ。後ろに三人の部下らしき兵を連れている。
「何も答えなければ、捕縛対象として貴様らを捕縛することになるぞ」
ヨイヤミが一歩だけアカツキより前に出る。ヨイヤミが手を前にかざすと、女性兵とアカツキたち二人を取り囲むように炎の壁が形成された。
女性兵は「なっ」と驚きを隠しきれずに声に漏らす。後ろで構えていた兵士たちも、自らの上官の危機を感じ、慌てている様子だった。
ヨイヤミは一歩、また一歩と女性兵に近づいていく。アカツキは、ヨイヤミが何を考えているのかわからなかったため、とりあえずその場から動かずに見守った。
女性兵は近づいてくるヨイヤミに対し、剣の切っ先を向けて構えをとる。その切っ先はどこか震えているようにも見えた。
ヨイヤミは、女性兵の数メートル離れたところで立ち止まり、その切っ先を見つめながら、女性兵に向けて言葉を発した。
「ノックスサン国軍、ロイズ・レーヴァテイン士官とお見受けする。少しだけ、僕らの話を聞いて欲しい」
その言葉に、アカツキもロイズと呼ばれる女性兵も驚きを隠し得ないといった状況だった。アカツキに関してはヨイヤミの言葉を聞き違えたかと思うくらいに動揺していた。
ヨイヤミはゆっくりと仮面をとる。アカツキは相変わらず、ヨイヤミの行動を理解できずに、その場に立ち尽くしていた。
「とりあえず今は、あの三人を王宮に帰してもらっても構いませんか?レーヴァテインさんと個人的に話し合いをしたいんですが、受け入れてもらえませんか?」
ロイズは、驚きに目を見開きながら、頭の中を整理できていない様子で、
「な、何を……。ぞ、賊の話を聞く耳など持ち合わせておらんぞ」
と、困惑した様子で少し言葉を切れ切れにしながら答える。
「少しだけでいいんです。お願いします」
ヨイヤミは静かに頭を下げる。その姿を見て、ロイズは呆気にとられていた。
「少しでいいから、話を聞いてください」
頭を下げたまま、ヨイヤミは懇願する。その様子を見たロイズは、やっと切っ先を下ろして構えを崩す。そしてゆっくりと口を開いた。
「わかった、少しだけなら話を聞こう。話の内容によっては、お前たちを切り捨てることになるが構わないか?」
兜の中から、落ち着きを取り戻し淡々と話す声が漏れてくる。
「構いません」
ヨイヤミは一言、了承の言葉を口にした。
その後、ヨイヤミが炎の壁を消すと、ロイズは三人の部下に王宮に帰るように説得した。子供が少々危険な遊びをしていた、と少し無理のある理由をつけていたが、上司の命令は絶対なのだろうか、納得できないといった表情のまま三人の兵士たちはその場を後にした。
三人の兵士が王宮へと戻り、三人だけがその場に残った。少しの間が空いて、ロイズが兜を外してその表情を露わにした。
武人の凛々しさと聡明さを遠目でも感じさせるような、美しい顔立ち。兜を外すと胸に垂れそうなぐらいの長さの藤色の髪を、後ろで一本に纏めていた。
ロイズが兜を外したのを見て、アカツキだけが外さないのも失礼だと思い、そそくさと仮面を外す。
「まず最初に、なぜ私の名前を知っている?貴様らこの国の者ではないだろう」
兜を外したため、彼女の声ははっきりとしたものへと変わる。女性にしては少し低めだが、顔に似合った凛々さを感じた。
「すいません。いろいろとこの国について調べさせてもらいました。その時にあなたの名前を耳にしました。唯一の女性士官って聞いてたんで、声を聞いた瞬間あなたであることを確信しました」
「そうか……」とロイズはつぶやくように小さな声で頷く。
「この国を調べていた理由は?」
ヨイヤミは少し困惑するような表情になり、不自然な間が空いた。ロイズも急かすようなことはなく、ヨイヤミが口を開くのを静かに待っていた。
アカツキもヨイヤミの考えに従うつもりだったので、ここでヨイヤミが何を言おうが驚かない心構えで、ヨイヤミが動くのを待った。
短くない沈黙が通り過ぎたあと、ヨイヤミは小さく頷き口を開いた。
「僕らの目的は、この国の奴隷解放です。そのために、今夜王宮を襲撃するつもりでした」
ヨイヤミは真実を隠すことなくロイズに告げた。アカツキは驚かない準備をしていたものの、なんとか表情に出さないようにするのが精一杯なくらいには、驚いていた。
敵兵に襲撃の事実を告げるのが、これから自分たちが行うことに対して、どれだけリスクの高いことか考えられないほどヨイヤミはバカじゃない。むしろ、アカツキとは比べ物にならないほど頭が回るし知識もある。だから、アカツキはヨイヤミのことを信じて、ただ黙ってヨイヤミを見続けた。
「レーヴァテインさん、あなたはこの国に相当の不満を抱えてますよね?国の体制にも、軍の方針にも納得はしていませんよね」
ロイズは「うっ……」と息を飲み、顔に焦りの色が見え少しだけゆがませる。
