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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第三章 抗える者たち
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踏みとどまった一歩

 ウルガが投げつけた鎖の先には、みるみる内に岩塊が集約していき門に到達する頃には、巨大な棘がついた鉄球のような形になっていた。

 数人のプライアの兵士たちを巻き込みながら、岩塊は門に向かって突撃した。兵士たちはまるでトマトが潰れたように、赤い液体を周囲に飛び散らせながら、跡形もなく潰れた。そして、門は完全に瓦解し宮殿への道が開けた。

 アカツキにはあまりにも現実離れしたその光景に、吐き気を催した。人間が、柔らかい果実のように潰れ、血液を撒き散らす。それは、想像していたよりもグロテスクな光景だった。

 ウルガの攻撃を合図に、ウルガの後ろに構えていたレジスタンスの面々も持っていた銃器を構えて発砲する。銃弾の嵐に巻き込まれたプライア軍の兵士たちは、赤い液体を垂らしながら力無く倒れていく。


「行けっ!!」


 たった一言の合図でレジスタンスの面々は瓦解した門を潜り抜けて王宮へと突入する。王宮はすぐさま、金属の音と銃声で満たされた戦場へと化していく。

 今の惨状を目の前にして、アカツキはようやく、門の前で感じた恐怖心の本質を理解することができた。先程は静かに、まるで眠るように人が死んだ為、その恐怖の本質を理解することができなかった。しかし、今目の前で人の形すらも失って倒れるプライアの兵士たちを見て、ようやく理解できた。

 これは、ただの虐殺だ。強者による弱者の蹂躙だ。これが、レジスタンスのやり方だったのだ。

 まだ王宮へと踏み入れていなかったバレルを見つけたアカツキは、ただ思うがままにバレルに向けて抗議した。


「こんなの戦争でもなんでもない。ただの虐殺じゃないか」


 そんな怒気を孕んだアカツキの言葉に、バレルは普段では考えられないような鋭い視線をアカツキに向けた。


「何言ってんだお前。虐殺だって立派な戦争だ。むしろ、お互い均衡した戦いの方が少ねえくらいだ。大体俺たちは元奴隷だ。こいつらに、殺された方がマシだってくらいのことをされてきた連中だ。殺してもらえるだけ、むしろ感謝して欲しいくらいだ。本当は殺さずに少しずつ甚振って命を乞う姿を見ながら殺してやりたいぐらいさ」


 殺してやるだけましだと、バレルはそう言った。そもそも奴隷になったことないアカツキには理解ができない感情だった。彼らが抱えているものは根深く、いつも彼らを蝕んでいる。アカツキは彼らのことなど何もわかっていなかった。


「お前は何しにここへ来たんだ?遊びでここに来たのなら、大人しく帰れ」


 そう言い残すと、バレルもまた戦場へと足を踏み入れていった。

 アカツキは呆然と立ち尽くしていた。彼らが抱えるものを自分は持っていない。だから彼らと分かり合うことなど、元から無理だったのだ。

 彼らにとって、奴隷制度を容認している国の国民は皆、罪を背負った罪人なのだ。だからこそ、迷いなく殺すことができる。

 こんなの戦争ではなく虐殺だとアカツキは言った。だが虐殺もまた、戦争だとバレルは言った。きっと、バレルが正しいのだろう。アカツキは戦争というものを、どこか勘違いしていた。いや、想像力が足りなかったのだ。少し考えれば、戦争がこういうものだということはわかっていたはずだ。

 そして、一度奴隷を味わった人間を誤解していた。怨嗟は取り除かれることはなく、憎悪は増していくばかり。彼らは、それでも普段は笑って見せていたのだ。そんな気持ちを、アカツキがわかる訳がなかった。

