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The Story of Ark -王無き世界の王の物語-  作者: わにたろう
第十五章 自由を求める者たち
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もう一度一緒に


「しもた……、二回も同じ登場の仕方をしてもうた」


 この状況の中、一人だけ焦りを見せる様子も無く、そんなどうでもいいことでショックを受けている。

 前からその男の顔を見たわけではない。けれど、アカツキ、ハリーそしてアリーナの三人ともが、その後ろ姿を見ただけで、その男が誰なのかを理解した。


「お前……」


 銀髪はあの頃よりもかなり伸びている。身長も前はアカツキよりも低かったのに、今では同じくらいになってしまっている。その手に携える刀も、三年前には見なかったものだ。

 そんな風に姿形が変わろうとも、彼を見間違える者などここにはいなかった。


「今ええとこなんやから、邪魔せんといて欲しいわ」


 そう言って、銀髪の男が槍を受け止めていた刀を振り抜くと、その勢いに任せて巨大な槍の主は背後へと飛び退いた。


「あんたみたいな大物が何でこんなとこにおるんや?グランパニア軍二番隊隊長『ニア・ドラゴヴェール』さんよ」


 そう、ハリーに向かって襲い掛かってきたのは、アカツキとも因縁浅からぬ女。

 彼女はいつものように、多くは語らない。ただジッと、その龍仮面の下からヨイヤミを見ていた。


「だんまりとは寂しいな……」


 相手の攻撃の意思が感じ取れないからか、ヨイヤミは持っていた刀を一瞬で消した。まるで、その刀が一瞬で燃えて消し炭にでもなったかのように、刀は炎の残滓を残して消え去った。


「それにしても、結構な有名人揃いやなあ。グランパニアの隊長さんに、賞金首のテロリスト、あとは……、死体か」


「お前、いくら何でもそれは酷いだろ」


 久しぶりに顔を合わせたというのに、流石の扱いにアカツキも思わず突っ込んでしまう。いくら時間が解決するとは言え、まだ仲直りは済ませてないのだ。どうやって声を掛けようと思っていたのだが、まさかこんなのが第一声になるとは思いもよらなかった。


「何や、死体がしゃべった。ってことは……ゾンビ!?」


「違うわ、ちゃんと生きてるから。何だよ、まだあの時のこと怒ってんのか!?」


 わざとらしく驚いた振りをするヨイヤミ。

 もしかしたらこの嫌がらせは、ヨイヤミがまだ許してくれていないという意思表示なのかもしれないと思ったアカツキは、そんなことを自ら尋ねてしまった。いや、怒っていて当然ではあるのだが、こんな扱いでは謝るにも謝れない。


「僕が怒っとる?何に?ってか君誰や?」


 あくまでも認めようとはしないヨイヤミ。これではいたちごっこだと諦めたアカツキは、一度嘆息して立ち上がるとヨイヤミとは視線を合わせずにヨイヤミの横に肩を並べる。


「ああもう、お前にどう謝ろうかずっと考えてたのに台無しだよ。俺が、どんな思いでここに帰ってきたと思ってんだ」


 そうやって怒りを隠すことなくぶつける。けれど、そんなことができるのは、彼との関係があの時と変わっていないと確信できたから。彼はあの頃のまま自分を待ってくれていた。


「くそっ、なんかもうどうでもよくなった」


 アカツキが怒りに任せて地面を蹴る。砂埃は風に揺られ、ヨイヤミの足元を通りすぎていく。それくらい二人の距離は、あの頃と変わらずに近いところにあって。


「でも、これはけじめだ」


 そう、この場所にはけじめを着けに来た。それはハリーに対してだけではない。ここで会えるとは思っていなかったが、それでも少し早くなっただけのこと。いずれは着けなくてはならなかったけじめが向こうからやってきてくれただけのこと。


「俺が悪かった。ごめん」


 何から話を始めようか。どうやって言い訳しようか。どうして謝ろうと思ったのか。

 そんなことをずっと考えていた。だというのにヨイヤミは、それを全部ぶち壊してくれた。でもそれが、ヨイヤミらしいと素直にそう思えた。違う、これはヨイヤミの優しさなのだ。アカツキが自ら謝るきっかけを彼は自ら提示してくれた。

