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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第四章 融けゆく呪われし氷
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砂漠の夜の企み

 庶民街に戻り、ヨイヤミとの待ち合わせ場所である小さな民宿の前まで来たのだが、ヨイヤミは見る影もなかった。


「あの野郎、どこで何してやがる」


 暑さのせいで今日のアカツキは、基本的に口が悪い。意識しないと汚い言葉ばかりが口から漏れる。

 ここで呆けて待っていても、イライラが募っていきそうだったので、アカツキはもう少し庶民街を徘徊することにした。

 庶民街は活気にあふれ、アルバーンに引けを取らない程賑わっていた。

 大通りにはいろんな露店が立ち並び、様々な食料が売買されている。特に、野菜や果物は砂漠では採れないため、遠方からの商人が露店を開き、そこに多くの客が列を作っていた。

 アカツキが驚いたのは、水を売るだけの露店が存在することだった。しかも、そこに人が行列を作って並んでいるということだ。

 国によって価値が異なるものは多数存在するが、ここまで大きな差が出るものもなかなか無いだろう。水が高値で売れるとなると、多少頑張ってでもこの土地へと赴いて商売をしたいという商人の気持ちもわからなくもない。

 何しろ、無価値なものが高額で取引されるのだ。ここまでくる旅費を考えても儲けは少なくないだろう。

 アカツキはその様子を眺めながら、早く砂漠を出てただの水を腹いっぱい飲みたいと心底思った。ただを知っている者はそこに価値を見いだせないため、どうしても金を出そうとは思わないのだ。

 露店を一通り回り、果物を少々買って、もう一度待ち合わせ場所に戻ると、ヨイヤミがこちらに気がつき「おーい」と手を振ってくる。

 アカツキはヨイヤミに近づくと額を一発指で弾き、黙って民宿の中と入っていった。ヨイヤミも額を抑えながら、アカツキの後ろをついてきた。


「ごめんなさいね。うちにお風呂は無いんだよ。というか、庶民街でお風呂を持ってる家なんてほとんど無くてね。みんな、近くのオアシスまで行って、たまに体を洗うくらい。この国の庶民街では、水は本当に貴重な物だからね。飲む以外にはほとんど使わないわ」


 アカツキは唖然として開いた口が閉じなくなっていた。こんなに汗をかいたのに風呂にも入れないのか……。

 アカツキの背中がフルフルと震え出したため、怒りが爆発する前にとりあえず部屋に連れて行こうと、ヨイヤミがアカツキの背中を押して部屋へと促す。


「おばちゃん、大丈夫やから。お風呂なんて無くても全然平気。それはいいから、とりあえず部屋の鍵くれんか?もうヘトヘトで立っとるのも疲れたんや」


 すると、店主は不思議そうな顔をして、首を傾げながら言った。


「鍵なんてものうちには無いよ。ほら、そこの右奥の部屋、あそこがあんたたちの部屋だから、好きなように使っとくれ」


 ヨイヤミは「ありがと」と一言感謝の言葉を残し、店主が指差す方向にアカツキの背中を押しながら進んで、とりあえずアカツキを部屋の中に押し込んだ。


「もーう、無理。なんなんだよこの国は……。水は金取るは、風呂は無いわ、ホントやってらんねえ」


 アカツキは鼻息を粗くしながら、頭をかきむしって癇癪を起こしていた。


「そんなに暴れると余計疲れるで。大人しくしとき……」


 ヨイヤミは暴れるアカツキに呆れて「はあ……」と溜め息を吐く。

 部屋に入ってからは、とにかくアカツキの機嫌が収まるまで、ただただ何もせずに部屋の中に佇んだ。夜になれば気温は下がることはここへ来るまでの旅路で十分理解している。後は夜になるのをひたすら待つだけだった。

 陽が落ち始めると気温は徐々に下がり、夜になると一気に気温は下がる。今までの格好では震えが止まらなくなるほどに、寒さは増した。

 二人は部屋にあった毛布にくるまりながら、明日に決行を備えた、ノックスサン襲撃についての作戦会議を行っていた。


「基本的に王宮の前の門は常に見張り番がいそうな感じだったな。こっそり中に入り込むってのは、たぶん無理だ」


 毛布に包まってなお寒そうにしながら、アカツキはヨイヤミの顔を覗き込む。


「そんな、僕がなんでも答え持っとるみたいに、期待してこっち見んなや。今回は正直強行突破するしかないと思てる。その中で、如何に不殺(ころさず)で行くかが問題や」


 アカツキは「うぅん」と唸ると、自分の考えを自身無さげにヨイヤミに告げる。


「どっちかが兵士を相手取って、どっちかが王の奴隷と戦うってのが、効率面でいったら一番いいとは思うんだよ…。でも、不殺で一国の兵士全員を相手取るのは、やっぱりかなり骨が折れる話だよな……」


