新たな国へ
「流石に、ヤバいんちゃうんか?」
ヨイヤミが好戦的な笑みを浮かべながらロイズに話しかける。
「ふん、こんなもの準備運動にもならんな」
そんなヨイヤミの軽口に応えるように、ロイズは自らの剣を振りぬいて、敵の剣を弾き飛ばす。
二人の戦いは、未だ終わりの見えるまま続いていた。王座に繋がるこの広間の扉が開かれるまで、二人の戦いは終わらない。その先に現れるのが、アカツキかセドリックか。
二人の運命はその扉の先に現れる者に託されていた。
「お前らも、そろそろこの戦いに意味がないことくらい気付かんかい」
ヨイヤミは相も変わらず兵士たちの剣を熔かし落としていく。もう、何本潰したのか数えるのも飽きてしまった。
そう、この戦いに意味などない。あの扉から現れる者によって、この戦いの勝敗は決まる。ここでどれだけ戦おうとも、意味はないのだ。
「奴らは我々への怒りで戦っている。そんな言葉に意味はないだろ。それとも、そろそろ疲れてきたか?」
仕返しと言わんばかりに、今度はロイズが意地の悪い笑みを浮かべる。だが、ヨイヤミの意外な返事に毒気が抜かれる。
「そりゃそうやろ。ドンだけこうしてると思てんねん。もう疲れもするわ」
案外素直にそう応えるヨイヤミに、毒気を抜かれたロイズは思わず笑みを漏らす。
「そうか、ならもう少し頑張ってくれ」
「ええ~、そこは休ませてくれるんとちゃうの?」
「お前は生身の人間に百人を相手にしろというのか?」
「僕はしとったもん」
「お前は生身の人間じゃないだろう」
「酷いわぁ。僕だって何処にでもおる、普通の男の子やで」
「普通の男の子は、刃を握って熔かしたりはしないだろ」
そんな、なんとも緊張感の抜けた会話を交わしながら、その間にも数人の兵士の剣を潰したり、兵士の手から剣を弾き飛ばしたりしていた。
「お前たちは、たった二人の女子供に何をしている!!それでも一国の兵士たちかっ!!」
ギルが兵士たちの士気を高めようと叱咤する。その言葉を耳にしたロイズとヨイヤミが思わず声を合わせて、ギルに突っ込んだ。
「「お前が言うな!!」」
アカツキとガリアスの戦場と異なり、こちらはどこか緊張感のない戦いが繰り広げられていた。
そして、ノックスサン兵士団の剣もそろそろ底を尽きようかという頃、王座へと繋がる扉がゆっくりと開かれた。
「まさかっ!!」
この広間にいた全ての者がその先に誰がいるのかを確認しようと、戦いを投げ捨ててその扉に視線を向けた。それは、ヨイヤミやロイズも例外ではない。
先程まで鳴り響いていた剣戟の音や怒号は、一瞬にして時が止まったかのように静まり返った。
やがて、扉は完全に開け放たれる。そこに立っている男は。
「ただいま」
そう言って、他の誰でもないヨイヤミ抜けて晴れやかな笑みを浮かべた。
扉の先に立つアカツキの姿を目にした兵士たちは、呆然とした表情を浮かべる。やがて現状を把握し始めたのか、一つまた一つと地面に武器が落ちる音が広間に鳴り響いた。
すぐに動き出せなかったヨイヤミも、兵士たちが武器を取り落とす音を耳にした途端、ようやく勝利を確信して、アカツキに元に駆け寄った。そして無邪気にアカツキに飛びつくと、薄っすらと涙を浮かべながら笑顔でこう告げた。
「おかえり」
ロイズも構えていた剣をようやく鞘に戻し、安堵の溜め息を吐くと、こちらに駆け寄ってくる足音に思わず身構える。
「ロイズさ~ん」
まあ、正直誰が駆け寄って来ているのか予想は付いていたが、案の定アリーナがロイズに飛びついた。ヨイヤミと同じように、全体重をロイズに任せながら。
「ああ、お前は子供じゃないんだから、重いって……」
「ええ~、女の子にその言い草は酷いですよ~」
「私も女だ~」
そんなロイズの悲鳴は、戦意を失い静まり返っていた広間に、なんとも緊張感なく響き渡った。
「戦争は終わりだ。この場にいる者は全員武器を棄てろ。戦争は俺たちの勝利だ」