 無意識のうちに、アカツキの足が恐怖で後ろへと一歩動いた。ここから逃げ出したいという思いが、アカツキの心に芽生え始めていた。


「ここから逃げるんか、アカツキ?」


 不意に後ろからヨイヤミに声を掛けられ、アカツキは驚いて肩を震わせる。

 レジスタンスの面々は既にここには誰もおらず、瓦解した門の前にただ二人だけが立ち尽くしていた。

 王宮の中は数分前とは大きく様相を変え、銃声や悲鳴が鳴り響き、血生臭い匂いが漂ってくる。これが、アカツキがこれまで味わったことない本当の戦場。本当の恐怖。


怖い、怖い、怖い、怖い……。


 アカツキはいつしか震えていた。シリウスが殺されたあの日と同じような恐怖心が、アカツキの心を埋め尽くしていた。


逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい……。


 この場から一秒でも早く立ち去りたかった。力を手に入れたあの日に克服出来ていたと思っていた恐怖心は、克服することなどまるでできておらず、ただ心の奥底で眠っていただけに過ぎなかった。

 そして今回もまた、逃げようとしている。


「逃げるなとは言わん。でももし、今この場から逃げるなら、それはアカツキの目指す王への道から、逃げるのと同じや。もし、少しでもその夢から逃げたくないって思うんなら、この戦いの行く末はちゃんと見るべきや」


 ヨイヤミが強い口調でアカツキに告げる。王ヘの道を諦めれば、この恐怖心から逃げることができる。しかし、それはそんな簡単に諦められるものだったか……。

 アカツキはもう一歩だけ後ろに後ずさった。しかし、その一歩だけで踏みとどまった。

 この場から逃げれば、自分の持つ意思は完全に断ち切られる。誰かを、大切な人を護るために、自分は戦うことを決意した。ここで逃げればきっと、これからも同じように逃げてしまうだろう。

 シリウスとの別れの日に誓った意思は、消え去ってしまう。

 その意思は最早、風前の灯火となっていた。誰かがひと吹きすれば簡単に消えてしまいそうな状態だった。だが幸いというべきか、不幸というべきか、それを吹き消す者はここにはいなかった。

 アカツキはこの場にとどまることを決意した。戦いの行く末を見届けることを決意した。


「この戦いの行く末だけ見届ける。でも、戦いが終わったら、俺はレジスタンスを抜ける。ヨイヤミは俺に付いて来てくれるか?」


 アカツキは震える体をなんとか抑え、俯きながらヨイヤミに問い掛けた。


「もちろん、俺はこれからもずっと、お前と進むつもりや」


 何の躊躇もなく、ヨイヤミは付いて来てくれると、そう断言した。ならば、自分も彼に答えない訳にはいかない。


「行くぞ……」


 アカツキは決意したように呟くと、戦場へと足を踏み入れた。

 瓦解した門の中に入ると、庭園のような芝で覆われた空間が顔を見せた。

 入口の左右に立つ像は、叩き壊されており、プライアの兵であると思われる赤く染まった死体が、そこかしこに転がっていた。

 夜の暗闇の中、煌々と照らす明かりが、一面緑の芝の中のところどころにある赤く染まった芝を浮き上がらせる。

 庭園を抜ける間はなるべく周りを見ないようにして、瓦解した王宮入口へと向かう。

 王宮の中に入るとそこは地獄絵図となっていた。何体もの死体が転がっており、ところどころにレジスタンスのメンバーと思われる死体もあるが、そのほとんどはプライアの兵士であった。

 辺りにはいくつもの血の海ができており、ルブールでの光景がアカツキの脳裏に蘇る。アカツキは必死で吐き気を抑えながら、震える足を少しずつ前へと進める。

 血生臭い匂いは押さえていても鼻孔を突き、さらなる吐き気を催す。最早立っているのがやっとな状態だった。それでもなんとかその場を抜けると奥の廊下の様子が覗えた。

 目に飛び込んできたのは、何人もの人間がお互いの武器と武器を重ね合わせ、打ち合い、鎬を削る光景だった。そして、その合間を銃弾が飛び交い何人かの人間が目の前で血を流しながら倒れていった。