 態度は怒っていたけれど、そんなアカツキは今にも零れだしそうな笑みを必死に堪えていた。


「ぶはっ」


 笑みを我慢するアカツキの隣で、ヨイヤミが我慢しきれないというように吹き出す。


「何をクソ真面目な顔して……。相変わらずお堅いわあ。それじゃあ、女の子に嫌われるで」


「おま……、人が真面目に謝ってるのに……」


 アカツキが我慢できずにヨイヤミの方を振り向く。久しぶりにちゃんと合わせた視線。ヨイヤミの瞳の中にアカツキの姿が映っている。

 そんなヨイヤミの眼に涙が浮かんでいる。それが笑いすぎて出たものなのか、それとも他の理由で出たものなのか。それはヨイヤミだけが知ること。


「誰も悪くなんかあらへん」


「えっ……!?」


 てっきり、あの日のことを怒っていて、だから優しさの中にあんな嫌がらせを織り交ぜてきたのかと思っていたアカツキが間の抜けた声を漏らす。それに、アカツキには自分が一方的に悪かったという自覚があるのだ。


「皆が皆、自分の信じる道を歩んだだけや。その結果が良かろうが悪かろうが、それは所詮結果論に過ぎんやろ」


 ヨイヤミもまた、ヨイヤミのなりの答えを出していた。アカツキともハリーとも違う答え。誰にも責任を求めず、それぞれの意思を尊重するという答えを。


「だから俺は怒ってない。むしろ僕は、逃げる道しか信じられんかったあの日の自分を一番恨んでる」


 ヨイヤミが信じた道は、ルブルニアからの逃亡。ヨイヤミには自分たちの無力さを理解するだけの知識があった。しかし、無力さを覆すだけの力は持ち合わせてはいなかった。


「でも今はちゃうで。この三年間、僕だって強くなったんや。別にグランパニアを倒す為やない。ただ、自分の見える範囲くらい絶対に誰も死なせたくない。そう思っただけや」


 あの戦争から彼が導き出した答えは、ほとんどアカツキと同じで。けれど、彼はきっとその答えを、自分自身で導き出すことができたのだろう。彼はそれくらい賢くて、そして強い心を持っている。


「なあ、ヨイヤミ……」


 アカツキが地面に視線を落として、言葉を喉に詰まらせながら何とか漏らす。


「もう一度、俺と一緒に戦ってくれるか?やっぱり俺、お前がいないとダメみたいだ」


 その声音は言葉尻に向かうほど不安定なものになっていき、最後の言葉は完全に震えていた。

 感情の行き場がわからない。この気持ちを簡単に言葉にはできない。ただ、心の奥底が感じたこともないほどに暖かく、それでいてその答えを待つことに、抑えられないほど心が恐怖で震えていた。

 ヨイヤミはすぐには答えない。そしてお互いに視線も合わさない。ただ、ヨイヤミからは、アカツキには隠すように小さく鼻をすする音だけが聞こえてきて。

 最後に一度だけ大きくすすると、ヨイヤミは晴れ晴れとした笑顔をアカツキに向けながらこう言った。


「しゃあないなあ。本当に、アカツキは僕がおらんと何もできんのやから」


 それはヨイヤミの最大限の照れ隠しで、そして二人の関係が変わっていない確かな証明だった。






「それにしても気持ち悪いなあ……」


 二人が仲直りを終え、ようやく目の前の敵に二人で向き合う。


「なんで、今まで攻撃してこやんだんや?攻撃をする機会ならいくらでもあったやろ」


 ヨイヤミが不信に思っているのは、先ほどの長いやり取りの間に、ニアが一切攻撃を加えてこなかったこと。まるで自分たちのやり取りが終わるのを待っていたかのように、ただジッと二人の姿を眺めていた。


「そんな隙を突く理由もないってか?それなら、どうしてハリーには不意打ちを仕掛けたんや?」


 ニアは一切言葉を口にしない。その表情も龍仮面の下に隠れていて伺えない。ただ、先ほどまでは見せていなかった敵意が少しずつ息を吹き返している気がする。


「なあ、あんた本当に俺と戦う気があるのか?」


 そうニアに向けて尋ねるのはアカツキ。過去にニアと邂逅を経験しているアカツキは彼女の真意を図りかねている。彼女は戦う意思は見せるものの、何処かこちらの戦意とは距離を取るように戦う。まるで、戦うことを演じているように。


「また、答えてはくれないのか……」


 あの時も、こちらの問いかけには答えてくれなかった。ただ最後に一言だけ『またね……、アカツキ……』と残して……。


「あんたが、俺のことを知っているっていうのなら、俺はあんたとは戦いたくない。あんたと戦う理由が無い。アランのことは、もう決着がついたんだ。だから、そのことであんたを恨む気はない」


 少なくとも。彼女はアランの死に関わっている。だが、彼女もまた仲間であるレイを護っての行動だったのだろう。それを責めることは、同じことをした記憶のあるアカツキにはできない。


「教えてくれ、あんたは誰なんだ?その仮面を、取ってはくれないのか?」


 『神喰い(ゴッドイーター)』とアカネの兄『レイ・クロスフォード』は名乗った。資質持ちを殺す、資質持ちとは対を成す存在『神喰い』。レイと共に肩を並べていた彼女もまた、同じ存在なのだろうか。