アカツキの宣言に、誰も意義を申し立てる者はいない。アカツキがこの場に立っているということが、紛れもない敗北の証なのだ。
「とりあえず、まずはやることをやろう。俺たちの戦いはまだ終わっていない」
アカツキのその言葉に、ヨイヤミも頷くとすぐに最後の大仕事に取り掛かった。いつの間にか夜は明け、西の空から太陽が顔を覗かせていた。
二人は兵士たちをロイズたちに任せ、セドリックを王宮の庭園まで連れていった。そして兵士たちを使い、国中の全ての奴隷を王宮の庭園に集めた。まだ陽が上り切る前だったので情報が行き渡るのが遅くなり、全員が集まるのには時間を要した。
ほとんどの奴隷たちが庭園に集まり、慌ただしさが薄れてきた頃合いを見て、アカツキは王宮の中で待つガリアスを呼びに向かった。
「ガリアス、お待たせ。もう、落ち着いたか?」
アカツキの問いにガリアスは、無言でゆっくりと頷くだけだった。仕方がない、ガリアスはこれまで言葉を口にしたことがないのだ。命令を理解するために、言葉の意味はわかるのだが。
それでも、アカツキはガリアスが反応を示してくれたことが嬉しくて、思わず笑みが溢れ出す。
アカツキは座り込むガリアスに手を差し伸べる。だが、ガリアスは困惑するようにその手を見たまま硬直する。誰かに手を差し伸べられることなど、これまでなかったから。
けれどアカツキは、そんな固まってしまったガリアスの手を自ら掴みにいった。
「ほら、行くぞ」
アカツキはガリアスを引っ張り上げ、その手を引いて庭園へと向かった。ガリアスはその掌の温もりを噛み締めながら、アカツキの後を為されるがままについていった。
そこから少し時間が経った現在、奴隷たちの前で話をしているのはヨイヤミだけである。アカツキは、ガリアスを庭園に連れていった後、突然意識を失って倒れてしまった。
「アカツキ様っ!!」
たまたま一緒に行動していたアリスは、それはもう大変な騒ぎようだった。
ガリアスとの戦いで身体は疲弊しきったアカツキは、いつ倒れてもおかしくはない状態だった。
それでも、アカツキの残りわずかな精神力がアカツキの身体を支えていたのだ。ガリアスを王宮から連れ出し、自分がやらなければならない最後の仕事を終え、アカツキは完全に精神崩壊を起こして、そのまま気を失ったのだ。
ヨイヤミはアカツキを広間に寝かせると、ロイズたちにその場を任せ、自分は奴隷たちの元へと、自分の仕事を果たすために向かっていった。
そんな中アカツキの元にはアリスが付きっきりで看病を行っていた。これは誰も知らない事実だったのだが、彼女は実は資質持ちだった。しかも、かなり希少な非戦闘系の力の持ち主。
エレメントは光に分類されるが、使える魔法の種類は治癒魔法。
しかし、戦える訳でもないこの力を、彼女はこれまで使ったことはなく、力に気付いた後も隠し続けていた。いつかきっと、その力が必要になる時が来ると信じて。
アリスは治癒魔法でアカツキの怪我を少しずつではあるが癒していく。普段使い慣れていないため、まだうまく使うことができていない。それでも確実に傷を癒していった。
しかし、さすがの治癒魔法でも、精神力を回復することは出来ないため、アカツキがすぐに意識を取り戻すことは無かった。
ロイズたちはその様子を感嘆の声を上げながら伺っていた。アカツキの傷口に光素が集まっていき、傷口を覆った光が霧散すると、そこには無傷の肌が顔を覗かせる。
アカツキの身体は少しずつ、戦う前のそれに戻りつつある。
少しずつと言うのは、アリスの魔力では身体全体を一気に覆うことは出来ないため、傷口を一ヶ所ずつ癒していくことしかできないからである。
全ての傷を癒し終え、何もなかったかのような身体になったアカツキを見て、アリスは優しげな笑みを浮かべる。アカツキの役に立てたことが嬉しくて、心の中を暖かい感情が埋め尽くす。
ロイズもまた無傷になったアカツキの姿を見て、感嘆の声を上げながら、満足気に彼の身体を眺めていた。