 ヨイヤミは気を落としたように俯いて肩を落としてから、言葉を紡ぐ。


「いや、アカツキそれはちゃうで……。たぶん、不殺で兵士全員を相手取るより、資質持ちと戦う方がきついと思う。ウルガよりも強い可能性だってあるんや」


 アカツキが『ウルガ』という言葉を聞いて肩をほんの少し震わせたのがヨイヤミにはわかった。自分たちが見たあの光景は、未だにアカツキの中を渦巻いているのだろう。


「兵士の方は、そこまでの心配はいらんと思う。銃器相手には魔導壁で対応すればいいし、剣とかの得物類なら僕らの炎で金属を溶かすことができる。まあ、それで戦意喪失してくれたら楽なんやろけど……」


 ヨイヤミの言葉を受けて、アカツキが再度自分の意見を述べる。


「とにかく二人でなんとか得物と銃器の数を減らして、減ったのを確認したらどっちかが王の奴隷と戦いに行くしかないってことか……?」


 アカツキはそう尋ねながらヨイヤミの方を見ると、珍しく真面目に考えている顔が明かりに照らされて、なんとも聡明そうに見えた。いつもと表情の違い過ぎるヨイヤミに、アカツキは少し吹きそうになる。


「どした?まあ、それはそうなんやけど、王の奴隷と戦う方は、できるだけ魔法を使わんようにしなあかんやろな」


 ヨイヤミは一度不思議そうな顔をした後、自分の考えを淡々と述べた。

 それに対してアカツキが苦い顔をしているので、溜め息を吐きながらアカツキの疑問に答える。


「この前のレジスタンスでの戦い見てなかったんか?精神崩壊(マインドアウト) 起こしたら、その時点で終わりやって言うたやろ。王の奴隷はそこらの国と戦争して、これまで勝ち残ってきとる程の実力者やで。魔力はどんだけあっても足りんぐらいやと思といた方がええ」


 アカツキはプライアで行われた、資質持ち同士の戦争を思い出して、記憶を巡らせる。プライア国王の手にあった水の剣が、みるみる内に小さくなっていった光景は、アカツキの記憶に鮮明に残されている。


「やから、どっちが資質持ちと戦うか決めといて、戦う方はなるべく魔法を使わんようにするのが賢明やって話や」


 その言葉を聞いたアカツキは急に立ちあがり、毛布を勢いよく脱ぎ捨て、ヨイヤミを見下ろすような態勢となった。その眼には強い決意の色が覗えた。


「それなら俺が戦う。俺にはあの退魔の刀もあるし、これまで見てきてヨイヤミはそこまで戦闘向きって感じじゃなさそうだったし。俺は、その奴隷も纏めて救いたい」


 ヨイヤミの気持ちは実のところ決まっていたのだが、アカツキの言葉にただただ賛成するのは癪だったので、苦い顔をしてからとりあえずの反論を試みる。


「戦っとるところをアカツキが知らんだけで、僕やって本当はそこそこやれるんやで。でも、まあその刀の力は本物っぽいし、今回はその役目はアカツキに任したるわ」


 ヨイヤミはアカツキからぷいっと顔を背けながら、アカツキに対するとりあえずの賛成を示す。


「じゃあ、決まりだな。前半はしっかり援護頼むぞ」


 アカツキがニッと笑いながらヨイヤミの方を向くと、ヨイヤミが呆れた顔をして、


「アカツキが戦ってる間も、何十人って兵士を近づかせんように対処しやなあかんのやけどな……」


 とため息を吐きながら、自分のことしか考えていないアカツキに少し不安を覚えていた。


「それもそっか。じゃあ、その間もよろしく頼むな」


 相変わらず、笑みを絶やさずにこちらを向いてくるアカツキに、余計不安を覚えたヨイヤミは何度目かの溜め息をついた。

 それにしても、アカツキの機嫌がすっかり良くなっていた。震えるほど寒いのだが、暑さは一切感じないからなのだろう。よほど暑いのが嫌いなんだな、とヨイヤミは心の中で苦笑しながら眠りに就いた。




