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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
再四章 Re:融けゆく呪われし氷
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残された最後の刃


 ガリアスの顔を覆っていた布が焼け落ちる。だが、それを気にする様子もなく、ガリアスは何事もなかったかのように立ち上がり、アカツキを視界に捉える。

 その紅蓮の瞳には間違いなくアカツキが映し出されていた。これまでは、ただ命じられたことを実行する機械のように戦っていたガリアスの瞳に、初めてアカツキという存在が映し出されたのだ。


「ガリアス、俺はまだ終わらない」


 それは宣言。自分はまだ何も果たしていない。このままで終わるわけにはいかないという。


「確かに俺はお前に遠く及ばない。でもそれは、お前から逃げる理由にはならない」


 全てが届かなくてもいい。それでも、言葉の一端だけでも届いてくれればそれでいい。言葉を重ねれば、いつしか薄っぺらくなるかもしれない。それでも、今は数をぶつけるしかない。

 ガリアスが鬱陶しいと思えるくらいに。そうすれば、いやでも彼の耳に届くはずだから。


「だから俺はお前から逃げたりしない。お前がどれだけ強かろうと、ここで立ち止まる訳にはいかないんだ」


 アカツキの言葉には相も変わらず無反応なガリアス。

 聞く耳など持たないと言外に告げるように、ガリアスは巨大で長い氷柱を地面より生み出すと、それを力ずくで引き抜き、アカツキに向けて横薙ぎに振り抜いた。

 アカツキは左から襲い来る氷柱を、跳躍することで避ける。今度は氷柱を頭上に振り上げ、そのままアカツキに向かって振り下ろし、地面に叩きつけた。

 凄まじい勢いで地面へと、叩きつけられた氷柱は木端微塵に砕け散り、床に大きな傷跡を刻み込む。その攻撃の恐ろしさを、刻み込まれた床の傷が物語っていた。

 けれど、当たらなければどうということはない。今のアカツキにとって、その攻撃速度は取るに足らなかった。

 アカツキは氷柱を難なく避けると、砕けた氷柱に沿うように駆け、ガリアスに肉迫する。アカツキの掌に炎が渦を巻いて集まっていく。それは球状を為して、高密度な炎の砲弾となってアカツキの掌に収まる。

 アカツキはその赤く輝く球体を、次の攻撃に移ろうとするガリアスの胸の辺りに押し付けた。圧縮された熱素はガリアスの身体と接触することで暴発し、爆発した。

 爆煙が巻き上がり、衝撃でガリアスを吹き飛ばす。同じ事を繰り返さないために、アカツキは魔力の波で周囲の爆煙を吹き飛ばし視界を保つ。

 ガリアスはセドリックの近くまで吹き飛ばされていた。ガリアスの胸の辺りには火傷の痕がはっきりと刻まれている。今更火傷の痕が増えたくらいで、ガリアスの痛々しさは変わらない。

 吹き飛ばされながら床に膝を付くガリアスを、卑下するように見下ろすセドリック。その視線と変わらぬほどに冷たい声音で、セドリックはガリアスに命じた。


「何をしているでしか。あまり不甲斐無いことをしていると、お仕置きが待っているでしよ。また、あの頃に戻りたいでしか?」


 ガリアスの肩がこれまで見たことないほどに震え上がる。露わになったその瞳にも、初めて動揺の色が浮かび上がる。

 ガリアスを縛り付けている呪縛の根源。ガリアスの今の反応こそ、その記憶が彼の呪いである証拠。今までこちらのどんな攻撃にも反応を見せなかったガリアスが、明確な恐怖を表に出したのだ。