「私はニア・ドラゴヴェール。グランパニア軍二番隊隊長。それ以上でも、それ以下でもない」


 突如、大槍を携えたニアが二人に向けて接近する。その槍に、水を纏いながら。


「まだ話し合いも終わってないのに、せっかちなやっちゃなあ」


 その大槍を受け止めたのは、先ほど燃え消えたはずの長刀。アカツキと同じように、ヨイヤミのそれも魔法の副産物なのだろうか。

 ヨイヤミが長刀を振り払う勢いでニアは後退する。それを追うようにしてアカツキがニアと接敵した。


「二対一じゃ、あんたに分が悪い。こっちは無理に戦う気はないんだから、姿を晒して大人しく帰ってくれよ」


 アカツキの刀を槍で受け止めたニアは、空いた片方の掌に魔方陣を形成。それをアカツキに向けて突き出すと、水の弾丸がアカツキに向けて襲い掛かる。そのゼロ距離弾はさすがのアカツキも防ぎ切れない。


「戦う気があるのか無いのかはっきりしてくれると、こっちももう少しやり易いんだけどな」


 その弾丸を最小限で防ぐために、後退したアカツキは愚痴を漏らす。

 戦い難い、というのがアカツキの素直な感想だ。その戦う姿勢があまりにも不明瞭だ。

 こちらがようやく因縁を解消し和解していたところに不意打ちを仕掛けてきたかと思えば、こちらに攻撃をする隙がいくらでもあったにも関わらず、ただ黙ってその様子を眺めていた。

 過去での邂逅の際でもそうだ。アランにあれだけの致命傷を負わせながら、アカツキとの戦いはまるで攻撃する気が無いように、小細工だけで戦っていたように感じた。

 彼女の意図が読めない。ただ、アカツキが一つだけ確信しているのは、恐らく彼女は自分の敵ではないということ。それは二度刃を交えれば、嫌でも気付いてしまう。

 それを彼女が隠しているということも。だからこそ、アカツキは戦い難いし、戦いたいと思えない。


「何考えとるか知らんけど、ここは戦場やで」


 アカツキが動きを止めていると、ヨイヤミから熱線が走る。それを寸でのところでかわしたニアは自らの大槍を突き出すと、その槍と同じ形をした水の塊が何本も放たれる。


「アカツキ!!」


「任せろっ!!」


 二人が肩を並べて同時にその水槍に向けて手を差し伸べる。その掌に同時に魔方陣が浮かび上がると、二人の前には円形の巨大な炎の盾が形成される。

 その炎盾は水槍を飲み込んで蒸発させていく。そして数十本の水槍は跡形も無く、炎盾に飲み込まれた。


「火は水に弱いからな。二対一で卑怯とか、悪いけどそんなこと言ってられへんで」


 戦争に卑怯などという文字は存在しない。勝者が正義で敗者が悪。それは、この世界の理でもある。


「二対一が卑怯やって言うなら、仲間を引き連れてこんかった、そっちの責任や」


 背中合わせに立っていた二人が、同時に地面を蹴る。合図などは無く、ただお互いの呼吸をお互いに共有しているだけ。それだけで、この三年間の溝がみるみる内に埋まっていく。

 ヨイヤミの長刀を槍で受け止めたニアに、アカツキの退魔の刀が襲い掛かる。それをニアは手甲で防ぐ。次にヨイヤミの左手に魔方陣が浮かび上がり、それを身を屈めて避けるニア。避けた視線の先にはアカツキの炎を纏った拳。

 その連撃をさすがに避けることのできなかったニアは鳩尾に拳を受けてしまう。嘔吐感に襲われながらも、それだけで済んだことに違和感を覚える。


「何手加減してんねん。今のは一撃入れる絶好の機会やったやろ」


「悪い……。でも、あいつは本当に戦う気があるのか?」


 その違和感はその攻撃の主から告げられる。迷っている。この戦いに迷いを抱いている。

 当然だ。ニアは既に、ここにいる意味を失っている。それでもここに残っているのは……。


「優しいのを責めはせんけど、それで護れるもんを護れんかったら……」


 ヨイヤミは最後まで言葉を紡げない。自分が言おうとしていることが正論だったとしても、アカツキの迷いを受け入れたいと思っている自分も存在する。

 ヨイヤミの中の葛藤を感じたアカツキは、自分のせいでヨイヤミがしなくてもいい苦労をしていることに気付く。まだ自分の中で覚悟など決まっていない。それでも……。


「俺も、覚悟を決めるぞ……」


 苦渋の決断は、喉に詰まったわだかまりを飲み込んで下された。


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