 翌朝、ヨイヤミはアカツキの唸り声で目を覚ました。

 陽はすっかり昇っており、気温がすっかり元に戻っていた。アカツキはその暑さのせいか、目を覚ましてはいないのだが、うなされたように唸りながらヨイヤミの隣で寝ていた。

 アカツキは朝に弱い。というか、朝はなかなか起きない。必ずと言っていいほどヨイヤミが先に目を覚ます。

 アカツキの場合、余分なところで無駄な体力を消耗しているので、その分疲れて睡眠時間が長くなっているのだろう、とヨイヤミは考えている。

 しかし、このことをアカツキに教えたところで、どうせアカツキの効率の悪さは治らないことがわかっているので、ヨイヤミは黙ったままでいることにしている。

 ヨイヤミが何も考えずにぼんやりしていると、アカツキも目を覚ましたのだが、案の定、機嫌最悪といった感じだった。


「あと数日この暑さを我慢しなきゃなんねえとか、耐え切れない……」


 アカツキのこう言った文句に、ヨイヤミもそろそろ辟易してきており、お互いの機嫌がうなぎのぼりに悪くなっていく。

 そんな中でもある程度冷静に考えられるヨイヤミは、アカツキに対して不安だけが募っていくのだった。

 先に目を覚ましていたヨイヤミはすっかり出かける準備を終わらせており、容器に入った水を軽く口に含みながら、アカツキの支度が終わるのを待っていた。そんなヨイヤミにアカツキが不意に尋ねる。


「そういえば、昨日お前どこ行ってたんだよ?」


 ヨイヤミは首を傾げながら、何の話かを尋ねる。


「ほら、昨日の貴族街の門に行く途中でお前急に消えたじゃねえか」


 ヨイヤミは「あぁ」と思い出したような仕草をする。


「あれはアカツキがどんどん先行ってまうから、一緒に行かなあかんこともないし、むしろ探索なんかは別々で行動した方が効率ええかなと思て、いろいろと僕なりに探ってただけや」


 アカツキは出かける準備を続けながら、さらに質問を続ける。


「で、どこ探ってたんだよ?」


 そんなアカツキの質問に、一瞬変な間ができたものの特に表情が変わることもなく、平然とした顔でヨイヤミは答える。


「僕は、王宮周りをぐるっとな。アカツキは、どうせバカ正直に正面だけを見に行くと思たから」


 心外だとは思ったものの、事実そうであったので、何も言い返すことなくアカツキは少し悔しそうな顔でヨイヤミを見ていた。アカツキの手が止まってるのを見て、「はよせぇ」と急ぐように促しながら話を続ける。


「まあ、回ってはみたものの、収穫は無しやな。あんな柵だけで王宮を囲まれとっては、どっかから侵入って訳にもいきそうにないしな……」


「つまり、昨日決めたとおり、正面からの強行突破しか方法はないってことか。まあ、どうせ王の奴隷とは戦わなきゃならないんだから、隠密にってのは無理な話なんだろうけど……」


「僕らがやろうとしてるのは戦争なんやから、怪我人一人出さんてのは、あまりにも甘い考えなんやろな。どっかのおとぎ話に出てくる正義の味方じゃないんやから、全てを守るなんてのは無理や。何かを行うには何かしらの犠牲が必要ってのが現実や。どうしたって人を傷つける覚悟はしとかなあかん」


 ヨイヤミも苦笑しながら、アカツキに諭すように述べる。ヨイヤミの言葉にアカツキは少しだけ歯噛みして苦い顔を見せる。


「そうだよな。現実はそんなに甘くない。それでも、不殺だけは守りぬく。それを破ったら、俺たちがレジスタンスを抜けてきた意味もなくなる。それに、人の命はそんなに軽いものじゃない」


 最後は、レジスタンスを否定するように語調を強めた。目つきは鋭く、何かと葛藤するようなアカツキの表情を見て、ヨイヤミはなだめるような口調で、


「まあ、今からそんなに力んだって何もならへんのやで、早く支度終わらして買い物でもしようや。こんなとこにいつまでもおったら、暑さで頭おかしなるわ」


 と軽く苦笑しながら少し項垂れるような格好をとる。アカツキもヨイヤミが気を遣っているのを察したのか、急いで支度の続きを始めた。


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