アカツキを治療し終えたアリスは、どうやら緊張感から解放されたのか、突然ふらりと体勢を崩す。そんなアリスをロイズが受け止めながら、微笑を浮かべながら労いの言葉を告げた。
「お疲れ様。よく頑張ってくれたな。ありがとう」
久しぶりに他人から感謝の言葉を告げられたアリスは、一気に顔を紅潮させて恥ずかしそうに顔を俯かせる。そんなアリスの反応をロイズは微笑ましげに見ていた。
アリスとロイズがそんなやり取りをしていると、一仕事終えたヨイヤミが広間へと戻ってきた。
「アカツキの様子はどうや?んっ。アカツキの身体が綺麗になっとる」
ヨイヤミは驚きを隠せずに、目を見開いて跪きながらアカツキの全身を眺め、不思議そうに首を傾げている。
アリスは疲れきっているし、何より初対面のヨイヤミと話すのを恥ずかしそうにしていたので、今までの一部始終をロイズがヨイヤミに説明した。
「治癒能力の資質持ちか……。まだまだ、資質持ちにも解らんことはあるってことやな。非戦闘系の力ってのは初めてやわ。それはそうと、ありがとうな」
ヨイヤミに感謝の言葉を告げられたアリスは、先程のロイズのそれと合わさって、もう一杯一杯といった様子だった。沸騰しそうな勢いで顔を赤くしている。
「あっ、そういえばラクダを何頭か貰っていくことになったんやけど、ロイズ場所わかるよな。本当は馬とかの方がよかったけど、ラクダしかおらんのやろ」
「あぁ、砂漠だからな。馬では暑さで死んでしまう。ラクダは私が手配しよう。アリーナ、ハリー私に着いてきてくれ」
ロイズは二人の元部下を引き連れて広間を後にした。残ったのはヨイヤミと気を失ったアカツキ。そしてアリスの三人。と思いきや、広間の入り口にはガリアスが立っていた。
どうやらヨイヤミが助力を願うために、ガリアスをここに呼んでいたようだ。
「おっ、来てくれたな。すまんけど、アカツキ運ぶの手伝ってくれ。僕は少しだけ用事済ませてから向かうから、その間庭園にいるみんなのことよろしくな」
ガリアスは相変わらず無言のまま静かに頷くと、アカツキを大事そうに胸の前で両手で抱え、庭園の方へと向かっていった。
アリスもアカツキが心配だったのか、小走りにガリアスの後を追っていった。
残されたヨイヤミはというと、何やら大きな布袋を担いで、扉の奥の方へと楽しそうに走っていった。
ヨイヤミとロイズたちが各々の用事を済ませ帰ってきた頃、荷車に積まれた大量の食材や水が庭園に運び込まれていた。
これらは全て、王宮と富裕街から集めたものだ。彼らは大量の備蓄を隠し持っていた。ヨイヤミたちはそれらを少しずつ貰うことでこれからの旅の食料を確保した。
砂漠を抜けるのに恐らく数週間は掛かる。この行為には気が引ける部分も多少なりともあるが、食料も持たずにここを出て飢えで全滅しては元も子もない。
だからこれは苦肉の策ということで、ヨイヤミは自分の良心に折り合いをつけた。
結局この国で得たものは、奴隷四百人超、国の兵士三人、資質持ち二人、ラクダ十頭、その他食料色々だ。
初めての活動にしては上々の出来だと、ヨイヤミは満足していた。辞めることも視野に入れていた作戦だったにも関わらず、アカツキは本当に良くやってくれたと思う。
ヨイヤミはラクダに腰かけると、ガリアスに力を借りてアカツキを自分の後ろに乗せてから皆に尋ねた。
「じゃ、この国ともお別れや。皆思い残すことはないか?」
すると、その言葉を聞いたロイズがヨイヤミに「少しだけ時間をくれないか」と言って、王や兵士たちの元へと歩いていった。
「セドリック・クラウノクス。これからは国民を差別なく、皆に平等を与えてやってはくれないか。今のやり方を続けていたら、いずれこの国は滅びる。これを機に、国のあり方を少し見直しては頂けないでしょうか」
セドリックは目を細めて、ロイズを睨み付けるように見据える。裏切り者の言うことなど
誰が耳にするものかと、言外にそう告げている。
ロイズはそんな国王に対しても、何の悪意もない純粋で真っ直ぐな眼つきで、セドリックを見返した。