「何故そんなことをお前が知っている。それも調べたのか?」
「はい、とある居酒屋の店主から色々話を聞きました」
ヨイヤミの言葉にロイズも心当たりがあるらしく「くっ、おばちゃん……」と片手で頭を抱えながら、疲弊しきった顔を見せる。どうやら行きつけの居酒屋らしく、よく愚痴を溢しているようだった。
「で……、私に話ってのは、その襲撃の片棒を担げって話か?いくら私がこの国のやり方に納得していないからって、賊に力を貸すほど、この国を見限ったつもりは無いぞ」
ヨイヤミは小さく首を左右に振りロイズをもう一度見据える。
「別に力を貸して欲しいって訳じゃないです。ただ、今回に関しては見逃していただけると、嬉しく思います」
ロイズとヨイヤミは睨みあう。お互いが出方を伺うように、少しの間が空く。先に沈黙を破ったのは、ロイズだった。
「そもそも、お前たちのことをどうして私が信じることが出来る?お前たちがただの賊で無いと、どうして言える」
「正直、今あなたにそれを信じさせるものは何もありません。僕たちに出来るのは信じてくれと訴えることだけです。僕らは誰も殺すことなく、この国の奴隷を解放するためにここにいます。どうか今夜は見逃してはもらえないでしょうか?」
ヨイヤミは先程と同じように深々と頭を下げる。
「誰も殺さずに軍を抑え、その上であの国王から奴隷解放を宣言させるつもりか。そんなこと本当に出来ると思っているのか?」
ヨイヤミは頭を上げて答えようとした。だが、先に発せられた背後からの声にそれを阻まれた。
「出来るか出来ないかじゃないんです。俺らはやらなければならないと思うからやるだけです。この国は、いや、この世界はもうどうしようもなく追い詰められている。戦争や反乱、それに奴隷制度、世界中が今にも崩れそうなバランスの中、なんとか保っているような状況です。でも、俺らに世界中の戦争や反乱を止める力はない。そもそも、俺たちに人を殺す覚悟が無いんです。軍の人からしたら不殺なんていうのは甘い考えなのかもしれない。それでも、それが俺たちの出した結論なんです。あなたが引かないというのなら、俺は力ずくでもそこを通ります」
今まで黙って二人の様子を伺っていたアカツキが、急に二人の会話に口を挟んだ。普段、こういう交渉の会話には必ずといって良いほど、口を挟まないアカツキが急に出てきたことにヨイヤミは驚きを隠せないでいた。
「その力ずくも、やはり不殺なのか?」
ロイズの言葉に「はい」といつもよりも重く低い声ではっきりと返事をした。
「お前たちは、二人とも資質持ちなのだろう?さっきの様子を見ていればわかる。確かに、人間相手ならそれも可能なのかもしれない。だが、ガリアスはどうする。彼は一筋縄でいくような相手ではないぞ」
「資質持ち」と言う言葉を知っていることに少々驚きを覚えたが、この国の王の奴隷が資質持ちであるのならば、知っていてもおかしくは無いのか、と自己解決する。
それよりもアカツキが気になったのは『ガリアス』という人の名前らしき単語である。
「ガリアス?」とアカツキがボソッとつぶやくと、その名前を知らないことを察したのか、ロイズが説明を付け加える。
「ノックスサン国王セドリックの所持する奴隷『ガリアス・エルグランデ』。彼も資質持ちで、その上いくつもの戦争で我々兵士団を差し置いて前線で戦い、ほぼ一人で戦争を終わらせてしまうような猛者だ。そんな奴相手に、お前たちは勝てるのか?」
資質持ちの奴隷。ヨイヤミからも話を聞いていたが、やはり自分たちが想像するよりも遥か上をいく実力者なのだろう。同じ戦場に立ってきた彼女が言うのだから、相当の猛者に違いない。
それでも、自分の力を過大評価するわけではないが、負ける気はしなかった。
「勝ちますよ。そして、その奴隷も一緒に救います。ガリアスって人も奴隷なら、その人も俺が救わなければならない人間です」
アカツキは鋭い眼差しでロイズを見つめる。ロイズもそれに答えるように、アカツキを見つめ返す。そして「ふっ」っと鼻を鳴らすと、微笑むような柔らかい表情を見せた。
「わかった。お前たちを信じてみよう。お前たちの肩を持つことは出来ないが、見て見ぬ振りぐらいならしてやる。誰も殺さないというのなら、この国には良い薬になるだろう。お前たちのような子供にこの国の行く末を任せるようで忍びないが、お前たちのその強い意志を信じて、この国の行く末をお前たちに託そう」
その言葉を聞いてヨイヤミはすぐさまロイズに頭を下げた。
「ありがとうございます。全てが上手くいくかどうかはわかりません。それでも、自分たちの命がある限り、全力でやりきると誓います」
ロイズは「あぁ、楽しみにしている」と言うと、持っていた剣を鞘に収め、後ろを振り返って歩き出そうとした。