「お前がそうやって、ガリアスを縛り付けるから」


 怒りの炎がアカツキの中で燃え上がる。それは一気に熱を増し、アカツキの身体中を駆け巡る。

 今までの痛みなど忘れてしまったように、その怒りの熱に身体中が燃え上がるのを感じる。


「お前も、お前だ。そんな言葉に縛られて、惨めに一生を終えるつもりか」


 誰の為の怒りだと思っている。先程の言葉にあれほどの反応を見せたくせに、どうして俺の言葉は届かないんだ。

 アカツキはもう、何に怒りを覚えているのか、わからなくなっていた。

 ガリアスを過去の痛みで縛りつけ、思うが侭に操るセドリックが憎い。

 力を持ちながらも、過去の痛みに縛り付けられ、その恐怖に立ち向かう勇気がないガリアスが憎い。

 何より、たった一人の人間の心を変えることすらできない、自分の無力が一番憎い。


「今のお前に、生きている価値があるのかっ!?」


 ガリアスは答えない。アカツキの言葉を無視して、踏ん張るように身体を屈めながら、魔力を全身に集約させる。

 魔力は光素となって身体中を包み込み、まるで身体が発光しているように輝きだす。輝きは形を成して、ガリアスの身体を鎧のように象っていく。

 やがて、それらの光素が弾け飛ぶと、そこには完全武装したガリアスが立っていた。

 全身に氷を纏い、腕には尖った二本の槍のような巨大な氷塊。頭部も目と鼻と口を除いた部分は氷で包み込んでいる。氷の鎧とでもいったような装いであった。

 ガリアスに魔力が集約していくのを見たアカツキは、その攻撃を阻止するために、慌ててガリアスに向けて右手を伸ばした。アカツキの右手からは槍のような熱線がガリアスに向けて一直線に走る。

 だが、そんな即席の熱線はすでに完成したガリアスの氷の鎧によって消滅する。氷を纏っているように見えるが、実際は魔力の鎧を着ているようなもの。ガリアスの魔力を下回る魔法は鎧を貫通することは出来ない。


「覚悟を決めるしかないんだな」


 このまま遠距離で中途半端な魔法を撃ち込んだところで、ガリアスの鎧の前に飛散する。だが、無闇に強力な魔法を連発すれば、精神崩壊(マインドアウト)を起こすのは目に見えている。

 自分の魔力が後どれ程あるかわかるほど、自分は戦い慣れしていないし、ガリアスの魔力がどれ程残っているかもわからない。

 ただ、もうそれほどに時間は残されていないだろう。持久戦に持ち込めるほど、今の自分が魔力を保持しているとは思えない。それならば、出せるだけの魔力を振り絞り、接近戦で決着をつけるしかない。

 自分にあって、ガリアスにない物がある。

 要素の相性と退魔の刀、そして何よりも背中を預けた仲間。自分の帰りを待ってくれる仲間。

 ガリアスにはそれが無い。自分が頼れるのは、もうそれだけだ。


「はあああああっ!!」


 雄叫びを上げながらアカツキは地面を蹴って駆ける。ガリアスも無言のまま、さらに重そうになった身体を軽々と持ち上げアカツキに向かって接近する。

 アカツキもまた、ガリアスに対抗するために身体中に炎を纏い、片手には退魔の刀、片手には魔力で作り出した炎の刃を持ちガリアスと激突した。

 二人は力の許す限り己の刃を打ち合った。

 熱気と冷気がぶつかり合うことで、二人の間からオーラにも見える霧が次々と放出される。アカツキが繰り出す刃たちはガリアスの氷の鎧を少しずつ削り取っていく。だがそれと同じように、ガリアスの刃はアカツキの腕や足の肉を削ぎ取っていく。