そんなロイズを見たセドリックは、耐えられないといったように表情を歪めた後、ロイズから視線を外した。
国王が視線を外したのを確認したロイズは、今度は身体の向きを変えてギルへと向き合う。
「ギル・ドレイク。もうこの国にガリアスは存在しない。国民たちを守れるのはあなたたち、兵士団だけだ。堕落してしまった兵士団を変えられるかどうかはあなた次第。どうか、兵士団の誇りを取り戻し、もう一度、この国と共にやり直しては頂けないか」
ギルはロイズの言葉を聞いて少し表情を歪めたが、それに対して何も返事をすることはなかった。それでも、自分の伝えたいことは伝えられた。後は、彼自身に任せるとしよう。
そして最後に眼鏡をかけた兵士に、この国に残ることを決めた自分自身の部下に向き合った。
「ニール、今まで私の部下でいてくれて、本当にありがとう。お前のような優秀な部下に出会えて私は本当に幸せだった。今日で上司と部下の関係は終わりだ。いつかまた、会えることがあったら、そのときは杯を交わそう。上司と部下ではなく、対等な関係で……」
ロイズのそんな言葉を受けてニールと呼ばれる兵士は眼鏡を外し、目頭を押さえながら泣きだした。泣きながら、何度も何度も頷いた。ロイズは微笑みながら彼の姿を見つめた。
彼には、この国で立派な兵士になって欲しい。
彼が、自分ではなくこの国を選んだのには、何か意味があるはずだ。彼ならば、この国を変えるきっかけを作ることができるはずだ。自分の意思を、どうか彼に引き継いでいってほしい。
もう、自分が彼にしてやれることは無いが、それでもこれからの彼を応援したい。
そしてロイズは意を決するように、表情を堅く引き結ぶと全員に向けて大声で告げた。
「この時を以て、私ロイズ・レーヴァテインは、ノックスサン兵士団を脱退する。これまで、お世話になりました」
ロイズは深々と兵士団に向けて頭を下げる。
それを見たアリーナとハリーがロイズの両隣に立ち、同じように深々と頭を下げた。そして三人はゆっくりと頭をあげると、兵士団に背を向けてヨイヤミたちの元へと向かった。
「もうええんか?」
「あぁ、待たせて済まなかったな」
ロイズは微笑みを浮かべて答えた。もうこの国でやらなければならないことは全て終えたと、そう告げるような晴れ晴れとした微笑を。
その返事を受けてヨイヤミは頷くと、皆に向けて拳を天高々と上げて出発の合図をした。
「さあ、新しい僕らの国へ向けて、しゅっぱーつ!!」
この数ヶ月後、とある地に新たな国が誕生することになる。これから歴史に名を刻む新たな国が。
本当に申し訳ありません……。ようやく再四章完結でございます。そのうち、前四章は消して、こちらを四章に移動しますので悪しからず。それにしても、最後の投稿がすっかり遅れてしまいました。この一ヶ月は結構私生活の方も大変で、初めての手術や入院を経験いたしました。病院食って本当に美味しくないんですね(笑)。まあ、そんなこともあったりはしたのですが、更新できていなかった本当の理由はゲーム製作の方も佳境に入っていたからでして、遂に二日前に『Road of Crystal -龍に誘われし勇者と八つの宝玉- β』が公開されました。結局約10ヶ月の製作期間を経て、ようやくの完成と相成りました。αに続く三つの物語+αで約10時間は遊べる大ボリュームの内容となっております。物語としても、少しずつ核心に触れ始め、αとはまた違った雰囲気で物語が進んでいきます。もちろん、今回で完結というわけではないのですが、一つ目の山場に突入していきますので、十分に楽しんで頂けると思います。まあ、ここで宣伝するのもなんですが、それでも多くの方々に楽しんで頂きたいという願いを込めて、少しばかりの宣伝をば……。こちらの連載も少しずつは進めていきたいと思います。頑張るものが多すぎて少し疲れ気味ですが、とにかく死なない程度の努力はしていこうと思います。では、次話まで……。