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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第一章 優しき世界の終焉
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後悔の先に得た罪

 村は廃墟と化していた。

 自然とは思えない形をした何本もの岩の刃が地面から突き出し、立ち並ぶ家々は岩塊に押しつぶされて、跡形もなくなっていた。

 まるで、天災にでも巻き込まれたようなその光景にアカツキは目を見張った。何が起きているのか、アカツキには全く理解ができなった。

 崩壊したルブールの中心に、シリウスが一人の男と対峙するように睨み合っていた。


「じいちゃんっ」


 シリウスの無事を確認するとアカツキは咄嗟にその名を叫んだ。

 不意に飛び込んできた声の元を確認するかのようにシリウスはアカツキの方へと視線を向ける。

 そして、その表情を焦りの色で満たしたシリウスは、目を見開きながらこちらに向かって叫ぶ。


「何をしておるんじゃ、アカツキ。早く逃げんか。ここはもう戦場なんじゃ。今のお前に出来ることは何もない。早く逃げるんじゃ」


「でも……」


 アカツキは正直、現状を正確に理解していたわけではない。戦争とはかけ離れた平和な生活をしていた彼には、目の前で起こっていることを理解するだけの経験がなかった。

 自分が死に直面しているという自覚がなかった彼には、シリウスの言葉を理解することができない。だが、戦場はアカツキの理解など待ってはくれない。

 無慈悲にも、突如現れた少年に向けて、数多の銃口が牙を剥いた。

 死を感じさせる轟音が木々の合間を縫って鳴り響き、鳥たちが一斉に空へと羽ばたく。

 それが凶器だと気付いた時には、最早逃げる時間など残されていなかった。ただ呆然と、その光景を眺めることしかできなかった。

 現実と切り離されたような浮遊感に襲われる。まるで、もう一人の自分が、自分を見ているような客観的な視点。

 それがようやく現実に戻った時、目の前に立ちはだかっていたのはシリウスだった。

 アカツキに襲い掛かった銃弾の雨が、アカツキの元に届くことはなかった。

 何が起きているのかわからない。今アカツキに見えているのは、見慣れた祖父の背中だけ。


「アカツキ……。頼むから、ここから早く逃げてくれ。お前を護りながら戦うだけの力はもう残ってないんじゃよ。必ず後で迎えに行く。だから、今は逃げてくれ……」


 先程とは違う、いつもの優しい笑顔を向けられ、アカツキは言葉を失った。

 ここから逃げ出してはいけないという強い意志を抱く自分と、ここにいても足手纏いになるという無力な自分とが、心の中で激しくせめぎ合い葛藤していた。

 強く奥歯を噛みしめ、深く瞼を閉じ、どちらかの思いを切り捨てる……。

 気付いた時には、シリウスに背を向け必死に森の中へと逃げだしていた。

 切り捨てたのは強い意志、受け入れたのは無力な自分……。




 初めて感じた死の恐怖にアカツキは頭が真っ白になっていた。ただひとつの感情だけが頭の中を渦巻き、アカツキの心を押し潰そうとしていた。


 恐い、恐い、恐い、恐い、恐い、恐い……。


 戦争とは無縁だと思っていた。こんな、森の中で戦争なんて起きるはずがないと高をくくっていた。

 でも、それは幻想だった。戦争はいつも近くに潜んでいたのだ。

 自分たちが気づいていなかっただけで、多くの人たちが今自分が感じた恐怖と戦いながら日々を生きている。そのことに初めてアカツキは気付かされた。

 そして死の恐怖に直面したとき、自分には何もすることができなかった。ただ、尻尾をまいて逃げることだけしかできなかった。


 どれだけ走っただろう。戦場から聞こえる轟音が遠くにこだまする。

 村から逃げ出してからの記憶がほとんどない。ただ必死にあの場から逃げることだけを考えていた。そして、自分がシリウスを置いて逃げ出したことに、今更ながら気づいた。


「じいちゃん……」


 悔しかった。自分には何も出来なかった。

 逃げ出すことしかできなかった、自分の心の弱さに対する悔しさ。シリウスと一緒に戦うことができなかった自分の力の無さへの怒り。今更になり、後悔の念が押し寄せてきた。


「うぅっ……」


 アカツキの頬を一筋の涙がこぼれ落ちた。自分には、ここですすり泣くことしかできない。誰かを救うことも、誰かを護ることもできない。


 もっと力が欲しい、みんなを守れるような大きな力が……。あそこで逃げ出さなくて済む大きな力が……。


 不意に視線が惹き付けられるようにその先を見た。そこに、何か意味があったわけではない。ただ衝動的なものだった。

 アカツキの目線の先には、緑の景観とは不釣り合いな、大理石でできた扉が鎮座していた。

 この森は何度も訪れている、いわば庭のような場所だったが、こんな扉を見た覚えは一度もない。

 確かに恐怖のあまり何も考えずに走ってきたが、森で知らない場所などほとんどない。しかし、こんなものに見覚えはない。

 アカツキは吸い込まれるようにその扉に近づいていった。

 そして、右手を扉に近づけると、まるで他の誰かが扉を開けているかのように、自らの力を微塵も必要としなかった。

 アカツキは無意識の内に、その扉の中へと入っていった。まるで呼吸をするかのように無意識に……。

 扉をくぐった先にあるのは長々と続く螺旋階段。その足元を照らす明かりは所々にある松明だけ。