 二人は動きを止めることなく力と力をぶつけ合い、お互いの血肉を削り合った。

 やがて二人の動きが不意に止まる。ガリアスには右手の氷塊だけが、アカツキは魔力の限界により、生々しい意傷痕が大量に残った身体と、右手の刀だけが残されていた。

 精神崩壊が近いと身体が訴えている。初めてでも、こうなれば嫌でもわかる。体が急に重さを増し、体の動きが鈍り、脳が揺れる様に視界が揺らいだ。

 そして最後の一撃と云わんばかりに二人は互いに睨み合うと、咆哮しながら残った自らの刃を打ち合わせた。

 そう、あのガリアスが遂に雄叫びを上げながら、感情を露にしてアカツキにぶつかってきたのだ。

 二人はお互いの最後の武器を交えながら、額を付き合わせて最後の力を振り絞る。

 アカツキはガリアスの紅蓮の瞳に宿る強く悲しげな色を見て同情心が生まれた。それと同時に、やっと感情を曝け出したガリアスに対して不意に笑みが零れた。

 今や、魔力ではなく純然たる力同士のぶつかり合い。

 そんな拮抗にアカツキが勝てるはずもなく、数秒の抵抗も空しく、刀と共に大きく弾き飛ばされた。

 力無く吹き飛んだアカツキは、仰向けの状態で大の字に地面に倒れた。刀は更に遠いところで、何度か回転しながら宙を舞い、やがて地面に突き刺さった。

 力も魔力も、もうほとんど残っていない。まるで死神が、目の前で鎌を首に突きつけているような、そんな気分だった。

 着々と死が近づいているのがわかる。だが何故か、恐怖心はアカツキの中には一切なかった。思考だけが、アカツキの頭の中を巡っていた。


『これで、吹き飛ばされるのは何度目だろうか……』


『いったいどれだけの時間が経ったのだろうか……』


『ヨイヤミたちは無事でいてくれているのだろうか……』


 そろそろ終わりにしなくてはならない。自分を信じて、今もまだ戦い続けてくれている仲間たちがいるのだから。


『だから、最後にガリアスに伝えなければならないことがある』


 アカツキは自らの首に舐めるように添えられた死神の鎌を力ずくで押し除けるかのように、飛ばされた刀をもう一度自分の手に召還すると、それを杖代わりに立ち上がる。

 立ち上がったところでガリアスが徐々にアカツキの元へと近づいているのが視界に入る。

 もう力も魔力も残っていないなら、自分に残されているのは言葉だけだ。この言葉でガリアスの心が動かせるのかはわからない。そもそも耳にすら届いてくれないかもしれない。

 もし、ガリアスの心に響かせることが出来なかったら、ヨイヤミたちにも迷惑を掛けるだろう。そのときは……。

 アカツキは足元をふらつかせながらガリアスと対峙する。ガリアスもまた、アカツキの眼差しを受けてその歩みを止める。どうやら、少しは時間をくれるらしい。

 再び、心臓の鼓動だけがアカツキの耳を埋め尽くす。視界にはガリアスだけが映し出され、二人きりの無の世界が構築される。

 これが最後なのだと、無意識に理解している。だから全身全霊を掛けて、アカツキに残された最後の刃を突き立てる。


「なあ、ガリアス、お前いつまで被害者面しているつもりだ。自分が幼い頃から暴力を受けていたからって、それは他人を傷つけていい理由にはならないんだよ」


 自分がそうされたから、他人にも同じ事をしてもいいなんて理論は通じない。


「お前が他人を傷つけた時点でお前は加害者なんだよ。自分も傷ついたから、誰かに命令されたから、だから仕方ないなんて、そんなのは言い訳でしかないんだ」


 確かにガリアスの過去を知れば、同情してくれる人間も大勢いるだろう。けれど、それは決して解決になどならない。同情は所詮同情。許しではない。


「自分の罪を受け入れろ。自分への甘えを棄てろ。これ以上、自分の意思も無しに戦うのは止めろ」


 未だ、アカツキの言葉にガリアスは反応を示さない。まだだ、言葉を切らすな。ガリアスの心に少しでも響くまで、言葉を絶やしてはならない。


「それだけの力があるのに、どうしてお前は、いつまでも恐怖の檻に閉じ籠っているんだよ。そんなに殻を破るのが怖いのか。そんなに外の世界に出るのが怖いのか!?」


 アカツキは素直に彼の力を羨ましいと思った。それだけの力があれば、自分にできることだって、きっと大きく広がるはずだ。だというのに、その力を浪費して、他人の命令に従うだけ機械に成り果てたガリアスに、怒りが湧いて止まらない。


「恐怖の檻なんて、壊すのはお前の心次第だろ」


 誰にだってその檻は存在する。それはアカツキも例外ではなく……。


「俺がここに来るのが、怖くなかったとでも思うのか。そんな訳ないだろ。情けないことを言っているのは重々承知している。それでも、あんな目にあって、お前に前に立つことが平気だった訳がないだろ」


 そうだ、そんな容易い覚悟でこの場所に立っていない。ガリアスに一度殺されかけて、力量の差をまじまじと見せ付けられて、それでもアカツキはここに立っている。

 それがアカツキの覚悟。彼をこの地獄から救い出すために自らに定めたアカツキの覚悟。


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