「アカツキっ!!」


 不意にヨイヤミに呼び止められたが、アカツキは腰の刀を抜いて、震える足を押さえつけ戦場へと足を踏み入れた。たぶん、ヨイヤミは逃げるなよと念を押したかったのだろう。

 小さな身体を利用して、大きな廊下でお互いの兵士たちが戦っている間を、二人は駆け抜けていく。この狭い空間では仲間に当たる恐れがあるせいか、銃器をもった部隊はほとんど動くことができないままでいる。

 しかしその中でバレルだけが、一人ずつ確実に照準を合わせ、敵兵を撃ち抜いていっている。こんな状況でも、彼の集中力が途切れることはない。

 ナズナやサリアの姿は見当たらないが、恐らく彼らのような主力は既にかなり先まで進んでいってしまっているのだろう。そう言えば、あの巨漢であるウルガの姿も見えない。


「ウルガはもう先に行ったな。資質持ちに歯向かったところで、生身の人間じゃ意味がないと悟ったんか……。それとも、ここの王が直々にウルガだけを別の戦場に招き入れたか……」


 いまいちヨイヤミが言うことの要領を得なかったので、アカツキはどういうことかとヨイヤミに説明を求める。


「どうせ生身の人間が資質持ちと戦ったところで、無駄に兵を減らすだけやからな。それなら資質持ちは資質持ち同士戦おうってことや」


 ヨイヤミが言いたいことは確かに理解できた。だが、そうなのだとすれば納得ができないことがある。


「なら、なんで、その二人で決着をつけないんだよ。それこそ無駄死にじゃないか」


 辺りからは既に火の手が上がっている。数がかなり減りだしたプライア軍は、最早なりふり構わず、この狭い廊下で銃器を使い始める。


「あぁ、確かにそれが正論や。二人で決着をつければ、それで十分なんや。でも、世の中、正論だけで成り立つ訳やない。特に、レジスタンスみたいな元奴隷からすれば、一国の兵士なんてのは憎悪の対象でしかない。そう言う意味では、これは戦争やなくて、ただの復讐、怨念返しなんやろな」


 近くにいるヨイヤミの声を聴くことすらままならない程に、周囲の戦いの音が激しくなっていく。銃器を使いだしたプライア軍に、レジスタンスも少々手をこまねき出したようだ。

 ウルガは言っていた。小奇麗に飾り付けた理由はいらない。復讐や憎悪で結構だと。つまりは、そういうことなのだ。彼らは復讐心から戦っている。少なくとも、アカツキにもそれがないわけではない。

 しかし、それでは、復讐が復讐を生み、怨念返しの連鎖が続くだけだ。それでは、いつまでたっても、戦争は終わらないし、幸せはやってこない。

 だがそれは、今まで平和に暮らしてきたアカツキの意見であって、彼らレジスタンスの意見ではない。やはり、相容れない関係なのだ。

 アカツキたちが一旦廊下の影に身を隠していると、流れ弾が飛んできて、アカツキたちの近くにあった窓ガラスを激しい音をたてながら粉々に割っていった。それを見たヨイヤミがあることに気付く。


「何も俺らが見たいのは、普通の人間の戦いやない。別にここを無理に通り抜ける必要はない。今割れた窓があるやろ。あそこから抜け出せる。ここにウルガがおらんのなら、一旦外に出てウルガのところに行ける道を探した方がええ」


 ヨイヤミの言うとおり、確かにこの戦場を抜けていく必要はない。どうせ今の自分に助けられる命などここには無いのだ。

 ヨイヤミがアカツキの前に三本の指を指しだす。それを一本ずつ折っていき、最後の一本になった瞬間、二人は廊下の影から飛び出し、身体を丸めながら王宮の外へと飛び出した。

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