 無限のようにも感じる長い階段を降り切ったところで、真直ぐな一本道が現れる。

 そこに脚を踏み入れると、まるで奥へと誘い込むように、手前から奥へと順に松明に火が灯る。

 その明るくなった一本道を見てアカツキは唖然とした。

 道の両側には巨大な剣を携えた巨人たちの像が何体も並んでいた。巨人の像たちは剣を交えその一本道をアーチ状に囲っていた。

 アカツキはその道をただ真直ぐに歩き続けた。普段のアカツキならこの光景を見れば恐怖を覚えるだろうが、何故か今は何も感じることはなかった。

 像が作り出すアーチ状の道を渡り終えると大広間が顔を出す。

 その大広間の向こう側には、様々な絵が掘られた巨大な青銅の扉が鎮座していた。その絵はどれも禍々しく、狂気と憎悪に満ち溢れているように感じた。

 そして、大広間の中心には一本の刀が鞘に収められたまま、台座の上に横に寝かされて置かれていた。

 アカツキはその刀に吸い込まれるようにして近づいていく。

 一歩、また一歩と歩を進め、台座の目の前に立つ。そしてゆっくりと手を伸ばし、台座の上に置かれた刀に触れようとした瞬間、異変は起こった。

 先程まで火を灯していた松明は一斉に消え、大広間は暗闇に包まれる。


「な、なんだ……」


 突然の暗転に、目の前の刀も忘れて辺りを見回していると、禍々しい絵が描かれていた巨大な扉がギシギシと不気味な音を立てながらゆっくりと開いた。

 アカツキはその扉の先を凝視し、湿った拳を力強く握りしめた。

 ゆっくりと開く扉の向こう側から、鮮血のような真紅の光を灯した十六の巨大な目が突如として現れる。

 その眼光は徐々に姿を現し、凶器のような鋭い牙や、不気味に輝く逆鱗が徐々に姿を現していく。

 扉が開き切った先にあるのは、巨大な胴体から伸びる八本の首に八つの頭。それらは童話の絵本で見た、竜のような形を模しており、鈍く輝く十六の目の全てがアカツキへと視線を向ける。

 怪物はアカツキに向かい、いくつもの声が重なった、鼓膜をざわつかせる声音でアカツキに語りかける。


『汝、力を求めるか。汝、我に命を差し出す覚悟はあるか』


 そんな怪物と、アカツキは何故か平然と向かい合っていた。

 先ほどの戦場よりもさらに現実味がなく、誰しもが恐怖を覚えるような場面だというのに、アカツキはその怪物をただジッと見据えていた。まるで恐怖心を失ったかのように。


『汝、力を求むのならば、その刃を引き抜かん。さすれば汝の命と引き換えに、我の力を与えん』


 奪われていた思考や感情を取り戻したかのように、アカツキは怪物から投げかけられた問いに対して、考えを巡らせる。


『力は欲しい。でも、あいつは命と引き換えにと言った。それは、俺が死ぬってことなのか……?そんなの……』


 心の中で葛藤が始める。だがそれは、目の前の怪物への恐怖ではなく、自分の命と祖父の命を天秤に掛けているのだ。


『いや、違う。じいちゃんはそれでも戦っていた。他のみんなを逃がすために命をかけて一人で戦っていた。自分の命が惜しいなんて言っていられない』


 祖父は戦っていた。自分の命など投げ捨てて、たった独りで戦っていた。


『俺には命をかけても守りたい人がいる。両親がいなくなった俺を引き取り、今まで育ててくれたじいちゃん。いつも一緒にいてくれるリル。親のいないこんな俺にも優しくしてくれたルブールのみんな。俺はみんなを、命に替えても護りたい』


 覚悟は決まった。もう、これ以上逃げたりしない。

 目つきを鋭く尖らせて、口を歪ませてニヒルな笑みを浮かべると、台座の上に置いてある刀を手に取る。そして、アカツキは怪物に向き直り、勢い良く鞘から刀を引き抜きながら言い放った。


「わかった……、俺の命はくれてやる。その代わり、みんなを守れるだけの力を、今だけでいい、俺に貸してくれえええええええええええええっ」


 その瞬間地面から紅蓮の炎が巻き上がりアカツキを包み込む。


「うおおおおおおおおおおおお」


 その炎に耐えようとアカツキは叫び声を上げたのだが、すぐにその炎が熱くないことに気が付く。


「なんだこれ、熱くない……。どういうことだ?」


 アカツキのその問いかけに答えるように怪物は告げる。


『それが汝に与えられた力。何者をも焼き尽くす地獄の業火』


「これが、俺の力……。俺に魔法が使えるってことか?」


『魔法……。確かに汝らの世界において、これは魔法と言えるだろう。そして、その力は汝を護り汝の敵を討つ。しかし忘れるな。時が来れば汝の命は我ものとなる。その時までの仮初の力だ』


 アカツキは紅蓮の炎の中で、見ることのできない怪物に向けて力強く頷いた。


「ああ、わかってる。みんなを守れる力をくれたこと感謝するよ。その時が来るまでの間、お前の力、借り受ける」


 そして、アカツキの言葉が終わるのを待っていたかのように炎は飛散し視界が開けた。

 禍々しい扉は消え失せ、台座も刀ごと無くなっている。視界の先に広がるのは、緑一色の見慣れた森。


「夢……、じゃないよな……」


 その掌にはまだ、微かな熱が残っていた。その熱が、この時間が夢でないことを告げていた。

 再び遠くなった轟音が、アカツキの鼓膜を震わせる。だがそれは、シリウスがまだ生きているという証。アカツキにとっての唯一の希望。


「間に合ってくれ……。じいちゃんを誰にも殺らせはしない」


 決意を新たに拳を握りしめたアカツキは、大切な人を護るために一人村に向かって走り出す。


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